――僕は、君の心を救えるのだろうか。
☆**2030年、ライブ会場**花音
奏でるワンダーランド、略してカナワンのメンバーは、大きなライブ会場の舞台裏でスタンバイしていた。
薄暗くて客のひそひそ話がちらほらと聞こえる開演前の広い会場。
花音は舞台袖にある、机の上にマイクが置いてある席に着く。
ライブの注意事項などを客に伝える陰アナを今から花音がやる。深呼吸をしながら自分で書いた原稿に目をやった。
「本日は私たちのライブ『奏でるワンダーランド2030』にお越しいただき、まことにありがとうございます! いくつか、注意事項がございます。開演中はスマートフォンなど音の出る機器の電源はお切りになるかマナーモードに設定してください。会場内での貴重品の管理は各自でお願いいたします……」
ひととおりの注意事項を読んだあと、花音は原稿から目を離す。
「本日は、本当に、本当にお越しいただき、ありがとうございます! 開演まで、もう少々お待ちください」
力のある声で、見えない客に深々とお辞儀をする花音。花音が席を立つと、凛が傍に来た。
「花音、かまずに原稿読めたね」
「凛、私もうかまないよ」
「昨日かんでたのに」
花音と凛は目を合わせ微笑みあい、涼は花音の背中をトンと叩いた。そして「楽しもうね!」と歩夢が花音に微笑むとふたりは両手を重ね見つめあった。
――緊張がすごいけど、みんながいるから大丈夫。
中学二年生の時にスカウトされて、四年が経った。最初は全てが怖くて、何もできなくて……そして四人はバラバラだった。だけど今は違う。私たちは成長した。やるべきことは全てやった、やってきた。
「凛、歩夢、涼、そして、花音。はい、マイク」
マネージャーの碧はひとりひとりにマイクを渡す。
「みんな! 自分の音を、全力で出し切ってきて!」
「「はい!」」
主役の四人は声を合わせて返事をし、それぞれ意識をライブに集中させる。
花音は目を閉じて、自分の全てをライブに集中させた。
開演のブザーがなった。
舞台の正面にある大きなスクリーンには、壊れかけていて汚れた建物が並んだ、洋風の街が映し出される。と共に、それに似合う切ないメロディーが流れた。
映像の中に主役の四人が現れる。左から、青いドレスを着た黒髪ロングヘアの美人な女の子は凛。赤いドレスを着ていて、ピンクのウェーブヘアが肩まである可愛い女の子は花音。白い魔法使いの衣装を着た銀髪で可愛い雰囲気の男の子は歩夢。そして黒い戦士の衣装を着た黒髪で強い雰囲気の空気を纏う男の子、涼が登場。
「暗い、怖い、悲しい……」
花音が眉を下げて言う。
「もう、ずっと歩いてる。ここはどこなの?」
泣きそうな表情の凛。
雨が降る街を歩き続けると、洞窟の穴を見つける。
「こんなところに洞窟?」
歩夢が首をかしげながら言った。
「入ってみよう!」
涼が先頭に立ち、そう言いながら中に入っていった。
薄暗い洞窟を歩き続けるが、出口が見つからない。更に歩き続けると、明るい出口のようなものが見えてきた。
「あ、明かりがある!」
涼が叫んだ。
「行ってみよう!」
歩夢がそう言い、四人は警戒しながらその穴に入った。
外に出ると、何もない真っ白で不思議な場所にたどり着く。
四人があたふたしていると、声のような何か音が聞こえてきた。
「静かに! なんか聞こえてくる!」
歩夢の言葉でみんなが静かになる。
『会場のみんなと心をひとつにしてカウントダウンすれば、画面から抜けられるから――』
優しい女の人の声が会場全体に響いた。
「ここから出て、会場のみんなに会いたい。皆さん、一緒にカウントダウンをお願いします!」
四人と画面の外にいる客が声を合わせる。
『五、四、三、二、一……ゼロ!』
舞台が明るくなる。会場内に響く客の歓声が聞こえ、高めの効果音と共に、四人が登場した。
『やっと、たどり着いた。いくつも乗越えて。目の前の光景が、まるで夢のようだー♪』
明るくポップな曲が流れ出し四人は歌う。歌に合わせて客とカラフルなペンライトの光たちが会場で揺れた。
舞台の大きなスクリーンには『奏でるワンダーランド』の文字が映る。
ライブは順調に進んでいく。
碧は会場全体が見渡せる、会場の後方に移動した。
「満員ね! 今回の人生はみんな大丈夫そう……ここまでよく頑張ってきたね。特に歩夢は、時間が巻き戻る前の世界にいる時から。これからもずっとずっと、あなた達のファンだからね! もしも私があっちの世界に戻ることになっても、あなたたちの幸せを願っているからね」
碧は優しい笑みを浮かべながら、ステージにいる四人を見守った。
☆。.:*・゜
*2026年、花音
中学二年生の夏。
「はぁ……学校なんて行きたくない」
朝、制服に着替えた花音は部屋のベットで横になりながら深いため息をついた。
今日は花音のクラスで歌のテストがある。制服を着たけれど、今日は学校を休みたい気分だった。
――あの時の記憶がよみがえるなぁ。小学五年生の時の記憶。思い出すだけで胸の辺りが痛くなる。
「じゃあ、歌のテストを始めるぞ!」と先生の言葉を聞くのと同時に、緊張で胸が締めつけられた。廊下側の席の人から歌い、私の番が来た。元々人の前で話をするのが苦手なのに、人前で歌うなんて……しかもひとりで。怖くて、ずっと倒れそうなくらい緊張して息苦しくて。順番が来た時には、全く声が出せなくなった。「歌えないのか?」と、先生に聞かれた。歌うのが本当に嫌すぎて、今すぐ逃げ出したかった。クラスメートは応援をしてくれたけれど、結局ワンフレーズも歌えなくてその場で泣いてテストは終わった。それからも、泣くまではしなかったけれど、歌のテストの時には毎回声が出せなくなった。
「学校休みたいよ……」と、花音は深いため息をつく。
――結局休む勇気もなくて、いつも通りに私は学校へ行くんだ。本当に私は何もできないな。
学校では歌のテストが予定通りに行われた。
順番が来るとお腹が痛くなって、心臓が激しくなり、苦しくなる。冷や汗が出てきて、目の前が真っ白になってきた。
