「よいしょ、よいしょ」

 燭台をかき集めて、戸棚に一つずつ仕舞ってく。単純作業だけど、数が多いと大変だ。
 言いつけ通り、一人で片付けの真っ最中。
 いくら何でも、一人くらい「一緒に残るぜ」って言ってくれてもよくね? て思わなくもないけどさ。まあ、罰なんだし、グダグダ言ってもしゃーないし。
 燭台をしまったら、机を濡れ布巾で拭いて、床を掃く。まあ、掃除は部活で慣れてるし、そんなに嫌いなほうじゃない。
 調子よく箒を動かしていると、出入り口でカタンと物音がした。

「ん?」

 振り返っても、なにも無い。なんだ、誰か戻ってきたのかと思ったのに、そう思って、箒を握りなおした時だった。

「やっほー、吉村くん」
「どわあ?!!」

 だしぬけに、真正面に人が居た。
 ビビりすぎて、心臓がポーン!と飛び出すかと思った。
 俺はずざざざ、と猛烈に後ずさる。ゴン! と腰が机にぶち当たり、痛みでウッと声が詰まる。
 大きな目をパチクリさせているのは、21号館に道案内してくれた青い髪の美少年だった。

「あらあ。大丈夫かいな」
「ちょ、あた。あんた、いつの間に?!」
「さっきの間よ。ごめんなあ、とっくに気づいてると思ててん」
「嘘だ! それは絶対嘘でしょ?」

 指をさしてわめくと、相手は悪びれず「あははー」と明るい笑い声をあげた。ふわふわと青い髪を揺らし、歩み寄ってくる。
 腰をさすりつつ姿勢を正すと、美少年はにっこりと笑みを深めた。

「吉村くん、一人で片付けしてるん?」
「いや、ちょっと失敗しちまって……」
「はあ。まあ、高柳は、”お気に”以外に厳しいもんなあ。よっしゃ、ぼくが手伝ったろ」
「えっ! 悪いすよ」
「ええの、ええの。きみも次の授業、遅れたら困るやろ?」
「あっ……」

 言われて見れば、そんなに時間が残っていない。俺は、美少年のありがたい申し出を、受けることにした。

「いやー、ありがとうございます! マジで」
「構へんて。吉村くん、気にしいやなあ」

 にこにこと箒を動かしながら、美少年が言う。
 俺としちゃ、一度ならず二度まで助けてもらって、感謝以外にないぜ。
 捨てる神あれば、拾う神ありって言うんだっけ。やなことあったって、世の中、優しい人もいるんだよなあ。
 じんわりしていると、ふと大変なことに気づいた。

「あの、すんません。名前、聞いていいっすか?」

 俺としたことが、恩人の名前も知らないとは。美少年は、「ああ」と目を丸くした。

「まだ言うてへんかったっけ。ぼく、三年の須々木遼(すすき・りょう)です」
「須々木先輩。あ、なんかもう今更っすけど、俺は一年の吉村時生です。よろしくお願いします」
「うん、よろしく。ああぼくな、一応生徒会の会計やらせて貰てるのよ。やから、人前では無視してや」
「ええ?!」

 さらっと投げられた爆弾に、ぎょっとしてのけぞった。
 須々木先輩が、ポケットから紫のネクタイを取り出して見せ、悪戯っぽく笑う。

「あはは。驚いてる」
「そりゃ、そうっすよ!」

 なんとなく、先輩な気はしてたけど、まさか生徒会役員だったとは。
 そりゃ、見覚えあるはずだよな。学校で一番有名な生徒達の一人じゃん。

「きみのことはな、桜沢からよう聞いてるねん。大好きな親友なんやって」
「えっ、そうなんすか?! うわー、なんか恥ずいっす」
「なんで? 仲良しでええやんか」

 揶揄うように言われて、顔が熱くなる。イノリの奴、先輩相手に俺のことを話していたとは。
 須々木先輩は、からから笑うと、二三回掃いて箒を止めた。
 喋っているうちに、教室の後ろまでごみを掃き終わっていた。
 ちりとりを持ってきて、しゃがむと先輩がサッサっと掃き入れてくれる。

「吉村くん、桜沢とは幼馴染なんやてな」
「あ、はい。そうっす」
「今まで、ずっと一緒におったん? 一回も離れんと?」
「そっすね。家も隣だったし、学校もずっと同じで」
「そうか……ほな、今は寂しいやろな」

 静かな声に、はっとして顔を上げる。
 須々木先輩は、むなしいような目をして箒を動かしている。

「紫はなあ、ねたまれるのよ。ぼくの場合、それはええねん。それが分かってて、ここまで来たわけやから。でも桜沢はな、何の覚悟もなしに、いきなり紫になってしもたやろ。よう耐えてるけど、ほんまは、まだ何も受け入れられてへんはずや」
「あ……」

 先輩の言葉に、校内を歩くイノリの姿を思い出す。
 つまらなそうな冷めた目をして、誰ともつるんでいないみたいだった。
 イノリは、「舐められないように、怖がられたい」って言っていた。俺の知ってるあいつは、いつもニコニコして人に囲まれてる奴だったのに。

「吉村くん、桜沢とは会えてる?」
「はい、昼だけっすけど……」
「きみも大変やとは思う。あんなことがあって――けど、桜沢には吉村くんが必要やと思うから。どうか、仲良しでいたってな」
「先輩……」
「まあ、そんなこと言うて。後輩にお節介やいてみたりして」

 須々木先輩はうって変わって、パっと雰囲気を明るくする。
 俺は、逆にしんみりして頭を下げた。

「いえ、先輩みたいな人が居てくれて良かったっす」

 イノリが、大変な思いをしたことも、今もしていることも。俺は、わかったつもりで、何もわかっていないのかもしれない。
 俺は、ぎゅっと拳を握った。

「俺も、ダチとして、もっとあいつの力になりたい。その為に、どうすりゃいいのかも、わかんねえけど……」

 須々木先輩は、嬉しそうに目を輝かせた。
 「きみが側にいたるのが、一番嬉しいやろうけど」と前置きして、俺の肩をガシッと掴んだ。

「ほな、強うなってみ。そんで、誰にも文句言わさんようになり。きみも決闘大会出るんやろう? そこで勝ち星上げて、序列をあげるんや」
「!」

 ニッと唇の両端を吊り上げると、俺の手からサッとちりとりを奪った。
 あっけにとられてるうちに、用具入れに片付けてしまう。

「さあ、もうすぐ予鈴やな。ぼく、そろそろ行くわ」
「あっ、ありがとうございました!」

 ガバリと頭を下げると、須々木先輩は「応援してるからな」と言って去って行った。
 俺は、ちょっとボーっとして、力強く掴まれた肩に手を当てた。