十月に入ると、芦原が俺のクラスにやって来る頻度ががくっと下がった。
あいつが俺を構うのに飽きたから――ではなく、文化祭が近づいてきたからだ。
「最近、芦原の顔見てねぇな……」
昼休みにぼそりとつぶやくと、春田が身を乗り出した。
「なに、光永。芦原に構ってもらえなくてさみしいの?」
春田のとんでもない問いかけに、「ちっ、がうし!」と頬を熱くしながら否定する。
「さみしいどころか清々してるわ! ゆっくり昼飯食べられてほんと最高!」
むきになる俺を見ながら、春田は「なるほどなるほど」と半笑いでうなずいた。
「なんだよそのにやけ顔は。お前、絶対わかってねぇだろ!」
「べっつに~。光永は素直じゃないなぁと思ってただけだよ」
「ふざけんな、俺は日本一素直だわ!」
そんなやりとりをしていると、西嶋がぽつりと言った。
「芦原、かなり忙しくて大変らしいよ」
その言葉を聞いて、工藤が「確かに」とうなずく。
「生徒会長の芦原は、休み時間も放課後も生徒会や委員会に顔を出してるらしいな」
「そうそう。先生や三年生たちも有能な芦原を頼り切ってるから、ものすごい量の仕事を抱えてるって」
芦原はなんでもできるし、お願いされると絶対断らないやつだけど、そんなにたくさんの仕事を任されているなんて大丈夫だろうか。
顔をしかめた俺に、西嶋が「芦原は最近疲れた時、ひとりで体育倉庫の裏で息抜きしてるみたいだよ」と謎の情報をくれる。
「いや、そんなこと聞いてねぇけど」
「俺も別に光永に言ったわけじゃないけど?」
しらじらしく言われ、悔しく思いながら立ち上がった。
「光永、どこ行くの?」
「ジュース買いに行くだけ!」
「ふーん」
西嶋には俺がこれからどこに向かうかお見通しなんだろう。
「芦原が好きなのは、スポーツドリンクだって」と、またいらない情報を追加され、「だから、そんなこと誰も聞いてねぇ!」と怒りながら教室を出た。
自販機でスポーツドリンクを買い、体育倉庫へと向かう。西嶋の言うとおり、倉庫の裏のひと気のない場所に芦原はいた。
ぼんやりとしている横顔さえかっこよくて、イケメンはずるいなと心の中で悪態をつきながら近づいた。
「こんなとこで、なにしてんだよ」
俺の声に気付いた芦原がこちらを見上げ驚いた顔をする。
「光永こそ」
「俺は、たまたま通りかかっただけ」
ぶっきらぼうに言って買ったばかりのスポーツドリンクを手渡すと、「たまたまね」と芦原がうれしそうに笑う。
なんだ。案外元気そうじゃん。
「ありがとう。お金……」
「いいよ。前にレモンティーもらったし」
「あぁ。あったねそんなこと。たしか一カ月くらい前か」
その言葉に、芦原に嘘の告白をしてからもう一カ月もたったのかと驚く。
あれから何度も本当のことを話して謝らなきゃと思っているのに、未だに切り出せずにいた。自分の優柔不断さに嫌気がさす。
「芦原。俺、お前に謝らないといけないことがあって……」
芦原は俺の話を聞きながらスポーツドリンクのふたを開け、口をつけて飲んだ。長い喉に浮かぶ喉ぼとけが上下するのが妙に色っぽく見えて、思わず言葉につまる。
黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、芦原が首をかしげてこちらを見た。
「光永も飲む?」
物欲しそうに見えたのか、飲みかけのスポーツドリンクを差し出され、「え」と小さな声がもれる。
芦原が口を付けたジュースを飲むって、それって……。
動揺しそうになり、いや意識しすぎだからと心の中で突っ込む。
春田たちとだって、回し飲みなんて普通にしてる。別に特別なことじゃない。ここで断る方が変に思われる。
