イノリの両腕は、あったかい檻みたいだった。
 ギュッと力づくで抱きしめられて、息が止まりそうになる。
 溺れるみたいに広い背中を指で掻くと、もっと強く引き寄せられた。

「――っ!」

 苦しい。――でも、はなさないで欲しい。
 痛いほどの力が、嬉しかった。
 白いシャツに当たる頬から、イノリの体温が伝わってくる。
 なつかしい甘い香りに包まれて、瞼が熱くなった。
 心臓が怖いくらい鼓動して、胸がもどかしい。
 いてもたってもいられなくって、イノリの背に強く抱きつく。

「イノリっ」
「トキちゃん、ごめん。ごめんね……」

 イノリの声が切なく震えてる。
 「違うよ」って、首をぶんぶん振った。
 辛そうな声が、辛い。
 ふいに、大きい手に肩を掴まれて、体をやさしく抱え直される。
……イノリ、あったかい。
 肩に額をくっつけて、うっとり息を吐いた。
 イノリがぽつりと言う。

「トキちゃん、痩せた」
「それは。……お前だって!」

 前より、体の厚みがかなり薄くなった気がする。
 生徒会、忙しかったのか。
 それと、やっぱり……俺のことでも、悩ませちゃったのかな。
 しゅんとすると、両頬をやわらかく包まれた。

「イノリ、ごめん」
「ううん。俺こそ」

 何度も、「ごめん」を言い合う。
 俺が悪いのに、イノリが謝るから終わんなくて。
 これじゃ、いたちごっこだ。
 おかしくなって笑うと、イノリも唇を綻ばせた。
 額をこつんとぶつけられる。

「トキちゃん、ありがとう」
「え?」
「さっきの。すっげぇ嬉しかった。……他の人にだなんて、ほんとうに馬鹿なこと言ったよなぁ」

 そう言って、イノリは微笑った。

「俺もトキちゃんじゃなきゃ嫌だ。トキちゃんのことも、誰にも触らせたくない。――ううん、触らせないから」
「本当にっ?」

 優しく頷かれて、ぱっと頬が熱くなる。
 嬉しくて、照れくさい。
 俯いてにやにやしてたら、腰を引き寄せられた。

「わっ」
「トキちゃん、あのさ」

 後頭部を手のひらで包まれて、ぐいと仰のかされる。
 鼻先が、触れ合いそうだ。

「……触ってもいい?」

 真っすぐに目の奥を覗きこまれて、「あっ」と息を飲む。
 イノリの目が、きらきら光ってる。
 いつも薄茶の虹彩がもっと明るくなって、眩しい金色に輝いていた。
 そんで、すぐわかった。
 イノリの「触る」が言葉通りじゃないって。――今から、魔力で俺に触るつもりなんだって。
 きゅう、と喉がしまる。
 緊張のせいか、胸がすげえ苦しい。
 でも。
 俺は、勇気を振り絞って、イノリの背にぎゅっとしがみつく。

「触って、イノリ」
 
 言葉にした刹那。
 触れ合うところ全てから、イノリの魔力がどっと流れ込んできた。