「笑顔が嘘くさい」と言ってきた転校生が恋人の親友になった

 しばらくして、誰かがやってきた気配がする。ぴっと和希のアンテナがそちらにはられたのがわかった。明らかに、ドアを気にする。気配の主は、間地だった。

「和希、お疲れ!」
「幸人」

 和希の顔が、ぱっと明るく、安堵に満ちたものになる。引き受けた仕事を誇示することもせず手を止めて、何気ない会話を始めた。間地が、袋から缶コーヒーを差し出す。この男も、生徒会会計をつとめるため、生徒会室に立ち入る権限があった。

「ありがとう」

 嬉しそうに両手で受け取って、大切に飲み始めた。「おいしい」とほっと息をつく。
 その優し気な笑みを見て、秋房は指の腹を噛んだ。
 くそ、ぐちゃぐちゃにしてやりてえ。
 知り合ったころから、ずっとそうだ。和希の澄ました笑顔を見ると、どうにも突っつきまわしたくて仕方なくなる。間地に対しての、柔らかい態度を見るとなおさらだ。
 コンビニで買ってきた缶コーヒーごとき、ありがたがる身分でもないだろうに。猫かぶりに呆れる。
 そんな和希を見つめる間地の笑みは、どこか誇らしげに見えて、それが余計に癇に障る。

「そういえば、双葉は」
「外せない用事があるらしくて、帰ってもらったんだ」
「そっか……ところで、お前また肩代わりしてないよな?」

 じっと間地が見つめる。和希は、ほんの少し困った顔をして、それからおずおずと答える。

「してないよ」
「したんだな。まったく」

 間地がため息をついた。そのつき方があんまり甘いので、秋房はうんざりする。和希も和希だ。あれくらい、平然とごまかせるタマだろうに、わざとらしく気をひきやがって。
 和希は、「ごめん」と謝った。

「でも、たいした量じゃないんだ。もうすぐ終わるよ」
「そうか?」
「うん」

 間地が引き下がったのを見て、明らかにほっとした顔をした。子供みたいなあどけない顔だった。間地は、自分の机に向かった。そして、「和希」と声をかけた。

「何?」
「ファイル送ってくれ。俺も手伝うから」
「えっ、で、でも」
「二人でやったら、もっと早いだろ」

 じっと、異論は許さないという顔で、和希を見た。和希はおろおろとした。それはそうだろう。双葉から預かった仕事はたいした量であることが露見するのだから。間地はへらへらしているが、できる奴だ。少なく渡したところで、ばれるに決まってる。
 和希は観念したようで、「ごめんなさい」と、うなだれた。間地は、笑う。

「怒ってないよ。お前が頼ってくれないから、さみしいだけ」
「幸人……」
「今日は一緒に帰るって約束だろ」

 間地にじっと見つめられ、和希は真っ赤になった。嬉しそうにはにかんで、「うん」とうなずく。間地は、和希をとろけるような目で見つめた。
 ぶん殴りてえ。

「あっついな~見てらんねえよ」

 秋房は、からかいまじりに冷笑した。

「ああ、秋房」

 間地は今気づいたように顔を上げた。その不遜な態度に、不愉快になる。
 なにが、「幸人は優しいから」だ。何も見えてねえ。和希の奴、こんなのにあからさまな媚売りやがって。和希はというと、自分に反応はしたものの、じっと注意が間地に向いている。先までの固い警戒もどこへやら――それにどうしようもなく苛々した。

「和希ちゃんは、間地がくるとご機嫌だな」

 お望み通り、からかってやる。和希は頬を赤く染めた。そして、その失態を恥じるように、顔を俯かせる。そっと間地から顔を隠した。それにたいそう、気を良くする。そうそう、そうしてろ。

「そうなのか?和希」

 椅子から立ち上がった間地が、和希に尋ねる。その声は明らかに浮ついていた。じっと覗き込まれて、和希はいよいよ顔を真っ赤にして、「だって」とうろたえた。

「恋人といて、不機嫌なひとなんていないよ」
「和希!」

 間地は、端正と褒めそやされる顔を笑顔でいっぱいにした。和希は照れながらも、その笑顔に、じっと見惚れている。見ていられなくなって、立ち上がる。しかし、二人きりにしてやるのも腹が立つ。ということで、仕方なく資料を取りに向かった。