無言で受け取り口をつける。冷たいスポーツドリンクをごくりと飲み込み息を吐くと、その様子を見ていた芦原が「間接キスだ」と甘く笑った。
その瞬間、全身の血が頭に上る。
「な、なに言ってんだよっ!」
取り乱しながら芦原を睨む。
「そんなこと言われたら、もうスポーツドリンク飲めなくなるだろ!!」
「どうして?」
「どうしてって、スポーツドリンク飲むたびに芦原と、か、間接キス、したこと思い出すから……っ!」
むきになってそう言い、さらに頬が熱くなる。
そんな俺を見た芦原は口元を押さえ「あー、もう……。かわいくて仕方ないんだけど」とつぶやいた。
「うるせぇ! せっかく人が心配して来てやったのに、からかいやがって」
「俺を心配して来てくれたんだ?」
たまたま通りかかったと言ったくせに、自ら嘘だとばらしてしまった。自分のうかつさに顔をしかめながら口を開く。
「なんか、すげぇみんなに頼られて、大変そうだって聞いたから……っ」
「まぁ、ちょっと疲れてたけど、光永の顔を見れたから元気になった」
「俺の顔には癒し効果なんてねぇけど!」
癒しどころか人を威圧し怖がられる目つきの悪い俺を見て元気になるなんて、芦原は本当に変わってる。
真っ赤になって怒る俺とは対照的に、芦原はとてもうれしそうだった。
「光永のクラスは文化祭なにするか決まった?」
話題を変えられ、曖昧にうなずく。
「たぶん、決まったっぽい」
「たぶんって」
「どうせ俺はクラスで浮いてるし、割り振られた仕事をこなすだけだから」
ヤンキーと恐れられみんなから避けられてる俺が積極的に学校行事に参加しても、みんなから迷惑がられるだけだ。
そう思っていたのに――。
「なんで俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよっ!」
俺は文化祭の準備が進む教室で、必死の抵抗を試みていた。
「まぁ、そう言わず。クラスで決まったことだから」
「光永も、みんなが決めたことに従うって言ってただろ」
「い、言ったけど、まさかこんなことさせられるなんて思わないだろ!!」
うちのクラスの出し物は数人の女子がメイド服を着て接客し、そのほかの生徒が調理や呼び込みをする、メイド喫茶だった。
けれど、それだけじゃインパクトが弱くない?という意見が出て、男子にもメイド服を着てもらおうという流れになったらしい。
とはいえ、ガタイのいい男子用のメイド服を用意するのはお金がかかる。じゃあ、小柄で女性サイズを着られそうな人に頼むしかない。という理由で、白羽の矢が立ったのが俺だった。
たしかに俺の身長は平均以下だし、たくましくもないけど……っ。
「俺なんかより、春田のほうが女装似合うって!」
すがるような目で春田を見ると、「ごめーん」と笑顔を向けられた。
「俺、かわいいんだけど意外と身長あるから、メイド服入んないんだよね」
たしかに春田は俺より五センチは背が高い。ゆらがない事実を突きつけられ奥歯を噛む。
「でも、俺みたいな目つきの悪い男が女装なんてしても、気持ち悪いだけだろ!」
なんとか女装を回避しようと悪あがきしていると、委員長の女子が「大丈夫だよ」と笑顔で親指を立てた。
「光永くんみたいな塩顔は、メイク映えするから!」
その言葉をきっかけに、クラスメートたちがじりじりと距離を詰めてくる。
「光永くん、表情は怖いけど顔自体は整ってるから、絶対かわいくなると思う」
「実は俺も光永って角度によっては美人だよなって思ってた」
「みんなで考えて光永くんにお願いしようって決めたんだ。だからお願い!」
手を合わせるクラスメートたちに、困惑しながら必死に首を横に振る。
「な、なんで俺に頼むんだよ。俺みたいなクラスで浮いてるヤンキーが文化祭に参加しても迷惑だろ!」
