罰ゲームで優等生に告白したら、全力で溺愛されました

芦原(あしはら)。俺、お前のことが好きだ……っ!」
 学校の体育倉庫の裏。ひと気のないその場所で俺が告白しているのは、小柄でかわいらしい女の子……ではなく、百六十七センチの俺よりも十センチ以上背が高い男だった。
 長身の上に顔も性格も頭もいい。そんな完璧な優等生の芦原に向かって、俺は頭を下げる。
「だ、だから、俺と付き合ってください……っ」
 男からの突然の告白なんて、みんなに優しい芦原だって顔をしかめるに決まってる。
 そう思いながら返事を待ったけど、芦原は黙り込んだままなにも言わなかった。
 謎の沈黙と気まずい空気が流れる。
 向かい合う俺たちをよそに、九月に入ったというのにまだまだ元気なニイニイゼミが声を張り上げ鳴いていた。
 なんで芦原は黙ってるんだ。さっさと俺を振ってくれればいいのに。
 俺は周囲から問題児扱いされているヤンキーで、芦原とは同じクラスになったことも、まともに話したこともない。もしかしたら俺の存在すら認識していないかもしれない。
 そんな男に告白されて、迷惑だと思っているだろうな……。申し訳ない気持ちになっていると、芦原がゆっくりと口を開いた。
光永(みつなが)。それ、本気で言ってる……?」
 名前を呼ばれ、こいつ俺のこと知ってたんだと驚く。
「ほ……、本気だけど」
 うなずくと、また芦原が黙り込んだ。
 どうしようもない気まずさに、頼むから早く出てきてくれ……っ!と心の中で叫ぶ。
 俺が芦原を呼び出し告白する様子を、友人たちが隠れて見ているはずだ。
 芦原がなにかリアクションした瞬間、『どっきりでした~』『びっくりした?』とネタバラシをする予定だったのに、どうして出てこないんだろう。
 こんな悪趣味な罰ゲーム、さっさと終わらせたいのに。
 じれったくて唇を噛むと、芦原が一歩こちらに近づいた。
「光永は、本当に俺のことが好きなの?」
 芦原はとても重要なことを確認するように、慎重な口調で問いかけてくる。
 彼の声はかすかに上ずっていて、必死に動揺を隠そうとしているのが伝わってきた。驚いたり気持ち悪がったりすれば、告白した俺を傷つけると思ったのかもしれない。
 さすが学校中の女子生徒が憧れる優等生。ヤンキーの俺にも気を使ってくれるなんて優しすぎる。
 こんないい奴を騙している自分に、罪悪感がこみあげてきた。
 この罰ゲームを一刻も早く終わらせるために、俺は芦原を見上げ口を開く。
「そ、そうだよ! 俺はずっとお前のことが好きだったんだ。気持ち悪ぃだろ、さっさと振れよ!」
 こう言えば、芦原も遠慮なく俺を拒絶できる。そう思っていたのに、芦原の形のいい唇は、まったく違う言葉を発した。
「うれしい」
「――は?」
 うれしいって、なにが。
「俺も、光永のことが好きだった」
「はぁ?」
 こいつは、なにを言ってるんだろう。
 意味が分からず眉をひそめたけど、芦原は俺をまっすぐにみつめたまま距離を詰めてきた。
「好きだ、光永」
 真剣な表情でそう言う芦原に、「う、嘘だろ?」と問いかける。
 むしろ、嘘であってくれ。
「嘘じゃない。冗談でこんなことを言うわけないだろ」
 いつも穏やかで大人びた印象の芦原が、別人のように熱っぽい視線を俺に向ける。
「ま、待って、芦原」
 近づいてくる芦原に後ずさる。
「い、言っておくけど、俺は男だからな!?」
「そんなのもちろんわかってる」
「俺たち、男同士なんだけど!?」
「だから、なに?」
 芦原に至近距離で見つめられ、思わず口を閉ざした。
 こいつ、無駄に顔がいい……っ。
 この顔で見つめられると、なにも言葉が出なくなる。
 俺が返答できずにいると、芦原の端整な顔がふわりとほころんだ。
「光永から告白してくれるなんて、夢みたいだ……」
 芦原は甘い微笑みを浮かべながらそうつぶやく。
「いや、それは……っ」
 違うんだ。本気で言ったわけじゃなく、ただの罰ゲームだったんだ。
 慌てて説明しようとしたけど、芦原のうれしそうな顔を見ると、なにも言えなくなってしまった。
 芦原の告白をした翌日。
 休み時間に教室の窓側の席でぼんやり頬杖をついていると、女子の黄色い声が聞こえてきた。
「王子がバスケしてるよ」
「やば。かっこよ!」
 女子の集団が、窓にむらがり騒いでいた。
 つられて視線を外に向ける。校庭の脇にあるフェンスに囲まれたバスケットコートで、数人の男子が制服のままバスケをしているのが見えた。
 その中のひとり、背の高い男がパスを受ける。片手でボールを持ったまま、トン、トンと長い脚で踏み込みジャンプをする。
 長身がふわりと浮いたかと思うと、彼が持っていたボールはゴールネットに音もなく吸い込まれた。
 思わず見とれてしまうくらい綺麗なレイアップシュートを決めたのは、芦原だった。
「くそー。また決められた」
「芦原、ほんと運動神経よすぎ」
「運動部でもないくせに、すごいよな」
 一緒にバスケをしていた男子たちからそんな言葉をかけられた芦原は、「たまたま調子がよかっただけだよ」と穏やかに笑う。
 成績もよくて性格もよくて顔もスタイルもよくて、そのうえ運動までできる。芦原は、憎らしいほど完璧な男だ。
 その様子に、窓にむらがっていた女子が「きゃー!」と盛り上がる。
「芦原くんがシュート決めた!」
「さすが王子、かっこいいーっ!」
 そんな声援が聞こえたのか、芦原がこちらを見上げた。
 あ、やば……。と思っているうちに目が合ってしまう。その瞬間、芦原の整った顔がぱぁっと輝いた。
 さっきまでの大人びた表情が嘘のような無邪気な笑顔で手を振られ、心臓が跳ねる。
 慌てて顔をそらすと、その様子を見ていた女子たちがざわつくのがわかった。
「芦原くんのあんなうれしそうな笑顔、はじめて見たんだけど」
「やばいくらいかっこよかったー!」
「でも今のって、誰に手を振ったの?」
 そんな疑問の声に、冷や汗が浮かぶ。
 彼女たちは教室の中を見渡し、俺のほうに視線を向けた。
「……もしかして、光永くん?」
 自分の名前が聞こえ、びくりと肩が跳ねる。
 やばいやばいやばい……。
 俺が焦っていると、「そんなわけないよ」と女子の中のひとりが言った。
「芦原くんと光永くんが話しているところ見たことないもん」
 その言葉に、みんな納得したようにうなずく。
「だよね。芦原くんが光永くんと仲いいわけない」
「芦原くんは、みんなが憧れる王子だもんね。ヤンキーなんかと仲良くしないか」
 その言葉に、ほっとしたような腹立たしいような複雑な気持ちになりながら、自分の髪をくしゃりと掴む。
 太陽の光に透けた俺の髪は、まるで染めているかのように明るい栗色に見えた。
 
 二年A組の芦原蓮は、学校中の女子が憧れる完全無欠の王子様だ。
 さらさらの黒髪と甘く整った顔立ち。百八十センチ近くあるすらりとしたモデル体型。成績優秀で運動神経も抜群。先生からの信頼も厚く友人も多い芦原は生徒会長を務め、毎日のように女子生徒から告白されていた。
 いつも穏やかな笑みを浮かべ不機嫌な表情を人に見せたことがない、聖人君子の完璧超人。
 対して俺、二年D組の光永環の周りからの評価は、おちこぼれのヤンキーだ。
 目つきの悪さとぶっきらぼうな性格のせいで、子どもの頃から友人は少なかった。勉強は嫌いじゃないけど、好きな教科と嫌いな教科で雲泥の差がある成績。
 ダメもとで受けた進学校に奇跡的に合格し迎えた入学式。生徒指導の男性教師から茶色の髪を注意され、地毛だと説明しても信じてもらえなかった。頭ごなしに黒く染めろと怒鳴る教師に従わずにいたら、要注意の問題児認定された。
 周囲からは『光永はヤンキーでやばい奴らしい』と誤解され、距離を置かれてしまった。
 髪が茶色いだけでヤンキーってどんな偏見だよと思ったけど、優秀な生徒が集まるこの進学校じゃ、俺の髪色はあきらかに浮いていた。
 こりゃ俺の高校生活はぼっち確定だなと思っていたら、そんな状況をかわいそうだと思ったのか声をかけてくれた奴がいた。
 それが……。
「光永。お前、昨日の約束やぶっただろ~!」
 後ろから肩を抱かれ振り返る。そこにいたのは、同じクラスの春田。ふわふわのくせ毛でかわいらしい顔をしていて、誰にでも人懐っこく話かけるコミュ力お化けだ。
「罰ゲームで告白するって約束だったから、俺たち隠れて待ってたのに」
 不満顔で言われ、俺は目を瞬かせる。
「は? ちゃんと行ったけど……」
「嘘つけ。中庭で待ってたけど、お前来なかったじゃん」
「中庭? 体育倉庫じゃなくて?」
「中庭って言ったけど?」
 どうやら俺は約束の場所を勘違いしていたらしい。
 だからこいつらネタバラシに出てこなかったのか。
「なに。光永、告白する場所間違ったの?」
 春田の肩越しにこちらをのぞきこんだのは、いつもテンションが低めの西嶋。長めの髪を後ろでハーフアップにして無気力で気だるい雰囲気を漂わせている西嶋は、茶髪の俺同様この学校では少し浮いているけど、顔面の良さで女子たちのひそかな人気を集めている。
「体育倉庫だと思ったんだって」
「マジか」
 春田の言葉を聞いた西嶋は「ふはっ」と息を吐いて笑う。
「それで、光永は本当に告白したのか?」
 低い声でたずねてきたのは、短髪で凛々しい顔立ちの工藤。百八十センチ以上ある長身と鍛えた体のせいでものすごく威圧感があるけど、実はおっとりとした性格のいい奴。
 俺が孤独な高校生活を回避することができたのは、この三人のお陰だ。
「で、光永に告白された芦原の反応はどうだった?」
 春田の追及に「ええと……」と目を泳がせる。
 先週、西嶋の家でスマブラをしていると、なぜか『ビリになったやつは罰ゲームな』という話になった。
『誰かに告白どっきりをしかけるのはどう?』と提案したのは春田で、『本気にされると面倒だから、できれば告白され慣れてる奴がいい』と言ったのは工藤。
 西嶋が『じゃあ、芦原は? 中学一緒だったけど、その頃から毎日のように告白されてたし』と名前を出し、春田と工藤が『いいんじゃね?』とうなずいた。
 悪乗りしすぎだろとは思ったけど、俺が負けるわけないからいいかと聞き流していたら、なぜか共闘した三人に集中攻撃されビリになった。
 そして昨日、芦原を呼び出し罰ゲームを実行したら本気の告白だと勘違いされ、『俺も好きだ』と逆告白された。
 うれしそうな芦原を前に『嘘です』と言い出すこともできず、動転した俺は芦原を残して全速力で逃げ出した。なんて、言えるわけがない。
