「この館は、私の最高傑作であり、同時に最大の罪でもある。」
日記はそんな一文から始まっていた。白石宗一郎は、この霧坂館を設計する際、人間心理を極限まで追い詰める“仕掛け”を組み込んだという。それは単なる建築物ではなく、一種の“実験装置”として機能するものだった。
「この館に閉じ込められた者たちは、次第に互いを疑い、恐怖し、そして破滅へと向かう。それこそが、この館の真の目的だ。」
さらに日記には、この館で過去に起きた事件についても記されていた。昭和初期、この館で行われたある集団実験――そこで参加者たちは次々と姿を消し、生還した者はただ一人だったという。そしてその生還者も、精神を病み、最終的には自ら命を絶った。
「こんなもの……ただの狂気じゃない!」
紗英は声を震わせながら叫んだ。「曾祖父は一体何を考えてこんなものを……」
しかし悠斗は冷静だった。「重要なのは、この仕掛けがまだ機能しているということだ。そして、それを操作している“誰か”がいる。」

◆真相への手がかり
二人が日記に目を通していると、不意に背後から物音が聞こえた。振り返ると、そこには教授が立っていた。その顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
「ここまで辿り着いたか。さすがだね。」
教授はゆっくりと歩み寄りながら言った。
「教授……あなた、一体何者なんですか?」
紗英が問い詰める。
教授は答えず、代わりに机の上の日記に視線を落とした。「白石宗一郎――彼は確かに天才だった。しかし彼の“実験”は未完成だったんだよ。」
「未完成?」
悠斗が眉をひそめる。
「そうだ。」教授は頷く。「彼の理論では、この館で人間心理を極限まで追い詰めることで、“真実”に到達できると言われていた。しかし、そのプロセスには欠陥があった。それを補うために必要なのが、“観察者”だ。」
「観察者……?」
紗英の声が震える。
教授は笑みを深めた。「そう。この館で起きていることを冷静に観察し、全てを記録する者――それこそ私だ。」

◆新たな犠牲
その瞬間、地下室全体が微かに揺れた。どこからともなく低い機械音が響き渡り、天井から細かな埃が舞い落ちてくる。
「何……?」
紗英と悠斗が顔を見合わせる。その時、教授が静かに言った。
「ゲームの最終段階だよ。」
突如として地下室の扉が閉まり、鍵が掛かった音がした。二人は慌てて扉へ駆け寄るも、それはびくともしない。そして部屋の隅から新たな血文字が浮かび上がった。
「生き残れる者は、一人だけ」

◆疑心暗鬼
紗英と悠斗は互いに向き合った。その目には明らかな疑念と恐怖が浮かんでいる。この状況下では、自分以外の誰も信用できない――そんな心理状態へと追い込まれていた。
「まさか……あなたも仕掛け側なんじゃないでしょうね?」
紗英が低い声で言った。その手元では懐中電灯を握る指先が震えている。
「馬鹿なことを言うな。」
悠斗もまた冷たい目で紗英を見返す。「むしろ怪しいのは君だろう? この館の建築家である白石宗一郎の血筋なんだからな。」
その言葉に紗英は息を呑んだ。しかし反論する余裕もなく、再び部屋全体が揺れ始めた。どこからともなく聞こえる不気味な機械音――それは徐々に大きくなり、二人の精神をさらに追い詰めていく。