そう言うと、「迷惑じゃないよ」と委員長が俺を見ながら言った。
「今まで光永くんってちょっと怖いなと思ってたけど、芦原くんと絡むようになってから、いい人なんだなって気付いたんだ」
その言葉に、「え」と目を瞬かせる。
「優等生で穏やかな芦原くんがあんな無邪気に笑うのも驚きだったけど、いつも不機嫌そうな顔をしてた光永くんが笑ったり照れたりしてるの見て、こわくないじゃんって思った」
「せっかくの文化祭だから、光永とも仲良くなりたいって思ってお願いすることに決めたんだ」
クラスメートたちからそう言われ、ぶわっと頬が熱くなった。
「お。光永が照れて赤くなってる」
工藤に指摘され、「照れてねぇし!」と言い返したけど、胸のあたりがうずうずして落ち着かなくて仕方なかった。
「というわけで、着替えて」
問答無用でメイド服を渡され、教室の隅に作られた簡易的な着替えスペースに押し込められる。
「まじかよ……」
俺の女装なんて誰がよろこぶんだよ。
そんな泣き言をもらしながらメイド服に着替える。
白い襟がついたミニ丈の黒いワンピースと、白いひらひらのエプロン。肩の周りにはボリュームのあるフリルがついていて、悔しいことにサイズはぴったりだった。
とりあえず着れたけど似合っているとは思えないし、足元がすーすーして落ち着かない。いつものように振舞えば、すぐにパンツが見えそうだ。
普段スカートを履いている女子って大変なんだな。
そんな感想を抱きながら、恐る恐る着替えスペースから出る。
「き、着たけど……」
どうせ女装した俺を見て大爆笑が起こるんだろうな。そう覚悟していたのに、クラスメートたちはなぜか黙り込んだ。
「え、かわいい」
そうもらした委員長のつぶやきをきっかけに、みんな興奮した様子で口を開く。
「まじで似合ってるんだけど!」
「こんなかわいい服を着てて、目つきが悪いのが逆によくない?」
「わかる。ツンデレヤンキーのメイドさんって感じ。新しい扉開いたわ」
「ってか、足きれいすぎる! すね毛ゼロじゃん!」
「これでメイクしてウイッグかぶったらやばいよ。うちら女子が霞むって」
「え、え?」
口々にそう言われ戸惑っていると、騒ぎが気になったのか教室の入り口から誰かが顔をのぞかせた。
「どうかした?」
その声を聞いた西嶋が、「お、ちょうどいいところに」と言いながら教室をのぞいた人物の腕を引いてやって来る。
「いいもの見せてやるよ」
西嶋が連れてきたのは、芦原だった。
「え、光永。その格好……」
芦原はメイド姿の俺を見て目を見開く。そしてそのまま絶句して凍り付いてしまった。
「いや、あの、これはっ」
自分が着たくて着たわけじゃなく、みんなから強制されて仕方なく……。そう説明しようとしたけど、芦原は無言のまま俺に背を向ける。
「え、芦原……?」
あきらかな拒絶に戸惑いながら名前を呼んだけど、芦原は顔をそむけたまま振り返ってくれなかった。
「どうした、芦原?」
西嶋に顔をのぞきこまれた、芦原は「ごめん。忙しいからもう行かなきゃ」とだけ言って教室の出口に向かう。
芦原にそんな冷たい態度を取られたのは初めてだった。
「なんだよ、もっと派手なリアクション期待してたのに~」
不満そうな春田の言葉を聞きながら立ち尽くしていると、眼鏡をかけた女子がぼそっとつぶやいた。
「――芦原くんきっと、光永くんの女装が見苦しいから顔をそらしたんだ」
その言葉を聞いて、胸に痛みが走った。
そうだよな。俺みたいな目つきの悪いヤンキーのメイド服姿なんて、見たくもないよな。見苦しいよな。
クラスメートたちはみんな似合うと褒めてくれたのに、たったひとり、芦原に拒絶されたことが、なぜかとても悲しかった。
