「中谷はお姫様抱っこされる側だろ? お姫様抱っこをする側になるな! 俺がやる」
「わ、分かったよ」

 三年生の運動神経抜群なエムキン青木副部長が、オラオラしながら中谷にそう言うと、上目遣いで中谷は返事をした。そして中谷から俺を引き剥がした青木副部長は、軽々と俺をお姫様抱っこした。青木副部長は今、意味深(いみしん)すぎて気になる発言をしていた気がするが、それよりも――。

「軽々と、すげぇな」と、抱かれながら俺は叫んだ。

「矢萩くん、どう? ドキドキ、する?」

 中谷から質問された俺は、お姫様抱っこされながら考えた。

「ドキドキ……するかしないかで言えば、するほう?」
「ドキドキ、しちゃうんだ……」

 中谷は口に手を当て、眉を八の字にして悩んでる感じの顔をしている。いや、ドキドキはしないのか? 自分のことなのにちょっとよく分からない。

「ドキドキするかチェックしているのか? それなら、俺はどうだろうか? 安定感はあるからしないと思うが」

 次は制服が似合う、エムキンの森部長が俺をお姫様抱っこした。

「さっきよりも、ドキドキしないかも?」
「だろ? 安定感は極めているからな」

 今チェックしているドキドキは、安定感があるかないかを調べているわけではないけど……。森部長は、微妙にドキドキするくらいか。

「じゃあ、次は、秦がお姫様抱っこしてみろ」
「は、はい。ちょっと、僕の方が緊張してドキドキしてます」
「大丈夫だ、秦は今から少女漫画の、ヒロインをお姫様抱っこするイケメンヒーローだ!」
「ヒーロー……部長にそう言われると、ヒーローな気がしてきました」

 見た目が野生児風のエルキン秦は、震えながら俺をお姫様抱っこした。震えていたけれど、俺をお姫様抱っこした瞬間にその震えはおさまった。ヒーローになったのか? なんだろう、抱かれ心地がよくて、とにかく癒される。ドキドキ度はうっすらか。

「秦は、この中で一番安心する感じだ。なんか、布団の中にいる感じがして、いますぐ寝そう」
「あ、安心してもらえて、よかったです」

 ほっとした様子で秦は、俺を優しくおろした。

「青木は止めたが、中谷もやってみろ! 部長命令だ」

 青木副部長と中谷は、はっとして目を合わす。そして目で何かを会話しているように見える。
 
――もしかしてこのふたりって!?

「じゃあ、中谷が矢萩をお姫様抱っこするのは、一回だけだぞ。その代わりに後から中谷を沢山お姫様抱っこさせろよ!」
「うん、分かったよ。青木先輩! 矢萩くんのお姫様抱っこやってみるね」

 やっぱりこのふたりは、何かある……青木副部長が中谷をお姫様抱っこしているのを想像してみた。なかなかお似合いだな。

 そして中谷もお姫様抱っこに挑戦した。他の部員よりも時間をかけて俺をお姫様抱っこした感じだったけど、余裕が少しある状態で成功した。でも短時間で中谷の手がフルフルしてきて、俺は落ちそうになってきた。

「な、中谷が一番ドキドキするかも……」
「ぼ、僕もすごくドキドキしてる」

 好きとか、そんなんじゃなくて不安や緊張で――。

「先輩は、お姫様抱っこされるのは誰でもいいのか。しかも中谷先輩に一番ドキドキしていると?」
「えっ?」

 その低くて重たい声と言葉にびくつき、過剰な反応をした俺。
 声の方を見ると、輪島が腕を組みながらドアの前に立っていた。
 いつから見られていたんだ?

「輪島、これは違くて。試していて……」
「何を試していた?」

 誤解を解きたい。今すぐに解きたいけど。あきらかに怒っている様子の輪島を目にすると、焦って言葉が何も出てこない。それに、輪島以外にお姫様抱っこをされても、ドキドキした。だけど違うドキドキで、その辺りも頭の中で整理して、輪島にきちんと伝えたい。焦るほど頭の中が真っ白になっていく。
 
 俺があたふたしていると、輪島は勢いよく中谷から俺を奪い、お姫様抱っこをして廊下に出た。

「輪島、落ち着けよ」
「落ち着いてなんか、いられん」
「どこに行くんだよ?」
「部屋に戻る! 先輩を筋肉部に連れてこなければよかった。もうこのまま部屋に戻ったら、先輩を部屋に閉じ込めておきたい。先輩が他の人にお姫様抱っこされないように、一生……」

 こんな恐ろしい形相をしている輪島を見たのは初めてだ。

――これは、ヤキモチか? 

 ヤキモチを焼かれて、胸の奥がじんとする。落ちない安心感はあったけど、もっと触れる面積を増やしたいから、輪島の首に両手を回す。前を向いている輪島の顔をずっと見つめた。

 輪島のお姫様抱っこが一番、いや、輪島のお姫様抱っこだけが特別で、大好きだ――。

 部屋に戻ると、輪島は俺をお姫様抱っこしたまま、輪島のベッドの前で立ち止まった。勢いよく投げられると思って目を閉じたけれど、優しく投げられた。
 そして、仰向けになった俺を思い切り抱きしめてきた。俺の心臓は今にも爆発しそうなくらい、ドキドキがやばい。

「先輩、大胸筋辺りが、苦しい――」

 突然輪島は、震える声でそう言った。