試験官たちは、第一のミッションで運営側にも行方不明者が出てしまったことに衝撃を受けていました。

「これ以上の試験続行は危険です。今すぐ試験を中止にしましょう」

 試験官たちは必死にビンセントに訴えます。

「たとえ今、ここで試験を止めたとしても、迎えの船が来るのは一ヵ月後だ。それまで危険が続くことに変わりはない。ならば、我々は仕事を続けるべきだ。違うかな?」

 ビンセントは焦る気持ちを表に出さないように気をつけながら、冷静に試験官たちに返答しました。

「しかし、試験となれば、どうしても我々はバラけてしまいます。何が起こるかわからない以上、まとまって行動するべきです。それに、聖女候補に犠牲者が出たとなれば、スポンサーの貴族たちに責任を取れと糾弾されてしまいます」

 同僚が行方不明となったことで追い詰められた試験官たちは、なおも必死にビンセントに食い下がります。

「お前たちは、いまだに自分の立場がわかっていないようだな。これは聖女を選別するという大事な仕事なのだよ。職務を放棄することは許さん。わかったな」

 ビンセントは怒りのこもった声で試験官たちを納得させようとします。

「しかし……」

「次に文句を言ったら、お前の首を飛ばすぞ。あまり俺を怒らせるな」

 ビンセントは、腰に差した剣の柄を握りながら試験官たちを威圧して、ようやく彼女たちを黙らせることに成功しました。

「お前たちは次のミッションのことだけを考えろ。さあ、準備に取り掛かるぞ」

 試験官たちは諦めた表情を隠すことも忘れて、渋々彼に従いました。

◇◇◇

「ケイシィ、あなたのおかげでミッションをクリアできた。本当にありがとう。今度は私にお返しさせてね」

 カタリナは劇場の中にあった別のお宝を回収することで、なんとかミッションをクリアすることができました。

「あんまり人を信用するな。私もあのナタリーのように君を裏切るかもしれないんだぞ?」

 ケイシィは真剣な表情でカタリナを見据えます。

「それでも構わないわ。だってケイシィは私の命の恩人だもの。今度は私があなたに恩返ししないとね」

 カタリナは自身の覚悟を伝えるように、ケイシィを見つめ返します。

「……好きにしてくれ。だが、お互いに聖女候補である以上、私たちはいずれ敵対することになる」

「その時は、私はあなたに勝ちを譲るわ。元々、親に無理矢理参加させられていたから、最後はそうするつもりだったの」

「それでは私が納得できないな。恩返しをしたいなら、最後まで生き残って、私と真剣に勝負してくれ」

「……わかった。最後まで全力で行かせてもらう。ありがとうケイシィ」

 カタリナは覚悟を決めた顔でケイシィの手を握りました。

◇◇◇

 聖女候補たちは第二のミッションの説明を受けるために洋館のホールに集められました。

「諸君。第二のミッションの内容を説明する。ずばり、第二のミッションは鬼ごっこだ。鬼はこの私、ビンセントが自ら務めさせてもらう。舞台は、この洋館の外、孤島の全ての場所だ。君たちは、明日の夜明けまでに追跡する私から逃げ切り、ここの洋館へと戻ってくること。君たちには私から逃げる準備として、一時間の猶予を与える。一時間後に私はこの洋館を出て、君たちを追いかける。説明は以上だ」

 前回、ビンセントが候補者を怒ったためか、今回は彼に質問をする者はいませんでした。
 しかし、カタリナはビンセントの説明に違和感を抱いています。彼女は隣にいたケイシィにその疑問をぶつけてみました。
 
「ねえケイシィ。今回の鬼ごっこなんだけど、本来ならジョーカーが鬼を務めるはずよね? というかそもそもジョーカーがいるから、こんな鬼ごっこなんてミッションにはならないはず。きっと、ジョーカーに何かあったんだわ。すでに倒されているとか。それで急遽ミッションを変更したんじゃないかしら?」
 
「ふふ、さすがだねカタリナ。いい考察だ。でもよく考えてみな。私たちは常に試験官に監視されているんだよ?」
 
「あ、確かに!」

 カタリナは抱いていた違和感の答えが出たので、手を叩いて相槌を打ちました。
 
「そう、だからこれはビンセントに圧倒的に有利なミッションなんだ。彼は常に私たちの居場所を把握出来るんだからね」
 
「なるほど、彼はその気になればいつでも私たちを捕まえられるってわけね。これはひどい。本当に私たちにとっては理不尽なミッションだわ!」

 カタリナは怒りの感情を抑えきれず、声を荒げます。
 
「まあまあ、ビンセントにも失敗できない理由があるんだよ。彼が追い詰められている証拠だね。でも、そこに私たちがつけ入る隙がある。うまくビンセントを出し抜いてやろう」

◇◇◇

「試験官さん、そこにいるんでしょう? あなたとお話がしたいの。出てきてもらえないかしら?」

 森の中にいるケイシィとカタリナは、物陰に隠れて自分たちを監視している試験官を見つけると、自分たちと話をしようと持ちかけました。

 木の陰から一人の女性が姿を現します。

「本当はいけないんだけど、今はいろいろと大変なことが起きているからね。特別に聞いてあげるわ」

 ダークグリーンのタイトなドレスを着た試験官が二人に話しかけてきます。彼女が精神的にかなり疲れているのが表情からも見て取れました。

「ありがとう。あなたが話がわかる人でよかったです。今回のミッションなんですけど、あまりにも私たちが不利じゃないですか? おそらく、あなたたち試験官があのビンセントに私たちの居場所を伝える手筈になっているんでしょう?」

