「どうした? 具合悪いのか?」
「先輩が、部室でお姫様抱っこされてるのをみた時から、大胸筋辺りが、強く握られたみたいに、ずっと痛い……」
「だ、大丈夫か?」
「こうしていると、痛みは和らいできた。もっと、こうしていてもいいか?」

 今、ベッドの上では仰向けになった俺の上に輪島が覆いかぶさっている。

「輪島、重たいし……俺、潰れてる」

 輪島は「すまん!」と、慌てて横滑りして俺から降りた。ベッドの上にふたりで並んでいる状態になる。輪島の方を向くと輪島は身体ごと俺の方を向き、真剣な眼差しで俺の顔を見ていた。

「先輩に出会った時から大胸筋辺りがムズムズしたり痛くなったり……先輩が中谷先輩の話ばかりしていると、小さい時から当たり前にできていた筋トレにも集中できなくなってきて。こんなの初めてで。人前で泣いたことないのに、涙が……グズン」

 いつもたくましく弱みをみせない輪島が、泣きだした。
 初めて見た輪島の泣き顔。整った顔がぐしゃぐしゃになってきて、赤ちゃんのように可愛かった。もしも輪島が泣くのなら、もっと力強くかっこよく泣くのかと思っていた。そんな赤ちゃんみたいな泣き顔につられて、俺もちょっと涙が出てきた。

「……俺と出会った時から?」
「そうだ。自分は先輩に一目惚れというものをしたらしい。だけど今まで筋肉にしか興味なくて、恋愛なんてしたことなかったから、どうすればいいのか分からなくて、話しかけることもできなくて……本当に何もできなかった」

 同じ部屋になった時なんて、輪島に対して〝俺と同じ部屋になってかわいそうだな〟ぐらいにしか思っていなかった。だけどその時はすでに俺のことが好きだったってことか? その時から輪島の大胸筋辺りが忙しく――。

「そういえば、大胸筋、大丈夫か? 痛いのは、この辺りか?」

 そっと輪島の大胸筋に触れた。
 急に触れられて驚いたのか、ビクッとする輪島。

「痛いのは、もうすこし内側だ」

 輪島が俺の手首を優しく持ち、心臓があると思われる場所に俺の手を誘導した。胸板が厚いからか、手で触れても心臓の動きは何も感じられない。ドクンドクンと生きているのを感じさせる輪島の温かい心臓のぬくもりを想像した。その温もりが、俺の手に伝わってくる気がしてきた。

 こんな至近距離だから、恥ずかしくて輪島の顔を見ることができない。輪島の手も俺の手首から離れないし。身動きもとれず、目のやり場に困った俺は、ずっと自分の手が置いてある、輪島の心臓部分をだまって眺めていた。