そういう動詞を述語にしたい

 僕は、クラスでいじめにあっている。仮に、小説や映画だったら、なにかしらのきっかけがあって「いじめ」というものは始まるものだと思う。しかし、僕には、自分がいじめに遭うことになったきっかけがよくわからない。

 1年生のころは、それなりに友人もいた。普通の学校生活を送ることができていたのだ。だから、僕自身の見た目や性格に何らかの原因があるわけではないのだと思う。

 もしも、きっかけがあるとしたら、2年生が始まったばかりのころに、僕が浮いてしまっていたからなのかもしれない。僕は、クラスに知り合いがいなかった。1年生のときに親しくしていたやつと離れ離れになってしまっていて、友人作りで少し出遅れてしまった。

 それで、「いじめっこ」であるスクールカースト上位の3人に目をつけられたのかもしれない。いつのまにか彼らから「キモイ」「ムリ」「ウザい」などと評価されるようになっていて、クラスの面倒な仕事を押し付けられたり、やってきた宿題を取り上げられたり、ものを隠されたり、ゴミをなげつけられたり……いろいろな面倒なことが発生するようになっていた。

 担任の飯田には相談した。
 しかし、彼は、「気のせいだろ」「そんなに過敏になるな」「嫌なら嫌だって言えばいいだろ?」「何にも言わないお前が悪い」といったことを言うばかりで、真面目に取り合ってはくれなかった。

 ――1年なんてあっという間だ。すぐに終わる。

 そんなふうに自分をごまかしてはいたが、毎日毎日、正直きつかった。個人的に特につらいのは「グループを作らないといけない」ときだった。

 学校という空間は「いじめ」というものを否定する。それなのに、どうして、孤立している人間が惨めな思いをするように持っていくのだろうか? 僕は、本当に疑問だった。

「二人組になって」「とりあえず何人かでグループを作って」

 そんなふうに軽い調子で、先生は指示を出す。クラスメイトたちは、親しい友人たちとどんどんグループを作っていく。僕は取り残される。

 そして、先生たちは、ハタっと当惑したような目で僕を見つめてくるのだった。まるで、僕が悪いとでもいうかのように。『あら、いやだ! 今年もこんな子が湧いてしまったのね! 面倒だわ』とでもいうかのように僕のことを見るのだった。

「ちょっと! 誰か、脇くんもグループにいれてあげて!」

 やがて、先生はそんな発言をする。ここぞとばかりに、いじめっこたちは僕のことを囃し立ててせせら笑う。そうこうしていたら、授業が進まないので、大人しい子たちが「決して積極的にこいつを誘うわけではありませんよ!」というふうなアピールをさりげなくしながら、グループに入れてくれる。

 元凶となった先生はというと、『よしよし! 今年もいい子たちのおかげで、私は救われたわ』と、満足そうに笑むのであった。

 ならば、学校を休めばいいかというと、そうもいかない。

 休んでしまうと、その分のノートを誰かに借りなくてはならない。提出物などで困ってしまう。これだけICT化が進んでいるのだから、授業風景を録画でもしておいてくれて、一定期間クラウド上で共有してくれたらいいのに。病弱な子も、僕のように孤立している子も、夜型で朝起きるのが苦手な子も助かるだろうに。そんなことをしてはくれないので、嫌々でも学校に行かなくてはならない。

 唯一の救いは、うちは進学実績がたいしたことがないくせに、変に進学校ぶって、修学旅行は1年の3学期に済ませている点だ。もしも、2年で修学旅行なんて行事があったら、面倒だっただろう。

 ――いじめを受けているなら学校なんてやめてしまえ! そんなとこにいる意味ないよ

 教育者なんかは、そんなことを言うけれど、僕は知っているのだ。これから先の人生で、大学を卒業したら、就活が始まるのだ。そして、そのときに企業に提出する履歴書は「中学卒業」から記入するのが原則だということを。