先生が弾いていたピアノの前で倒れた。
そしてその日は保健室で休み、早退した。
途方に暮れながら下校し、部屋に閉じこもるとすぐに着替えて布団にもぐりこんだ。
*
倒れた日の、次の日は休みだった。
昼前になると庭に出て花の水やりをした。
「ねぇ、聞いて? 昨日のね、歌のテスト。みんなの前で歌うのが怖くて、具合が悪くなっちゃって、倒れちゃったの。君の前では歌えるのにな。君の歌を作ったよ! 聞いてね!」
花音はひまわりの前で歌う。
『ひまわりの笑顔は
誰よりも明るく〜♪』
歌っていると、カシャっと写真を撮る音がして、花音は視線を感じた。その方向を振り向くと知らない女の人がカメラとスマホを持って笑顔で立っていた。
「こんにちは」
「わぁ、びっくりした」
――気配がなくて、いるの全く気がつかなかった。というか、今、私の写真撮ったよね? 怖い。
「お歌、上手ね!」
――しかも、歌まで聴かれてたの? 誰もいないと思っていたから歌ったのに。
「歌ってま、せん……。私の歌、は……人には聞かせられな……」
――どうしよう。言葉が上手く出てこない。
「落ち着いて! あなたの歌、とても良かったわ!」
「私の歌なんて、人には聞かせられない、です……」
「本当に上手なのに。もっと自信を持って! 私の名前は碧。あなたのお名前は?」
「か、花音」
「花音ちゃん、可愛い名前ね! よろしくね!」
「……」
――怪しい人に名前教えちゃった。
碧が微笑みながら握手のために手を出すと、花音は手を握らずに一歩下がった。
「ねぇ、人前で歌ってみたいとか、思わない?」
「む、無理です!」
「テレビとかネットとかで上手に歌っている人を見て、どう思う?」
「か、かっこいいと思うし、私にとって難しいことができて、羨ましいけど……」
「ね、かっこいいよね! 羨ましいよね! 私、花音ちゃんが活動できるようにお母さんと話をしてくる」
――えっ? お母さんと何を話すの? どうせきっと、いつもみたいに無理って言われるだけ。変なことを言ってお母さんを怒らせないでほしい。
花音は全身が固まり、顔がひきつる。
碧は花音の家の玄関へ向かう。花音はしばらく経つと我にかえり、碧を追った。
花音が玄関のドアを開けると、険しい表情の碧と花音の母親が玄関で喧嘩をしていた。
――喧嘩のきっかけは私が歌っている人のことについて、かっこいいとか羨ましいとか……余計な言葉を言ってしまったせいだ、きっと。私のせい、私のせいでいつもお母さんは怒る。
「花音ちゃんが人前で歌えるように、夢を叶えるためのお手伝いをさせてください」と、碧がしつこく言うと、花音の母親の表情は更に険しくなった。
――私は人前で歌えないけれど、人前で歌って、かっこよくて可愛くて、沢山の人を元気な気持ちにするアイドルに憧れていた。そんなふうになりたいなって、小さい頃から思っていた。だけど、私の憧れていることは、誰にも言っちゃ駄目なんだよ。ひっそりと心の中で思っていれば良かったんだよ。喧嘩が目の前で起こっていて、どうすれば良いのか分からなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!! もう、かっこいいとか、羨ましいとか言いません! 絶対に言いません。だから怒らないでください」
花音が叫ぶと、しんとなる。花音の母親は花音を呆れるような目で睨みつけていた。
「花音ちゃん……ごめんね。今日は帰ります」
「今日は? もう来ないでください! うちの子はそんな活動なんてしませんから。私の子のことは、私が決めます。だから関わらないで!」
碧は悲しそうな表情になる。そして無言で家を出ていった。
「夢なんて……どうせ夢なんて、叶わないんだから」と花音に聞こえるように母親は呟き、花音を残しリビングへ消えていった。
――碧さん、か。あんなに私のために熱くなっている人を初めて見た。なんとも言えない、不思議な気持ち。
花音は玄関を見つめながら、胸に手を当てた。
*2026年、歩夢
歩夢の叔母である碧は、もう十日以上花音の家に通い、花音の母親を説得していた。
今日も説得をしている。花音の家の近くで待っていた歩夢は、碧の姿が見えると彼女の元へ駆け寄った。
「碧さん、花音ちゃん、今日はどうだった?」
「このままではまた時間が戻る前と同じことに……それだけは避けたい」
碧は深いため息をつく。
――碧さん、今日も花音ちゃんのお母さんを説得するの、上手く行かなかったんだ。大好きな花音ちゃんがあの時と同じことに……。時間が巻き戻る前の花音ちゃんを思い出すたびに、僕は震えて泣きそうになる。僕の時間は、巻き戻った。僕にとっては、今いる場所は過去の世界だった。時間を巻き戻すきっかけとなった、あの事件はいつでも鮮明に、思い出したくない時でも思い出す。
それは、時間が巻き戻る前の、僕たちが高校三年生の時。僕と花音ちゃんは高校で出会い、親しくなっていった。夏の夜、部屋でくつろいでいる時に花音ちゃんから電話が来た。花音ちゃんから連絡が来るのは珍しかった。
「……歩夢くん」
「どうしたの?」
いつもとは明らかに違う暗い声の花音ちゃん。
「私、もう駄目かも」
「何が? 大丈夫?」
「……私ね、ずっと憧れていた夢が実はあったんだ」
「花音ちゃんの夢?」
「そう。私ね、人前で歌うの無理なのに、アイドルになりたかったの。おかしいよね?」
初めて聞いた花音ちゃんの夢は意外だった。自分から話してくれたことに心が舞い上がった。
「なんで過去形なの? おかしくないし。これから目指せばいいと思うよ」
「……もう無理だ」
「なんで無理なの?」
「……無理だから。歩夢くんと話すの楽しくて、話しかけてくれるのがいつも嬉しかったよ! バイバイ」
花音ちゃんが震えた声でそう言った後、電話は切れた。こっちからかけ直したけれど、花音ちゃんは電話に出なかった。心配で『大丈夫? 何かあったの?』とLINEで送ったけれど、返事はこなかった。
翌日、花音ちゃんが亡くなった。
自分から命を絶ったらしい。
どうして?
