「龍堂くん、LINEやってる?」

 隣り合ってご飯を食べながら、隼人は尋ねた。龍堂は、パンを一つ食べ終え、お茶を飲んでいたところだった。キャップを閉めると、隼人を横目で見つめる。

「やってない」
「あっ、そうなの?」
「個人的には」

 そう言ってスマホを差し出してきた。ホーム画面には、あの緑のアイコンは見当たらない。

「連絡用とわけてる」
「そっか……」

 縛られるのが好きじゃないのかもしれない。龍堂らしい。
 じゃあ、LINEは駄目かな……そうはいっても、隼人は少ししょんぼりした。龍堂は、すいすいとスマホを操作していた。その軽快な様子を横目に、隼人は気を取り直す。
 なら、別の方法を考えよう、そう思い向き直ったとき、龍堂が、再度スマホの画面を差し出してきた。QRコードだ。

「えっ」
「読み込んで」
「あっ、う、うん!」

 隼人は、わたわたとスマホを操作して、コードを読み込んだ。首の後ろから汗がじわりとあふれ出ていた。頰が熱い。『龍堂太一』の四文字が、LINEの一覧に並んでいる。
 いいの? とか、何で? とか、色々聞くことは出来た。けれど。

「ありがとう、龍堂くん。すごく嬉しい」

 浮かんだ言葉も、言いたい言葉もそれだけだった。思い立って、隼人はまっさらなトークルームに、メッセージを打ち込んだ。

『これからよろしく』

 ポン、と送られた言葉は、すぐに既読がついた。龍堂はメッセージに目を落とし、ふと笑う。伏せられたまつ毛が、夏の青い影を落としていた。

『よろしく』

 やってきた言葉に、隼人も笑った。




 教室の前で龍堂とわかれ、隼人は足取り軽く自分の席へ向かった。そして、ぎょっと目を見開いた。

「一ノ瀬くん……そこ、俺の席なんだけど……」

 ユーヤが、席に大きくもたれ座って、スマホをいじっていた。ものすごくイライラしているのが、画面をタップする指の強さでわかる。

「あの……」

 無視だ。隼人はうろうろと視線をさまよわせ、「まあいいか」と思い直した。どうせ教科書は全部、鞄に入っているんだし、ここで立っていても変わらない。隼人はスマホを取り出した。見るのは、さっき交換したばかりのLINEの画面だ。ふふ、と笑みがこぼれる――そこで、隼人のお腹に衝撃が走った。

「きゃーっ」

 女子の悲鳴が上がる。隼人は気づいたら、床に倒れ込んでいた。ユーヤに蹴られたんだとわかったのは、もう経験則だった。そうは言っても痛くて、隼人は体を丸めた。視界の端に、スマホが入る。隼人は慌てて手を伸ばす。それより先に、ユーヤが隼人のスマホを蹴り飛ばした。スコーンッ……音を立てて、隼人のスマホが壁にぶつかった。

「なにするんだよ!」

 あまりのことに、隼人は悲鳴をあげる。よたよたとスマホのもとへ走り、取ろうとする。するとまたユーヤがダッシュしてきて、スマホを蹴り飛ばした。ガン、と教室の扉へぶつかり、ちょうど入ってきた早川先生の足元へ飛んでいった。

「うわっ、何?」
「あっ」

 不愉快そうにしかめられた顔が、隼人をとらえると、いっそう険しくなった。

「中条くん、不注意。物は大事にね」

 そう言って拾い上げたスマホを、隼人に突き出した。有無を言わせない調子は、「ここで話は終わり」だと告げている。

「ありがとうございます」

 隼人はスマホを受け取ると、すごすごと席に戻った。ユーヤはとっくに、自分の席に戻っていた。早川先生と目が合うと、励ますように笑いあっている。

「はい、授業始めまーす。Open your textbook.」

 早川先生がテキストを開いた。こわごわ確認したスマホは、何とか無事そうで、それが不幸中の幸いだった。