 もしも、履歴書の学歴欄に「高校中退」「高等学校卒業程度認定試験合格」「××大学入学」……なんて書くことになったら? 就活でものすごく不利になるのではないか? どうして嫌な思いをした僕が、人生でこれ以上の損をしないといけないのか。

 履歴書に「高等学校卒業」の一行をしっかりと書くために、クソみたいな学校だったとしても、地道に通う必要があると思われて仕方がなかった。

 長い人生からみたら、数か月なんて大したことない。高校を卒業したあとの人生で絶対に幸福になれる! 高校のあとの人生の数十年間は素晴らしいものになる!

 そんなふうに自分に言い聞かせながら、「耐え忍ぶ」・「やり過ごす」とでも表現したほうがいいような高校生活を過ごしていたのだ。

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「ねぇ、きみ……脇さんだったよね? きみってさ、いじめとかにあってるの?」

 筒井先生に話しかけられたのは、中間テストが終わって、しばらくした昼休みのことだ。長い昼休みを、僕はいつも「特別棟の非常階段」という、ほとんど人が来ない場所で過ごしている。そんな僕をわざわざ探し出してきて、彼は話しかけてきたのだ。

「なんなんですか? 助けてやろうとでも言うんですか? 筒井先生って正規の先生じゃないですよね? 無理じゃないですか?」

 口調が思わず刺々しくなった。正直なところ放っておいてほしかった。自分自身がパワハラに遭っている筒井先生には、何もできないと思ったからだ。もしも、僕にシンパシーでも感じていて、それで話しかけてきたのだとしたら……それはそれで鬱陶しかった。

「いや、助けることは可能だよ。きみの担任の飯田先生をいますぐこの学校から放り出すことだってできるし、殺すことだってできちゃう」

 筒井先生はあっさりとそんなことを言ってのけた。「殺す」などという単語が出たことに、僕はギョッとしてしまう。先生はパワハラを受けすぎて変になってしまったのではないか。彼と二人っきりでいることが少し怖くなった。

「どうやって?」

 おずおずと僕が尋ねると、筒井はICレコーダーを差し出した。そして、「つけてみて」と、イヤホンをつけるよう僕を促す。
 イヤホンをつけて、僕は驚いた。
 非常勤講師という職業を侮辱するようなことを次々と言っている飯田の声が聞こえてきたからだ。聞いていて、僕は不快になる。飯田先生が筒井先生のことをいじめている現場を見てはいたのだが、飯田先生なりに生徒がいる前では、遠慮をしていたらしい。暴言の内容があまりにも酷かったから、困惑してしまった。

「実は、今ね、僕は心療内科に通っているんだ。『パワハラによる鬱病』の診断も下りている」

 優しげに微笑みながら筒井先生が言った。僕は、どう反応したらいいのかわからない。慰めるべきなのか、飯田先生に対する怒りを表明するべきなのか……。困惑して黙っていたところ、筒井先生は愉快そうに笑って、言葉を続けた。

「この「ICレコーダー」と「診断書」をしかるべき機関に持っていくとするだろ? そしたら、どうなる? 専任教員によるパワハラによって、圧倒的な弱者である非常勤講師が鬱病になってしまった! とんでもないことだね。飯田は重い処分を受けることになるだろう。まぁ、そんなぬるい嫌がらせ(、、、、、、、)はしないけど」

 楽しそうに筒井先生がそんなことを言ったので、僕は驚く。そして、僕の中に、1つの疑問が浮かんだ。

「もしも間違っていたらすみません……もしかして、先生ってわざと飯田先生にいじめられてたんですか?」

「もちろん! あいつが嫌がりそうなことをしてやってさ、嫌われるように動いていたってわけ。僕さ、割と「読解力」があるんだよ。あいつをパワハラ教師に仕立て上げるために、あいつが嫌がりそうなことをしていたんだよ。授業の間違いを指摘してやったときの、あいつの顔ときたら! ほんとに愉快だったよ!」
 