何を考えながら?
原因は何も分からなかった。
最後に会話をしたのが僕なのかもしれない。
もしかしたら助けてほしかったのかもしれない。
今思えば、あの時の僕は本当に花音ちゃんのことを何も知らなかった。電話が来た時、もっと別の言葉をかければよかった。もっと花音ちゃんを知れば良かった。知りたいと思った時には、もう花音ちゃんはいなかった。
「歩夢、ぼんやりしてどうしたの?」
「時間が巻き戻る前の、花音ちゃんのこと思い出しちゃって」
「そうだよね、思い出すよね。でも大丈夫、大丈夫だから……」
「僕も一緒に説得しに行きたいけど、会った瞬間に暴走してどうにかなってしまいそうで。碧さんの足を引っ張ってしまいそうだし……」
――いや、碧さんについていけない本当の理由は、花音ちゃんに会うのが怖くて、会う勇気がないだけ。だけど、本当は会いたい。僕の性格が明るければ、もう花音ちゃんには会えていると思う。
「必ず説得して歩夢の元に花音ちゃんを連れてくるから、待ってて?」
「碧さんは、どうして僕の話を信じてくれて、こんなにも親身になってくれるの?」
――碧さんは僕のお父さんの妹。僕から見たら叔母さんだ。僕が中学生の頃に時間が巻き戻っても、巻き戻る前の、高校生だった時までの記憶は消えなかった。気持ちが毎日もやもやして、どうすれば良いのか全く分からなかった。僕の家に叔母さんが来た時「歩夢、何か悩んでる?」って碧さんが聞いてきた。確かふたりで、将来のことについて話をしている時だったかな。僕は叔母さんに信じてもらえないだろうなと思いながら、時間が巻き戻った話と、時間が巻き戻る前の花音ちゃんの悲しい話を全て話した。叔母さんは僕の話を全部、信じてくれた。
「どうしてって、私は昔から歩夢を信じていて、歩夢が大好きだから! それに、花音ちゃんがいなくなってしまった後の歩夢を知っていて……助けたいと思ったから――」
「花音ちゃんがいなくなった後の僕を知っているって、何故?」
歩夢が質問したタイミングで「あ、あの!」と花音の声が聞こえてきた。ふたりが声のする方向を向くと、花音がいた。花音の姿を見た途端、歩夢の目には涙が溢れてきた。
「生きてる花音ちゃん……あ、息できない。苦しい……花音ちゃんがいる――」
歩夢は花音ちゃんを抱きしめた。
「えっ? 何?」
何も知らない花音は驚く。
「歩夢、落ち着いて? いきなり知らない男の子に抱きしめられたら、花音ちゃん驚いちゃうでしょ」
碧は歩夢を花音から剥がした。
「そうだよね。ご、ごめん」と謝りながら歩夢は頬を赤く染めた。驚いて固まる花音。
――花音ちゃんが生きている。時間が巻き戻る前に出会ったのは高校生だった。身長は小柄で細くて、目がぱっちりとしていて整った顔立ち。そして肩ぐらいの綺麗な黒い髪。中学生の花音ちゃんも、可愛い。可愛すぎる。やっぱり僕は花音ちゃんのことが大好きだ。再会して、あの時よりも強く思う。
「花音ちゃん、走ってきてどうしたの?」と、碧は問う。
「あの、私、アイドルになり……たい」
言葉の語尾をしぼませ、視線を泳がせながら碧に訴える花音。
――僕もそうだけど、花音ちゃんにとっては気持ちを言うのは、僕よりもすごく勇気がいることで。だからきっと今頑張って碧さんに気持ちを伝えたんだ。でも、花音ちゃんのお母さんは反対しているらしいし。
「ねぇ、碧さん。こっそりアイドルになるのって無理かな?」
「歩夢、それは難しいと思うな。それに説得してない状態で活動しても花音ちゃんはきっと集中できないと思う」
「だよね……」
「あの、私、今から自分で説得するから……一緒に来てもらっても、いいですか?」
「もちろん!」
「僕も、行く」
三人は花音の家に向かった。
一度花音は玄関のドア前で立ち止まったけれど、碧と顔を合わせるとドアを開けた。三人はリビングに入っていく。
「お母さん、私の話を聞いてください」
ソファに座りテレビを見ていた花音の母親。振り向くとまた碧がいることに気がつき、顔が引きつった。
「お母さん、私、アイドルになりたいの」
目を細め、無言で花音を見つめる花音の母親。
「あの、これを見ていただけませんか?」
碧はスマホを鞄から出して、画面を花音の母親に見せた。
『ひまわりの笑顔は……♪』
「その歌声、こないだの私の歌……駄目! お母さんには見せないで。嫌だ、誰にも見せないで!」
