地下室の揺れが収まり、再び静寂が訪れた。だが、その静けさは不気味で、二人の間に漂う緊張感を一層際立たせていた。紗英と悠斗は互いに目を逸らさず、まるで次の一手を見極めるチェスプレイヤーのように相手を観察している。
「……教授はどこに行った?」
紗英が口を開いた。教授はさっきまでそこにいたはずなのに、いつの間にか姿を消していた。
「さあな。」
悠斗は短く答える。「だが、あいつがこの状況を操っているのは間違いない。」
「でも、それだけじゃ説明がつかないわ。」
紗英は強い口調で言い返した。「この館そのものが仕掛けだとしても、人間だけではこんな精巧なトリックを作動させることなんて――」
その時、不意に壁の一部が音もなくスライドし、隠された通路が現れた。二人は息を呑む。通路の奥からは微かな光が漏れており、その先には何かがあることを示唆していた。
「……行くしかないな。」
悠斗が言った。
「罠かもしれないわよ。」
紗英は警戒心を露わにする。
「それでも、このままここで待っていても何も変わらない。」
悠斗の言葉には冷静さと覚悟が滲んでいた。紗英も渋々頷き、二人は慎重に通路の奥へと足を踏み入れた。

◆隠された真実
通路の先には小さな部屋があり、その中央には巨大なスクリーンと無数のモニターが並んでいた。モニターには館内の様子が映し出されており、各部屋や廊下、そして地下室までもが監視されていることが分かった。
「これ……監視カメラ?」
紗英は驚愕の表情で呟いた。
「そうだ。そしてこれが“観察者”の役割だろう。」
悠斗はスクリーンに近づきながら言った。「教授……いや、それ以上の存在が、この館全体を支配している。」
その時、スクリーンに映像が映し出された。それは高槻翔太と佐藤美咲だった。二人ともどこか別の部屋に閉じ込められており、恐怖と混乱に満ちた表情を浮かべている。
「翔太! 美咲!」
紗英は思わず叫んだ。しかし彼らはこちらの声など聞こえるはずもなく、ただモニター越しにその姿を見るしかできなかった。
映像には続きがあった。突然、高槻翔太と佐藤美咲の部屋に毒ガスらしきものが充満し始めた。二人は必死にもがくものの、やがて意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「そんな……!」
紗英は目を見開き、震える声で呟いた。「彼らを助ける方法はないの?」
悠斗もまた険しい表情を浮かべながらモニターを凝視している。しかし、その時点で既に手遅れだった。

◆館の“意思”
突然、スクリーン全体にノイズが走り、不気味な低音と共に新たな映像が映し出された。それは白石宗一郎自身だった。古びたフィルム映像でありながら、その姿と言葉には異様な迫力があった。
「この館は生きている。」
白石宗一郎はそう語り始めた。その声には狂気と誇りが入り混じっている。
「この館は私自身の延長であり、人間という存在そのものへの問いかけだ。極限状態で人間は何を選び、何を犠牲にするのか――それこそ、この館が試すべきテーマだ。」
映像の中で宗一郎は笑みを浮かべながら続ける。
「そして、このゲームには必ず勝者と敗者が存在する。勝者となるためには、“他者”という存在を否定し、自らの生存本能だけを信じることだ。」
その言葉に紗英と悠斗は凍りついた。この館で起きていることすべて――それは白石宗一郎によって設計され、今なお誰かによって運営されている“実験”だった。

◆疑心暗鬼から裏切りへ
「つまり……私たちは試されているということ?」
紗英は震える声で言った。「こんな狂ったゲームに乗せられて……」
「そういうことだろうな。」
悠斗も険しい表情で答えた。「だが、一つだけ確かなことがある。」
彼は紗英をじっと見つめながら続けた。
「生き残れるのは、一人だけだ。」
その言葉に紗英は息を呑んだ。「まさか……あなた、本気で私を――」
しかし次の瞬間、悠斗は懐からナイフを取り出した。その刃先が鈍く光り、紗英へ向けられる。
「悪いな。」
悠斗の声には冷たい決意が込められていた。「俺も生き残りたいんだ。」