「どうして、そんな!?」

 疑問を口にすると、筒井先生は僕の目を見つめてきた。これまでとは打って変わった真剣な顔をしている。 

「飯田が調子に乗った人殺しだからだよ」

 僕は先生の目を見つめたまま茫然としてしまう。冗談ではないのかと思って、筒井先生の目を見返すも、彼は真剣な表情を崩さない。そして、少し間をおいてから、筒井先生は話を続けた。

「僕にはさ、親友がいたんだ。小学校時代から仲良くしていた親友。その親友がね、ここの高校に通ってたんだけどね……。いじめにあって、高校を中退して……いじめのトラウマから立ち直れなくて自殺したんだ」

「自殺!?」

「そう。それでね、親友の当時の担任が、飯田先生だったんだ。飯田先生は、僕の親友の苦しみを放置して……見殺しにした! めちゃくちゃだろ?」

 筒井先生の言葉は淡々としている。しかし、僕はというと、筒井先生のことを理解できたように感じて、感動してしまう。親友の仇を討つために、わざわざ学校に乗り込んでくるなんて! 筒井先生のことを「正義感の強い人」のように感じて、少し胸が熱くなった。

 しかし、疑問も生じた。

 この人は、なぜ、僕に話しかけている? もうちょっとで復讐が完了するわけだし、わざわざ僕に種明かしのようなことをしなくてもいいではないか。

「えっと……。先生は、僕に、「安心しろ」と言ってくれているわけですか? 飯田先生がいなくなって、まともな人が新しく担任になるから……僕のいじめ問題も解決する……そんなふうな話ですか?」

 僕は疑問を解消するために、筒井先生に話しかけてみる。すると、筒井先生は驚いた顔をする。

「何の話? 僕は、『一緒に嫌がらせをしない?』と、言いたくて話しかけてるんだけど」
「飯田先生にですか?」
「いや違うよ。きみが嫌がらせをすべきなのは、クラスのいじめっ子たちだよ?」

 僕はわけがわからなくなる。筒井先生も困惑したように、眉をひそめている。

「なんだか、話がうまく伝わっていない気がするな。僕は、飯田の人生を終わらせたいと思ってる。ここまでは理解できているよね?」
「ええ、わかっています。亡くなられた親友のために、正義感で復讐をするんですよね?」
「正義!? ばっかじゃないの? 正義感で、嫌がらせなんてするわけないだろ!?」

 筒井先生は心底驚いたようで、目を大きく見開く。僕も、前提が崩れてしまったようで驚いてしまう。

「じゃあ、なんで復讐するんですか? 亡くなった友人の敵討ちでしょ?」

「いや。僕の「快楽」のためだよ。僕が愉快な気分になるために飯田の人生を終わらせるんだよ。調子に乗ってた奴が、ひどい目に遭うところを見たいからだよ。人間が落ちぶれるところを見るのは、最高に楽しいからだよ。僕がゲラゲラ笑うためだよ。正義心でやってるわけじゃない」

「おかしいですよ。快楽なんかのために……」

 意味がわからなくて僕はあっけにとられてしまう。自分が笑いたいために、他人の人生をぐちゃぐちゃにするなんて、間違っているし、終わっている……。
 そんな僕を見て、筒井先生は急に不快そうな顔をする。

「快楽なんか(、、、)とはなんだ! きみは、正義正義というけれど、“善”や“正義”や“道徳”なんて呼ばれるものは、洗脳に過ぎないってことを歴史が証明しているだろ? ほんの80年も前の日本ではね、「日本万歳!」なんて言いながら特攻していくことが正義であり善であり勇ましさだったんだ。でも、今じゃ、そんなもんを「正義」や「善」と表現しないだろ? 「正義」や「善」なんてもんは、時と場合によって意味が揺らぐような下らないもんなんだ! 正義? 善? そんなもんは、僕に言わせると、「はやり病」や「風土病」に過ぎない! 誰がそんなもんを行動指針におくもんか! 正義なんかを大切にしてるきみのほうがおかしいよ!!」