「こ、告白できなかった……」
 俺が苦しい嘘をつくと、春田が「えぇー!」と不満そうに声を上げる。
「罰ゲームなんだから、ちゃんとやんないとだめじゃーん」
「んなこと言ったって、仕方ないだろっ」
 春田と言い合いをしていると、工藤が「今日もう一回呼び出して告白するか?」とたずねてきた。
「えぇ!?」
 もう一回告白なんて、そんなの絶対嫌だ。
「なんなら今から芦原呼ぶ?」
 西嶋はそう言いながらスマホを取り出し画面に触れる。
 もしこの場に芦原が来たら……。昨日のような熱っぽい視線で俺を見つめ、また『好きだ』と言うんだろうか。
 教室でそんなことをされたら死ぬ。メンタルはもちろん社会的にも。
 その状況を想像して思わず椅子から立ち上がった。
「光永、どこ行くの?」
 背後から声をかけてきた春田に、振り返りもせず「ジュース買ってくる!」と叫んで教室から逃げ出す。
 険しい顔で廊下を歩いていると、すれ違った女子が廊下のはじに逃げ「ヤンキー、こわ……」とつぶやくのが聞こえた。

「あー、もう。どうしよう……!」
 俺が向かったのは自販機ではなく、体育倉庫の裏。ひと気のないその場所にたどりついた俺は、膝をかかえて座り込む。
 嘘に嘘を重ねて、自分の首を絞めてる気がする。
 こんなことなら最初から芦原に『告白はただの罰ゲームだった』と話せばよかった。
 でも、いつも穏やかな芦原にあんな真剣な表情を見せられたら、嘘だなんて言えないし……。
 抱えた膝に頬をのせそんなことをつぶやいていると、目つきのするどい猫がのっしのっしと歩いていくのが見えた。
 この辺を縄張りにしているトラ猫だ。
「おいで」と声をかけると、猫は仕方ない相手してやるか、と言いたげな態度でこちらにやってきた。
 俺の足元でごろりとお腹を見せて転がる。
「なでさせてやるって言ってんの?」
 猫の不遜な態度に笑みをもらしながら喉の下をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「お前、ほんとなつっこいよな。どっかの飼い猫?」
 問いかけると、余計な話はいいからもっと真剣になでろ、というように尻尾で俺をぱしぱし叩く。
「猫はいいよなぁ。目つきが悪くてもかわいいから」
 みんなから怖がられる俺とは大違いだ。そう思いながらつぶやくと、背後から話しかけられた。
「光永も十分かわいいよ」
 その声が聞こえたとたん、猫は立ち上がりあっという間に去って行った。
「あーぁ、行っちゃった。俺もなでたかったのに」
 残念そうに言う男を、おそるおそる振り返る。
 そこにいたのは芦原だった。驚きのあまり凍り付く俺を見下ろして、にこりと笑う。
「光永のクラスに行ったのにいなかったから、捜しに来たんだ」
「な、なんで俺のクラスに……?」
「なんでって、光永と話したかったから」
 芦原はそう言って俺の隣にしゃがみこむ。
「だめ?」
 首をかしげて見つめられ、こいつの顔面反則だろ……っと唇を噛んだ。
「だ、だめ、じゃないけど」
 ごにょごにょと口ごもりながら言うと、芦原は「よかった」と笑顔になる。
 俺と話せるだけで学校一のモテ男がこんなうれしそうな顔をするなんて、どう考えてもおかしい。なんだこの状況。
 俺が困惑していると、目の前に紙パックのジュースが現れた。
「んあ?」
「飲むかなと思って買ってきた」
 芦原が差し出したのは、俺がいつも飲んでいるレモンティーだった。
 こいつ、俺が好きな飲み物を知っていたのか、それとも偶然なのか……。不思議に思いながらとりあえず受け取る。
「ありがと、金払う。つっても、財布教室だけど」
「いや、いいよ」
「でも」
 そんなやりとりの最中も、芦原はうれしそうに俺を見つめていた。視線がやけに優しくて居心地が悪くなる。
 視線から逃げるように横を向き、ジュースにストローを差す。思い切り吸い込むと、紙パックがぺこりと音をたてた。
 甘酸っぱいレモンティーが口の中に広がる。はぁっと息を吐いた俺の口元を、芦原が見ているのがわかった。
「お前……、その目やめろ」
 たまらずそう言って顔をしかめる。
「その目?」
「視線が甘ったるくて、落ち着かない」
「そう? 俺はいつもどおりにしてるつもりなんだけど」
 どこがいつもどおりだ。
 優等生で学校中の生徒が憧れる王子様の芦原は、いつも穏やかで控えめだった。こんなふうに熱のこもった視線なんて、見せたことないだろ。
 俺の言葉に芦原は小さく首をかしげ、すぐに笑った。
「光永と恋人になれたのがうれしくて、浮かれてるのかも」
 耳もとでささやかれ跳び上がる。
「こ、恋人になってねぇからっ!」
 慌てて否定すると、芦原は驚いたようにこちらを見た。
「俺たち、恋人じゃないの?」
「ちがうに決まってるだろっ」
「光永から好きです付き合ってくださいって告白されて、俺も好きだって答えた。これってもう恋人じゃない?」
「そ、それは……っ」
 芦原の正論にぐっと言葉につまる。
「で、でも。俺と芦原が付き合うなんておかしいだろ!」
「そうかな」
「だって男同士だし、俺はみんなから距離を置かれてるヤンキーだし。優等生の芦原と恋人になるなんて、不釣り合いすぎる」
「そんなことないよ」
「そんなことある!」
 芦原の言葉に、むきになって言い返す。
「お前、俺から告白されたとか、俺のことを好きだとか、人前で絶対言うなよ!」
「どうして?」
「そんなこと言ったら、お前が偏見の目で見られるだろうがっ!」
 なんでわからないかな! と苛立ちながら言うと、芦原がくしゃりと笑顔になった。
「なんだ。光永に迷惑がかかるからかと思ったら、俺の心配をしてくれるんだ?」
「俺はおちこぼれのヤンキーだから今さら何を言われても関係ねぇけど、お前はみんなから憧れられてる優等生だろ。そんなふうにまわりから信頼されるようになるまで、努力してきたんじゃねぇの? それなのに、俺のせいでへんな噂がたったらもったいないじゃん」
 俺の言葉を聞いて、芦原は驚いたように黙り込んだ。
「あー……、もう。やばい」
 そうつぶやきながら手を伸ばし、俺の頭をなでた。急な接触に驚いて手を振り払い、背中を丸めて芦原を睨む。
「なに頭なでてんだよっ」
「さっきの猫をなでられなかったから」
「猫の代わりかよ!」
 俺が睨みつけても、芦原はまったく動じなかった。また手を伸ばし、俺の髪に触れる。
「光永の髪好き。さらさらで、すごく綺麗」
 優しい表情で見つめられ、耐え切れず顔をそらした。
「だ、だから、その目やめろ。甘ったるくて、落ち着かない」
「仕方ないよ。好きなんだから」
「お前、いったい俺のどこが好きなわけ? 芦原みたいにモテる男が、俺みたいなヤンキーを好きになるなんておかしいだろ」
「じゃあ、俺が光永に惚れた理由をじっくり説明しようか」
 にっこりと笑いかけられ、思わず腰が引ける。
「あ、やっぱいい」
 なんとなく、聞かない方がいい気がする。
 本能でそう察知して首を横に振ったけど、芦原は構わず口を開いた。
「光永の好きなところはいっぱいあるよ。綺麗な茶色の髪も、白い肌も好き。動揺するとすぐ頬が赤く染まるのも、つんとした目もとがくしゃって笑顔になるのも」
 歯の浮くような誉め言葉を並べられ、たまらず俺は耳をふさぐ。
「いい! 聞きたくねぇ!」
「態度と口調はぶっきらぼうだけど、本当は情に厚くて優しいところも好きだよ。あと、ぼんやり外をながめる横顔とか机につっぷして眠る無防備な表情がかわいいし……」
「だから、もう言わなくていいって!」
 必死に耳をふさぐ手の甲を、髪に埋まった指先を、熱く火照った首筋を。俺の肌の上を芦原の視線が愛おしそうになぞる。
 そんな目で見られると、自分がひどく無防備で弱い生き物になってしまった気分になる。
 ただ見つめられているだけなのに、落ち着かなくて仕方ない。
 背中を丸め警戒心むき出しにする俺に、芦原は「じゃあ、光永は?」とたずねた。
「え?」
「光永は、俺のどこが好き?」
「お、俺は……っ」
 どこが好きかなんて、答えられるはずがない。
 罰ゲームで告白しただけで、芦原のことなんてなんとも思っていないから。
 罪悪感に襲われ、喉がぎゅうっと苦しくなった。
 ちゃんと本当のことを言わなきゃ。そして謝らなきゃ。
「ごめん、あの告白は――」
 言いかけた時、チャイムが響いた。
「残念。予鈴が鳴っちゃったね」
 そう言って芦原が立ち上がる。
「芦原、俺……っ」
 必死に言葉を続けようとする俺を見て、芦原は柔らかく笑った。
「無理しなくていいよ。光永が俺と恋人になる心の準備ができてないのはわかった。だから、友達になろう?」
「と、友達?」
「うん。くだらないことを話したり、一緒に昼飯食べたり、たまに放課後遊んだり。それだけで俺はうれしいから」
 その言葉には、俺への好意がにじんでいた。こいつ、本当に俺のことが好きなんだ。そう思うとまた呼吸が苦しくなった。
「ほら、授業始まるから戻ろう」
 芦原の言葉にうなずいて立ち上がる。
 そんな俺たちのうしろで、小さな靴音が聞こえた気がした。

 芦原に告白をしてから一週間。俺は重い足取りで学校に向かう。
 芦原にはまだ、告白は嘘だったと打ち明けられていなかった。
 後回しにすればするほど言い出しにくくなる。だからさっさと白状して謝った方がいい。
 そうわかっているのに、愛おしそうに俺を見つめる芦原を前にすると、うまく言葉がでなかった。
 意気地のなさに自己嫌悪を覚えながら歩いていると、女子たちの会話が聞こえてきた。
「今日もかっこいい~」
「朝からさわやかすぎるんだけど」
 そんな彼女たちの視線の先にいるのはもちろん芦原だ。周囲から声をかけられ「おはよう」と挨拶を返しながら歩いている。
 九月に入ってもまだ日差しは強く気温も高いのに、芦原の周りだけはまるで避暑地の高原のような涼し気な空気が漂っていた。
「あんなイケメンと付き合いたい~」
「でも芦原くんが誰かを好きになるのって想像できなくない? みんなに平等に優しくて穏やかで、人に執着することなさそう」
 ひとりの言葉に、女子たちは「確かに」「わかる」とうなずき合う。
「芦原くんはみんなの王子だもんね」
 そう結論が出た途端、芦原がこちらを振り返った。
 俺がやばっと思っていると、芦原の顔が輝く。
「光永!」
 整った顔に、大好きなご主人様を見つけた大型犬のような無邪気な笑みが浮び、周囲にいる奴らが一気にざわつく。
 満面の笑みを浮かべんな! 頼むから、俺に近寄ってくんな!
