文化祭の準備は順調に進み、クラスメートと会話をする機会も増えた。
そのお陰でクラスから浮いていた俺も、だいぶみんなと打ち解けてきた気がする。
でも、メイド服姿を見られて以来、芦原からは距離を置かれたままだった。
学校までの道を歩きながら、「そんなに俺の女装は見苦しかったかよ」と悪態をつく。
今まで散々好きとかかわいいとか言って構い倒してきたくせに、俺のメイド服姿を見た途端幻滅して避けるなんて、身勝手すぎる。
お前の好きは、そんなもんだったのかよ。
そうぼやきそうになって我に返る。
こんなことを不満に思うって。俺、おかしくね。
罰ゲームの告白を本気だと勘違いされ、付きまとわれて困ってたんだ。このまま芦原に愛想をつかされたほうが助かるのに……。
なんでだろう。小さな針でも飲んだみたいに、心臓のあたりがちくちくする。
そんなことを考えながら、ひと気の少ない校舎に入った。
「この時間だから、まだ人いないなぁ……」
そうつぶやき上靴に履き替える。
こんなに早く学校に来たのは、『文化祭の準備がしたいから、早めに学校に来てほしい』とメッセージが届いたからだ。
送信者の名前もアイコンも見覚えがなかったけど、クラスの誰かだろうと思い『わかった』と返事をした。
静かな廊下を歩き、教室のドアを開ける。そこにはまだ誰もいなかった。
「なんだ。メッセージを送って来た奴もまだいないんじゃん」
そうつぶやきながら教室の中に入ると、黒板の前になにかが落ちているのが見えた。
黒と白の布を見て、メイド服だと気付く。
誰かがだしっぱなしにしてたのかな。そう思いながら近づき拾い上げる。畳みなおそうと目の前で服を広げた瞬間、「え……っ」と声がもれた。
俺が着るはずだったメイド服が、ズタズタに破られていた。
なにこれ。誰がこんなことを……。
困惑する俺の背後で、「なにしてるの!?」という甲高い声が響く。振り返ると、眼鏡をかけた女子が目を見開いて俺を見ていた。
「ひどい! そのメイド服、光永くんが破いたの!?」
すごい剣幕で責められ、慌てて首を横に振る。
「ち、ちが……。俺じゃなくて……っ」
そんなやりとりをしているうちに、ほかの生徒たちが登校してきた。騒ぎに気付き、眼鏡の女子に「どうした?」とたずねる。
「光永くんが、メイド服を破いていたの!」
彼女は俺を指さしながら声を張り上げた。
「まじで?」
「え、ひどい」
クラスメートたちから非難の目を向けられ、背筋が冷たくなる。
「お、俺が来たときはもう破れてて……っ」
必死に説明しようとしても、誰も聞いてくれなかった。
「そんな嘘つかないでよ! 光永くんは女装するのがいやだったから、メイド服を破ったんでしょう!?」
「さすがにそれひどくねぇ?」
「いやならいやって、言ってくれればいいのに」
「みんなで頑張って準備してたのに、ぶち壊すようなことするって最低」
「やっぱ、ヤンキーってこえぇよな」
誰ひとり俺の説明を聞こうとしてくれなかった。みんなから疑われショックを受ける。
一緒に文化祭の準備をして、少しずつ打ち解けてこれたと思ったのに。
やっぱり俺はみんなから浮いたヤンキーで、仲良くなんてできないんだ。
そう思い知り、くやしさと悲しさに唇を噛む。
「なにかトラブルでもあった?」
よく通る声が聞こえ、はっとして顔を上げる。芦原が廊下から教室をのぞいていた。
「芦原くん、光永くんがメイド服を破って――」
女子の言葉を聞いて、芦原が驚いたようにこちらを見る。
目が合った瞬間、いやだと思った。
芦原だけには軽蔑されたくない。でも、真実を話したところで、信じてもらえないかもしれない。
どうしていいのかわからず、じわっとまぶたが熱くなった。
このままじゃ涙が溢れてしまう。そう思い、顔を隠して廊下に向かう。
「ちょっと、光永くん。説明も謝罪もしないつもり!?」
