「ねえ、よかったら私と一緒に探索してくれないかな?」
 
 洋館の入口で、とある少女がカタリナに話しかけてきました。彼女は背が小さく、純白のローブに身を纏っています。長い黒髪が肩まで伸びていて、子供のような無邪気な笑顔を浮かべていました。

「いいけど、なんで私なの?」

 カタリナは少し困惑した表情で彼女に返答します。

「あなたが一番、声がかけやすそうだったからよ。他の人は、ツンツンしていて、声をかけるなってオーラがプンプンしてるからねえ」

「……なるほどねえ」

(だから、あの紫色のドレスを着た子も、私に話しかけてきたのか)

「それも才能だと私は思うわ。聖女には必要なことよ」

 少女は無邪気な笑みを崩さずに話し続けています。カタリナは思いがけず自分のことが褒められたことでうれしくなりました。

「ありがとう。でも、私はあなたの方がよほど聖女に向いてると思うわ。私にはロクなスキルが無いからね。あなた、名前は?」

「私はナタリーよ、よろしくね。あなたは?」

「カタリナよ。よろしくね」

 二人はがっちりと握手をしました。

「それでナタリー。あなたはどこかお宝の当てはあるの?」

「うーん、正直よくわからないんだよね。逆に、カタリナはどこかめぼしい場所、ある?」

「それじゃあ、これを見てくれる?」

 カタリナはカバンから地図を取り出すと、ナタリーに見えるように目の前に広げます。

「へえ、もう島の地図を書いたの? あなたすごいじゃない」

「まだ大雑把にしか書けてないけどね。高台から見えた建造物の場所は全部地図に書いておいたの。ジョーカーに会うと面倒だから、この洋館の近くの建物から行ってみる?」

 カタリナは地図上の洋館から一番近くの建物を指差しながらナタリーに問いかけます。

「そうねえ。でも私は、なるべく洋館から遠くの建物に行ってみた方がいいと思うな。私が試験官なら近くには大した宝を置かないから。リスクを取ってでも、遠くの建物に行ってみたい」

「なるほど。それも一理あるわね。それなら、ここはどうかしら?」

 カタリナは島の北側にある劇場のような建築物を指差しました。

「ここは多分劇場だけど、周りが森に囲まれているから、気配を消しながら進んでいけば、よほど運が悪くなければ、ジョーカーに発見されずに到達できると思う」

「ほうほう。良さそうな場所ねえ。それじゃあ、ここに行きましょう」

 二人は洋館から北にある劇場らしき建物を目指して、ジョーカーに見つからないように気配を消しながら歩いていきます。
 五分ほど歩くと、薄暗い森の入口に着きました。

「この森を抜けた先にあるのよね? あなた、魔法は使えるの?」

「私は基本的な魔法は一通り扱えるけど。あなたは?」

「実は私、魔法苦手なんだよねー。魔物との戦闘になったら、お任せしてもいい?」

 ナタリーは両手を合わせながらカタリナにお願いします。

「わかったわ。でも、厄介な敵が出たら、あなたも手を貸してくれると助かるわ」

「わかってるって。任せてよ」

 森の中は、昼間でも光が当たらず、ひんやりとしています。二人が歩くたびに枯れた葉や枝がミシミシと音を立てました。

「音を立てずに歩くのって中々難しいのねえ。これでは魔物にこちらの位置を教えているようなものだわ。ジョーカーがこの森にいないことを祈るしかないわね」

「本当ね。それに、同じような視界が続くから、迷子になりそう。コンパスを持ってきて正解だわ」

 カタリナは道に迷わないように、常にコンパスを手に持ち、進むべき方向を確認しています。

 途中、魔物に何度か遭遇しましたが、カタリナは魔法で危なげなく退治していきました。

「へえ、思ったよりずっと強いのねえ、あなた。ステキよ」

 ナタリーは相変わらず無邪気に微笑みながらカタリナに話しかけます。

「この程度の魔物なら、苦労せずに倒せるわ」

(おかしな子ね。戦闘中は私に任せっきりで何もしようとしない。まるで私のことを試しているみたいだわ。本当に魔法が使えないならわかるけど……)

 カタリナたちは森の奥にある劇場らしき建物に到着しました。劇場はずっと管理されていないらしく、コンクリート製と思われる外壁には蔦が生い茂っています。

「大きいわねえ……。こんな巨大な建物が森の中に眠っていたなんて」

「この島を所有していたエヴァンズは本当に大金持ちだったのね。この島を彼の国にしようとしていたって話は本当だったみたい」

 その時、建物の中から機械仕掛けの人形がカタカタと音を立てて二人の方へと向かってきました。それを見たカタリナは思わず身構えます。
 かわいそうだけど、自分たちに害をなすつもりなら壊すしかない、カタリナは心の中でそう決めました。