碧のスマホを奪って動画を停止しようとする花音。だけど全ての歌が流れた。
――花音ちゃんの歌声は天使のようで、すごく綺麗な声だった。そして上手かった。こんなにすごい歌声なのに、なんで誰にも聞かせたくないんだろう。もっと、自信を持ってもいいのに。
「……私も、昔は夢があったわ。花音が生まれる前は副業で女優をしていたの」
ふっと息を吐く花音の母親。
「見られる仕事は表向き華やかだけど、裏ではどろどろしていたりもするし、目立つ程知らない人たちからも悪口言われたりもする。花音は耐えられるの? 我慢できる?」
花音は何も答えられずに下を向く。
「私が、守ります! 花音ちゃんを全力で守ります!」
――僕も花音ちゃんを全力で守りたい。
「花音の考えを聞いてるの。花音はそうなっても大丈夫なの?」
花音は唇をかみながら頷いた。
「……分かった。私も何か協力できることがあれば、協力する」
その言葉を合図にしたかのように全体の空気は明るくなった。
「ありがとうございます!」
碧は強く何度もお礼を言った。
「花音にもやりたいことがあったのね。こんなに歌が上手だったなんて、長く一緒にいるのに気がつかなかった。これからは、沢山歌を聞かせてね?」
花音は静かに頷いた。
「私に言えなかったのは、いつもどんなことにでも『花音には無理、できない』って、言いすぎていたからなのかな……ごめんね」
花音と花音の母親は泣きだした。
――今、花音ちゃんの運命が少し変われた気がした。もしかしたら、花音ちゃんはいなくならないかもしれない。でも未来はまだ分からない。
「歩夢、ふたりの邪魔しないように、大きな窓のところに行こうか」と碧が言うと、碧と歩夢は少しの距離を移動した。
「碧さん、これから僕たちはどうしよう」
歩夢は花音たちをちらちら見て気にしながら碧に問う。
「四人のグループを結成するわ! まだメンバー誘えてないけれど」
「四人? 花音ちゃん以外には誰がグループのメンバーに?」
碧はスマホでネットを開き、歩夢に見せた。
「ひとりはこの凛ちゃんって子」
「すごく綺麗な子だね」
「そう、モデルをやっていて表情がすごいの。ダンスや歌のレッスンも小さい時から受けているし、表現力も天性のものを持っているし。レベルが全体的に高いと思う」
そしてスマホの画面は別のサイトになる。
「もうひとりは涼くん」
「かっこいい……強い雰囲気で僕とは正反対なタイプ」
「ビジュアルもレベル高いし、この子は運動能力が優れていてダンスがとにかく上手いの。感情部分をもっと磨けば沢山の人をダンスで惹きつけられると思う」
碧はスマホを鞄にしまった。
「あとのひとりは?」
「歩夢くん!」
「ぼ、僕?」
「僕は歌えないしダンスもできないし……何にもできないよ……それに見た目だってなんか、なよなよしているし……」
――自分が人前で歌ったり踊ったりするなんて、全く想像ができない。
「歩夢くんのその中性的で可愛い雰囲気は人気出ると思う!」
「か、可愛くないし……」
「可愛いって言われるの嫌だった? ごめんね」
「本当に上手く歌えないし、踊れないし。僕は他の三人と違って、何もできないよ?」
「今天才って呼ばれている人たちだって最初はできなかったのよ? 大丈夫、歩夢は才能がある。アイドルにとって大切な才能が」
歩夢がふと花音に視線をやると、花音も歩夢に視線を送っていた。ぎくしゃくとした視線が混じりあう。
「同じグループにいれば、大好きな花音ちゃんと沢山一緒にいられるよ?」と、碧が歩夢に耳打ちする。
歩夢は、はっとした。
――どうして碧さんは、僕が花音ちゃんのことを好きだって、知ってるの?
「ど、どうして僕の気持ちを……」
「ふふっ! まずは、お互いに自己紹介したらいいんじゃない?」
花音と花音の母親が落ち着いたタイミングを見計らって碧は花音に話しかけた。
「花音ちゃん、早速これからの活動の話だけど。四人のグループを結成したいと思っているの」
「グ、グループ? 集団生活は苦手かも……」
――断られたら、僕たちが一緒にいられる時間がなくなってしまうかもしれない。今回は一緒にいられる時はずっと一緒にいたいし、花音ちゃんのことをもっと沢山知りたい。断られる前によろしくしちゃえば、大丈夫かな?