そんな言葉を無視して、必死のその場から逃げ出した。
たどりついたのは体育倉庫の裏。膝に顔をうずめ小さくなりながら鼻をすすっていると、足になにかがぶつかった。
なんだろうと顔を上げる。いつものトラ猫が俺のすねに頭をすりつけていた。
自分から近づいてくるなんてめずらしい。
「なに、なぐさめてくれてんの?」
問いかけるとトラ猫は、ちがう、さっさとなでろ、というように地面に転がる。
「なんだよ。暴君かよ」
ふてぶてしさに思わず吹き出し、また涙がこみあげる。
「あー、俺も猫になりたい」
トラ猫のお腹をなでながら、小さくつぶやいた。
「猫なら、毛の色が違っても目つきが悪くても、疎外されないのに……」
芦原はきっと、クラスメートたちの話を信じただろう。あんなひどいことをした俺を軽蔑し、失望してるにちがいない。
それじゃなくても避けられていたのに、もう一緒に昼飯を食べたりふざけたりすることはなくなるんだろうな。
清々するはずなのに、胸が痛くてしかたなかった。
「もう、やだ……」
ひっくひっくとしゃくりあげながら猫をなでていると、背後から不満そうな声が聞こえた。
「泣くなら猫の前じゃなく、俺の前にしてくれない?」
その声に、トラ猫は素早く立ち上がり去っていく。
信じられない気持ちで振り返ると、芦原が俺を見下ろしていた。
「お、お前、なんでここにっ」
「なんでって、光永をなぐさめるために決まってるだろ」
「でも、みんなから聞いたんじゃねぇの? 俺がメイド服を破ったって……」
「聞いたけど、光永がそんなことするわけないってわかってる」
当然のように言われ息をのむ。
なにも説明していないのに、芦原は俺を信じてくれた。それがうれしくて鼻の奥がつんと痛くなる。
「むしろ、俺が光永を疑うって思われてたのがショックなんだけど」
「だ、だって。芦原は最近俺のことを避けてたじゃん……」
俺が指摘すると、芦原は「あー、それは……。悪かった」とバツ悪そうに謝った。
「光永のメイド服姿がかわいすぎて、あれ以上直視したら理性が飛びそうだったから」
予想外の言葉に「はぁ?」と口を開く。
「光永のあんなかわいい姿をほかの奴に見せるのはいやだと思った。できるならあのまま連れ去って閉じ込めて俺ひとりでじっくり鑑賞したかった」
「いや、なんかこわいこと言ってるけど」
「せっかく光永がクラスの一員として文化祭に参加してるのに、顔を合わせたらあんなかっこうするの止めてって、綺麗な脚と細い二の腕を晒してふりふりのエプロンつけて接客するなんて許せないって、わがままを言いそうだったから」
「だから、ずっと俺を避けてた?」
俺が問いかけると、芦原はうなずく。
思わず脱力して「なんだよ、そんなことかよ」とつぶやいた。
「俺の女装が似合わな過ぎて、愛想をつかされたのかと思った……」
「あんなかわいい姿を見て、愛想をつかすわけないだろ」
真顔で言う芦原に「やっぱりお前、眼科行け」と悪態をつきながらも、安堵している自分がいた。
芦原から好意を向けられるのは迷惑でしかなかったはずなのに、うれしくてまた涙腺が緩む。
涙ぐんでいるのがバレないように、乱暴に腕で目元をぬぐって顔を上げた。
「あの、俺が出てってから、クラスの様子はどうだった……?」
俺の問いかけに、芦原はうなずく。
「登校してきた西嶋たちが、光永がそんなことするわけないってみんなに言ってた。でも、みんな半信半疑って感じかな」
「あの状況じゃ、俺が犯人だと思われるよな」
せっかくみんな文化祭のために頑張っていたのに、あの事件のせいでクラスの雰囲気は最悪になるだろう。悲しいし、申し訳ない。
ぎゅっと手のひらを握ってうつむくと、芦原が「大丈夫だよ」と俺の頭をなでた。
「犯人の心当たりはある。俺がちゃんと話をする」
そう言ってくれた芦原が頼もしくてやけにかっこよく見えて、胸を打つ鼓動が速くなった。
