「から――ますって。――」

 なんか、イノリの声がするような。
 ウトウトとまどろみながら、側のあったかいものにくっついた。
 甘い香りがして、落ち着く。
 頭上で、くすっと笑い声がした。背中をぽんぽんと優しいタッチで触れられて、また瞼が落っこちそうになる……。

「――ぇ? だからぁ――昼はかけてこないでって、言ってんじゃないっすか――いや、無理なもんは無理っす――もういいっすか、トキちゃん起きちゃうんで」

 ぱち、と目が開いた。
 トキちゃんって、俺じゃん。
 ぐりんと首を仰のけると、イノリの喉仏が動くのが見えた。ちっさい端末を耳に当てて、なんか喋ってるみたいだ。
 てか、俺、イノリの膝枕で寝てるし。
 身じろぎすると、ふわりと甘い香りがする。
 肩にかけられた、イノリのカーディガンからだった。道理で、あったかいはずだ。
 俺が起きたのに気づいたらしく、イノリが通話を切る。

「ごめん、起こしちゃったね」
「や。ふつーに目開いただけ」
「そっか。もうちょっと寝てて平気だよ」
「んー」

 肩を撫でられて、ほわっと眠気がぶり返す。眠い……。
 けど、いい加減イノリの膝にも悪いしな。俺は、えいやっと気合を入れて、ガバリと体を起こした。
 見ると、イノリはシャツ一枚だっていう状態。
 慌ててカーディガンを脱いで、イノリの肩に巻きつけた。

「ごめんな。寒かったろ?」
「大丈夫だよー? 俺、体温高いから」
「いやいや、いくらなんでも……あれ?」

 イノリの手を握ると、ほわんとあったかい。頬にぺたぺた触れても、じわっと熱がしみてくる。なんで? 
 カーディガンに腕を通しながら、イノリが「ねっ」て感じに笑った。

「火の元素を操って、ちょいっと調節してるから寒くないんだぁ」
「マジ!? すげえなお前」
「へへ」

 イノリが得意そうに笑う。やべえ、魔力のコントロールってそんなことも出来んのか。湯たんぽいらずじゃん。
 感心していた俺だったが、ふとイノリの手にある端末に目が留まる。

「イノリ、それ何よ?」
「これ?」

 イノリは、目の高さに端末を持ち上げた。ピンク色で、ピーマンくらいの大きさがある。

「これね、ちょー使用範囲の狭い、電話みたいなもん。生徒会で、仕事の連絡するときに使うんだけど、それ以外には使えないシロモノってゆーか」
「ほほう。トランシーバーみたいな?」
「それー。それっぽい」

 イノリは、端末を手の中で弄んだ。
 それにしても、電話か。生徒会って連絡取り合えんだなあ。ちょっと羨ましい。

「そういや、さっきかかってきてなかったか? 行かなくて大丈夫なん?」
「ん? 平気だよ。急ぎの用じゃなかったしー」
「そっかあ」

 まあ、イノリが言うならそうなんだろうな。こう見えて、けっこう真面目な奴だから。

「ところでさ、トキちゃん。体は大丈夫?」
「へ?」
「さっき俺、トキちゃんの魔力に触ったじゃん。なんか辛いとか、おかしいところとか、無い?」

 イノリは心配そうに俺の様子を窺ってる。
 急に寝ちまったから、心配かけたみたいだ。俺はニカッと笑って、腕をブンブン振ってみせる。

「全然! むしろ、よく寝てスッキリした」
「よかった」

 イノリは、ホッとしたみたいに息を吐く。
 それから、ちょっと真面目な顔になって俺の手を取った。

「トキちゃん。さっきのあれをしてね、わかったことが……」

 キーンコーンカーンコーン。

 イノリの声を遮って、無情にも予鈴が鳴る。
 ええ、そんなんありかよ?!
 でも、運の悪いことに次の授業は移動で。つい、がっくり項垂れてしまう。
 イノリも、残念そうに苦笑してる。

「悪い、俺行かなきゃ」
「うん。詳しいことは、また明日話すよ」
「わかった、明日な」
 
 と。放しかけた手を、もう一度思い直したように握り直される。

「でも、これだけ言うね。トキちゃんは、ぜったい強くなるよ」

 両手をぎゅっと握られる。強い力だった。

「だから、心配しないで。トキちゃんらしく頑張って」
「イノリ……」

 イノリが真っすぐな、きらきらした目で言う。
 俺は、その目を見上げて、なんか言葉に詰まっちまう。
 自慢じゃないけど、俺はあんまり悩んだことがない。夜眠れないほど、辛かったこともない。
 でも、それってたぶん、俺がアッパラパーだからってだけじゃねえよな。
 俺も、ぎゅっとイノリの手を握り返した。

「おう、ありがと!」

 イノリが、嬉しそうに笑う。
 ふいに、胸の奥から、ざわざわって何か走り出す感じがする。
 たぶん、嬉しいより、もっとワクワクするような気持ちだった。