 そんな俺の願いはむなしく、芦原はこちらにやって来る。
「おはよう、光永。朝から会えてうれしい」
 甘い声で言われ、俺は動揺を表に出さないよう必死に眉間にしわを寄せた。
「お、俺は別にうれしくない」
 話しかけてくんな。という気持ちをこめて威嚇したけど、芦原の笑顔は崩れない。
「なにそれ、ツンデレ?」
「違ぇわ! どこをどう解釈したらツンデレになるんだよ」
「だって俺と目が合った途端、白い頬が赤くなったよ」
「なってない! お前、自意識過剰にもほどがあんだけど!」
 怒鳴るようにそう言うと、芦原が「あ」とつぶやき俺の頭を見下ろした。
「光永、寝ぐせついてる」
「え、嘘」
「ほら、ここ」
 芦原の長い指が、俺の髪に触れる。
「後頭部、ぴょこって跳ねてる。なおすから、動かないで」
 跳ねた髪をなでつけられ、頬が熱くなる。
「おい、まだかよ」
 通学の途中で王子に頭をなでられる俺に、周囲からの注目が集まっていた。
 この状況、いやすぎるんだけど。
 一刻も早く解放されたいのに、芦原は「んー、もうちょっと」と言いながら、俺の頭をなで続ける。
 寝ぐせを直してもらうためだとじっと我慢していると、芦原が短く息を吐いた。
「……嘘を簡単に信じちゃってかわいい」
「は? 嘘?」
「ごめん。光永の頭をなでたかったから、寝ぐせついてるって嘘をついた」
 その言葉に目を瞬かせ、次の瞬間頬が熱くなった。
「ふ、ふざけんな! くだらない嘘つくなよっ!」
 牙をむくようにして怒鳴ると、芦原が「ははっ」と声を上げて笑う。目つきの悪い俺が睨んでるのに、怖がるどころか楽し気だ。
「じゃあ、俺生徒会室に顔出さないといけないから、先行くわ」
「さっさと行け! そして二度と顔見せんな!」
「あ、今日もお昼光永のクラス行くから一緒に食べよう」
「絶対やだ!」
「じゃあ、昼休みに」
「お前、人の話を聞けよ……っ!」
 怒る俺を置き去りにして、芦原はご機嫌な足取りで去っていく。
 その後ろ姿を見ながら、また告白は嘘だったと言いそびれたことに気付いた。
 芦原といるといつもあいつのペースに巻き込まれ、言いたいことを言えなくなる。
 はぁーっと大きくため息をつくと、周りにいた生徒たちが困惑したようにこちらを見ていた。
「あんな楽しそうな芦原くん、初めて見た」
「芦原くんも、冗談言ったりするんだね」
「っていうか、光永くんと仲いいんだ」
「あんな口の悪いヤンキーと仲がいいなんて意外過ぎる」
 ひそひそと交わされる会話に唇を噛み、聞こえないふりをして歩き出した。

 昼休み。落ち着かねぇ……と心の中でつぶやきながらパンをかじる。
 その原因は、目の前でにこにこしながら俺を見つめるこの男だ。
 ここ最近、俺と一緒にお昼を食べるようになった芦原に、周囲から疑問と興味でいっぱいの視線が集まっていた。
「光永。そんなふうに一気にほおばったら、喉を詰まらすよ。ほら」
 ものすごく居心地が悪いのに、芦原本人はまったく気にしていないようで、俺に向かってレモンティーを差し出す。
「ん」とうなずいてストローを咥えると、芦原はうれしそうに微笑んだ。
「もぐもぐ食べる光永を見てると、野性の小動物を観察してるみたいで楽しい」
「勝手に人を観察するな。あと、小動物とかバカにしてんのか」
「え、ほめてるんだけど」
「どこがだよ」
 そんな話をしていると、俺たちの様子を見ていた春田が不思議そうに首をかしげた。
「芦原と光永って、急に仲良くなったよな。今まで接点なかったのに」
 今までお昼は生徒会室で静かに食べていた芦原が、突然うちのクラスで食べるようになり、この調子で俺を構い倒しているんだ。春田が疑問に思うのも無理はない。
「それは、その……」
 なんて説明しようか必死に考える俺の隣で、芦原が愛想よく笑い口を開いた。
「先週、光永と話すきっかけがあって、俺から友達になろうって言ったんだ」
 説明を聞いた春田が「あぁ」と納得したように手を打つ。
「光永が罰ゲームに失敗したときな」
「罰ゲーム?」
「そう。スマブラで負けた罰ゲームで、光永が芦原を呼び出して……」
 こんな形で俺の告白がただの罰ゲームだったと知らされたら、芦原はきっと傷つく。せめて自分の口から伝えたて謝りたい。そう思い、春田に飛びつき口をふさいだ。
「な、なんでもねぇからっ!」
 必死に誤魔化そうとする俺を、春田が笑いながら振り返る。
「光永、急に抱きついてくんなよ。そんなに俺のこと好きなの?」
「ちがうわ、バカ!」
「真っ赤になってかわい~」
「うるせぇ、いいからちょっと黙れ!」
 そんな小競り合いをしていると、芦原が「へぇ……」とつぶやく。
「光永と春田は仲がいいんだね」
 穏やかな口調で言い、綺麗に口端を上げて微笑んだ。
 だけどその表情には妙な迫力がある気がして、背筋がぞくりと冷たくなる。
「芦原。目が笑ってなくて怖い」
 そう指摘したのは、西嶋だった。
「そう? 仲良くて微笑ましいなと思って見てただけだよ」
「そんなこと微塵も思ってないくせに」
 そんなやりとりをするふたりは、同じ中学に通っていたらしい。
 愛想がいい王子様のような芦原と、クールで気だるげな西嶋との絡みに、見ていた女子たちが「きゃー!」と声を上げるのがわかった。
 スマホのシャッター音があちこちから聞こえる。
「にぎやかだな」
 ぽつりと感想を漏らしたのは、寡黙な工藤。
「にぎやかなのいいじゃん。俺、女の子に注目されるの好き~」
 春田がにこにこ笑いながら女子のグループに手を振ると、また「きゃー!」うれしそうな声とともにシャッターの音が響いた。
 俺は自分の周りにいる四人を眺め、女子たちが過剰に騒ぐ理由に気付く。
 芦原と西嶋の顔のよさはわかっていたけど、工藤もたくましい男前で、春田はかわいくて愛嬌がある。
 そっか。みんな、女子から人気があるんだ。
 そんな四人の中に目つきも態度も口も悪いヤンキーの俺が混じってるって、浮いてるどころか公開処刑では。
 居心地の悪さに追い打ちをかけるように、ひとりの女子がつぶやくのが聞こえた。
「あー、もう。邪魔くさくて撮れないんだけど……。どっか行ってくれないかな」
 その言葉に顔をあげると、眼鏡をかけた女子がこちらにスマホを向けていた。彼女は俺と目が合うと、「やば」とつぶやき顔をそらす。
 自分が人から好かれない容姿をしているのはわかってるし、今までだって意気だとか怖そうとか、さんざん陰口を言われてきた。
 だけど、こんなあからさまに邪魔者扱いされるとさすがにへこむ。
 思わずうつむくと、「光永?」と名前を呼ばれた。芦原が心配そうに俺を見ていた。
「ごめん。俺のせいで騒がしくなって、落ち着かない?」
 ご主人の機嫌を伺う犬のような顔で見つめられ、慌てて首を横に振る。
「べ、別に。平気だし」
 ぶっきらぼうにそう言って、「そっちこそ」と聞き返した。
「芦原こそ、落ち着かなくね? つねにこうやって注目されて、勝手に写真撮られたりして」
「まぁ、俺は慣れてるから」
 芦原の表情はどこか投げやりに見えた。注目されることを、よろこんではいない。そんな気持ちが伝わってくる。
「芦原は、中学の頃からずっとこんなだったもんな」
「さすがイケメン王子。モテモテでうらやまし~」
 西嶋と春田の言葉に愛想よく笑う芦原を見て、「でも」と口を開いた。
「芦原だって人間なんだから、疲れる時も注目されたくない時もあるだろ」
 不機嫌な声でそう言うと、芦原はまじまじと俺を見る。
「光永、かわいい……」
 意味のわからない発言に「はぁっ?」と眉をひそめる。芦原は口もとに手を当てつぶやいた。
「俺の事を思って怒ってくれる光永、めちゃくちゃかわいい」
 動揺のあまり一瞬言葉を失い、頬を熱くしながら怒鳴る。
「ば、かじゃねぇの! 俺のどこがかわいいんだよっ!」
「かわいいよ、全部」
「それ本気で言ってるなら、今すぐ眼科に行け!」
「悪態ついて照れ隠しするのもかわいい」
「たのむからもう黙ってくれ!」
 歯をむき出しにして怒鳴っても、芦原はにこにことうれしそうに俺を見る。
「なにそのやり取り。お前たちもうつき合っちゃえば?」
 春田にそんな冗談を言われた芦原は「俺もそう思う」とにこやかに微笑んだ。
 もうなにを言っても無駄だと思い、口を閉ざして次の授業の準備をする。そしてペンケースを開き、「あれ」とつぶやいた。
「どうした?」
「消しゴムがない」
 俺の言葉を聞いた西嶋が「また?」と首をかしげる。
「昨日もシャーペンがなくなったって言ってなかった?」
「その前も、赤ペンがないって言ってたな」
 工藤にも言われ、戸惑いながらペンケースを見下ろす。
「光永、それ誰かに盗られてるんじゃ……」
 声を低くした芦原の言葉に、手が冷たくなる。
 もしかして、誰かの嫌がらせ?
