「まったく、こんなところで一ヶ月間も暮らせだなんて、どうかしてるわ」

 聖女候補の一人であるカタリナが嘆きます。彼女は今回、下流貴族の両親に、無理矢理聖女候補として試練に送り出されていました。

 ローア聖協会は、聖女になるための条件として、聖女にふさわしい加護の能力があることを聖女候補に求めています。実は、カタリナは、すでにとある加護の能力を身につけているのですが、彼女は聖女になるつもりなどさらさらなかったので、あえて能力を隠していました。その結果が、この孤島での試練への強制参加です。

「まあいいわ。適当な聖女候補の子を支援して勝ち抜かせて終わりにしよう。私は聖女になる気なんて無いしね」

 聖女候補は貴族の子女が多いのですが、これにはカラクリがあります。彼女たちは貴族の養子なのです。これは、自身の家から聖女が出れば、その後の栄光と繁栄が保証されていたからで、貴族は才能のある少女を見つけると、養子縁組をして聖女候補となるための教育をしていました。

 しかし、試練を担当するローア聖教会側は、聖女の選別に際して、貴族たちに忖度することは決してありませんでした。聖教会は、あくまで聖女自身の加護の能力を重視しています。強力な能力を持っている女性ほど、聖女になる可能性が高いので、貴族たちは自分の領地から必死に能力者たちを探して、可能性のある者を養子にしていきました。今回のカタリナのように、貴族の実子が聖女候補になる場合は、聖女候補という立場を自分の子供の箔付けに利用する場合がほとんどでした。それがわかっていたので、カタリナも冷めており、試練にやる気を出すことがなかったのです。

 そして、この選別は裏で貴族たちの賭け事の対象となっており、各聖女候補には配当金の倍率が掛けられています。この賭け金は寄付という形でローア聖教会側にも流れていたので、聖教会はこれを黙認していました。

 今回の試練に参加する聖女候補の十二人は、試練の舞台となる孤島の中央に建っている洋館の前に集められました。

 そわそわとした様子で落ち着かない彼女たちの前に、威厳のある顔をした聖騎士が現れます。

「諸君、私が今回の試練の責任者であるビンセントだ」

 ビンセントは、ローア聖教会所属の聖騎士です。彼はあご髭を生やしており、相応の年齢を感じさせる顔をしています。彼は鋭い眼光で候補者たちにプレッシャーを与えながら話しかけます。

「今回の試練のルールを説明しよう。舞台はこの、とある貴族が所有する絶海の孤島だ。君たち聖女候補にはここで一ヶ月間生活してもらう。基本的には島の中央にある洋館の中での生活となる。試練中の魔法の使用は禁止しない。だが、各自の持ち物に関してはこちらで指定させてもらう。足りないものは支給するし、余計なものを持っている場合はこちらで預からせてもらう。これは各参加者の公平を期すためだ」

「一ヶ月も……こんなところで生活しろっていうの?」

 何人かの聖女候補たちは明らかに戸惑っていて、不満そうな表情や態度を表に出しています。

「ふふ、嫌なら今すぐここでリタイアしてもらっても構わないよ。君たちの自由だ。その方が、私たちも選別が楽になるから好都合だ」

 ビンセントは厳しい表情を変えずに、皮肉めいた口調で候補者たちに語りかけます。

(バカな子たちねえ、もう試練は始まってるっていうのに)

 聖女候補の一人が、先ほど愚痴をこぼした候補者を心の中で軽蔑しています。彼女の考えは正しく、試験官たちはすでに採点を開始していて、聖女候補たちがビンセントの説明を聞く態度なども、採点の対象となっていました。

「さらに、この試練の間に、私たちはいくつかのミッションを君たちに与える。そのミッションをこなしながら、一ヶ月間ここで生活することが、この試練の合格の最低条件となっているからだ」

(なるほど、ただここで過ごすだけではダメってことね。まあ、魔法を使えれば大分楽になるから、それも当然か)

 カタリナは、これから自分が行うことになるミッションの内容を想像しながら、ビンセントの話に耳を傾けています。基本的な魔法を全て習得しているカタリナにとって、ここでの生活はそこまで大変になるとは考えていなかったので、どのようなミッションがあるのかを考えていました。

「ミッションに参加する以外の時間は自由だ。どのように生活しても構わないが、私たちが必要としているのは加護の能力を持った聖女だということを覚えておいてもらいたい」

(……二十四時間行動を監視するってわけね。まあ、普通にしてればいいだけのことだけど、誰かに見られながら生活するっていうのは、あまり気分は良くないわね)

 他人に干渉されることを嫌うカタリナは、苛立ちを隠せずに、無意識のうちに険しい表情を浮かべていました。他の候補者たちもプライベートの時間まで観察されるのは想定外だったようで、不満そうな態度を取っています。

「そして、今回の試練では、ジョーカーという、君たちの敵対者となる存在を用意した。ジョーカーはこの島の中を自由に移動して、君たちを捕まえようとするハンターだ。ただし、この洋館の中に入ることは無い。つまり、洋館の中は安全ということだ。洋館の外でこのジョーカーに捕まった者は一発退場とする。聖女には幸運も必要だから、このジョーカーに捕まるようではお話にならないということだ。もちろん、ジョーカーから逃げるだけではなく、彼と対峙して倒してもらっても構わない。まあ、彼を倒せればの話だがね」

(ジョーカーという強力なハンターがいるのね。これは厄介だわ。この言い方だと、戦って勝つのは難しいだろうから、状況によっては、ある程度身を隠しながら行動しないといけない。そして、見つかった時の対応も考えておくようね)

 カタリナは、洋館の中は安全だというビンセントを信じて、初めのうちはなるべく洋館から離れて行動することは避けようと考えました。

「では、この試練で、君たちが聖女として覚醒して守護の能力を発現してくれることを期待しているよ。いずれにせよ。迎えの船は一ヶ月後にしか来ない。それまで君たちはこの島で生活するしかないんだ。では、君たちの健闘を祈る」

 説明が終わり、ビンセントは候補者たちの前から立ち去りました。ここから、聖女候補たちの過酷な試練が始まります。

「ねえ、あなた。あの男の説明、どう思った?」

 突然、カタリナの隣にいた少女が微笑みながら話しかけてきました。彼女はウェーブのかかった茶色の髪をしていて、紫色のドレスを着ています。

(初対面なのに、馴れ馴れしい人ね)

 カタリナは彼女に少しだけ嫌悪感を抱きましたが、それを表情に出さないように気をつけながら返答します。

「私の意見を言えばいいの? 今回、魔法が使えるからここでの生活自体はどうってことはないけど、ジョーカーというハンターの存在が厄介ね。常に洋館に引きこもるわけにもいかないから、ジョーカーに見つからないように身を隠して、警戒しながら生活する必要があるわ」

「なるほど……。普通はそう考えるわね」

 少女は、青い瞳でカタリナをまっすぐ見つめながら、手を口元に当ててくすくすと笑います。

「え? 普通は? どういうことなの?」

(この子、突然何を言っているんだろう?)

 カタリナは彼女が言っていることが理解出来ず、思わず聞き返してしまいました。

「一つ忠告しておくよ。この試練は荒れるから、他の参加者の動向をよく観察して、警戒しておくといい」

 そう話すと、少女はあいさつの代わりにカタリナの肩を軽く叩いてから、ゆっくりと洋館の中へ入っていきました。