そのお陰でクラスから浮いていた俺も、だいぶみんなと打ち解けてきた気がする。
でも、メイド服姿を見られて以来、芦原からは距離を置かれたままだった。
学校までの道を歩きながら、「そんなに俺の女装は見苦しかったかよ」と悪態をつく。
今まで散々好きとかかわいいとか言って構い倒してきたくせに、俺のメイド服姿を見た途端幻滅して避けるなんて、身勝手すぎる。
お前の好きは、そんなもんだったのかよ。
そうぼやきそうになって我に返る。
こんなことを不満に思うって。俺、おかしくね。
罰ゲームの告白を本気だと勘違いされ、付きまとわれて困ってたんだ。このまま芦原に愛想をつかされたほうが助かるのに……。
なんでだろう。小さな針でも飲んだみたいに、心臓のあたりがちくちくする。
そんなことを考えながら、ひと気の少ない校舎に入った。
「この時間だから、まだ人いないなぁ……」
そうつぶやき上靴に履き替える。
こんなに早く学校に来たのは、『文化祭の準備がしたいから、早めに学校に来てほしい』とメッセージが届いたからだ。
送信者の名前もアイコンも見覚えがなかったけど、クラスの誰かだろうと思い『わかった』と返事をした。
静かな廊下を歩き、教室のドアを開ける。そこにはまだ誰もいなかった。
「なんだ。メッセージを送って来た奴もまだいないんじゃん」
そうつぶやきながら教室の中に入ると、黒板の前になにかが落ちているのが見えた。
黒と白の布を見て、メイド服だと気付く。
誰かがだしっぱなしにしてたのかな。そう思いながら近づき拾い上げる。畳みなおそうと目の前で服を広げた瞬間、「え……っ」と声がもれた。
俺が着るはずだったメイド服が、ズタズタに破られていた。
なにこれ。誰がこんなことを……。
困惑する俺の背後で、「なにしてるの!?」という甲高い声が響く。振り返ると、眼鏡をかけた女子が目を見開いて俺を見ていた。
「ひどい! そのメイド服、光永くんが破いたの!?」
すごい剣幕で責められ、慌てて首を横に振る。
「ち、ちが……。俺じゃなくて……っ」
そんなやりとりをしているうちに、ほかの生徒たちが登校してきた。騒ぎに気付き、眼鏡の女子に「どうした?」とたずねる。
「光永くんが、メイド服を破いていたの!」
彼女は俺を指さしながら声を張り上げた。
「まじで?」
「え、ひどい」
クラスメートたちから非難の目を向けられ、背筋が冷たくなる。
「お、俺が来たときはもう破れてて……っ」
必死に説明しようとしても、誰も聞いてくれなかった。
「そんな嘘つかないでよ! 光永くんは女装するのがいやだったから、メイド服を破ったんでしょう!?」
「さすがにそれひどくねぇ?」
「いやならいやって、言ってくれればいいのに」
「みんなで頑張って準備してたのに、ぶち壊すようなことするって最低」
「やっぱ、ヤンキーってこえぇよな」
誰ひとり俺の説明を聞こうとしてくれなかった。みんなから疑われショックを受ける。
一緒に文化祭の準備をして、少しずつ打ち解けてこれたと思ったのに。
やっぱり俺はみんなから浮いたヤンキーで、仲良くなんてできないんだ。
そう思い知り、くやしさと悲しさに唇を噛む。
「なにかトラブルでもあった?」
よく通る声が聞こえ、はっとして顔を上げる。芦原が廊下から教室をのぞいていた。
「芦原くん、光永くんがメイド服を破って――」
女子の言葉を聞いて、芦原が驚いたようにこちらを見る。
目が合った瞬間、いやだと思った。
芦原だけには軽蔑されたくない。でも、真実を話したところで、信じてもらえないかもしれない。
どうしていいのかわからず、じわっとまぶたが熱くなった。
このままじゃ涙が溢れてしまう。そう思い、顔を隠して廊下に向かう。
「ちょっと、光永くん。説明も謝罪もしないつもり!?」
そんな言葉を無視して、必死のその場から逃げ出した。