 ヤンキーの俺なんかがみんなが憧れる芦原と仲良くしているから、それをおもしろくないと思う生徒がいてもおかしくない。
 最近よくものがなくなるのは、偶然ではなく誰かの悪意かもしれない……。
 そんな不安を振り払うように首を横に振った。
「た、たまたまだよ。どっかで落としただけだと思う」
「でも」
「ほら、そろそろ予鈴なるから、さっさと自分のクラスに帰れよ」
 気にしないふりをしてそう言ったけど、疑念がわき上がり胸のあたりが苦しくなった。
 十月に入ると、芦原が俺のクラスにやって来る頻度ががくっと下がった。
 あいつが俺を構うのに飽きたから――ではなく、文化祭が近づいてきたからだ。
「最近、芦原の顔見てねぇな……」
 昼休みにぼそりとつぶやくと、春田が身を乗り出した。
「なに、光永。芦原に構ってもらえなくてさみしいの?」
 春田のとんでもない問いかけに、「ちっ、がうし!」と頬を熱くしながら否定する。
「さみしいどころか清々してるわ! ゆっくり昼飯食べられてほんと最高!」
 むきになる俺を見ながら、春田は「なるほどなるほど」と半笑いでうなずいた。
「なんだよそのにやけ顔は。お前、絶対わかってねぇだろ!」
「べっつに~。光永は素直じゃないなぁと思ってただけだよ」
「ふざけんな、俺は日本一素直だわ!」
 そんなやりとりをしていると、西嶋がぽつりと言った。
「芦原、かなり忙しくて大変らしいよ」
 その言葉を聞いて、工藤が「確かに」とうなずく。
「生徒会長の芦原は、休み時間も放課後も生徒会や委員会に顔を出してるらしいな」
「そうそう。先生や三年生たちも有能な芦原を頼り切ってるから、ものすごい量の仕事を抱えてるって」
 芦原はなんでもできるし、お願いされると絶対断らないやつだけど、そんなにたくさんの仕事を任されているなんて大丈夫だろうか。 
 顔をしかめた俺に、西嶋が「芦原は最近疲れた時、ひとりで体育倉庫の裏で息抜きしてるみたいだよ」と謎の情報をくれる。
「いや、そんなこと聞いてねぇけど」
「俺も別に光永に言ったわけじゃないけど?」
 しらじらしく言われ、悔しく思いながら立ち上がった。
「光永、どこ行くの?」
「ジュース買いに行くだけ!」
「ふーん」
 西嶋には俺がこれからどこに向かうかお見通しなんだろう。
「芦原が好きなのは、スポーツドリンクだって」と、またいらない情報を追加され、「だから、そんなこと誰も聞いてねぇ!」と怒りながら教室を出た。

 自販機でスポーツドリンクを買い、体育倉庫へと向かう。西嶋の言うとおり、倉庫の裏のひと気のない場所に芦原はいた。
 ぼんやりとしている横顔さえかっこよくて、イケメンはずるいなと心の中で悪態をつきながら近づいた。
「こんなとこで、なにしてんだよ」
 俺の声に気付いた芦原がこちらを見上げ驚いた顔をする。
「光永こそ」
「俺は、たまたま通りかかっただけ」
 ぶっきらぼうに言って買ったばかりのスポーツドリンクを手渡すと、「たまたまね」と芦原がうれしそうに笑う。
 なんだ。案外元気そうじゃん。
「ありがとう。お金……」
「いいよ。前にレモンティーもらったし」
「あぁ。あったねそんなこと。たしか一カ月くらい前か」
 その言葉に、芦原に嘘の告白をしてからもう一カ月もたったのかと驚く。
 あれから何度も本当のことを話して謝らなきゃと思っているのに、未だに切り出せずにいた。自分の優柔不断さに嫌気がさす。
「芦原。俺、お前に謝らないといけないことがあって……」
 芦原は俺の話を聞きながらスポーツドリンクのふたを開け、口をつけて飲んだ。長い喉に浮かぶ喉ぼとけが上下するのが妙に色っぽく見えて、思わず言葉につまる。
 黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、芦原が首をかしげてこちらを見た。
「光永も飲む?」
 物欲しそうに見えたのか、飲みかけのスポーツドリンクを差し出され、「え」と小さな声がもれる。
 芦原が口を付けたジュースを飲むって、それって……。
 動揺しそうになり、いや意識しすぎだからと心の中で突っ込む。
 春田たちとだって、回し飲みなんて普通にしてる。別に特別なことじゃない。ここで断る方が変に思われる。
 無言で受け取り口をつける。冷たいスポーツドリンクをごくりと飲み込み息を吐くと、その様子を見ていた芦原が「間接キスだ」と甘く笑った。
 その瞬間、全身の血が頭に上る。
「な、なに言ってんだよっ!」
 取り乱しながら芦原を睨む。
「そんなこと言われたら、もうスポーツドリンク飲めなくなるだろ!!」
「どうして?」
「どうしてって、スポーツドリンク飲むたびに芦原と、か、間接キス、したこと思い出すから……っ!」
 むきになってそう言い、さらに頬が熱くなる。
 そんな俺を見た芦原は口元を押さえ「あー、もう……。かわいくて仕方ないんだけど」とつぶやいた。
「うるせぇ! せっかく人が心配して来てやったのに、からかいやがって」
「俺を心配して来てくれたんだ?」
 たまたま通りかかったと言ったくせに、自ら嘘だとばらしてしまった。自分のうかつさに顔をしかめながら口を開く。
「なんか、すげぇみんなに頼られて、大変そうだって聞いたから……っ」
「まぁ、ちょっと疲れてたけど、光永の顔を見れたから元気になった」
「俺の顔には癒し効果なんてねぇけど!」
 癒しどころか人を威圧し怖がられる目つきの悪い俺を見て元気になるなんて、芦原は本当に変わってる。
 真っ赤になって怒る俺とは対照的に、芦原はとてもうれしそうだった。
「光永のクラスは文化祭なにするか決まった?」
 話題を変えられ、曖昧にうなずく。
「たぶん、決まったっぽい」
「たぶんって」
「どうせ俺はクラスで浮いてるし、割り振られた仕事をこなすだけだから」
 ヤンキーと恐れられみんなから避けられてる俺が積極的に学校行事に参加しても、みんなから迷惑がられるだけだ。
 そう思っていたのに――。

「なんで俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよっ!」
 俺は文化祭の準備が進む教室で、必死の抵抗を試みていた。
「まぁ、そう言わず。クラスで決まったことだから」
「光永も、みんなが決めたことに従うって言ってただろ」
「い、言ったけど、まさかこんなことさせられるなんて思わないだろ!!」
 うちのクラスの出し物は数人の女子がメイド服を着て接客し、そのほかの生徒が調理や呼び込みをする、メイド喫茶だった。
 けれど、それだけじゃインパクトが弱くない?という意見が出て、男子にもメイド服を着てもらおうという流れになったらしい。
 とはいえ、ガタイのいい男子用のメイド服を用意するのはお金がかかる。じゃあ、小柄で女性サイズを着られそうな人に頼むしかない。という理由で、白羽の矢が立ったのが俺だった。
 たしかに俺の身長は平均以下だし、たくましくもないけど……っ。
「俺なんかより、春田のほうが女装似合うって!」
 すがるような目で春田を見ると、「ごめーん」と笑顔を向けられた。
「俺、かわいいんだけど意外と身長あるから、メイド服入んないんだよね」
 たしかに春田は俺より五センチは背が高い。ゆらがない事実を突きつけられ奥歯を噛む。
「でも、俺みたいな目つきの悪い男が女装なんてしても、気持ち悪いだけだろ!」
 なんとか女装を回避しようと悪あがきしていると、委員長の女子が「大丈夫だよ」と笑顔で親指を立てた。
「光永くんみたいな塩顔は、メイク映えするから!」
 その言葉をきっかけに、クラスメートたちがじりじりと距離を詰めてくる。
「光永くん、表情は怖いけど顔自体は整ってるから、絶対かわいくなると思う」
「実は俺も光永って角度によっては美人だよなって思ってた」
「みんなで考えて光永くんにお願いしようって決めたんだ。だからお願い!」
 手を合わせるクラスメートたちに、困惑しながら必死に首を横に振る。
「な、なんで俺に頼むんだよ。俺みたいなクラスで浮いてるヤンキーが文化祭に参加しても迷惑だろ!」
 そう言うと、「迷惑じゃないよ」と委員長が俺を見ながら言った。
「今まで光永くんってちょっと怖いなと思ってたけど、芦原くんと絡むようになってから、いい人なんだなって気付いたんだ」
 その言葉に、「え」と目を瞬かせる。
「優等生で穏やかな芦原くんがあんな無邪気に笑うのも驚きだったけど、いつも不機嫌そうな顔をしてた光永くんが笑ったり照れたりしてるの見て、こわくないじゃんって思った」
「せっかくの文化祭だから、光永とも仲良くなりたいって思ってお願いすることに決めたんだ」
 クラスメートたちからそう言われ、ぶわっと頬が熱くなった。
「お。光永が照れて赤くなってる」
 工藤に指摘され、「照れてねぇし!」と言い返したけど、胸のあたりがうずうずして落ち着かなくて仕方なかった。
「というわけで、着替えて」
 問答無用でメイド服を渡され、教室の隅に作られた簡易的な着替えスペースに押し込められる。
「まじかよ……」
 俺の女装なんて誰がよろこぶんだよ。
 そんな泣き言をもらしながらメイド服に着替える。
 白い襟がついたミニ丈の黒いワンピースと、白いひらひらのエプロン。肩の周りにはボリュームのあるフリルがついていて、悔しいことにサイズはぴったりだった。
