あれから十五分、正孝は全身にしっとりとした汗を感じながら目の前の教師から必死に目を逸らしていた。無言で連れてこられた先が学校の生徒指導室だったからなおさらだ。

「ごめんね、もう下校時刻になるのに。校外で個人的に生徒と二人きりになってはいけない規則で」
「きちんと規則を守っていて、さすが学校の先生です」

 どのような受け答えをしても機嫌を損ねるのではないかとビクビクしながら返事をする。ちらりと顔色を窺うと、多田野は片方だけ口元を緩ませた。恐怖でトイレに行きたくなった。

 ちなみに、黒いビニール袋は穴に埋められることなく彼のリュックの中に納まっている。スコップはあの場所に置いてきた。

「さて、時間が無いから本題だけど」
「あ、えと」
「このこと、黙っていてほしいんだ」
「それはもちろん!」

 自ら地獄に飛び込むような馬鹿な真似はしない。正孝は勢いよく首を縦に何度も振った。ここを抜け出せるのならばいくらでも首を振ろう。明日筋を痛めて痛みに悶えても構わない。多田野はほっとした表情でおもむろにリュックから黒いビニール袋を取り出した。正孝は音を立てないよう、椅子を後ろに引いた。

「びっくりさせちゃったね」
「いえ」
「実はこれ、私の趣味で使うものが入っていて」
「趣味、ですか……?」

 風向きが変わった。そういえば、机にあるビニール袋は柔らかそうで、とても死体が入っているとは思えない。そもそも、死体にしてはかなり小さい袋だ。

──いや、まだ手首だけとか、バラバラ死体の可能性もある。

 ぎゅうと膝の上で拳を握りながら、じっと先を待った。多田野が少し上半身を前に出し、小声で正孝に囁いた。

「私には少々不釣り合いな服やバッグなんだ」
「服と、バッグ。なんでそんなものを埋めようと」

 これが本当であれば、多田野は猟奇的な殺人鬼ではないことになる。正孝はビニール袋を見つめた。袋を仕舞おうとした多田野を目が合う。

「気になるかい、中が」
「はい」

 思わず本音が出てしまい、後悔した。しかし、気になるのは事実である。どうせもう巻き込まれているのだ。原因を知っても、これ以上たいしたダメージは来ないだろう。このまま見ないでいたら袋の中身が死体の一部かどうか分からず、毎日彼の顔色を窺いながら学校生活を送ることになる。

 含み笑いをする多田野が袋を開けた。恐る恐る中を覗き込む。そこには、女性ものらしい服とバッグが入っていた。生々しい犯罪が入っていなくて、うるさい心臓がようやく落ち着きを取り戻した。

「おしまい。面白くないものを見せてしまったね」
「いえ、大丈夫です」

 多田野はどうやらこれが趣味らしい。つまり、女性の恰好をするということだ。しかし、それを埋めようとした。趣味を止めるということか。

「なんであそこに埋めようとしたんですか?」
「大切だから、捨てるにはもったいなくて。あそこは私の土地だからいくら埋めても平気だし、あとで取り出せるしね」
「あ、なるほど」

──捨てたくはないけど、手元には置いておきたくはないってことか。なんだ、よかった。先生の趣味はビックリだけど、死体に比べたら一億倍マシ。

 そうなると、今度は正孝のターンだった。

「先生、このことはもちろん黙っておくので、僕から一つだけお願いしてもいいですか」
「私に出来ることならいいけど」
「大丈夫です。多田野先生の得意分野だと思います」
「私の?」

 首を傾げる多田野に、今度は正孝が上半身を前に出して詰め寄った。

「僕に勉強を教えてください!」