たどりついたのは体育倉庫の裏。膝に顔をうずめ小さくなりながら鼻をすすっていると、足になにかがぶつかった。
なんだろうと顔を上げる。いつものトラ猫が俺のすねに頭をすりつけていた。
自分から近づいてくるなんてめずらしい。
「なに、なぐさめてくれてんの?」
問いかけるとトラ猫は、ちがう、さっさとなでろ、というように地面に転がる。
「なんだよ。暴君かよ」
ふてぶてしさに思わず吹き出し、また涙がこみあげる。
「あー、俺も猫になりたい」
トラ猫のお腹をなでながら、小さくつぶやいた。
「猫なら、毛の色が違っても目つきが悪くても、疎外されないのに……」
芦原はきっと、クラスメートたちの話を信じただろう。あんなひどいことをした俺を軽蔑し、失望してるにちがいない。
それじゃなくても避けられていたのに、もう一緒に昼飯を食べたりふざけたりすることはなくなるんだろうな。
清々するはずなのに、胸が痛くてしかたなかった。
「もう、やだ……」
ひっくひっくとしゃくりあげながら猫をなでていると、背後から不満そうな声が聞こえた。
「泣くなら猫の前じゃなく、俺の前にしてくれない?」
その声に、トラ猫は素早く立ち上がり去っていく。
信じられない気持ちで振り返ると、芦原が俺を見下ろしていた。
「お、お前、なんでここにっ」
「なんでって、光永をなぐさめるために決まってるだろ」
「でも、みんなから聞いたんじゃねぇの? 俺がメイド服を破ったって……」
「聞いたけど、光永がそんなことするわけないってわかってる」
当然のように言われ息をのむ。
なにも説明していないのに、芦原は俺を信じてくれた。それがうれしくて鼻の奥がつんと痛くなる。
「むしろ、俺が光永を疑うって思われてたのがショックなんだけど」
「だ、だって。芦原は最近俺のことを避けてたじゃん……」
俺が指摘すると、芦原は「あー、それは……。悪かった」とバツ悪そうに謝った。
「光永のメイド服姿がかわいすぎて、あれ以上直視したら理性が飛びそうだったから」
予想外の言葉に「はぁ?」と口を開く。
「光永のあんなかわいい姿をほかの奴に見せるのはいやだと思った。できるならあのまま連れ去って閉じ込めて俺ひとりでじっくり鑑賞したかった」
「いや、なんかこわいこと言ってるけど」
「せっかく光永がクラスの一員として文化祭に参加してるのに、顔を合わせたらあんなかっこうするの止めてって、綺麗な脚と細い二の腕を晒してふりふりのエプロンつけて接客するなんて許せないって、わがままを言いそうだったから」
「だから、ずっと俺を避けてた?」
俺が問いかけると、芦原はうなずく。
思わず脱力して「なんだよ、そんなことかよ」とつぶやいた。
「俺の女装が似合わな過ぎて、愛想をつかされたのかと思った……」
「あんなかわいい姿を見て、愛想をつかすわけないだろ」
真顔で言う芦原に「やっぱりお前、眼科行け」と悪態をつきながらも、安堵している自分がいた。
芦原から好意を向けられるのは迷惑でしかなかったはずなのに、うれしくてまた涙腺が緩む。
涙ぐんでいるのがバレないように、乱暴に腕で目元をぬぐって顔を上げた。
「あの、俺が出てってから、クラスの様子はどうだった……?」
俺の問いかけに、芦原はうなずく。
「登校してきた西嶋たちが、光永がそんなことするわけないってみんなに言ってた。でも、みんな半信半疑って感じかな」
「あの状況じゃ、俺が犯人だと思われるよな」
せっかくみんな文化祭のために頑張っていたのに、あの事件のせいでクラスの雰囲気は最悪になるだろう。悲しいし、申し訳ない。
ぎゅっと手のひらを握ってうつむくと、芦原が「大丈夫だよ」と俺の頭をなでた。
「犯人の心当たりはある。俺がちゃんと話をする」
そう言ってくれた芦原が頼もしくてやけにかっこよく見えて、胸を打つ鼓動が速くなった。