 筒井先生はまくしたてるように言い切った。 

「歴史に聞いてみろ! 昔、気持ちよかったことは、今も気持ちいいこととされてるんだ。快楽は絶対なんだ。すごいんだ。だから、僕は「気持ちいいな!」と思うことをどんどんやるようにしている!」
「いや……でも、おかしいでしょ?」

 思いがけないことを言われて僕は混乱してしまう。筒井先生の言っていることは何かが絶対に間違っているのに、とっさに僕は何ともいえない。

「おかしいことなんてないよ! それに僕は、節度のある快楽主義者だから。一応は、社会ってのを気にして、調子に乗ってる悪い子だけを、ちょっとからかって、快楽を満たすようにしている。要は、社会派なんだ。社会派の快楽主義者だね。誰彼構わず、からかったりはしないよ」

「社会派……」

「それでね、きみのクラスの連中って、なんか調子乗ってるだろ? きみもなんかかわいそうなことになってるし。「こいつは、いけないなぁ」と思ったから。きみの復讐にかこつけて、社会派を気取りながら、ひどい目に遭わせて楽しもうかな! とかって考えたわけ。それに担当しているクラスの子たちが次々とヘンになったら、飯田もジワジワと壊れてくれて、より面白そうだしね! ね? 僕ときみはwin-winだよ。僕は快楽を満たせるし、きみはひどい目に遭わせたやつらにやり返して……なんだろ。救われるかもしれないし」

「とりあえず言ってしまうと、僕は先生のことを「不快」に思っています。理屈ではないです。先生の考えが不快です。だから、やりません。復讐なんてやりません」

 僕は先生についていけなくなって反論してやった。

「や! うまいね! 関心した。不快とかいわれちゃうと何とも言えない」

 筒井先生は大げさに驚いたような素振りを見せる。そして、言葉を続ける。

「でもさ、そういうふうに言われて傷ついたな。不快とかいわれるとやっぱり辛いなぁ……」

 言葉とは裏腹に、筒井先生は楽しそうに微笑んでいる。そして、ふと、僕の手元に目をとめた。僕の手元には文庫本がある。昼休みの時間つぶしに、いつも僕は読書をしているのだ。

「きみさ、読書が好きなんだね」

「はぁ……」

 急に筒井先生が読書の話なんかを始めたものだから僕は困惑してしまう。国語の先生だから気になったんだろうか。

「それ、高校生に人気だよね。青春小説だ。僕もね、読んだよ。主人公の最後の選択に心が震えたなぁ」

 楽しそうな表情を筒井先生は見せる。僕は、「主人公が何らかの選択をする」というネタバレをくらって、少しイラっとした。

「でも、きみさ、本を読んでて、むなしくならないの?」
「なにがですか?」
「だって、きみと青春小説の主人公って違いすぎるもん」

 筒井先生は、僕に同情するような視線を向ける。僕は、笑ってやる。おそらく、先生がいいたいのは、こういうことだ。「きらきらしている主人公を見て、惨めな気分にならないのか?」そんなことを訊いてきているのだろう。

「先生って、あんまり本を読まないんでしょ? 僕よりもひどい目にあっている主人公って大勢いるんですよ」
「そうなんだ! でも、別に、僕はそんなことに『違い』を感じてるわけではないんだけどね」

 僕は少し心がザワつく。これ以上、先生の話を聞かないほうがいい。精神衛生上よろしくない……そんなふうに感じた。相手にしてはいけないと思う。しかし、言い返さずにはいられない。