あいつが俺を構うのに飽きたから――ではなく、文化祭が近づいてきたからだ。
「最近、芦原の顔見てねぇな……」
昼休みにぼそりとつぶやくと、春田が身を乗り出した。
「なに、光永。芦原に構ってもらえなくてさみしいの?」
春田のとんでもない問いかけに、「ちっ、がうし!」と頬を熱くしながら否定する。
「さみしいどころか清々してるわ! ゆっくり昼飯食べられてほんと最高!」
むきになる俺を見ながら、春田は「なるほどなるほど」と半笑いでうなずいた。
「なんだよそのにやけ顔は。お前、絶対わかってねぇだろ!」
「べっつに~。光永は素直じゃないなぁと思ってただけだよ」
「ふざけんな、俺は日本一素直だわ!」
そんなやりとりをしていると、西嶋がぽつりと言った。
「芦原、かなり忙しくて大変らしいよ」
その言葉を聞いて、工藤が「確かに」とうなずく。
「生徒会長の芦原は、休み時間も放課後も生徒会や委員会に顔を出してるらしいな」
「そうそう。先生や三年生たちも有能な芦原を頼り切ってるから、ものすごい量の仕事を抱えてるって」
芦原はなんでもできるし、お願いされると絶対断らないやつだけど、そんなにたくさんの仕事を任されているなんて大丈夫だろうか。
顔をしかめた俺に、西嶋が「芦原は最近疲れた時、ひとりで体育倉庫の裏で息抜きしてるみたいだよ」と謎の情報をくれる。
「いや、そんなこと聞いてねぇけど」
「俺も別に光永に言ったわけじゃないけど?」
しらじらしく言われ、悔しく思いながら立ち上がった。
「光永、どこ行くの?」
「ジュース買いに行くだけ!」
「ふーん」
西嶋には俺がこれからどこに向かうかお見通しなんだろう。
「芦原が好きなのは、スポーツドリンクだって」と、またいらない情報を追加され、「だから、そんなこと誰も聞いてねぇ!」と怒りながら教室を出た。
自販機でスポーツドリンクを買い、体育倉庫へと向かう。西嶋の言うとおり、倉庫の裏のひと気のない場所に芦原はいた。
ぼんやりとしている横顔さえかっこよくて、イケメンはずるいなと心の中で悪態をつきながら近づいた。
「こんなとこで、なにしてんだよ」
俺の声に気付いた芦原がこちらを見上げ驚いた顔をする。
「光永こそ」
「俺は、たまたま通りかかっただけ」
ぶっきらぼうに言って買ったばかりのスポーツドリンクを手渡すと、「たまたまね」と芦原がうれしそうに笑う。
なんだ。案外元気そうじゃん。
「ありがとう。お金……」
「いいよ。前にレモンティーもらったし」
「あぁ。あったねそんなこと。たしか一カ月くらい前か」
その言葉に、芦原に嘘の告白をしてからもう一カ月もたったのかと驚く。
あれから何度も本当のことを話して謝らなきゃと思っているのに、未だに切り出せずにいた。自分の優柔不断さに嫌気がさす。
「芦原。俺、お前に謝らないといけないことがあって……」
芦原は俺の話を聞きながらスポーツドリンクのふたを開け、口をつけて飲んだ。長い喉に浮かぶ喉ぼとけが上下するのが妙に色っぽく見えて、思わず言葉につまる。
黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、芦原が首をかしげてこちらを見た。
「光永も飲む?」
物欲しそうに見えたのか、飲みかけのスポーツドリンクを差し出され、「え」と小さな声がもれる。
芦原が口を付けたジュースを飲むって、それって……。
動揺しそうになり、いや意識しすぎだからと心の中で突っ込む。
春田たちとだって、回し飲みなんて普通にしてる。別に特別なことじゃない。ここで断る方が変に思われる。