「あの、メンバーのひとりは僕です。よ、よろしくお願いします!」
「……は、はい。よ、よろしくお願いします」
勢いよく歩夢が言うと、勢いに流された花音がたじたじしながら返事をした。
――こうして僕たちの長い旅は始まった。
☆**2030年、ライブ会場**花音
奏でるワンダーランド、略してカナワンのメンバーは、大きなライブ会場の舞台裏でスタンバイしていた。
薄暗くて客のひそひそ話がちらほらと聞こえる開演前の広い会場。
花音は舞台袖にある、机の上にマイクが置いてある席に着く。
ライブの注意事項などを客に伝える陰アナを今から花音がやる。深呼吸をしながら自分で書いた原稿に目をやった。
「本日は私たちのライブ『奏でるワンダーランド2030』にお越しいただき、まことにありがとうございます! いくつか、注意事項がございます。開演中はスマートフォンなど音の出る機器の電源はお切りになるかマナーモードに設定してください。会場内での貴重品の管理は各自でお願いいたします……」
ひととおりの注意事項を読んだあと、花音は原稿から目を離す。
「本日は、本当に、本当にお越しいただき、ありがとうございます! 開演まで、もう少々お待ちください」
力のある声で、見えない客に深々とお辞儀をする花音。花音が席を立つと、凛が傍に来た。
「花音、かまずに原稿読めたね」
「凛、私もうかまないよ」
「昨日かんでたのに」
花音と凛は目を合わせ微笑みあい、涼は花音の背中をトンと叩いた。そして「楽しもうね!」と歩夢が花音に微笑むとふたりは両手を重ね見つめあった。
――緊張がすごいけど、みんながいるから大丈夫。
中学二年生の時にスカウトされて、四年が経った。最初は全てが怖くて、何もできなくて……そして四人はバラバラだった。だけど今は違う。私たちは成長した。やるべきことは全てやった、やってきた。
「凛、歩夢、涼、そして、花音。はい、マイク」
マネージャーの碧はひとりひとりにマイクを渡す。
「みんな! 自分の音を、全力で出し切ってきて!」
「「はい!」」
主役の四人は声を合わせて返事をし、それぞれ意識をライブに集中させる。
花音は目を閉じて、自分の全てをライブに集中させた。
開演のブザーがなった。
舞台の正面にある大きなスクリーンには、壊れかけていて汚れた建物が並んだ、洋風の街が映し出される。と共に、それに似合う切ないメロディーが流れた。
映像の中に主役の四人が現れる。左から、青いドレスを着た黒髪ロングヘアの美人な女の子は凛。赤いドレスを着ていて、ピンクのウェーブヘアが肩まである可愛い女の子は花音。白い魔法使いの衣装を着た銀髪で可愛い雰囲気の男の子は歩夢。そして黒い戦士の衣装を着た黒髪で強い雰囲気の空気を纏う男の子、涼が登場。
「暗い、怖い、悲しい……」
花音が眉を下げて言う。
「もう、ずっと歩いてる。ここはどこなの?」
泣きそうな表情の凛。
雨が降る街を歩き続けると、洞窟の穴を見つける。
「こんなところに洞窟?」
歩夢が首をかしげながら言った。
「入ってみよう!」
涼が先頭に立ち、そう言いながら中に入っていった。
薄暗い洞窟を歩き続けるが、出口が見つからない。更に歩き続けると、明るい出口のようなものが見えてきた。
「あ、明かりがある!」
涼が叫んだ。
「行ってみよう!」
歩夢がそう言い、四人は警戒しながらその穴に入った。
外に出ると、何もない真っ白で不思議な場所にたどり着く。
四人があたふたしていると、声のような何か音が聞こえてきた。
「静かに! なんか聞こえてくる!」
歩夢の言葉でみんなが静かになる。
『会場のみんなと心をひとつにしてカウントダウンすれば、画面から抜けられるから――』
優しい女の人の声が会場全体に響いた。
「ここから出て、会場のみんなに会いたい。皆さん、一緒にカウントダウンをお願いします!」
四人と画面の外にいる客が声を合わせる。
『五、四、三、二、一……ゼロ!』
舞台が明るくなる。会場内に響く客の歓声が聞こえ、高めの効果音と共に、四人が登場した。
『やっと、たどり着いた。いくつも乗越えて。目の前の光景が、まるで夢のようだー♪』
明るくポップな曲が流れ出し四人は歌う。歌に合わせて客とカラフルなペンライトの光たちが会場で揺れた。
舞台の大きなスクリーンには『奏でるワンダーランド』の文字が映る。
ライブは順調に進んでいく。
碧は会場全体が見渡せる、会場の後方に移動した。
「満員ね! 今回の人生はみんな大丈夫そう……ここまでよく頑張ってきたね。特に歩夢は、時間が巻き戻る前の世界にいる時から。これからもずっとずっと、あなた達のファンだからね! もしも私があっちの世界に戻ることになっても、あなたたちの幸せを願っているからね」
碧は優しい笑みを浮かべながら、ステージにいる四人を見守った。
☆。.:*・゜
*2026年、花音
中学二年生の夏。
「はぁ……学校なんて行きたくない」
朝、制服に着替えた花音は部屋のベットで横になりながら深いため息をついた。
今日は花音のクラスで歌のテストがある。制服を着たけれど、今日は学校を休みたい気分だった。
――あの時の記憶がよみがえるなぁ。小学五年生の時の記憶。思い出すだけで胸の辺りが痛くなる。
「じゃあ、歌のテストを始めるぞ!」と先生の言葉を聞くのと同時に、緊張で胸が締めつけられた。廊下側の席の人から歌い、私の番が来た。元々人の前で話をするのが苦手なのに、人前で歌うなんて……しかもひとりで。怖くて、ずっと倒れそうなくらい緊張して息苦しくて。順番が来た時には、全く声が出せなくなった。「歌えないのか?」と、先生に聞かれた。歌うのが本当に嫌すぎて、今すぐ逃げ出したかった。クラスメートは応援をしてくれたけれど、結局ワンフレーズも歌えなくてその場で泣いてテストは終わった。それからも、泣くまではしなかったけれど、歌のテストの時には毎回声が出せなくなった。
「学校休みたいよ……」と、花音は深いため息をつく。
――結局休む勇気もなくて、いつも通りに私は学校へ行くんだ。本当に私は何もできないな。
学校では歌のテストが予定通りに行われた。