「ヨウコソ……ライオネルシアターへ」

 機械仕掛けの人形は二人の目の前まで進むと、深々と頭を下げました。

 自身の予想に反して、機械仕掛けの人形が挨拶をしてきたので、身構えていたカタリナは固い表情を緩めます。

「敵意は無さそうね。どうする?」

「とりあえず、様子を見てみましょう」

 機械人形は二人を劇場の中へと誘うように建物の奥へと進んでいきます。

 二人がエントランスから長い廊下を進むと、驚くほど広いホールが目の前に現れました。天井や壁面についた無数の音響反射板が、このホールをまるで異空間のような存在へと変身させています。

「これはすごい。見るだけで圧倒されるわね。さ、中に入ってみましょう」

 ホールを進む二人の足音が音響反射板に反射し続けているのか、まるで楽器の音色のように複雑に響き続けています。
 
「やっぱりすごく金をかけているわ。特に音へのこだわりがすごいわね。設計者の狂気すら感じるわ」

「ナタリー、ステージを見て」

 カタリナは、ステージに赤色のドレスを着た女性型の機械人形がいることに気づきました。女性型の機械人形は、二人に微笑みかけると、ゆっくりと歌い出しました。機械人形は、優しい声色で、愛の歌を歌い上げています。カタリナは、いつの間にかその美しい歌声に聞き入っていました。

「素晴らしい歌声ね」

「素晴らしい。ええ、素晴らしいわ。こんな場所で賢者の石が見つかるなんて、最高だわ」

「え、今なんて……」

 ナタリーはくすくすと笑いながら素早く機械人形の前まで移動すると、手に魔力を込め、青白い魔力で輝く手で機械人形の首をもぎ取ります。

「何をしているの、ナタリー!?」

 目の前で起きた出来事に驚いたカタリナは、思わず大声で叫びました。機械人形の首から、まるで鮮血のように茶色いオイルが吹き出して、ナタリーの純白のドレスを汚していきます。

「何って、目の前にお宝を見つけたから回収しただけよん」

 ナタリーはカタリナの方を振り向き、ケラケラと笑いながら答えます。

「ねえ、カタリナは賢者の石って知ってる? この機械人形の動力源はねえ、賢者の石のレプリカなのよ。まあ、本物からしたら、おもちゃみたいなレベルだけど、それでもこうやって機械人形を本物の人間のように動かせるの。素晴らしいと思わない?」

 カタリナには、機械人形の油で汚れたナタリーが、まるで血まみれの殺人鬼のように見えます。

「あなた、狂ってる……」
 
 ナタリーの姿に恐怖したカタリナは、無意識の内に後ずさりしました。

「さて、お宝も手に入れたし、あなたはもういらないわ。この劇場ごと、消してあげる。試験官には事故ってことで処理してもらうわ」

「あなた、試験官とグルなの?」
 
「ふふ、もう出てきていいわよー」

 物陰から試験官らしき女性が現れて、ナタリーに手で合図をします。

「うふふ、なーに、驚いた顔して? 彼女と仲良くなっただけよん」
 
 試験官はそのままナタリーのもとまで歩いていき、彼女の手を取ってひざまずきました。試験官は彼女の手をつかむと、愛おしそうに手を舐め始めます。
 
(試験官の様子がおかしい。魅了の魔法をかけて操っているんだわ)

「あなた、魅了の魔法を使ったわね!」

 カタリナはナタリーを睨みつけます。

「あはは、わかるー? 私、ホントは魔法、得意なのー。試験官一人操るくらい、どうってことないのよー」

 ナタリーはニタニタしながら試験官の女性の頬に機械人形から流れたオイルを擦り付けています。

「ふふ、怖い顔してるねえ。もう、そんな眼で見つめられたら私、ゾクゾクしちゃうわ。でもあなたは、何故か魔法に耐性があるみたいね。私が何回も魅了の魔法をかけてるのに、全然効果が無いんですもの。もったいないけど、やっぱり今ここで、私があなたを不合格にしてあげます。その能力はこの先、私の邪魔になりそうだからねえ。あはははははぁ!」

 ナタリーは両手に青白い魔力を溜めると、カタリナの頭上の天井に向けて一気に放出します。彼女の魔法は一筋の閃光となって天井を破壊しました。カタリナの頭上から巨大なコンクリートの塊が迫ってきます。

「マズい!」

 カタリナは咄嗟に反応しましたが、大きなコンクリートの塊に身体を押しつぶされてしまいました。砕け散ったコンクリートの破片が飛び散って、砂埃が舞い上がります。
  
「咄嗟に身体が反応したのにねー。残念でしたー。あ、恨むなら、私じゃなくて、不運な自分か神様にしてねー。ばいばーい」

 ナタリーは笑いながら試験官の女性を引き連れて劇場を後にしました。

 視界が悪く、カタリナは、今自分の身体がどうなっているのかわかりません。しかし、彼女の全身には激痛が走っています。

(全身が痛い……もう、動けないわ。こんなところで死ぬなんて……そんなの……嫌……嫌……)