 ケイシィは落ち着いた声で試験官に語りかけます。

「そこまで理解しているとは、さすがね、ケイシィ。あなたの言うとおり、私たちはビンセントにあなたたちの情報を定期的に報告することになっているわ」

 試験官の女性は、魔力で動作するコミュニケーションデバイスをケイシィたちに見せました。

「なるほど、その機械で情報のやりとりができるんですね。それだと、あまりにもビンセントが有利で、アンフェアじゃないですか。あなたたちは本当にそんなことでいいと思ってるんですか?」

 ケイシィは試験官の女性を説得するために、毅然とした声と表情で話しかけました。

「もちろん、私たちも疑問に思っているわ。でも、私たちはビンセントには逆らえないの。わかって」

「なるほど、あなたたち試験官はビンセントに絶対服従の立場なんですね。それでは、こういうのはどうでしょうか?」

 ケイシィは試験官に対して、ビンセントに次のような虚偽の報告をすることを提案しました。
 
【試験官たちは候補者たちに不意打ちされて負傷した。そのため、彼女たちの足取りを追うことができない。その後の調査で、今回のミッションの攻略法として、候補者の一人がビンセントから自分たちの居場所を隠すために試験官を攻撃することを考案して、他の候補者たちに入れ知恵したことがわかった】

「なるほど。これなら少なくても私たちが裏切ったことにはならないわ。こんなこと、よく思いつくわね」

 試験官は感心した表情でケイシィの話を聞いています。

「まあ、さすがに試験官にまで迷惑をかけるわけにはいかないですから。どうです? 私の話に乗ってくれますか?」

「いいでしょう。それで、ビンセントとあなたたち聖女候補が公平になるなら、やるべきだと私は思います。私から他の試験官にも提案してみましょう」

「ありがとう。これで私たちも安心してミッションをこなせます」
 
 ビンセントのことをよく思っていなかった試験官たちはケイシィの提案を受け入れることにしました。

 一時間後、洋館を出発したビンセントは、候補者に不意打ちされたという試験官たちの報告を聞いて唖然としました。

「クソッ、簡単に捕まえられるはずが、手を煩わせやがって。候補者の中に思ったより頭の回るガキがいたようだな。しかし、不意打ちとはいえ、試験官たちがガキどもにやられるとは。流石に今回は、説教だけでは済まさんぞ」

 候補者たちの居場所を簡単に知ることができると思っていたビンセントは、この報告を聞いていつも以上に苛立っています。

「とりあえず、ガキどもが隠れそうなところをしらみ潰しに当たっていくか。近くの建物から探すとしよう」

 洋館から一番近い建物へと向かうビンセントの前に、意外な人物が現れます。その人物を見た瞬間、さすがに百戦錬磨のビンセントも心臓が止まりそうになり、思わず足を止めました。
 
「お前は、ジョーカー!?」

 黒いロングコートに身を包んだジョーカーは、ビンセントを足止めするように、彼の前に立ちはだかります。

「いや、違う。ジョーカーはすでに死んでいる。私が死体を確認したんだ、間違いない。では、お前は一体何者だ?」

 ビンセントは全身の震えをなんとか抑え込みながら腰の剣を引き抜いて身構えます。ジョーカーは彼の問いかけには答えず、ケタケタと不気味に笑い出しました。

「私の問いには答えんか。まあいい。試練の邪魔をするなら、誰であろうと斬り捨てる。それだけのことだ!」

 ビンセントは構えた剣に魔力を込めます。彼の持つ聖剣が青白い光を帯びて輝きだしました。ビンセントの剣は薄暗い森の中を明るく照らし、ジョーカーのつけている白面を青白く染めました。

「偽物め、あの世で私に楯突いたことを後悔するのだな!」

 ビンセントは目にも止まらぬ速さでジョーカーとの距離を詰めると、一瞬で彼を斬りつけます。しかし、ジョーカーはギリギリのところで彼の斬撃を交わすと、右足で彼の剣を踏みつけて動かないようにしました。

「ぐっ、見た目を真似ただけかと思ったが、やはり手強いな。ならば……」

 ビンセントは剣を覆っていた青白い魔力を一瞬で右手に移動すると、そのまま拳でジョーカーに殴りかかります。

 しかし、次の瞬間、彼の視界からジョーカーの姿が消えました。
 
「バカな! 消えただと!」

 ジョーカーはビンセントが目で追えないほどの速さで彼の背後に回り込んでいました。
 そして、右腕をビンセントの首元に回して、彼の首を締め始めます。

「ぐうぅ、お前は一体!?」

 ビンセントの意識はそこで途絶えました。

 ジョーカーは動かなくなったビンセントの身体を地面に下ろすと、身につけていた白い仮面を投げ捨てました。
 
「……ようやくビンセントの身体を手に入れた。これでこの試練はマスターの思いのままだ」
 
 ジョーカーだった人物はビンセントの身体を乗っ取ると、闇の中へと消えていきました。