くだらない。
 全部が全部、くだらない。

「ちょっと明日夏(あすな)ぁ、聞いてる?」

 制服の肩あたりを強めに引っ張られて内心ピキりながらも、わたしは仕方ないなぁという笑顔をつくって答えた。

「はいはい、ちーちゃん。聞いてますよ。だーい好きな遠藤がどうしたって?」
「やっ! ちょっとお、誰かに聞かれたらどうすんの!」
「とか言ってる知雪(ちゆき)が一番声でかいよ」
「やばっ」

 咄嗟に自分の口をふさいだちーちゃん──知雪(ちゆき)の左隣に座る彩春(いろは)は、縮こまったちーちゃんの背中をバシバシ叩きながら笑っている。学校帰りに三人で駅前の某ファストフード店に入って約三十分。ここ最近の話の中心は、片思い真っ最中のちーちゃんだった。
 実際、この店には同じ学校の生徒たちがよく寄る。テスト前とかテスト中とかは特によく見る。でも今日はテスト前でもなんでもない、ただの火曜日。一応進学校かつ部活動も盛んな高校だから、ほとんどの生徒たちは寄れたとしてももっと夜遅く。この制服を着てハンバーガーやら食べてるのは、月二回しか活動しない底辺美術部なんかに在籍するわたしたちくらいしかいない。
 とは言っても、わたし以外の二人はテーブルに並んだハンバーガーにもポテトにもほとんど手をつけてないんだけど。
 彼女たちにとってのファストフード店やスタバなんて、ピンク色が可愛いいちごシェイクとかフラペチーノを頼んで、自撮りと一緒にビーリアとかインスタにあげるためだけの存在でしかないわけで。横並びになってんのも自撮りに入れって言われたからだし。
 くだらない。全部が全部、くだらない。
 なーんて本音は一切感じさせない笑顔を貼りつけたわたしは、「てか狭いね、あっちいくわ」と立ち上がりながらちーちゃんに言う。

「ていうかさー、なんでさっさと告んないの?」
「は!? むりむりむりむり何言ってんの」
「ははは! すげー反応」

 首がもげそうなほど横に振るちーちゃんと、そんなちーちゃんに大笑いする彩春(いろは)を横目に、わたしは二人の向かいにどっかりと座って首を傾げた。

「なんでむりなん?」
「普通待つんだって! 告ってくるなら遠藤に決まってんじゃん」
「いや彩春(いろは)に聞いてないし。どうなんちーちゃん」
「ん〜〜〜だってさあ、やっぱさあ、告られたい(言われたい)ってのはあるしさあ……」

 小さく揃えた両手をテーブルの端に置きながら、ちーちゃんは顔を伏せてしまう。
 チラチラ見える耳たぶは真っ赤で、まあ本気すぎるから告れないってのが本当のところなんだろう。好きな人から告られたら最高に幸せなんだろうし、それはまぁ否定しない。夢見るのは自由だし。てか、それならさ?

「ならもうちょいLINEしてみたら?」
「だってぇえええええええ」
「いやほら、ほとんど喋ったことないクラスメイトを好きになるってあんまないし、まず仲良くならないと」
()()()ー! 正論で恋はできないでしょーが」
彩春(いろは)はちーちゃんのこと甘やかしすぎ〜」
「当たり前じゃん。だって知雪(ちゆき)だよ? こぉんなに可愛い子さぁ、好きにならないわけなくね?」
「はいはい」
「流すな聞け」
彩春(いろは)のちーちゃん愛は腐るほど聞いてるから、もうお腹いっぱい」
「じゃあポテト食うなよ」
「あはははは」
「そこでちーちゃんが笑うんだ?」

 いつの間にか顔を上げていたちーちゃんは、シェイクのストローに小さな手を伸ばして口元にあてていた。
 確かに、ちーちゃんはちっちゃくて可愛い。綺麗に巻いてる腰までの髪と微妙にバランス合わないけど、そのアンバランスさがちーちゃんの良さって言われたら納得するくらいには可愛い。
 対して彩春(いろは)は背が高くてかっこいい系の女子だ。ハンサムショートがよく似合っていて、初対面の人たちには必ずといっていいほど女バスか女バレだと聞かれるのがイヤっていつも言う。ちなみに、わたしは陸部だと思ってた。
 この二人は、とにかく見た目が良い。
 一軍っていうよりも特軍って感じ。特軍なんて知らんけど、一軍なんてコトバじゃ収まらない。部活が一緒じゃなかったら多分仲良くならなかったんじゃないかなってくらい。二年で初めて同クラになったけど、クラスメイトたちは話しかけていいものか迷ってたんじゃないかな。知らんけど。
 今この瞬間にも、店内の視線を感じないと言えば嘘になる。バカ高で有名な制服の男子集団とか、私服で年齢不詳な人たちとか、なんならレジの女の人も二人をジッと見ていた。
 わたしの見た目は普通。すっごい普通。ブスなんて言われたこともないし、言われるなら可愛いだけど、この二人には到底及ばないことくらいはわかってる。だけど愛嬌と喋りだけには自信があるから、ちーちゃんや彩春(いろは)みたいなタイプの人間にもグイグイいけた。最初に気が合ったのは彩春(いろは)で、ついでにちーちゃんがくっついてきた。そんな関係性だ。
 仲良くなってみてわかったのは、この二人もやっぱり『くだらない』人種だったってこと。
 どいつもこいつもSNSで繋がりたがって、写真を撮りたがって、しかもポーズまでこだわっちゃって、「何アンタら芸能人なん?」って言いたくなる人種。テーマパークに行っても撮影会と勘違いしてんのかなみたいなやつ。
 でもそんな本音(こと)、誰にも言ったことはない。裏アカにだって呟いたことない。裏アカなんて見られる前提だし、むしろ「裏アカでも繋がってるあたしたち♡」がやりたいヤツらのために作ってるだけ。
 最後のポテトを口に放り込むと、全部の本音と一緒に噛み砕いてわたしは今日も笑顔を作る。
 くだらない連中が気持ちよくなる台詞を吐いて、それでもある程度はキツめのツッコミを入れながらそういうキャラだと受け入れられるようにいつだって立ち回っている。
 だってこんな毎日、高校を卒業したら終わりだし。なんなら卒業したら全員切るくらいの勢いだし。まあ、ちーちゃんと彩春(いろは)は適度に繋がっててもいいかな。毎日会わなくてすむ付き合いなら、もっとリップサービスできる気がするし。
 そのために、行きたい大学のために一年の頃から隠れてガリ勉してる。勉強のべの字も、誰の前でも見せたことないけど。
 それがわたし、冬見(ふゆみ)明日夏(あすな)の素晴らしくくだらない毎日だ。