「いやああああああ!」

 カタリナは悔しさのあまり、大声で叫びました。

「うるさいわね。今助けてあげるから、大声を出さないで」

 死を覚悟したカタリナの前に、なんとあの紫色のドレスを着た少女が現れました。砂埃が嫌なのか、口には白いスカーフのような布を巻いています。

「確か、魔法に耐性があるんだったね。それでは回復魔法よりポーションの方がよさそうだ」

 少女は魔法でカタリナの上にのしかかっているガレキを粉々に壊すと、カタリナにポーションを飲ませてくれました。
 少女が飲ませたポーションは強力だったようで、カタリナの身体はみるみるうちに回復していきました。

「どう、立てる?」

 少女はカタリナの手を握ってから優しく彼女を抱き起こします。カタリナは自分の力でしっかりと立つことが出来ました。

「よし、足元もしっかりしてる。もう大丈夫よ」

「助けに来てくれたの? どうして?」

「私がこの劇場を見に来た時に、あなたの叫び声が聞こえたから、たまたま助けただけで、特に理由なんてないよ。それに、誰かを助けるのに、理由がいるのかい?」

「うわああああん」

 それを聞いたカタリナは、嬉しさのあまり泣き出してしまいます。

「な、泣くんじゃないよ。助けた私が恥ずかしくなるだろ……」

 少女はバツが悪そうにカタリナを見つめています。

「うう、ありがとー。ありがとー」

 カタリナは少女の胸に飛び込んで、泣き続けました。緊張の糸が切れたカタリナの太ももから、温かい液体が足元へと伝っていきます。

「まったく、しょうがない子ね」

 少女は泣き続ける彼女を優しく抱きしめます。

(お漏らしまでするとは、本当に怖かったんだね)

 少女はカタリナの頭をやさしくなでてあげました。
 
 カタリナを助けた少女は、ケイシィと名乗りました。

「聖女候補だって人間なんだから、ああやって他人を嵌めようとしたり、蹴落とそうとする悪いやつもいるんだ。だから、人を信用しすぎては駄目だ。今後、気をつけた方がいい」

「うん、ありがとうね、ケイシィ」

 カタリナはケイシィを抱きしめたまま離しません。

(やれやれ、すっかり懐かれてしまったな)

 ケイシィはもう一度カタリナの頭をなでました。

◇◇◇

「くっ、なによこいつ。倒しても倒しても立ち上がってくる。不死身だとでもいうの?」

 劇場から洋館への帰り道、ナタリーは全身黒ずくめの男に襲われていました。すでに彼女のそばにいた試験官を倒したその男の顔は、真っ白な仮面で隠されています。
 ナタリーは何回も黒ずくめの男を魔法で攻撃しました。
 しかし、何度魔法を当てて倒しても、その男は何事も無かったかのように立ち上がり、ナタリーを追いかけてきます。

「お前、ジョーカーだろ? いい加減、しつこいわ。もういい。私の本気を見せてやるよー!」

 ナタリーは両手に彼女の全身の魔力を全て集中させます。ナタリーの両手から青白い魔力が光輝いて、周囲の空気を震わせながらバチバチと音を発しています。

「はあっはあっ。これが私の全力だあー。跡形も無く消し飛べー!」

 ナタリーは仮面の人物に向けて全力で魔法を放出しました。
 青白い閃光が一直線に黒ずくめの人物へ向かって飛んでいきます。

「ははっ、ざまーみろー。私を本気で怒らすからこうなるのよー」

 しかし、閃光の先にいるはずの人物は、ナタリーの真後ろに立っています。

「は? どうして……」

 ジョーカーはナタリーの首に腕を回して、ギリギリと首を締め上げます。

「く、苦しい……。お願い、私、なんでもしますから、許してください。わ、私の身体を好きにしていいです。こう見えて、私……、処女なんです。今から証拠を見せてあげますから……、私の初めてをあなたにあげますから……、どうか命だけは……」

 ナタリーはスカートをたくし上げて、履いていたショーツを下にずらしながらジョーカーに懇願します。

 しかし、ジョーカーはナタリーの言葉には反応せず、無言で彼女を首を絞め続けました。

「いやあああ……死にたくない……助けて……母さ……」

 それが彼女の最後の言葉でした。

 ナタリーと、彼女と一緒にいた試験官は、このジョーカーと瓜二つな見た目をした人物によって、どこかへと連れていかれました。

 その一部始終を目撃していた別の試験官から報告を受けたビンセントは、明らかに狼狽していました。

「ありえない。何故死んだはずのジョーカーが復活して、味方であるはずの試験官まで襲うのだ……」