俺は魔法使いの息子らしい。

「うーーん」

 俺は、寮のベッドに胡坐をかいて考え込んでいた。
 暗い部屋の中、先生から貰った同意書が枕灯に照らされている。

『覚悟が決まったら、保護者に同意を貰って僕のところに来い。すぐに施術を始めよう』

 葛城先生の言葉が、脳内にリフレインする。
 先生は、俺に自分で選ぶように言った。行為が行為だから、教師の方から「あーせいこーせい」と指示出来ないんだって。
 だから、俺がどうするか決めなきゃいけない。

「どうしよう……?」

 状況を冷静に考えると、……葛城先生に頼むべきなんじゃねえかな。
 だって、俺は冬季決闘大会に出るんだから。ちょっとでも、魔法を使えるようになっておきたい。
 それなら、「四元素拮抗型」の俺は、誰かに魔力を起こしてもらう必要があるわけで――それを頼める人なんて、限られてるんだし。

『トキちゃんさえ良ければ、俺がしたいんだけど』

 そう言ってくれたイノリとは、ここんとこ気まずくて。……俺がバカやったせいで、避けられてるかもしれなくて。
 こんな状態で、頼むことなんて出来ねえんだから。
 それに、引き受けてもらえたとして。
 俺はさ、「あれ」をイノリと出来るのかよ。
 触れたとこからびりびりした、不思議な感覚を思い出して、俺はマットの上で丸くなる。
 出来る気がしない。
 何でだろう、――怖い。それに、なんでかイノリに申し訳ない気がするんだ。
 けど、葛城先生とするって考えてみても、そんな風には多分思わない。
 だったら、やっぱり葛城先生に頼むべきじゃないか。

『トキちゃん』

 でも。
 
「あーー、もうっ」

 俺は、ガバッと身を起こすと、ベッドのカーテンを開いた。
 寝巻のジャージのまま、運動靴をつっかけて部屋を飛び出す。
 とっくに消灯時間は過ぎていて、寮の廊下には誰もいない。こっそりと非常口から外に出ると、俺は敷地内をぐるぐる走った。
 ぐだぐだ悩んで、皆に心配かけて、俺ってマジ何やってんだろう。
 がむしゃらに走ると、汗と景色がうしろにふっとんでいく。冷たい夜気の中に、もうもうと白い息がとける。
 走りながら、なぜか顧問の言葉を思いだした。
 「うだうだ悩んでるときは、全力を出してないんだ。もっと死に物狂いでやれ、吉村」って。
 そうなのかもしんない。
 でも、どうしたらいいかわかんねえよ!



 庭園灯に手をついて、荒い息を吐く。
 そのまま、その場にしゃがみ込んだ。ちょっと飛ばし過ぎたのか、胸が苦しい。

「はーー……」

 大きく息を吐いた。
 でも、じっと蹲っていると、また悶々としてきてしまう。バカのくせに、もうちょっとボーっとしててくれよ脳みそ。
 自嘲気味に顔を上げる。
 と、灯に照らされた地面に、二本の黒い影が伸びているのに気づく。

「――夜風は冷えますで、お兄さん」

 え、と思った瞬間、じゅっと頬に熱いものがあたる。

「あっづ!」
「あら」

 悲鳴を上げて飛び上がると、背後で暢気な声が聞こえた。
 バッと振り返れば、予想通りに須々木先輩が目を丸くして立っている。手には、お茶の缶を持っていた。

「こんばんわ、吉村くん。精が出ますなぁ」
「な、何すんすかっ?! てか、何で?!」
「いや、部屋から走ってるのが見えたんよ。そんで、誰かと思たらきみやんか。ほな、差し入れでもせな♡と思ってやな」
「ええ、そんなお気遣いなく……」

 差し入れで心臓が止まるかと思ったぜ。
 じんじんする頬を擦りながら、半目になっていると須々木先輩がからから笑う。

「まあ、それは半分くらい冗談として」
「冗談なんすか」
「ホンマは、きみに話したいことがあったんや。明日にしよかと思ってんけど、やっぱ早い方がええやろし。……まあ、桜沢のことなんやけどさ」

 突然出てきたイノリの名前に、俺はどきっとする。先輩は、俺の前にしゃがみ込むと、真面目な顔をした。

「今日さあ。桜沢のやつ、昼に行かへんかったと思うねんけど、きみ待ってくれてたんとちゃう?」

 その問いに、ちょっと詰まりつつ頷く。すると、先輩は「あー」と呻いて額を押さえた。

「ごめんなあ、吉村くん。ぼくが知らせに行けたらよかってんけど……」
「や、そんな……先輩が謝ることじゃ」
「いや。ぼくにも原因があることやから。堪忍してや」

 そう言って須々木先輩は、両手を合わせる。ちょっと戸惑いつつ頷くと、ようやく顔を和らげてくれた。

「ありがとう。じゃあ、本題なんやけど、驚かんと聞いてな? 桜沢のやつ、今日行けへんかったん、ワザとちゃうねん」

 先輩は、一旦言葉を切るとハッキリ口にした。

「あいつ、怪我して――医務室送りになってしもたんよ」
「えっ!?」

 俺は、先輩の言葉に目を見開いた。
 心臓がひゅっと飛びあがる。
 イノリが、怪我――??