 とりあえず着れたけど似合っているとは思えないし、足元がすーすーして落ち着かない。いつものように振舞えば、すぐにパンツが見えそうだ。
 普段スカートを履いている女子って大変なんだな。
 そんな感想を抱きながら、恐る恐る着替えスペースから出る。
「き、着たけど……」
 どうせ女装した俺を見て大爆笑が起こるんだろうな。そう覚悟していたのに、クラスメートたちはなぜか黙り込んだ。
「え、かわいい」
 そうもらした委員長のつぶやきをきっかけに、みんな興奮した様子で口を開く。
「まじで似合ってるんだけど!」
「こんなかわいい服を着てて、目つきが悪いのが逆によくない?」
「わかる。ツンデレヤンキーのメイドさんって感じ。新しい扉開いたわ」
「ってか、足きれいすぎる! すね毛ゼロじゃん!」
「これでメイクしてウイッグかぶったらやばいよ。うちら女子が霞むって」
「え、え?」
 口々にそう言われ戸惑っていると、騒ぎが気になったのか教室の入り口から誰かが顔をのぞかせた。
「どうかした?」
 その声を聞いた西嶋が、「お、ちょうどいいところに」と言いながら教室をのぞいた人物の腕を引いてやって来る。
「いいもの見せてやるよ」
 西嶋が連れてきたのは、芦原だった。
「え、光永。その格好……」
 芦原はメイド姿の俺を見て目を見開く。そしてそのまま絶句して凍り付いてしまった。
「いや、あの、これはっ」
 自分が着たくて着たわけじゃなく、みんなから強制されて仕方なく……。そう説明しようとしたけど、芦原は無言のまま俺に背を向ける。
「え、芦原……?」
 あきらかな拒絶に戸惑いながら名前を呼んだけど、芦原は顔をそむけたまま振り返ってくれなかった。
「どうした、芦原?」
 西嶋に顔をのぞきこまれた、芦原は「ごめん。忙しいからもう行かなきゃ」とだけ言って教室の出口に向かう。
 芦原にそんな冷たい態度を取られたのは初めてだった。
「なんだよ、もっと派手なリアクション期待してたのに~」
 不満そうな春田の言葉を聞きながら立ち尽くしていると、眼鏡をかけた女子がぼそっとつぶやいた。
「――芦原くんきっと、光永くんの女装が見苦しいから顔をそらしたんだ」
 その言葉を聞いて、胸に痛みが走った。
 そうだよな。俺みたいな目つきの悪いヤンキーのメイド服姿なんて、見たくもないよな。見苦しいよな。
 クラスメートたちはみんな似合うと褒めてくれたのに、たったひとり、芦原に拒絶されたことが、なぜかとても悲しかった。
 文化祭の準備は順調に進み、クラスメートと会話をする機会も増えた。
 そのお陰でクラスから浮いていた俺も、だいぶみんなと打ち解けてきた気がする。
 でも、メイド服姿を見られて以来、芦原からは距離を置かれたままだった。
 学校までの道を歩きながら、「そんなに俺の女装は見苦しかったかよ」と悪態をつく。
 今まで散々好きとかかわいいとか言って構い倒してきたくせに、俺のメイド服姿を見た途端幻滅して避けるなんて、身勝手すぎる。
 お前の好きは、そんなもんだったのかよ。
 そうぼやきそうになって我に返る。
 こんなことを不満に思うって。俺、おかしくね。
 罰ゲームの告白を本気だと勘違いされ、付きまとわれて困ってたんだ。このまま芦原に愛想をつかされたほうが助かるのに……。
 なんでだろう。小さな針でも飲んだみたいに、心臓のあたりがちくちくする。
 そんなことを考えながら、ひと気の少ない校舎に入った。
「この時間だから、まだ人いないなぁ……」
 そうつぶやき上靴に履き替える。
 こんなに早く学校に来たのは、『文化祭の準備がしたいから、早めに学校に来てほしい』とメッセージが届いたからだ。
 送信者の名前もアイコンも見覚えがなかったけど、クラスの誰かだろうと思い『わかった』と返事をした。
 静かな廊下を歩き、教室のドアを開ける。そこにはまだ誰もいなかった。
「なんだ。メッセージを送って来た奴もまだいないんじゃん」
 そうつぶやきながら教室の中に入ると、黒板の前になにかが落ちているのが見えた。
 黒と白の布を見て、メイド服だと気付く。
 誰かがだしっぱなしにしてたのかな。そう思いながら近づき拾い上げる。畳みなおそうと目の前で服を広げた瞬間、「え……っ」と声がもれた。
 俺が着るはずだったメイド服が、ズタズタに破られていた。
 なにこれ。誰がこんなことを……。
 困惑する俺の背後で、「なにしてるの!?」という甲高い声が響く。振り返ると、眼鏡をかけた女子が目を見開いて俺を見ていた。
「ひどい! そのメイド服、光永くんが破いたの!?」
 すごい剣幕で責められ、慌てて首を横に振る。
「ち、ちが……。俺じゃなくて……っ」
 そんなやりとりをしているうちに、ほかの生徒たちが登校してきた。騒ぎに気付き、眼鏡の女子に「どうした?」とたずねる。
「光永くんが、メイド服を破いていたの!」
 彼女は俺を指さしながら声を張り上げた。
「まじで?」
「え、ひどい」
 クラスメートたちから非難の目を向けられ、背筋が冷たくなる。
「お、俺が来たときはもう破れてて……っ」
 必死に説明しようとしても、誰も聞いてくれなかった。
「そんな嘘つかないでよ! 光永くんは女装するのがいやだったから、メイド服を破ったんでしょう!?」
「さすがにそれひどくねぇ?」
「いやならいやって、言ってくれればいいのに」
「みんなで頑張って準備してたのに、ぶち壊すようなことするって最低」
「やっぱ、ヤンキーってこえぇよな」
 誰ひとり俺の説明を聞こうとしてくれなかった。みんなから疑われショックを受ける。
 一緒に文化祭の準備をして、少しずつ打ち解けてこれたと思ったのに。
 やっぱり俺はみんなから浮いたヤンキーで、仲良くなんてできないんだ。
 そう思い知り、くやしさと悲しさに唇を噛む。
「なにかトラブルでもあった?」
 よく通る声が聞こえ、はっとして顔を上げる。芦原が廊下から教室をのぞいていた。
「芦原くん、光永くんがメイド服を破って――」
 女子の言葉を聞いて、芦原が驚いたようにこちらを見る。
 目が合った瞬間、いやだと思った。
 芦原だけには軽蔑されたくない。でも、真実を話したところで、信じてもらえないかもしれない。
 どうしていいのかわからず、じわっとまぶたが熱くなった。
 このままじゃ涙が溢れてしまう。そう思い、顔を隠して廊下に向かう。
「ちょっと、光永くん。説明も謝罪もしないつもり!?」
 そんな言葉を無視して、必死のその場から逃げ出した。

 たどりついたのは体育倉庫の裏。膝に顔をうずめ小さくなりながら鼻をすすっていると、足になにかがぶつかった。
 なんだろうと顔を上げる。いつものトラ猫が俺のすねに頭をすりつけていた。
 自分から近づいてくるなんてめずらしい。
「なに、なぐさめてくれてんの?」
 問いかけるとトラ猫は、ちがう、さっさとなでろ、というように地面に転がる。
「なんだよ。暴君かよ」
 ふてぶてしさに思わず吹き出し、また涙がこみあげる。
「あー、俺も猫になりたい」
 トラ猫のお腹をなでながら、小さくつぶやいた。
「猫なら、毛の色が違っても目つきが悪くても、疎外されないのに……」
 芦原はきっと、クラスメートたちの話を信じただろう。あんなひどいことをした俺を軽蔑し、失望してるにちがいない。
 それじゃなくても避けられていたのに、もう一緒に昼飯を食べたりふざけたりすることはなくなるんだろうな。
 清々するはずなのに、胸が痛くてしかたなかった。
「もう、やだ……」
 ひっくひっくとしゃくりあげながら猫をなでていると、背後から不満そうな声が聞こえた。
「泣くなら猫の前じゃなく、俺の前にしてくれない?」
 その声に、トラ猫は素早く立ち上がり去っていく。
 信じられない気持ちで振り返ると、芦原が俺を見下ろしていた。
「お、お前、なんでここにっ」
「なんでって、光永をなぐさめるために決まってるだろ」
「でも、みんなから聞いたんじゃねぇの? 俺がメイド服を破ったって……」
「聞いたけど、光永がそんなことするわけないってわかってる」
 当然のように言われ息をのむ。
 なにも説明していないのに、芦原は俺を信じてくれた。それがうれしくて鼻の奥がつんと痛くなる。
「むしろ、俺が光永を疑うって思われてたのがショックなんだけど」
「だ、だって。芦原は最近俺のことを避けてたじゃん……」
 俺が指摘すると、芦原は「あー、それは……。悪かった」とバツ悪そうに謝った。
「光永のメイド服姿がかわいすぎて、あれ以上直視したら理性が飛びそうだったから」
 予想外の言葉に「はぁ?」と口を開く。
「光永のあんなかわいい姿をほかの奴に見せるのはいやだと思った。できるならあのまま連れ去って閉じ込めて俺ひとりでじっくり鑑賞したかった」
「いや、なんかこわいこと言ってるけど」
「せっかく光永がクラスの一員として文化祭に参加してるのに、顔を合わせたらあんなかっこうするの止めてって、綺麗な脚と細い二の腕を晒してふりふりのエプロンつけて接客するなんて許せないって、わがままを言いそうだったから」
「だから、ずっと俺を避けてた?」
 俺が問いかけると、芦原はうなずく。
 思わず脱力して「なんだよ、そんなことかよ」とつぶやいた。
「俺の女装が似合わな過ぎて、愛想をつかされたのかと思った……」
「あんなかわいい姿を見て、愛想をつかすわけないだろ」