無言で受け取り口をつける。冷たいスポーツドリンクをごくりと飲み込み息を吐くと、その様子を見ていた芦原が「間接キスだ」と甘く笑った。
その瞬間、全身の血が頭に上る。
「な、なに言ってんだよっ!」
取り乱しながら芦原を睨む。
「そんなこと言われたら、もうスポーツドリンク飲めなくなるだろ!!」
「どうして?」
「どうしてって、スポーツドリンク飲むたびに芦原と、か、間接キス、したこと思い出すから……っ!」
むきになってそう言い、さらに頬が熱くなる。
そんな俺を見た芦原は口元を押さえ「あー、もう……。かわいくて仕方ないんだけど」とつぶやいた。
「うるせぇ! せっかく人が心配して来てやったのに、からかいやがって」
「俺を心配して来てくれたんだ?」
たまたま通りかかったと言ったくせに、自ら嘘だとばらしてしまった。自分のうかつさに顔をしかめながら口を開く。
「なんか、すげぇみんなに頼られて、大変そうだって聞いたから……っ」
「まぁ、ちょっと疲れてたけど、光永の顔を見れたから元気になった」
「俺の顔には癒し効果なんてねぇけど!」
癒しどころか人を威圧し怖がられる目つきの悪い俺を見て元気になるなんて、芦原は本当に変わってる。
真っ赤になって怒る俺とは対照的に、芦原はとてもうれしそうだった。
「光永のクラスは文化祭なにするか決まった?」
話題を変えられ、曖昧にうなずく。
「たぶん、決まったっぽい」
「たぶんって」
「どうせ俺はクラスで浮いてるし、割り振られた仕事をこなすだけだから」
ヤンキーと恐れられみんなから避けられてる俺が積極的に学校行事に参加しても、みんなから迷惑がられるだけだ。
そう思っていたのに――。
「なんで俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよっ!」
俺は文化祭の準備が進む教室で、必死の抵抗を試みていた。
「まぁ、そう言わず。クラスで決まったことだから」
「光永も、みんなが決めたことに従うって言ってただろ」
「い、言ったけど、まさかこんなことさせられるなんて思わないだろ!!」
うちのクラスの出し物は数人の女子がメイド服を着て接客し、そのほかの生徒が調理や呼び込みをする、メイド喫茶だった。
けれど、それだけじゃインパクトが弱くない?という意見が出て、男子にもメイド服を着てもらおうという流れになったらしい。
とはいえ、ガタイのいい男子用のメイド服を用意するのはお金がかかる。じゃあ、小柄で女性サイズを着られそうな人に頼むしかない。という理由で、白羽の矢が立ったのが俺だった。
たしかに俺の身長は平均以下だし、たくましくもないけど……っ。
「俺なんかより、春田のほうが女装似合うって!」
すがるような目で春田を見ると、「ごめーん」と笑顔を向けられた。
「俺、かわいいんだけど意外と身長あるから、メイド服入んないんだよね」
たしかに春田は俺より五センチは背が高い。ゆらがない事実を突きつけられ奥歯を噛む。
「でも、俺みたいな目つきの悪い男が女装なんてしても、気持ち悪いだけだろ!」
なんとか女装を回避しようと悪あがきしていると、委員長の女子が「大丈夫だよ」と笑顔で親指を立てた。
「光永くんみたいな塩顔は、メイク映えするから!」
その言葉をきっかけに、クラスメートたちがじりじりと距離を詰めてくる。
「光永くん、表情は怖いけど顔自体は整ってるから、絶対かわいくなると思う」
「実は俺も光永って角度によっては美人だよなって思ってた」
「みんなで考えて光永くんにお願いしようって決めたんだ。だからお願い!」
手を合わせるクラスメートたちに、困惑しながら必死に首を横に振る。
「な、なんで俺に頼むんだよ。俺みたいなクラスで浮いてるヤンキーが文化祭に参加しても迷惑だろ!」