順番が来るとお腹が痛くなって、心臓が激しくなり、苦しくなる。冷や汗が出てきて、目の前が真っ白になってきた。
先生が弾いていたピアノの前で倒れた。
そしてその日は保健室で休み、早退した。
途方に暮れながら下校し、部屋に閉じこもるとすぐに着替えて布団にもぐりこんだ。
*
倒れた日の、次の日は休みだった。
昼前になると庭に出て花の水やりをした。
「ねぇ、聞いて? 昨日のね、歌のテスト。みんなの前で歌うのが怖くて、具合が悪くなっちゃって、倒れちゃったの。君の前では歌えるのにな。君の歌を作ったよ! 聞いてね!」
花音はひまわりの前で歌う。
『ひまわりの笑顔は
誰よりも明るく〜♪』
歌っていると、カシャっと写真を撮る音がして、花音は視線を感じた。その方向を振り向くと知らない女の人がカメラとスマホを持って笑顔で立っていた。
「こんにちは」
「わぁ、びっくりした」
――気配がなくて、いるの全く気がつかなかった。というか、今、私の写真撮ったよね? 怖い。
「お歌、上手ね!」
――しかも、歌まで聴かれてたの? 誰もいないと思っていたから歌ったのに。
「歌ってま、せん……。私の歌、は……人には聞かせられな……」
――どうしよう。言葉が上手く出てこない。
「落ち着いて! あなたの歌、とても良かったわ!」
「私の歌なんて、人には聞かせられない、です……」
「本当に上手なのに。もっと自信を持って! 私の名前は碧。あなたのお名前は?」
「か、花音」
「花音ちゃん、可愛い名前ね! よろしくね!」
「……」
――怪しい人に名前教えちゃった。
碧が微笑みながら握手のために手を出すと、花音は手を握らずに一歩下がった。
「ねぇ、人前で歌ってみたいとか、思わない?」
「む、無理です!」
「テレビとかネットとかで上手に歌っている人を見て、どう思う?」
「か、かっこいいと思うし、私にとって難しいことができて、羨ましいけど……」
「ね、かっこいいよね! 羨ましいよね! 私、花音ちゃんが活動できるようにお母さんと話をしてくる」
――えっ? お母さんと何を話すの? どうせきっと、いつもみたいに無理って言われるだけ。変なことを言ってお母さんを怒らせないでほしい。
花音は全身が固まり、顔がひきつる。
碧は花音の家の玄関へ向かう。花音はしばらく経つと我にかえり、碧を追った。
花音が玄関のドアを開けると、険しい表情の碧と花音の母親が玄関で喧嘩をしていた。
――喧嘩のきっかけは私が歌っている人のことについて、かっこいいとか羨ましいとか……余計な言葉を言ってしまったせいだ、きっと。私のせい、私のせいでいつもお母さんは怒る。
「花音ちゃんが人前で歌えるように、夢を叶えるためのお手伝いをさせてください」と、碧がしつこく言うと、花音の母親の表情は更に険しくなった。
――私は人前で歌えないけれど、人前で歌って、かっこよくて可愛くて、沢山の人を元気な気持ちにするアイドルに憧れていた。そんなふうになりたいなって、小さい頃から思っていた。だけど、私の憧れていることは、誰にも言っちゃ駄目なんだよ。ひっそりと心の中で思っていれば良かったんだよ。喧嘩が目の前で起こっていて、どうすれば良いのか分からなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!! もう、かっこいいとか、羨ましいとか言いません! 絶対に言いません。だから怒らないでください」
花音が叫ぶと、しんとなる。花音の母親は花音を呆れるような目で睨みつけていた。
「花音ちゃん……ごめんね。今日は帰ります」
「今日は? もう来ないでください! うちの子はそんな活動なんてしませんから。私の子のことは、私が決めます。だから関わらないで!」
碧は悲しそうな表情になる。そして無言で家を出ていった。
「夢なんて……どうせ夢なんて、叶わないんだから」と花音に聞こえるように母親は呟き、花音を残しリビングへ消えていった。
――碧さん、か。あんなに私のために熱くなっている人を初めて見た。なんとも言えない、不思議な気持ち。
花音は玄関を見つめながら、胸に手を当てた。
*2026年、歩夢
歩夢の叔母である碧は、もう十日以上花音の家に通い、花音の母親を説得していた。
今日も説得をしている。花音の家の近くで待っていた歩夢は、碧の姿が見えると彼女の元へ駆け寄った。
「碧さん、花音ちゃん、今日はどうだった?」
「このままではまた時間が戻る前と同じことに……それだけは避けたい」
碧は深いため息をつく。
――碧さん、今日も花音ちゃんのお母さんを説得するの、上手く行かなかったんだ。大好きな花音ちゃんがあの時と同じことに……。時間が巻き戻る前の花音ちゃんを思い出すたびに、僕は震えて泣きそうになる。僕の時間は、巻き戻った。僕にとっては、今いる場所は過去の世界だった。時間を巻き戻すきっかけとなった、あの事件はいつでも鮮明に、思い出したくない時でも思い出す。
それは、時間が巻き戻る前の、僕たちが高校三年生の時。僕と花音ちゃんは高校で出会い、親しくなっていった。夏の夜、部屋でくつろいでいる時に花音ちゃんから電話が来た。花音ちゃんから連絡が来るのは珍しかった。
「……歩夢くん」
「どうしたの?」
いつもとは明らかに違う暗い声の花音ちゃん。
「私、もう駄目かも」
「何が? 大丈夫?」
「……私ね、ずっと憧れていた夢が実はあったんだ」
「花音ちゃんの夢?」
「そう。私ね、人前で歌うの無理なのに、アイドルになりたかったの。おかしいよね?」
初めて聞いた花音ちゃんの夢は意外だった。自分から話してくれたことに心が舞い上がった。
「なんで過去形なの? おかしくないし。これから目指せばいいと思うよ」
「……もう無理だ」
「なんで無理なの?」
「……無理だから。歩夢くんと話すの楽しくて、話しかけてくれるのがいつも嬉しかったよ! バイバイ」
花音ちゃんが震えた声でそう言った後、電話は切れた。こっちからかけ直したけれど、花音ちゃんは電話に出なかった。心配で『大丈夫? 何かあったの?』とLINEで送ったけれど、返事はこなかった。
翌日、花音ちゃんが亡くなった。
自分から命を絶ったらしい。
どうして?