 真顔で言う芦原に「やっぱりお前、眼科行け」と悪態をつきながらも、安堵している自分がいた。
 芦原から好意を向けられるのは迷惑でしかなかったはずなのに、うれしくてまた涙腺が緩む。
 涙ぐんでいるのがバレないように、乱暴に腕で目元をぬぐって顔を上げた。
「あの、俺が出てってから、クラスの様子はどうだった……?」
 俺の問いかけに、芦原はうなずく。
「登校してきた西嶋たちが、光永がそんなことするわけないってみんなに言ってた。でも、みんな半信半疑って感じかな」
「あの状況じゃ、俺が犯人だと思われるよな」
 せっかくみんな文化祭のために頑張っていたのに、あの事件のせいでクラスの雰囲気は最悪になるだろう。悲しいし、申し訳ない。
 ぎゅっと手のひらを握ってうつむくと、芦原が「大丈夫だよ」と俺の頭をなでた。
「犯人の心当たりはある。俺がちゃんと話をする」
 そう言ってくれた芦原が頼もしくてやけにかっこよく見えて、胸を打つ鼓動が速くなった。
 俺は小さなころから要領がよかった。相手が自分に何を求めているのかわかったし、勉強も運動も大抵のことは人よりうまくできた。
 気付けば優等生と呼ばれ、まわりから憧れと信頼を集めるようになった。
 欲しいものは簡単に手に入ったからなにかに執着することはなく、誰かを好きになったり腹を立てたりすることもない。穏やかな生活はとても快適で少し退屈だった。
 そんな俺が光永と出会ったのは、高校の入学式。
 真新しい制服に身を包んだ新入生が並ぶ中、ひとりだけ目立つ小柄な男子がいた。
 生まれつき色素が薄いのか、白い肌に茶色の髪。真面目で優秀な生徒が集まるこの進学校で、茶髪の彼はとても目立っていた。
 あれは先生たちになにか言われるだろうなと思っていたら、案の定ひとりの男性教師がみんなの前で彼を注意する。
『そんな髪色この学校には相応しくない。ちゃらちゃら髪を染めるなんてけしからん』
 頭ごなしに怒鳴る教師をまっすぐに見上げ、彼は口を開いた。
『これ地毛なんで、怒鳴られる筋合いないです』
 そのぶっきらぼうな言葉に、教師の頬が赤くなる。
『なんだその生意気な目つきは。お前、明日黒く染めてこい!』
 感情的にそう言われ、彼はさらに眼を鋭くして反論した。
『目つきの悪さと髪の色は関係ねぇだろ』
『口答えするな。反抗的な生徒を指導するのは当然だ!』
『俺は本当のことしか言ってねぇ!』
 たしかに彼は正しい。彼の地毛を染めていると思いこみ、ほかの生徒の前で叱責した教師のほうに非がある。
 だけど、要領わるすぎだろ、と心の中でつぶやく。
 もっとうまく立ち回れば、あんな面倒な状況にならずにすむのに。
『うわ、ヤンキーこわ』
『ガラわる……』
 そのやり取りを遠巻きに見る生徒たちからは、そんな言葉がもれる。
 でも俺は彼から目が離せなくなった。太陽の光に透けた茶色の髪が、とても綺麗だと思った。
 それ以来彼は俺にとって気になる存在になったけれど、接点はまったくなかった。
 学校にいる彼はいつも不機嫌でぶっきらぼう。自分がまわりから浮いていると自覚しているのか、ほかの生徒と関わらないようにしているように見えた。
 そんな彼が体育倉庫の裏で、ひそかに野良猫を愛でていると気付いたのは二年になってすぐのこと。
『お前は目つきが悪くてもかわいがられていいよなぁ』
『俺なんてヤンキーだって誤解されて怖がられてんのによぉ』
 そんな愚痴をもらしながら野良猫をなでる彼の表情は、とても無邪気でかわいかった。
 彼が笑う顔をもっと見たい。驚く顔を、照れる顔を、怒る顔を、たくさんの表情を見てみたい。そんな欲望がこみ上げ戸惑う。
 誰かに執着するのは初めての経験だった。
 何度か偶然を装って話しかけようとしたけれど、『んぁ?』と警戒心むき出しの野生動物のような視線を向けられ、無理に近づいても逆効果だと諦めた。
 悩んだ末に俺はある作戦を思い付き、光永と距離を縮めることができた。
 そして今、クラスメートから疑いをかけられ、傷つき涙ぐむ光永を見下ろす。
「犯人の心当たりはある。俺がちゃんと話をする」
 俺がそう言うと、光永の目にまた涙が浮かんだ。
 光永のいろんな表情を見てみたい。そう願っていたけれど、彼が俺以外の誰かのせいで泣いている顔なんて見たくないんだよ。
 心の中でそうつぶやきながら彼を陥れた相手への苛立ちを押し殺し、光永を安心させるために笑顔を作った。

 その日の放課後、ほかの生徒が帰ったのを見計らい光永のクラスに入る。
 そこには眼鏡をかけた真面目そうな女子がひとりで席についていた。今朝、光永が破れたメイド服を見つけた時、最初に教室に入って来た生徒だ。
「残ってもらってごめんね」
 柔らかい口調で話しかけると、彼女は緊張した様子でこちらを見る。
「な、なんの用ですか……?」
「今朝のことを聞かせてもらおうと思って」
「私はなにも。登校したら光永くんがメイド服を破いていたのを見ただけです」
「嘘をつかなくていいよ。メイド服を破いて光永に罪を着せたのはきみでしょう?」
 俺の問いかけに、彼女は驚いたように息をのんだ。
「て、てきとうなことを言わないでください! なんの証拠があってそんなこと……」
「俺はみんなの信頼を集める生徒会長だから、校内に設置された防犯カメラを見ることができるんだよね」
 にこやかな笑みを浮かべたまま言うと、女子生徒の表情が青ざめるのがわかった。
「で、でも、教室内にはカメラはないし……っ」
「そうだね。実際に服を破るところは撮影されていないけど、きみが光永が登校する二十分も前に校舎に入った記録は残ってる。そんなに早く登校して、ひとりでなにをしていたの?」
 俺の追及に、彼女は唇を噛んで黙り込む。
「それから、光永の私物を盗んでいたのもきみだろ?」
「……っ」
 彼女は答えなかったけれど、動揺で肩が跳ねるのがわかった。
「光永の消しゴムやペンが頻繁になくなるって聞いた時、最初は俺に好意を寄せる女子からの嫌がらせかもしれないと思った。だけど、あのクラスの中でひとりだけ、俺に悪意がこもった視線を向ける奴がいた。光永に近づく俺が邪魔で苛立ってるような視線」
 そう言って一度言葉を区切り、息を吐き出す。
「きみは光永が好きで、自分に意識を向けてほしくて嫌がらせをしていたんだろ」
 それまで浮かべていた笑みを消し、冷たい表情で女子生徒を見下ろした。
「そ、それは……」
「好きな相手を傷つけるなんて、とても理解できない」
 俺の言葉を聞いた途端、彼女の顔がかっと赤くなる。
「あ、あなたみたいになんでも持ってる人に、私の気持ちなんてわからないですっ! ずっと光永くんが好きだった。だけど、告白して拒絶されるのが怖くて、見守るだけで我慢してたの! それなのにあんたみたいな男が慣れ慣れしく近づいて、光永くんが誰かのものになるなんて許せなくて……!」
 声を荒らげた彼女を、まっすぐに見つめ口を開いた。
「好きになってもらう努力もせず、相手を陥れて孤立させることで満足するきみの気持ちなんて、わかりたくもない」
 低い声で切り捨てると、彼女はぐっと唇を噛む。そんな彼女の前にスマホを差し出し画面を見せた。
「今のやりとりは記録してる。この動画をみんなに公開するか、メイド服を破いたのは自分だと名乗り出て謝罪するか、どちらがいいか選んで」
 俺の言葉に女子生徒は唇を噛んでから、「……謝るから、その動画をほかの人に見せるのはやめてください」と悔しそうに頭を下げる。
 その姿までしっかり映っているのを確認して、録画を止めた。
 息を吐き出し「それから」と付け加える。
「俺の光永への気持ちは、きみみたいに見守るだけで満足するようなぬるい好意じゃないから。この先きみがまた光永を傷つけるようなことがあったら、容赦しない。覚えておいて」
 静かに告げると彼女は息をのみ、何度も首を縦に振った。

 翌朝。暗い表情の光永と一緒に登校する。
 光永は昨日みんなから疑われたことがショックで、教室に入るのが怖いようだ。
 そんな彼の背中に手を添え「大丈夫だよ」と優しく笑いかける。
「犯人はちゃんとわかって、話はつけてあるから」
「話って……?」
「心配しなくて大丈夫」
 そんな会話をしながら光永のクラスに入る。教室にはすでにあの女子生徒がいて、俺と目が合うと「ひっ」と肩をはねさせた。
 そのおびえた視線に、わかっているよね?というようににっこりと笑い返す。彼女は覚悟を決めたように立ち上がり口を開いた。
「あの、みんなに話をしないといけないことがあって……」
 その言葉に、視線が彼女に集まる。
「昨日、メイド服を破いたの、私なんです」
 小さな声で告白すると、クラス中にどよめきがおこった。
「え、昨日あんなに光永くんを責めてたくせに」
 ひとりの言葉をきっかけに、みんな彼女を非難しはじめる。
「自分で破いて人のせいにするって最低じゃない?」
「意味わかんない」
「どうしてそんなことわけ?」
「ちゃんと謝んなよ」
 口々に責められた彼女は、青ざめながら頭を下げる。
「ごめんなさい、私――」
 彼女の声は震えていた。
 その言葉を遮るように、「わざとじゃないよな?」と大きな声が響いた。
「たまたま破いちゃって、驚いてその場にいた俺のせいにしちゃったんだろ?」
 そう言って彼女をかばったのは、光永だった。
