「みなさーん、材料は前に取りに来ましたね。では、プリント通りのやり方で、各自製作をはじめてくださーい。わかんなかったら、手を挙げてね!」

 魔法薬の姫子先生は、きょるんと指示を飛ばした。
 姫子先生は、ゆるふわロングに白衣が素敵な美人教師だ。男だけどさ。

「ふんふーん」

 人型の人参みたいのの皮をむきながら、つい鼻歌が出る。
 魔法薬の授業って、けっこう楽しい。
 と言うのも、基本的に決まった材料を刻んだり、煮込んだりするかんじだから。「ハアー!」とか気合一発魔力を込めるとか、難しいこと皆無。
 つまり、魔法を使えねえ俺も、比較的ちゃんとできる科目ってわけ。
 今日は、痛み止めを作る。錫のバットの中の、計量済みの材料を刻んで、順序通りに煮込むって作業工程。
 そんなに難しくないから、皆も喋りながら、のんびり作業してる。

「決闘大会さ……。アレ、どうするか決めた?」
「あー、まだ。やってくれそうな人が居なくてさぁ」

 人参(人型)をみじん切りにしてたら、隣の作業台の生徒達が、こそこそと話してるのが聞こえてくる。
 なんか深刻そうな気配だぞ。
 俺は作業しつつ、耳を大きくする。

「やばいじゃん。早いとこ決めないとさあ、俺らみたいのは餌食になっちゃうだけだろ」
「わかってるよ。でも、信用できそうな人じゃないと、かえって無茶な要求されるかもしんないし」
「そうだよな。はー、つくづく上谷先輩が卒業しちゃったのは痛い……」
「本当にな」

 二人は、顔を見合わせてため息をついてる。なんか、憂鬱で仕方ないって雰囲気だ。
 てか、決闘大会って聞こえた気がするけど。「アレ」って一体、なんのことだろう?
 俺は、ナイフを置いて、すすすと二人に近づいた。

「なあ、何話してんの? 「アレ」って何」
「うわっ。なんだよ、盗み聞きしてんじゃねえよ」
「おめーに言う義理ねえんだよっ」

 けんもほろろ、ってこういうことだよな。
 ぺいっと追い払われ、自分の作業台に戻る。
 まあ、たしかに盗み聞きはアカンかったかも。気を取り直して、材料を刻むのを再開した。
 そうだ。
 決闘大会のことなら、寮に戻ってから先輩たちに聞いてみたらいいかもしれない。
 「参加する」ってことを伝えたら、西浦先輩はだいぶ心配してくれて。「不安な点は何でも聞いて」って言ってくれたんだよな。
 よし、そうと決まれば今晩、早速聞いてみよう。
 俺は鼻歌を歌いながら、鍋に材料をぶち込んだ。



 自主練のジョギングを終えて、寮の部屋に戻る。
 やっぱ、普通に走っただけになっちゃったけど。始めたばっかで、上手くいくはずないんだし。

『トキちゃんらしく、頑張って』

 うん、頑張るぜ。
 俺は、自室の扉を元気よく開けた。

「ただいま帰りましたー!」
「うるせぇ」
「ぶっ」

 顔面に、クッションが飛んできた。鼻、痛ぇ!
 投球ポーズの佐賀先輩が、眉間にマリアナ海溝ばりの皺を寄せて睨んでた。

「何すんすかっ」

 部屋に駆け込んで、小声で抗議すると先輩は不機嫌そうに顎をしゃくった。
 訝しく思いつつそっちを見て、俺は合点が行った。
 西浦先輩が、ベッドで眠ってた。
 枕元に参考書が滑り落ちてて、転寝しちゃったんだとわかる。
 それにしても、先輩の寝顔って初めて見た。いつも、ベッドのカーテンきっちり閉めてるもんなー。

「じろじろ見んな」
「あでっ」

 顔面を掴まれて、ぐいっと押しやられる。ひでえ。
 顎をさすりつつ先輩を睨むと、どこ吹く風で漫画を読んでる。てか、それ俺の「銀と金」じゃん。
 まあ仕方ねえ、と部屋着に着替えてると、佐賀先輩がこっちを見ずに言う。

「吉村、お前先に飯行ってこい。俺らはコンビニにする」
「あ、うす」

 西浦先輩、いいんかなって思ったけど。
 腹はめちゃくちゃ減ってるし。先輩、気をつかってくれたんだなってわかったし。
 素直に頷いて、財布持って部屋を出た。
 そういや、佐賀先輩、わざわざ西浦先輩のベッドの側に胡坐をかいて座ってたな。なんか、寝顔を見守ってるみたいな感じだった。
 あの二人って、喧嘩ばっかしてるけど、やっぱ仲いいんかな。


 食堂は、まさに夕飯時で大賑わいだった。
 俺は、カツカレーを山盛りにして盆に乗せると、空いてる席を探した。
 うーん、どこも空いてねえ。空いてそうかな、って声かけても「ツレが来る」って、調子だし。
 いつも、もうちょっと早く来るからな。こんなに込むとは知らんかった。
 うろうろしていると、食堂の隅の観葉植物のところまで来た。
 と、よく見れば、鉢の裏に二人掛けのテーブルがちらほらある。普段、ここまで来ないから知らなかった。
 そこも結構、席が埋まってたけど、一つだけ席が空いてるのを発見する。

「すみません、ここいいっすか?」
「あ、どうぞ……」

 たたっと駆け寄って声をかけると、先に座っていた人が顔を上げた。
 俺は、「あっ」と声が出た。

「こんばんは。片倉先輩……っすよね?」
「ちっ……」

 片倉先輩は、あからさまに「げっ」て感じで顔を背けた。