何を考えながら?
原因は何も分からなかった。
最後に会話をしたのが僕なのかもしれない。
もしかしたら助けてほしかったのかもしれない。
今思えば、あの時の僕は本当に花音ちゃんのことを何も知らなかった。電話が来た時、もっと別の言葉をかければよかった。もっと花音ちゃんを知れば良かった。知りたいと思った時には、もう花音ちゃんはいなかった。
「歩夢、ぼんやりしてどうしたの?」
「時間が巻き戻る前の、花音ちゃんのこと思い出しちゃって」
「そうだよね、思い出すよね。でも大丈夫、大丈夫だから……」
「僕も一緒に説得しに行きたいけど、会った瞬間に暴走してどうにかなってしまいそうで。碧さんの足を引っ張ってしまいそうだし……」
――いや、碧さんについていけない本当の理由は、花音ちゃんに会うのが怖くて、会う勇気がないだけ。だけど、本当は会いたい。僕の性格が明るければ、もう花音ちゃんには会えていると思う。
「必ず説得して歩夢の元に花音ちゃんを連れてくるから、待ってて?」
「碧さんは、どうして僕の話を信じてくれて、こんなにも親身になってくれるの?」
――碧さんは僕のお父さんの妹。僕から見たら叔母さんだ。僕が中学生の頃に時間が巻き戻っても、巻き戻る前の、高校生だった時までの記憶は消えなかった。気持ちが毎日もやもやして、どうすれば良いのか全く分からなかった。僕の家に叔母さんが来た時「歩夢、何か悩んでる?」って碧さんが聞いてきた。確かふたりで、将来のことについて話をしている時だったかな。僕は叔母さんに信じてもらえないだろうなと思いながら、時間が巻き戻った話と、時間が巻き戻る前の花音ちゃんの悲しい話を全て話した。叔母さんは僕の話を全部、信じてくれた。
「どうしてって、私は昔から歩夢を信じていて、歩夢が大好きだから! それに、花音ちゃんがいなくなってしまった後の歩夢を知っていて……助けたいと思ったから――」
「花音ちゃんがいなくなった後の僕を知っているって、何故?」
歩夢が質問したタイミングで「あ、あの!」と花音の声が聞こえてきた。ふたりが声のする方向を向くと、花音がいた。花音の姿を見た途端、歩夢の目には涙が溢れてきた。
「生きてる花音ちゃん……あ、息できない。苦しい……花音ちゃんがいる――」
歩夢は花音ちゃんを抱きしめた。
「えっ? 何?」
何も知らない花音は驚く。
「歩夢、落ち着いて? いきなり知らない男の子に抱きしめられたら、花音ちゃん驚いちゃうでしょ」
碧は歩夢を花音から剥がした。
「そうだよね。ご、ごめん」と謝りながら歩夢は頬を赤く染めた。驚いて固まる花音。
――花音ちゃんが生きている。時間が巻き戻る前に出会ったのは高校生だった。身長は小柄で細くて、目がぱっちりとしていて整った顔立ち。そして肩ぐらいの綺麗な黒い髪。中学生の花音ちゃんも、可愛い。可愛すぎる。やっぱり僕は花音ちゃんのことが大好きだ。再会して、あの時よりも強く思う。
「花音ちゃん、走ってきてどうしたの?」と、碧は問う。
「あの、私、アイドルになり……たい」
言葉の語尾をしぼませ、視線を泳がせながら碧に訴える花音。
――僕もそうだけど、花音ちゃんにとっては気持ちを言うのは、僕よりもすごく勇気がいることで。だからきっと今頑張って碧さんに気持ちを伝えたんだ。でも、花音ちゃんのお母さんは反対しているらしいし。
「ねぇ、碧さん。こっそりアイドルになるのって無理かな?」
「歩夢、それは難しいと思うな。それに説得してない状態で活動しても花音ちゃんはきっと集中できないと思う」
「だよね……」
「あの、私、今から自分で説得するから……一緒に来てもらっても、いいですか?」
「もちろん!」
「僕も、行く」
三人は花音の家に向かった。
一度花音は玄関のドア前で立ち止まったけれど、碧と顔を合わせるとドアを開けた。三人はリビングに入っていく。
「お母さん、私の話を聞いてください」
ソファに座りテレビを見ていた花音の母親。振り向くとまた碧がいることに気がつき、顔が引きつった。
「お母さん、私、アイドルになりたいの」
目を細め、無言で花音を見つめる花音の母親。
「あの、これを見ていただけませんか?」
碧はスマホを鞄から出して、画面を花音の母親に見せた。
『ひまわりの笑顔は……♪』
「その歌声、こないだの私の歌……駄目! お母さんには見せないで。嫌だ、誰にも見せないで!」
碧のスマホを奪って動画を停止しようとする花音。だけど全ての歌が流れた。