 お人よしな光永は、みんなから責められる女子生徒を見ていられなくて、咄嗟に口を挟んでしまったんだろう。
 眼鏡の女子生徒は「光永くん……」と戸惑いながら彼を見つめる。
「俺も動揺して、ちゃんと説明できなくて悪かった。せっかくみんなで文化祭の準備頑張ってたのに、俺が昨日教室から逃げ出したせいで空気悪くしてごめん」
 光永の言葉に、クラスの空気がふわっとゆるんだ。
「なんだ、そうだったんだ」
「わざとじゃないなら素直に言ってくれればいいのに」
「俺たちも、光永から事情を聞かずに責めて悪かった」
 みんなからそう言われ、女子生徒の肩から力が抜けた。
「光永くん……、本当にごめんなさい」
 涙をこらえながら謝られた光永は、「別に」と首を横に振る。
「俺、目つきも口も悪いし、嫌われてるのは慣れてるから」
「き、嫌ってなんていないよ。むしろ好きだし、今もかばってもらえてさらに惚れたっていうか……っ」
 頬を赤く染めた彼女を見て、俺は光永の前に割り込み口を開いた。
「光永に感謝する気持ちはわかるけど、そのくらいにしておこうか」
 にこやかに笑いながら見下ろすと、彼女は「ひ……っ」とつぶやき青ざめる。
 昨日しっかり釘をさしたつもりが、お人よしな光永のせいで彼女の恋心がよけい大きくなってしまったようだ。彼女が光永に近づかないように、気を付けておく必要があるな。
 なんて冷静に考えていると、委員長の女子が「でも」と困ったようにつぶやいた。
「結局メイド服はダメになっちゃったよね。どうしようか」
「もう一着買う予算はないし……」
 その言葉を聞いて「そういえば」と笑顔で口を開く。
「何年か前の文化祭で使ったやつだと思うんだけど、生徒会室にメイド服があったんだよね」
 そう言って、メイド服を取り出す。
 もともと光永が着る予定だったミニ丈のものではなく、ロングスカートのクラシカルなデザインのメイド服。首元までしっかりボタンがあり、袖も手首まで、スカートは足首まで隠れ、肌の露出もない。
「どうかな」と光永の体に当ててみせると、教室中が盛り上がった。
「え、めっちゃ似合う!」
「美人でかっこいいメイドさんって感じ!」
「よかった~。これで光永くんにもメイドになってもらえるね」
 よろこぶクラスメートをよそに、光永本人は「結局女装することになるのかよ」とふくれっ面をしていた。
 でもその頬は少しだけ赤らんでいて、無事文化祭に参加できることをよろこんでいるのが伝わってきた。
 あー、本当にかわいい。
 心の中でつぶやいていると、西嶋があきれたように俺を見る。
「芦原。お前、用意周到すぎてこえぇわ」
 そのつぶやきに「なんのこと?」と笑顔で返すと「なんでもない」と西嶋が首を横に振った。
 アクシデントを乗り越えなんとか迎えた文化祭当日。うちのクラスのメイド喫茶は異様なほどの大盛況だった。
 かわいいふりふりのメイド服を着た女子たちが接客してくれるのもあるけど、ほとんどは『目つきの悪いメイドが罵倒してくれる』という噂を聞いてやってきた客だ。
「食べ終わったなら、さっさと帰れ! ほかの客が待ってんのが見えねぇのか」
「勝手に女子の写真撮んな! うちの店は撮影禁止なんだよ!」
「もえもえきゅん、なんてふざけたこと言えるかバカ!!」
 上品でクラシカルなメイド服姿で怒鳴り散らす俺がなぜか大うけして、廊下には長蛇の列ができていた。
「光永くんのおかげで、うちのクラスの売り上げやばいんだけど」とあちこちからうれしい悲鳴が聞こえる。
「もう、忙しすぎて疲れた……」
 慣れないロングスカートを履いて、生まれて初めてのメイクをされ、ウイッグまでかぶっている。そんな格好で朝一から接客というか怒鳴り続け、もう体力の限界だ。
 短い休憩をもらい熱気のこもった教室を出て、校舎の奥に向かう。ひと気のない階段に座りはぁと息を吐き出すと、「光永のクラス、大盛況だね」と芦原がやってきた。
 どうせまた、西嶋あたりに俺の居場所を聞いたんだろう。
「盛況すぎて倒れそう。なんでこんなに混むんだよ」
 不満をもらした俺を見て、芦原がくすくす笑う。
「こんなかわいいメイドさんに怒鳴ってもらえるんだもん、仕方ないよ」
「だから、そろそろ本気で眼科行け」
 そんな悪態をついても甘い視線を向けられ、落ち着かない気分になる。
 メイド服が破られる事件が起こった日から、俺の心臓はなんだかおかしい。芦原の顔を見るたび、きゅっと苦しくなってうまく言葉がでなくなる。
「芦原も忙しい?」
「そこそこかな。進行はほかの人に任せてるし、俺はアクシデントがあったときに駆けつけたり来賓に挨拶をしたり……。ミスターコンテストには出ろって言われてるけど」
「そんなの、コンテストするまでもなくお前が優勝だろ」
 あきれながら言うと、芦原が俺の顔をのぞきこむ。
「それって、光永は俺のことかっこいいって思ってくれてるってこと?」
「そうだけど……」
「まじで? うれしい」
 芦原の整った顔に笑みが浮かんだ。
 誉め言葉なんて聞き飽きているはずの芦原が、俺のひとことでこんなによろこぶなんておかしいだろ。
 あきれながらもまた心臓が落ち着かなくてむずむずしてくる。
 そんな話をしていると、「あ、芦原くん見つけた!」と文化祭の実行委員の女子がやってきた。
「なにかあった?」
「ミスターコンの参加者のアンケート。芦原くんだけ答えてもらってなかったから、今聞いちゃってもいい?」
 お願いされた芦原は「いいよ」とうなずく。
 生年月日に身長、血液型、性格診断のタイプなどよくある質問に続き、「好きなタイプは?」とたずねられた芦原は「そうだな」とつぶやいた。
 一体なんて答えるんだろう。少し緊張しながら聞き耳を立てる。
「正直な人」
 芦原の答えを聞いて、思わず息をのんだ。
「正直な人?」
「うん。自分の気持ちにまっすぐな人が好き、かな」
 実行委員の女子は「ありがとう。助かった」と笑顔を見せて駆けて行く。
「ごめん。話の途中で」
 俺を振り返り謝ってくれた芦原に、動揺しながら首を横に振った。
 芦原は正直な人が好きなんだ……。
 俺は芦原に罰ゲームで告白をして、未だに嘘だと言えてなかった。嘘だといえば、芦原を傷つけるんじゃないか……なんて言い訳を並べて、先延ばしにし続けた。
 正直に話すタイミングはいくらでもあったのに。
 こんな卑怯な俺を知ったら、きっと芦原に嫌われる。
 罪悪感と後悔で胸のあたりが引き裂かれるように痛んだ。
「光永?」
 黙り込んだ俺の顔を芦原が不思議そうにのぞきこむ。
 軽蔑されても責められても、ちゃんと伝えなきゃだめだ。正直に言って謝らなきゃ……。
 覚悟を決め顔をあげた。
「……芦原。今日文化祭終わってから、少し話できる?」
 俺が切り出すと、芦原は笑顔で「いいよ」と言ってくれた。
「おーい、光永。そろそろ戻ってもらっていいかー?」
 クラスの男子が俺を呼ぶ声が聞こえ、慌てて階段から立ち上がる。
「光永、頑張れよ」
 その言葉にうなずいて、前を向いて歩きだした。

 メイド喫茶は大盛況すぎて、売るものが底をつき予定よりも早く終了した。
「お疲れ様~」
 みんなからねぎらいの言葉をかけられ、ぐったりしながらウイッグを外し制服に着替える。
「はぁー。やっぱズボン最高。もう二度と女装なんてしねぇ」
 そうつぶやくと、春田に「えー、もったいない」と残念がられた。
「来年もヤンキーメイド喫茶で大儲けしようって盛り上がってるのに」
「そんなにやりたきゃ春田がメイドしろよ」
「俺はかわいいから光永みたいにガラ悪く怒鳴れないもん」
 そんな会話をしていると、工藤がやってくる。
「中庭のステージでこれからミスターコンはじまるって」
「芦原が出るやつ?」
「そう。ついでに西嶋も」
「あの無気力な西嶋がコンテスト出るのめずらし」
「運営に焼肉おごるから出てってつられたらしい」
「見に行く?」
 その問いかけに「見に行く」とうなずき三人で中庭に向かった。
 
 中庭に作られた特設ステージには、たくさんの人が集まっていた。
 選ばれたイケメンたちを拝みたい女子や、お祭り騒ぎを楽しむ男子たちで、会場はとても盛り上がっていた。
 手作りなのか、芦原の名前が入ったうちわを持った女子もいる。
 離れた場所からステージを見ていると、何人かの生徒が俺に気付き「あ。ヤンキーのメイドさんだ」と笑顔で手を振ってきた。
「メイドはもう終了したから愛嬌振りまかねぇぞ」
 俺がぶっきらぼうに言うと「あはは。メイドの時も愛嬌皆無だったじゃん」と笑われる。
「なんか、光永一気に学校に溶け込んだね」
「よかったな」
 春田と工藤に、子供の成長を見守る親のような生あたたかい目を向けられ、居心地が悪くなった。なんだか妙に恥ずかしい。
「コンテストまだ始まらないみたいだから、ちょっとジュース買ってくる」
 落ち着かなくてふたりの元を離れて歩きだす。中庭から校舎に入る非常口へ向かうと、背の高い男ふたりが話しているのが見えた。芦原と西嶋だと気付く。
 コンテストが始まるまで待機しているんだろう。
 声をかけようかな。でもちょっと気まずいし……。そう思っていると、西嶋が芦原に「罰ゲーム告白の計画、大成功じゃん」と言うのが聞こえた。
 思わず足を止める。
 罰ゲームって、なんでそのことを芦原に……?