「なんなんですか? ちょっと鬱陶しいです」

「きみさ、もしかして小説とか書いてたりする?」

 筒井先生は、僕の疑問に答えずにそんなことを言った。僕は、ドキリとする。正解だ……。僕は、4ヶ月前から小説を書こうとしている。

「やっぱりね! 図星だ」

「悪いんですか? 小説を読んで、感動して……自分でも書いてみたいと思ったんですよ。よくある話でしょ?」

 僕は、クラスメイトの何人かが1次創作や2次創作を楽しんでいる現場を頻繁に見ている。趣味として小説を書くのはよくある話だ。ただ、僕は“本気で小説家になりたい”と思っている部分はあるのだけれど……。

「うん。よくある話だね……それについてはいいんだけどさ」

「なんなんですか?」

 筒井先生は少し悩むような素振りを見せる。首をかしげながら、僕を見る。
 少しの時間、沈黙が僕らの間を満たしていった。

「……聞く・見る・思う! うん! たぶんそんな感じだろうね! 聞く・見る・思う……それで間違いない!」

「は?」

 ようやく口を開いたかと思うと、筒井先生は意味がわからないことを言う。そして、理解できずにいる僕を憐れむような表情で見てくる。

「わからない? きみを主人公にした小説の話だよ! きみの述語って、きっとそんな感じだよ! 聞く・見る・思う・聞く・見る・思う・聞く・見る・思う……それの繰り返し! そういう感じの動詞しか述語にならないの! 聞く・見る・思うの繰り返し」

「聞く・見る・思う……?」

 意味がわからないが、酷い侮辱を受けたような気がして、心がざわざわとする。

「聞く・見る・思う! きみという「主語」に係る「述語」の動詞って、しょうもないよ。小説を書くならさ、練習でちょっとやってみてよ! そうだな。『僕と筒井先生の出会い』というテーマで書いてみろよ! 僕がきみたちのクラスに来た日のことを小説にしてみてよ! 賭けてもいい! 聞く・見る・思う。この3つの動詞以外の動詞は、きみの述語にはなってくれないよ!」

「なんでそんな……」

 筒井先生は、孤立している僕には話相手がいないから……だから、そんな動詞しか述語にならない、と述べたのだろう。悪質な表現で、僕の状態を表現した筒井先生に、ひどく腹が立った。しかし、先生の目的はそこにはなかった。

「ごめんね! 快楽を否定されて気分が悪くなっちゃった! だから、きみが大事にしてるもの、ちょっと壊させてもらっちゃった!」

 筒井先生は、機嫌良さそうに笑いながら、僕の手元にあった本を開く。そして、なにげなく開いたページを僕に見せる。

「ほら、見てごらん! 青春小説の主人公たちって、「言う」「話す」「尋ねる」「語る」「知る」「わかる」「泣く」「笑う」……そういう動詞を述語にしてるよねぇ。「聞く」・「見る」・「思う」って、あんまりでないよ。「思う」という動詞は出るけど……それで終わらないもん。ほら! この文章を見てごらん! 「思う」のあとに、「言う」とか「尋ねる」が出てきてて、それが述語になってるよ!」

「それがなんだって言うんですか!?」

 ほとんど叫びに近かった。さっき筒井先生が言った“きみと青春小説の主人公って違いすぎる”の意味がわかったからだ。
 筒井先生なんかに大切な本を触られているのが不快だったから、彼の手から勢いよく本を奪い取った。

「あ、ごめん。不快だった? でもさ、いまさ、大切な話をしてるわけ。進路指導してやってるの。わかんないかな?」

 筒井先生は僕の荒っぽい動作に気を留めない。楽しそうに、ニコニコと微笑んでいる。そして、言葉を続ける。

「きみには、小説家は無理だ。だって、青春小説の主人公たちが駆使しているような動詞に馴染みがないわけだろ? そんなきみにさ、素晴らしい青春小説が書けるわけがない」

 筒井先生の発言に激しく傷ついた。しかし、そんな様子を見せたら、先生を喜ばせるだけだ。僕は、馬鹿にするように微笑みながら、言い返してやる。

「嫌がらせですか? 幼稚ですね」

「そうだよ。嫌がらせしてるんだよ。いま、きみのことを読解して、嫌がらせしてるんだよ! あ、でも安心して! 「聞く」・「見る」・「思う」なきみはさ、評論家にはなれるかもよ! 小林秀雄とか読むといいよ! 「思う」を極めたらいいよ!」