――花音ちゃんの歌声は天使のようで、すごく綺麗な声だった。そして上手かった。こんなにすごい歌声なのに、なんで誰にも聞かせたくないんだろう。もっと、自信を持ってもいいのに。
「……私も、昔は夢があったわ。花音が生まれる前は副業で女優をしていたの」
ふっと息を吐く花音の母親。
「見られる仕事は表向き華やかだけど、裏ではどろどろしていたりもするし、目立つ程知らない人たちからも悪口言われたりもする。花音は耐えられるの? 我慢できる?」
花音は何も答えられずに下を向く。
「私が、守ります! 花音ちゃんを全力で守ります!」
――僕も花音ちゃんを全力で守りたい。
「花音の考えを聞いてるの。花音はそうなっても大丈夫なの?」
花音は唇をかみながら頷いた。
「……分かった。私も何か協力できることがあれば、協力する」
その言葉を合図にしたかのように全体の空気は明るくなった。
「ありがとうございます!」
碧は強く何度もお礼を言った。
「花音にもやりたいことがあったのね。こんなに歌が上手だったなんて、長く一緒にいるのに気がつかなかった。これからは、沢山歌を聞かせてね?」
花音は静かに頷いた。
「私に言えなかったのは、いつもどんなことにでも『花音には無理、できない』って、言いすぎていたからなのかな……ごめんね」
花音と花音の母親は泣きだした。
――今、花音ちゃんの運命が少し変われた気がした。もしかしたら、花音ちゃんはいなくならないかもしれない。でも未来はまだ分からない。
「歩夢、ふたりの邪魔しないように、大きな窓のところに行こうか」と碧が言うと、碧と歩夢は少しの距離を移動した。
「碧さん、これから僕たちはどうしよう」
歩夢は花音たちをちらちら見て気にしながら碧に問う。
「四人のグループを結成するわ! まだメンバー誘えてないけれど」
「四人? 花音ちゃん以外には誰がグループのメンバーに?」
碧はスマホでネットを開き、歩夢に見せた。
「ひとりはこの凛ちゃんって子」
「すごく綺麗な子だね」
「そう、モデルをやっていて表情がすごいの。ダンスや歌のレッスンも小さい時から受けているし、表現力も天性のものを持っているし。レベルが全体的に高いと思う」
そしてスマホの画面は別のサイトになる。
「もうひとりは涼くん」
「かっこいい……強い雰囲気で僕とは正反対なタイプ」
「ビジュアルもレベル高いし、この子は運動能力が優れていてダンスがとにかく上手いの。感情部分をもっと磨けば沢山の人をダンスで惹きつけられると思う」
碧はスマホを鞄にしまった。
「あとのひとりは?」
「歩夢くん!」
「ぼ、僕?」
「僕は歌えないしダンスもできないし……何にもできないよ……それに見た目だってなんか、なよなよしているし……」
――自分が人前で歌ったり踊ったりするなんて、全く想像ができない。
「歩夢くんのその中性的で可愛い雰囲気は人気出ると思う!」
「か、可愛くないし……」
「可愛いって言われるの嫌だった? ごめんね」
「本当に上手く歌えないし、踊れないし。僕は他の三人と違って、何もできないよ?」
「今天才って呼ばれている人たちだって最初はできなかったのよ? 大丈夫、歩夢は才能がある。アイドルにとって大切な才能が」
歩夢がふと花音に視線をやると、花音も歩夢に視線を送っていた。ぎくしゃくとした視線が混じりあう。
「同じグループにいれば、大好きな花音ちゃんと沢山一緒にいられるよ?」と、碧が歩夢に耳打ちする。
歩夢は、はっとした。
――どうして碧さんは、僕が花音ちゃんのことを好きだって、知ってるの?
「ど、どうして僕の気持ちを……」
「ふふっ! まずは、お互いに自己紹介したらいいんじゃない?」
花音と花音の母親が落ち着いたタイミングを見計らって碧は花音に話しかけた。
「花音ちゃん、早速これからの活動の話だけど。四人のグループを結成したいと思っているの」
「グ、グループ? 集団生活は苦手かも……」
――断られたら、僕たちが一緒にいられる時間がなくなってしまうかもしれない。今回は一緒にいられる時はずっと一緒にいたいし、花音ちゃんのことをもっと沢山知りたい。断られる前によろしくしちゃえば、大丈夫かな?
「あの、メンバーのひとりは僕です。よ、よろしくお願いします!」
「……は、はい。よ、よろしくお願いします」
勢いよく歩夢が言うと、勢いに流された花音がたじたじしながら返事をした。
――こうして僕たちの長い旅は始まった。



