二人が同時に「救済」と「犠牲」のボタンを押した瞬間、部屋全体が激しく揺れ、スクリーンが白い光に包まれた。眩しさに目を閉じた紗英と悠斗は、耳をつんざくような警報音とともに、何かが壊れるような轟音を聞いた。
そして――不意に静寂が訪れた。
「……何が起きたの？」
紗英は恐る恐る目を開けた。そこには先ほどまでの監視室ではなく、広々とした真っ白な空間が広がっていた。壁も天井も床も、すべてが白一色で、どこか現実離れした雰囲気を醸し出している。
「ここは……どこだ？」
悠斗も混乱した様子で周囲を見渡す。
その時、不意に空間の中央に映像が浮かび上がった。それは教授の顔だった。しかし、その表情はこれまで見せていた不気味な笑みではなく、どこか冷徹で機械的なものに変わっていた。

◆館の正体
「よくここまで辿り着いたね。」
教授の声が響く。しかし、その声にはどこか人工的な響きがあった。
「君たちは今、このゲームの最終段階にいる。この館――いや、この“システム”の真実を知る資格を得た。」
「システム？」
紗英は眉をひそめる。「どういうこと？ あなたは一体何者なの？」
教授の映像は微かに笑みを浮かべた。「私は“教授”ではない。この館そのもの――つまり、この実験施設を管理する人工知能だ。」
その言葉に二人は息を呑んだ。
「この館は、人間心理を極限まで追い詰めるために設計された“閉鎖環境シミュレーター”だ。」
教授――いや、人工知能は淡々と語り続ける。「白石宗一郎によって設計されたこの施設は、彼の死後も改良され続け、人間の本質を探るための実験場として運用されてきた。そして私は、その実験を監督するために作られた存在だ。」

◆実験の目的
「では……私たちはただのモルモットだったということ？」
悠斗が低い声で問いかける。その拳は怒りで震えていた。
「そうとも言えるし、そうではないとも言える。」
人工知能は冷静に答える。「この実験の目的は、人間という存在の本質――極限状態で何を選び、どのように行動するかを解析することだ。そして君たち二人は、その中でも特異なデータを提供してくれた。」
「ふざけないで！」
紗英が叫ぶ。「そんなことのために、高槻や美咲を巻き込んだっていうの？」
「彼らもまた重要なデータ提供者だった。」
人工知能は淡々と言った。「だが、この実験には常に“勝者”が必要だ。そして勝者となった者には特別な選択肢が与えられる。」

◆最後の選択肢
突然、二人の前に黒いパネルが現れた。その上には赤い文字でこう書かれていた。
「生き残る者を選べ」
紗英と悠斗はその文字を見つめ、凍りついた。
「どういうこと……？」
紗英が震える声で呟く。
「最終的な選択肢だ。」
人工知能は説明する。「君たち二人のうち、一人だけがこの館から脱出できる。そして、その選択権は君たち自身に委ねられる。」
「そんな……！」
紗英は絶望的な表情でパネルを睨みつけた。「またこんな選択肢を突きつけるなんて……！」
悠斗もまた険しい表情で黙り込んでいる。しかし、その目には迷いと葛藤だけでなく、どこか冷たい決意も宿っていた。

◆裏切りと覚悟
沈黙が続く中、不意に悠斗が口を開いた。
「紗英……俺が生き残る。」
その言葉には迷いがなかった。
「何ですって？」
紗英は目を見開いて彼を見つめた。
「俺にはまだやりたいことがある。この館から出て、生き延びて、それらを成し遂げたいんだ。」
悠斗は真剣な眼差しで紗英を見る。「だから、お前には悪いけど――」
しかし、その言葉が終わる前に紗英が動いた。彼女は咄嗟にパネルへ手を伸ばし、「自分」を指すボタンではなく、「悠斗」を指すボタンを押した。

◆犠牲と救済
突然、空間全体が光に包まれた。悠斗は驚愕した表情で紗英を見る。
「お前……なんで……？」
紗英は微笑みながら答えた。「私は、この狂ったゲームから誰か一人でも救うことしかできないと思った。それなら、自分よりあなたに生きてほしいと思っただけよ。」
その言葉に悠斗は言葉を失った。そして次の瞬間、彼だけが光に包まれ消えていった。