 動揺する俺に気付かず、西嶋は話し続ける。
「罰ゲームで光永に告白させて、知らないふりしてOKして、順調に距離を縮めて。優等生の芦原にずっと騙されてたって知ったら、光永は驚くだろうね」
 その言葉に、芦原はなにも言い返さなかった。
 驚きも反論もしないということは、芦原は俺の告白が罰ゲームだったって最初から知っていたんだ……。
 混乱で頭が真っ白になる。動揺のあまり足がふらつき、がたんと音をたててしまった。
 物音に気付いた芦原がこちらを振り向き顔色を変える。
「光永、今の話……」
 声をかけてきた芦原を無視して、きびすを返す。
 それと同時に、「ミスターコンの参加者はステージ裏に集まってください」というアナウンスが流れた。
 芦原はきっとコンテストに出て優勝するだろう。女子たちからキャーキャー言われるんだろうな。
 そんな想像をしながら必死に足を動かし涙をこらえる。
 俺に芦原を責める権利なんてない。俺だって罰ゲームだと言いだせず、嘘をつき続けてきた。
 だけど、芦原が俺に言った好きという言葉は全部嘘で、俺をからかって面白がっていただけなんだと思うと、悔しくて悲しかった。
 どうしてこんなに心臓が苦しいんだろうと不思議に思い、あぁこれが胸が痛いってやつかと納得する。
 テレビや漫画でよく見る、人を好きになって切なくて苦しくてどうしようもなくなるやつ。
 熱い涙が頬を伝うのを感じながら、いつの間にか芦原のことを好きになっていたんだと気付く。
 冗談で好きだと言われて真に受けて、騙されているのに気付かず本気で惚れるなんて。
「ばかみてぇ」
 そうつぶやいた時、後ろから手をつかまれた。
 驚いて振り返ると、息を切らした芦原が俺の手を掴んでいた。
「な……っ」
 なんでここにと目を見開く俺に、芦原が必死な表情で口を開く。
「光永、話を聞いてほしい」
「いや、そんなことより。お前、ミスターコンに参加するんじゃ……」
「そんなのどうでもいい」
「ど、どうでもよくないだろ」
 ステージの前にはお前の登場を楽しみにしている女子がたくさんいたのに。
 困惑していると、芦原はまっすぐに俺を見つめた。
「光永より大事なものなんてない」
 真剣な口調でそう言われ、また胸が苦しくなった。
「や、やめろよもう!」
 たまらずそう怒鳴り、掴まれた腕を振り払う。
「そんな嘘をついて、まだ俺を騙そうとするのかよ!」
「光永、話を聞いてほしい」
「話なら聞いた。お前、俺が罰ゲームで告白したって最初から知ってたんだろ? 好きだって嘘をついて優しくするふりをして、動揺する俺のことをおもしろがってたんだろ⁉」
「光永に言った言葉は全部本気だよ。ひとつも嘘はついてない」
「じゃあどうして……っ!」
「ずっと好きだったんだ」
 芦原の視線が熱をおびるのがわかった。こわいくらいまっすぐに、俺の事を見つめて口を開く。
「ずっと光永が好きだった。親しくなりたいと思ってもなかなかうまくいかなくて、光永と話すきっかけを必死に考えた」
「それが、あの罰ゲーム……?」
「あぁ。罰ゲームで告白されて信じたふりをしたら、お人よしの光永は俺のことをすぐには振れないだろうと思って、西嶋たちに協力してもらった」
「ってことは、あいつらも知ってたのかよ!」
 西嶋たちが罰ゲームで芦原に告白するなんて言いだしたのは、こいつの差し金だったのか。約束の場所がいつの間にか変わっていたことも納得だ。最初からあいつらは、ネタバラシするつもりなんてなかったんだ。
「光永の優しさにつけこんでそばにいて好意を伝えて、俺のことを意識してもらおうって必死だった」
 学校中の生徒が憧れる芦原が、俺のためにそんな回りくどくて卑怯なことをするなんて……。
「ば、ばかじゃねぇの? 好きなら好きって言えばいいだろ」
 あきれてそうつぶやいてしまう。
「もしストレートに好きだって伝えたら、光永はOKしてくれた?」
 その問いかけに少し考え「いや、絶対に断る」と結論を出す。
 だって、完全無欠の優等生からの告白なんて信じられるわけがない。
 それに俺たちは男同士だし、優等生とヤンキーじゃ共通点もない。どう考えたって、付き合うという選択肢は出てこない。
「俺も、ただ告白するだけじゃ受け入れてもらえないだろうなと思った。だから親しくなって俺の事を知ってもらうためにはどうすればいいのか考えたんだ」
 その結論が、俺に罰ゲームで告白させその罪悪感につけこんで距離を縮める作戦だったらしい。頭のいい芦原らしい計画的な考えだけど……。
「策士すぎてこわっ」
 俺が思わずそうつぶやくと、芦原がショックを受けた顔をする。
「っていうか、ずっと好きだったって、いつから?」
「気になり始めたのは入学式の時かな」
「長っ!」
「先生から注意されても自分の気持ちを曲げない光永から目が離せなくなった。日に透けた茶色の髪が綺麗で、あの髪に触れたいってずっと思ってた」
 だからこいつ、なにかにつけて俺の頭をなでてきたのか。
「そっからずっと好きだったなんて、執着心が強すぎねぇ!?」
「一途って言ってよ」
「お前の重すぎる気持ちはそんな綺麗な言葉でくくっちゃいけない気がする」
「純愛だからね」
「めげねぇな!」
 思わずぷっとふき出すと、芦原が俺の方に手を伸ばした。
「光永、抱きしめていい?」
「……やだ」
 拒否したのに、芦原は俺を抱きしめる。芦原の胸の中に閉じ込められ鼓動が速くなったけど、誤魔化すように悪態をつく。
「人の言うことを聞く気ないなら、最初から確認するなよっ」
「俺は小さい頃から優秀で、自分がどういう振る舞いをすれば周りがよろこぶのかわかってたんだ。だから優等生でおりこうだってみんなから褒められた」
「なに、その突然の自慢!」
「でも、光永を前にするとどうしていいのかわからなくなるんだ。頭をなでたいし抱きしめたいし、甘やかしてかわいがって俺から離れられなくなるくらいドロッドロに溺愛したい」
「その整った顔で怖いこと言うのやめねぇ!?」
「そんな俺の本性を知ったら、きっと光永に拒絶される。そうわかってるのに、光永のそばにいればいるほどどんどん好きになって、気持ちが止められなくなってる。光永、本気で好きだよ」
 ぎゅっときつく抱きしめられると、芦原の心臓の音が聞こえた。
 ものすごい鼓動の速さに、芦原も緊張してるんだと気付く。
 本気で俺を想ってくれているんだ。そんな気持ちが伝わってきて、胸のあたりがぎゅうっと締め付けられた。
 さっき感じた切なさや悲しみとは違う、苦しくて甘い感情。たぶん、これが愛おしいって気持ちなんだと思う。
 芦原は完璧だけど全然完璧じゃなかった。
 腹黒いし強引だし計算高いし若干ヤンデレの気配を感じるし……。
 でもこの厄介な部分をほかの人には知られたくないと思ってしまう俺は、たぶんどうしようもないくらい、芦原のことが好きなんだと思う。
 まんまと芦原の作戦にはまってしまったことに、若干のくやしさを感じながら顔を上げる。
「芦原」
 緊張しながら名前を呼ぶと、芦原は腕を緩め俺の顔をのぞきこんだ。
 ごくりと息をのみ、口を開く。これから言うのは、二カ月前に芦原に告げたのと同じ言葉だ。
「俺、お前のことが好きだ」
 俺が告白しているのは、小柄でかわいらしい女の子……ではなく、百六十七センチの俺よりも十センチ以上背が高く顔のいい男だった。
 成績もよくて性格もよくて顔もスタイルもよくて、そのうえ運動までできる、憎らしいほど完璧な男。
 だけど同じくらい厄介で強引で腹黒いのも知っている。
 そんな芦原を見上げながら、今度は罰ゲームじゃなく本当の気持ちを口にする。
「――だから、俺と付き合ってください」
 勇気を振り絞ってそう言うと、芦原の整った顔がふわりとほころんだ。
「うれしい」
 愛おしくてたまらないという表情で見つめられ、胸がいっぱいになる。
「光永から告白してくれるなんて、夢みたいだ」
 芦原はそう言って、俺のことを力いっぱい抱きしめた。


罰ゲームで優等生に告白したら、全力で溺愛されました END

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