【青春BL】筋トレするふたりが結ばれる日まで~今日も輪島はあたたかい。

☆。.:*・゜

 高校二年生の春、一年生の輪島浩介と同じ部屋になった。
 なぜか、一緒に筋トレに励む日々。

 俺は、いつの間にか輪島のことが――。

 そして初めて誰かに見守られ、愛されることを知った。

――今日も輪島は、あたたかい。


☆。.:*・゜

 輪島は入学した時から周りの新入生たちよりも、ひときわ目立っていた。頭のよさはトップレベル、運動神経も抜群で更に外見は身長も高く、筋肉もありガッチリしている。さらにさらに、顔も整っている。そして俺よりも年下なのに、かなり年上に見えて大人のような風貌。完璧な男でなんでもこなし冷静で、大人たちからも熱い期待を寄せられていた。ここが共学校なら、輪島はかなりモテているだろう。

 反対に俺は問題児。すぐに、カッとなって、他の生徒と揉め事を起こしたり、寮の規則を破り夜中に外を徘徊したりもしている。それが理由で、最初はふたり部屋だったものの相手が嫌がり、高校一年生の途中からは、結局ひとり部屋になった。完全に周りからは、ほっとかれている。

まぁ、ふたり部屋なのにひとりで過ごすのは、広く感じたし、気楽だったからそれでも良かったけども――。

そんな日々を過ごしていたが、高校二年生の春、入学したての輪島 浩介と同じ部屋になることに。なぜ同じ部屋になったのかと言うと、他の部屋がひとつも空いていなかったらしい。

 部屋の前には名前が貼ってある。空白だった『矢萩 優大(やはぎゆうだい)』の下に『輪島 浩介(わじまこうすけ)』も加わった。

 俺と同じ部屋になるなんて、可哀想だな――。

 並んだ名前を見つめながら、そう思った。

 輪島との共通点はなかったから、必要な時に、何か少し話す程度の関係だった。

 輪島は筋肉部に入部した。そして毎日、部屋でも筋トレをしていた。俺は特にそんな真剣に何かをやるなんて経験はないから、よく飽きないでずっとやれるなと、少しだけ興味を持っていた。

 暑くなってきた季節の眠る前の時間。

 俺はベットでごろごろしながら、相変わらず筋トレをしている輪島に聞いてみた。

「輪島、筋トレって、楽しいの?」

 仰向けになって上半身だけを起こしたり倒したりしていた輪島の動きが止まる。輪島は座り、背筋をぴんと伸ばした。

「興味あるの?」
「いや、別にないけど」
「興味、あるんだ?」

 普段無表情な輪島はニヤッとした。
 俺はなぜか、ニヤッとした輪島を見て、少しドキッとして胸の辺りがざわめいた。

「何事も、やってみればいい」と、俺を手招きしてきた。今過ごしている部屋は余計なものを置いていなく綺麗で、広さもそこそこある。白を基調とした部屋だからか、より広く感じるのだろう。そして両端にそれぞれのベットがあり、真ん中に仕切る用のカーテンはついていたが、使わずにいた。だから真ん中はふたり並んで筋トレできるスペースは十分にある。

「まずは、そうだな、今日は簡単にやろうか」と、輪島は転がって足を上に伸ばしたり座りながら前にぐっとしたり……ストレッチを始めだしたから、俺も自然と身体が動き、とにかく真似をした。

「先輩は、どこを鍛えたい?」と、輪島は立ちあがる。そして腰に手を当て聞いてきた。

 輪島は俺を〝先輩〟と呼んではくるが、ずっと出会った時からタメ口だ。だけど輪島の大人びた雰囲気のせいか、全く違和感はなく、俺もすんなり受け入れることができた。

「どこって聞かれても。上半身?」
「分かった。まずはプッシュアップしようか……ついてこれるか?」

 まるで、煽られているようだ。

「ついていけるし!」

 強気にそう言ったものの、プッシュアップ?ってなんだ、何かを押すのか? もはやハテナだらけの俺。カタカナは苦手だ。

 輪島は両手を床につけて、腕立て伏せのポーズになった。

――腕立て伏せか!


「ついてこい。今からやるのは、主に大胸筋、上腕三頭筋、三角筋前部、広背筋を鍛える効果がある」
「なんだそれ、大胸筋しか分からん」
「あとで教えてやる」
「分かった、とりあえずついてく」

 そんな感じで、俺が「筋トレ楽しい?」的な質問をした日から、輪島と筋トレをやる日々が。俺は必死に輪島の筋トレについていった。いつも筋トレ中には熱い視線を感じ、俺の動きをずっとチェックしてくれている。

――誰かにこうして見守られるのは初めてで、なんだか気持ちがくすぐったい。
 季節は移り変わり、涼しくなってきた季節。

 相変わらず、俺たちは一緒に部屋で筋トレを続けていた。
 輪島から筋トレ用にと、茶色くて耳の垂れ下がった犬の可愛いワンポイントが胸元に入っている、つるつるした触り心地の黒いTシャツもプレゼントされた。洗い替えようにと、二枚も。しかもそのTシャツは輪島とお揃い。

――お揃いのTシャツを着て一緒に筋トレをするのが、なんか嬉しい。

最近はそれを着て一緒に筋トレをしている。輪島とお揃いのTシャツを着ると、筋トレが何倍もはかどる気がしている。

 筋トレは基礎代謝が上がり、健康にも頭にも、そして精神にもいいらしい。

 テストの成績も少しあがったし、喧嘩もしなくなった。最近はイライラもしない。

――筋トレ、すげーよ!!