 僕は先生を憎らしく感じる。普通じゃない。教師というものは、生徒の夢を応援するものだ。

「別に、先生のいうことなんて気にしません! 嫌がらせで言われたことなんて気にしません!」

 僕は強い口調で抗議する。そんな僕を筒井先生は、面白そうに見ている。やさしげな微笑すら浮かべている。

「でもね、僕は「国語の先生」だよ。読解力はあるし、きみなんかよりもたくさんの本を読んでる。それにね。僕は「国語の天才」とも呼ばれてるんだよ?」

「国語の天才ですか! なんかすごく地味ですね! 数学の天才とかと違って、世の中の役に立たなさそう!」

 筒井先生の肩書を馬鹿にしてやる。国語なんてほんとに役に立たない。「この作品が傍線部で伝えたかったことはなんでしょうか?」「この動詞を活用させよ!」……そんな設問、社会の役にも立たない。

「自分が生き抜く上では役に立ってるよ。読解力って大切だよ。きみは、よっぽど社会のことが好きみたいだけど」

 筒井先生はため息をついて、立ち上がる。もうすぐ昼休みが終わる。

「僕だったら、あげられるんだけどね」

 筒井先生は僕を見下ろしながら言う。

「なにを?」

 早くどこかに行け! 鬱陶しいな……。そんなふうに思いつつも訊いてしまう。

「だから! きみの述語をいろんな動詞で満たしてあげられるよ! もしも、僕の役に立ってくれるなら……青春小説の主人公にかかるような、そんな動詞をたくさんたくさんプレゼントしてあげる」

 筒井先生はニコッと笑ってから、ポケットからメモ用紙を取り出して、何かをメモする。

「ここにね、住んでるんだ。ホテル住まいしてるんだ。もしも気が向いたらおいでよ」

 メモ用紙には、高校から1駅くらい先の住所とホテルの名前が書いてある。僕にメモ用紙を渡すと、筒井先生は振り返りもせずに階段を降りていった。


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 筒井先生との会話。それを一日中、僕は反芻するはめになった。「バカバカしい! あんなやつのこと考えるのはよそう」「あいつは異常者だ」とは思うのだけれど、「お前の述語になる動詞は乏しい」と言われたことはひっかかった。

 さらに、最悪だったのが小説を読んでいても楽しくなれないことだ。

 僕にとって小説は救いだった。

 教室に居場所がない僕は、いつもいつも本を読んで、本の世界に逃避するようにしていた。
 読書をしていたら、『世界は広いよ! そこで認められなくても、きみを受け入れてくれるどこかはあるから!』と勇気づけられている気持ちになれていた。

 しかし、筒井先生に「お前と本の世界のやつらは違う! 述語の質が違う」と言われてから、どうも彼らの述語に目が行く。悔しいことに筒井先生の言うとおりだった。青春小説の主人公は、実にいろんな動詞を述語として従えている!

 彼らは、誰かに出会う。そして、相手としっかりと話し、訊いて、知って、泣いて、触れ合い、理解し、どこかへと行き着くのだ。

 しかし、僕は違う。誰かに出会いはするが、相手のことを見て、彼らが話すことを聞いて、何かを思うだけだ。それの繰り返しだ。どこにも行けない……。

 彼らとはあまりにも違うような気がして……小説を読むことができない。

 ──でも、書いてみたら意外と……。

 小説を読んでいてもつまらないので、僕は書いてみることにする。そうだ。筒井先生が言ったように「僕と筒井先生の出会い」ときうテーマで書いてみるとしよう!

 気分が晴れなかった僕は、ノートパソコンを開いて、小説を書いてみる。