そういう動詞を述語にしたい


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 僕と筒井先生の出会い……。

 筒井先生が僕らのクラスにやってきたのは、高校2年生の2学期のことだった。古典の村田先生が産休に入った代わりにやってきたのが筒井先生だった。

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 だから、筒井先生の存在は迷惑だ。僕は、クラスメイトを刺激しないように生きているのに、筒井先生が何かをやらかすごとに、その流れ弾を受けて、侮辱を受けるはめになるからだ。

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 完成した小説を読んでみる。

 僕はひどく惨めな気分になった。一生懸命に書いてみた。なるべく明るく、キラキラしているような小説を書いてみたかった。少し笑えるような……。

 しかし、無理だった。

 筒井先生の言った通りだ。僕の述語になってくれる動詞は、「聞く」「見る」「思う」……それだけだ。無理やり違う動詞を入れようとすると、物語が動かない。止まってしまう……。

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 筒井先生に、述語になってくれる動詞のとぼしさを指摘されてからというもの。僕は、何をしていても楽しくなくなった。

 ──もしかしたら、僕は自分が思っている以上に小説を書けるようになりたかったのかも……。

 そんなふうに思った。僕は、『いじめられている今』というものを何とかして自分の人生の中で、意義付けをしたかったのかもしれない。
 将来、小説家になる。
 そして、いじめをテーマにした小説を書く。自分の経験を取り込んだ小説を書いて、それが評価されて肯定されたら……今の苦しみが救われる……! そんなふうに考えていたのかもしれない。
 それが叶わないと言われてしまって、自分が考えている以上に、参ってしまったのだ。

 小説を読んでいても楽しくない。小説を読んでいると、登場人物たちの述語に嫉妬してしまう。 

 筒井先生は、あの日からも変わらない。

 僕に接触してくることもなく、淡々と授業をしている。僕はあの日のことが信じられない気持ちになる。

 彼の中で、今頃どんなふうに計画が進んでいっているのか……。何を巻き起こすのか、それはわからないが、僕は彼が巻き起こす事件を、ただただ「見て」「聞いて」……なにかしらを「思う」。それで終わってしまうのだろう。

 今日も今日とて、教室で巻き起こるいろんなことを僕は「見て」「聞いて」……そして、「思う」……。

 僕を変えてくれる出来事なんてない。

 クラスメイトたちは、僕を自分の世界や人生には干渉させず、友人たちと「言う」「話す」「訊く」「語る」「笑う」「泣く」「怒る」……そんな、青春小説の主人公たちと同じ動詞を自分たちの述語にして、どんどんと親しくなっていく。触れ合っている。
 そして、僕は、それを「見る」「聞く」「思う」……。

 小説を読んでいても苦しくなる。かといって、休み時間にボンヤリしているのも嫌だから……教科書や問題集を開いて勉強する。勉強したら違う世界に行けるかもしれないから。

「うわー! 見ろよ! あいつ、キモいわ。ボッチだから、休み時間も勉強してる」
「ほんとだ! やばーい。暗い! 教室の空気がキモくなる!」

 そんな僕を見た、スクールカースト上位の彼らは、大声を出す。そして、笑う。クラスメイトたちは見てみぬふりをする。
 もしかしたら、彼らは僕に「心がない」「何も感じない」と考えているから、そういうことができるのかもしれない。
 おかしな話だ。このクラスで一番「思う」をしているのは、僕なのに。

 ──もう無理だ!

 筒井先生と話して、2週間後。僕は限界になった。だから、古典のノートに僕は書いた(、、、)。授業が終わる。筒井先生は、淡々と片付けをして、教室から出ていこうとする。僕は、立ち上がる。そして、一歩、踏み出した。

「先生、すみません! 授業でちょっとわからないところがあって……」

 僕は筒井先生に話しかける。クラスメイトが興味なさげに僕を見る。「うわーきも。質問なんてしてる」という嘲りが聞こえたが、どうでもいい。

「ここなんです。ここがちょっとわからなくて。少しお時間よろしいですか?」

 僕は、そんなふうに言いながら、ノートを開く。そして、さっき書いた言葉を筒井先生に示したのだった。

『この間の話、まだ間に合いますか?』

 筒井先生は、ノートを覗いて、ほほ笑んだ。そして、僕を見た。僕は、切実さを懸命に隠しながら、筒井先生を見つめ返す。

「もちろん。大丈夫だよ。ここはね……」

 筒井先生は肯定するかのように頷いてくれた。

 もしかしたら、クラスメイトに復讐なんてことをするのは間違っているのかもしれない。悲劇が待っているのかもしれない。

 それでも、僕は嫌だった。

 ただただ厭だった! 「聞く」「見る」「思う」「聞く」「見る」「思う」「聞く」「見る」「思う」……そんな動詞しか述語にならない日々はまっぴらだった。「言う」「話す」「訊く」「語る」「知る」……そういう動詞を述語にしたい!!

「きみが手伝ってくれるならいろんなことできるよ!! ぐちゃぐちゃにしよう! おもしろいこと、たくさんしよう! いろんな動詞をきみの「述語」にしてやるからね!」

 訪ねていったホテルで、筒井先生がそんなことを僕にいったとき、僕の頭をある予感がよぎった。
 もしかしたら、「言う」「話す」「訊く」「語る」「知る」とか……青春小説に出てくるような動詞だけじゃなくて、「暴く」「壊す」「消す」「殺す」……そんな動詞が僕の述語になるのかもしれない、というそんな予感。

 だけど、どうでもよかった。「言う」「話す」「訊く」「語る」「知る」……僕は、そういう述語を取り戻したかった。「思う」「聞く」「見る」「思う」「聞く」「見る」「思う」「聞く」「見る」……そういう述語はもうたくさんだった。

「大丈夫だよ! 僕はいっぱい読解していくから! あいつらの青春とそれが壊れていくとこをきみにしっかりと見せてあげる! で、飯田も壊れるの! それをきみは書いたらいいよ。読み書きだね! 国語の授業だ。楽しいよ!」

 筒井先生はそんなことを言いながら、クラスメイトたちの会話を盗聴してくるようにと指示を出した。日常会話から、彼らの弱みを暴くのだという。

「それにしても、述語なんかのために、きみのクラスメイトはグチャグチャになるんだね! おもしろいね!」

 先生はいつぞや、僕が「快楽なんか」といったことの仕返しをするかのように言った。少し僕は苦しくなる。
 でも、仕方ない……。他の人にはしょうもないものに見えても、本人には価値があるものってあるのだから……。それが僕の場合は述語だっただけの話だ。
 自分の大切なもののためなら、他人のことなんてどうでもいい。そんな守りたいものがあることに、僕は気がついてしまったのだから。