そう言うと、「迷惑じゃないよ」と委員長が俺を見ながら言った。
「今まで光永くんってちょっと怖いなと思ってたけど、芦原くんと絡むようになってから、いい人なんだなって気付いたんだ」
その言葉に、「え」と目を瞬かせる。
「優等生で穏やかな芦原くんがあんな無邪気に笑うのも驚きだったけど、いつも不機嫌そうな顔をしてた光永くんが笑ったり照れたりしてるの見て、こわくないじゃんって思った」
「せっかくの文化祭だから、光永とも仲良くなりたいって思ってお願いすることに決めたんだ」
クラスメートたちからそう言われ、ぶわっと頬が熱くなった。
「お。光永が照れて赤くなってる」
工藤に指摘され、「照れてねぇし!」と言い返したけど、胸のあたりがうずうずして落ち着かなくて仕方なかった。
「というわけで、着替えて」
問答無用でメイド服を渡され、教室の隅に作られた簡易的な着替えスペースに押し込められる。
「まじかよ……」
俺の女装なんて誰がよろこぶんだよ。
そんな泣き言をもらしながらメイド服に着替える。
白い襟がついたミニ丈の黒いワンピースと、白いひらひらのエプロン。肩の周りにはボリュームのあるフリルがついていて、悔しいことにサイズはぴったりだった。
とりあえず着れたけど似合っているとは思えないし、足元がすーすーして落ち着かない。いつものように振舞えば、すぐにパンツが見えそうだ。
普段スカートを履いている女子って大変なんだな。
そんな感想を抱きながら、恐る恐る着替えスペースから出る。
「き、着たけど……」
どうせ女装した俺を見て大爆笑が起こるんだろうな。そう覚悟していたのに、クラスメートたちはなぜか黙り込んだ。
「え、かわいい」
そうもらした委員長のつぶやきをきっかけに、みんな興奮した様子で口を開く。
「まじで似合ってるんだけど!」
「こんなかわいい服を着てて、目つきが悪いのが逆によくない?」
「わかる。ツンデレヤンキーのメイドさんって感じ。新しい扉開いたわ」
「ってか、足きれいすぎる! すね毛ゼロじゃん!」
「これでメイクしてウイッグかぶったらやばいよ。うちら女子が霞むって」
「え、え?」
口々にそう言われ戸惑っていると、騒ぎが気になったのか教室の入り口から誰かが顔をのぞかせた。
「どうかした?」
その声を聞いた西嶋が、「お、ちょうどいいところに」と言いながら教室をのぞいた人物の腕を引いてやって来る。
「いいもの見せてやるよ」
西嶋が連れてきたのは、芦原だった。
「え、光永。その格好……」
芦原はメイド姿の俺を見て目を見開く。そしてそのまま絶句して凍り付いてしまった。
「いや、あの、これはっ」
自分が着たくて着たわけじゃなく、みんなから強制されて仕方なく……。そう説明しようとしたけど、芦原は無言のまま俺に背を向ける。
「え、芦原……?」
あきらかな拒絶に戸惑いながら名前を呼んだけど、芦原は顔をそむけたまま振り返ってくれなかった。
「どうした、芦原?」
西嶋に顔をのぞきこまれた、芦原は「ごめん。忙しいからもう行かなきゃ」とだけ言って教室の出口に向かう。
芦原にそんな冷たい態度を取られたのは初めてだった。
「なんだよ、もっと派手なリアクション期待してたのに~」
不満そうな春田の言葉を聞きながら立ち尽くしていると、眼鏡をかけた女子がぼそっとつぶやいた。
「――芦原くんきっと、光永くんの女装が見苦しいから顔をそらしたんだ」
その言葉を聞いて、胸に痛みが走った。
そうだよな。俺みたいな目つきの悪いヤンキーのメイド服姿なんて、見たくもないよな。見苦しいよな。
クラスメートたちはみんな似合うと褒めてくれたのに、たったひとり、芦原に拒絶されたことが、なぜかとても悲しかった。

