「俺は、おろかだ。自らの怒りにのまれ、自分を思ってくれる者の顔を忘れるところだった」

 ハヤトは自嘲した。彼のまぶたの裏に、優しい姉の笑顔が浮かぶ。そう、だからこそ彼はけして下を向くだけで終わりはしない。
 彼はまっすぐに親友の目を見つめた。この目が、気づかせてくれた。

「俺にはお前という友がいる。それだけで、俺は無限に強くなれる。タイチ、お前がいる限り、俺は無敵だ」

 ハヤトは自分の心をさし示した。



「……ぐすっ」

 涙をぬぐい、隼人はペンを置いた。

「いいシーンだなあ。うう、ハヤト、本当に気づいてよかったね」

 隼人はぎゅっとノートを抱きしめる。久しぶりのハヤトとの交信だ。

「うーん、やっぱり俺、ハヤトロクが大好きだな。すっごく勇気もらえる」

 最近、ずっと気持ちが切羽詰まっていて、ハヤトに頼れない日々が続いていた。というよりも、ハヤトも悩んでいて、答えが出なかったのだ。
 ユーヤに陥れられ、タイチに相応しくないとまで思い詰めたハヤト。しかし、姉のルカの激励と、タイチの信頼によって、自分がひとり殻に閉じこもっていたことに気づくのだ。
 “たとえ今はかなわなくとも、諦めなければかならずかなう。そう信じられる心がある限り、俺は無敵だ――。”

「まさか、俺が戦うことで、ハヤトも前に進めるなんて思わなかった」

 理想の自分の助けになれるなんて、隼人は感無量だ。

「ハヤトは俺と違って完璧で、そこがカッコいいと思ってたけど、そうじゃないのかも。悩んでるハヤトも好きだ。深みが増したっていうか……」

 などと玄人ぶったことを呟き、隼人は鼻歌を歌った。そのとき、スマホの通知が鳴る。

「おっと。ウォーキングの時間だ。今日はご飯もおかわりしたし、たくさん歩かないと」

 いそいそと隼人は立ち上がる。期末試験の結果に、両親ともに喜んでくれた。でも、二人の喜びの理由はそれだけじゃなく見えて、隼人は皆が自分を心配していること、その上で見守っていてくれることに気づいた。
 それでつい嬉しくて、たくさんご飯を食べてしまったのだ。

「自主勉もしなくちゃだし……忙しいなあ」

 そう言いながらも、隼人の心は晴れやかだった。今日は問題に向き合うのが楽しみだ。解けなくても、解けるまでぶつかればいい。むしろ解く楽しみがあるじゃないか――未知へ向かう喜びが、隼人の心の中を満たしていた。



 期末試験がおわったから、もうすぐ夏休みだ。アスファルトを弾むように歩きながら、隼人は空を見上げる。

「会いたいな、夏休みも……」

 学校に会いたい人がいるから、夏休みが来なくていいなんて思うのは初めてだ。星に龍堂の姿を描く。

「そうだ!」

 思いつき、隼人はスマホをぎゅっと握った。