悠斗がナイフを構えた瞬間、紗英は反射的に後ずさった。彼の目には冷たい決意が宿っており、もはや言葉で説得できるような余地はなさそうだった。
「待って……悠斗、落ち着いて！」
紗英は必死に声を張り上げる。「こんなことをしても、私たちはこの館の仕掛けに踊らされているだけよ！ それじゃあ、奴らの思うツボじゃない！」
「そんな綺麗事で生き残れると思うのか？」
悠斗は低く呟いた。「この館では“生き残る者は一人だけ”――それがルールだ。俺はそのルールに従うだけだよ。」
「でも、それが本当かどうかなんて分からないじゃない！」
紗英は叫んだ。「この館の仕掛けが私たちを疑心暗鬼に陥れようとしているだけかもしれない！ 誰も殺さなくても、全員で生き残る方法があるかもしれないのに――」
「そんな希望的観測に賭けて、命を落とすつもりはない。」
悠斗は一歩踏み出し、ナイフを握り直した。その動きに合わせて紗英も身構える。逃げ場はない――ここで彼女は何か行動を起こさなければならなかった。

◆闘争
悠斗が突進してきた瞬間、紗英は机の上にあった分厚い白石宗一郎の日記を掴み、それを盾代わりに悠斗のナイフを受け止めた。鈍い音と共にナイフの刃先が日記に突き刺さる。
「くっ……！」
紗英は力任せに日記を押し返し、悠斗との距離を取った。しかし彼は怯むことなく再び突進してくる。
紗英は咄嗟に部屋の隅にあった椅子を掴み、それを振り回して悠斗を牽制した。椅子の脚が彼の腕に当たり、ナイフが床に落ちる。
「今だ……！」
紗英は心の中で叫びながらナイフへ向かって走った。しかし、その瞬間、悠斗が彼女の足首を掴み、勢いよく引っ張った。
「きゃっ！」
紗英は床に倒れ込み、ナイフまであと少しというところで手が届かなかった。
「終わりだ。」
悠斗が冷たい声で言いながら彼女の上へ覆いかぶさろうとする。その時――
ガシャン！
突然、部屋全体が激しく揺れ、大きな金属音が響いた。二人とも驚いて動きを止める。モニターには再び映像が映し出されていた。

◆最後の選択
映像には教授が映っていた。彼はどこか別の部屋でモニター越しに二人を見下ろしているようだった。その顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
「よくここまで辿り着いたね。」
教授の声がスピーカー越しに響く。「だが、このゲームもそろそろ終わりだ。」
教授の背後には高槻翔太と佐藤美咲が映っていた。二人とも意識を失ったまま椅子に縛り付けられている。
「彼らはまだ生きている。」
教授は淡々と言った。「だが、このままでは命は長くない。君たち二人には最後の選択肢を与えよう。」
スクリーンには二つのボタンが映し出された。一つには「救済」、もう一つには「犠牲」と書かれている。
「救済」を選べば、高槻と美咲を助けることができる。しかし、その代償として君たち二人はこの館から出られなくなる。
「犠牲」を選べば、高槻と美咲を犠牲にする代わりに、生存者として一人だけ館から脱出できる。」
教授は楽しげな口調で続けた。「さて――君たちはどちらを選ぶ？」

◆真実への目覚め
紗英と悠斗は息を呑んだままスクリーンを見つめていた。それぞれの胸中には葛藤と疑念が渦巻いている。
「……どうする？」
悠斗が低い声で尋ねた。その目には迷いと焦燥感が浮かんでいる。
紗英は答えず、ただスクリーンを見つめ続けた。そして、不意に何かに気づいたように目を見開いた。
「待って……これっておかしい。」
彼女は震える声で言った。「この選択肢自体が罠よ。」
「罠？」
悠斗が眉をひそめる。
「そうよ。この館そのものが私たちを疑心暗鬼に陥れるために仕組まれているんだとしたら、この“選択”もまたその一環なんじゃない？」
紗英は必死に考えながら言葉を続けた。「本当にどちらかしか選べないなんて保証はどこにもないわ！」
その言葉に悠斗もハッとした。そして二人は同時にスクリーンへ向かって歩み寄った。