「南だ」
「西園」

 ゴールデンウィーク初日。意を決して図書館で勉強していたら、西園に声をかけられた。顔を上げると、西園は両手いっぱいに本を持っていた。何も言わずに西園が隣に座る。

「すごい量だね」

 周りに迷惑がかからないよう小声で問いかける。西園は小さく頷き、こちらのノートをちらりと見遣った。

「へへ」

 照れ笑いをしてみたが、相手はたいして興味が無いのか本を読み始めてしまった。図書館で会話が盛り上がってはいけないので、正孝も勉強に集中した。隣にいられると簡単な問題につまずいていると思われそうで手が震えたが、彼からの視線は一度も感じなかった。

 二時間して十二時になり、西園が正孝の肩に手を置いた。

「ん?」
「お昼食べよ」
「うん」

 約束はしていなかったが断る理由もないので、荷物を鞄に入れて二人で図書館を出た。どこにしようか話していたら図書館のすぐそばにファミレスを見つけたので、自然とそこに吸い込まれていった。

「ああ、やっとしゃべれる!」

 二時間耐えたが、いくら勉強しているといっても静かすぎるのはよくない。ほどよい音というものも人間には必要なのだ。

「西園はよく来るの?」
「うん。毎週来てる。いくらでも読めるから」
「本好きだもんね」
「うん」

 西園は口数が少ないが、本のこととなると嬉しそうに話す。それをBGMに、運ばれてきたハンバーグをどんどん口に入れていった。

「そういえば、多田野先生に勉強教えてもらってるの」
「あ、世野倉から聞いた? 実はね、放課後ちょっとだけど」

 世野倉から止められた手前、毎日下校時刻ギリギリまでみっちり二人きりで教えてもらっているとは言いづらい。

「止めた方がいいと思う」
「西園もそう思うんだ」

 他人のことを気にするタイプではないので、多田野のことも正孝がどう行動しようとも何も言わないと思っていた。意外な言葉に正孝が目を丸くさせる。

「何か見たとか?」
「うん。言わないけど」
「言わないんだ」

 ここまで来て言われないのはとてももどかしい。しかし、彼は言わないと言ったら言わないので、正孝は催促の言葉をぐっと飲みこんだ。あまり突っ込んで多田野とのことを窘められても大変だ。

「大丈夫。ほどほどにしておくから。学校以外じゃ会わないし」
「ならいいけど」

 校内であれば世野倉も西園も多田野が担任だから会話をすることもある。校外で会わなければ文句は言われないだろう。

 昼食後西園と別れ、一人歩きながら正孝は考えた。

「先生って良い人なのに、ちょっとしたことで周りに誤解されていて可哀そう。よし、僕が良い結果を出して、先生の良いところも話して、もっとみんな仲良くなれるようにしよう」

 俄然やる気が出て、ゴールデンウィーク中は家族と出かけた一日以外は勉強を半日やった。中学の友人に遊びを誘われたが、しっかり午前中勉強してから遊んだ。受験期を思い出して途中失速しそうになったが、世話になっている多田野顔を思い出してどうにかやり過ごした。

「もしかして上位に食い込むかもしれないです」
「やる気は認めます」
「ありがとうございます!」

 ゴールデンウイーク明け、教室で多田野にそう伝えたら前と同じような励ましをもらった。受験でも上がらなかったのだから期待は薄そうなものだが、今は受験後であまり勉強を熱心にしていない生徒もいるはず。正孝は本気だった。

 授業もしっかり取り組んだ。やはり分からないところはあったが、家で復習もした。テスト前は準備室に行くことを許されていないので、仕方がない。その代わり、母は家なら危なくないと喜んでいた。複雑である。

 例の犯人は未だ逃走中らしく、近隣の住民に不安が広がっていると母は言っていた。普段ニュース番組を観ないため全て母から聞いただけであるが、たしかにいつまでも捕まらないのは大人でも不安だろう。

 今は勉強の休憩中、久しぶりにリビングのソファでゴロゴロしながらテレビを観ている。母は夕食の買い出しだ。夕方のこの時間帯はニュース番組しかやっておらず退屈で、配信に変えようとリモコンに手を伸ばしたところでとあるニュースが流れてきた。

『昨夜、二十代女性の遺体が発見されました。遺体は頭部のみで、警察が付近を捜索にあたっています』

「うわッ怖すぎ」

『先月起きた同様の事件と関係があるとみており──』

──もしかして、これがお母さんの言ってた市内で起きた殺人事件のやつか。

 アナウンサーの説明とともに、画面上には一人目と二人目だと言われている被害者の顔が映された。その写真に違和感を覚え、正孝は写真を食い入るように見つめた。

「え──この服ってたしか」

 大振りな花柄の服を見つめる。正孝が固まった。どこかで見たことがあると思っていたら、あの日多田野が土の中に埋めようとしていた服だった。そして、女性は綺麗な青色のネイルをしていた。いつの日か見た小瓶の中にも、青色があったような気がする。きっと気のせいだ。偶然だ。思い込もうとしても、どんどん悪い方向に考えが進んでいく。

「いやいやいや、さすがにそれは。先生がヤバイ噂ばかりなのはみんなの勘違いで、本当は生徒想いの優しい先生で……」

 どっと汗が噴き出る。心臓の音がうるさい。正孝は心の中で心底後悔した。

──僕は超絶ヤバイ人間を引き当ててしまったのかもしれない。

          了