 だけど、あんまり筋肉の変化は感じない。

「どうしたら輪島みたいに筋肉つくんだろ。あんまり変わらねえ」と俺はいつもの筋トレタイムに呟いた。

「大丈夫だ。徐々に効果は現れている」と、俺の腕を触る輪島。触られると気のせいか、胸の鼓動が早くなった。それはただの筋トレの余韻か、それとも――。胸の鼓動が早くなるのおさまれ!と思っていると「俺のも、触ってみるか?」と輪島は筋肉モリモリポーズをしてアピールしてきた。あらためて見ると、やっぱり輪島の筋肉はすごい。俺の腕とは比べ物にはならない、大きな山がある。俺の筋肉が近所の公園にある山だとしたら、輪島の山は、名前なんだっけな……高くて有名な、カタカナ五文字のところみたいだ。触らせてもらうと、固くて凄かった。

「俺も、そんな風になりたい。カッコイーな!」

 俺がそう言うと「そ、そっか?」と、輪島は頬を赤らめる。予想外過ぎる反応に俺の心の中が、たじたじしどろもどろした。

「お、俺もそんなふうになって、軽々と好きになった女の子をお姫様抱っことかしてみてーな」
「好きな女の子をお姫様抱っこか……」

 なぜか輪島は少しかなしそうな表情をして、下を向く。

 なんでだ?
 じっと輪島を眺めていたら、急に俺をじっと見つめてきた。

「先輩!!」
「な、何?」
「先輩は、好きな女の子いるんすか?」

 急に敬語になる輪島。

「いや、いないけど……」
「先輩は、好きな子をお姫様抱っこするんですか?」

 じりじりと輪島が距離を詰めてくる。

「いや……」
「先輩、失礼します!!」

 そう言うと輪島は俺を軽々と持ち上げて、なんとお姫様抱っこしてきた。

「先輩、軽い……。本当に可愛い」

 俺が、可愛い?
 輪島の顔が急にデレデレしだす。

「その小ささも、明るくてふわふわしてる髪の毛も、可愛い顔も。ちょっと天然な性格も……全部、好き」

 言葉を放ったあと、輪島は「はぁ、幸せ」と呟く。なんか、俺の顔が熱くなってきた。そして心臓の鼓動も早くなって――。

「多分、俺も輪島が好きだわ」
「ほ、本当に?」

 お姫様抱っこされていた俺を更に強く抱き締めてくる輪島。

「痛い、その分厚い筋肉でそんな強く抱きしめられたら、俺潰れる!!」
「ご、ごめんなさい!!」

 焦って俺を降ろす輪島。

 輪島は目を輝かせて俺を見て笑った。その笑顔が追い討ちかけるように、更にドキドキしてきて、俺の心臓がうるさくなった。そして俺も勝手に笑顔が込み上げてきた。

――俺は輪島のこと、いつの間にか大好きになっていたな。

「輪島、これからもずっと、筋トレしような」
「先輩……」
「鍛えて、今度は俺が輪島をお姫様抱っこする!」

 そう言って、俺は輪島と腕を組み、笑いあった。
 お姫様抱っこされてから数日が過ぎた。
 今日は学校が休みだ。

 俺と輪島は最近、朝昼晩のご飯を一緒に食べている。「先輩の筋肉のために、先輩が食べるものを全て知りたいから」と言われてからだ。そこまで俺の筋肉について考えてくれているんだと、胸の辺りが熱くなる。

 今日も朝飯を食堂ですまして、ふたり一緒に部屋に戻った。それからすぐに机に向かって勉強をしている輪島と、部屋の角で体育座りをしながら輪島の背中を眺めている俺。

 輪島をお姫様抱っこする!なんて、強気な発言をしてみたけれど、無理だな。〝ひとまわり大きい〟がどのくらい大きいのかは一切分からんけど、ひとまわりかふたまわりか、もしかしてさんまわりな可能性もあり?なぐらい大きい輪島を隅から隅までみて悟った。

――もっと、筋トレ時間を増やせばいいのか?

「なぁ、輪島」
「なんだ?」

 俺に背中を向けながら勉強を続ける輪島。

「明日、筋肉部見学しに行ってもいいか?」
「部活をか? 何故見学したいと思った?」

 輪島が勢いよく振り向き、俺と目が合う。

――輪島は、筋肉の話になると食いつき違うな。

「俺の筋トレ、今は夜にこの部屋でやるだけじゃん? 筋トレの時間が足りないのかなって思ってよ」
「何故そう考えた?」
「俺、輪島にお姫様抱っこするって言ったじゃん? そもそも輪島をお姫様抱っこするなんてムリな話なんだけど……」
「諦めるな!」

 輪島は勢いよく立ち上がった。

「今から、部室にいくぞ!」
「今からかよ」
「なんだ? 今からじゃ、嫌なのか?」
「いや、急だなって思って」

 もうちょっと部屋で輪島とのんびりしたいなぁ。ふたり同じ空間でのんびりしている時間も好き。せめて午後からがいいな。

「部室でトレーニングすることになれば、今よりもトレーニングがキツくなる。先輩には難しい、か……」

 目を細めながら見てくる輪島。
 俺には無理だとすでに諦めている言い方がなんかイラッとするな。

「いや、難しくねーし。余裕だ!」

 部室はどんな感じか、どんなトレーニングをするのか全く知らんけどな。

「よし、その気持ちが大事だ! じゃあ、いつものTシャツを着ろ! 部室行くぞ!」
「リョーカイッ!」

 俺たちはニヤッと笑い合うと着替えた。
 そして寮を出て部室がある学校に向かった。


 墨で『筋肉部』と書かれた白い紙が、ドアに強めにドドンと貼ってあった。ドアを開けると四人の部員と思われる筋肉もりもりな男たちがそれぞれ筋トレをしている。

 想像よりも広い部室。色々な筋トレグッズがある。走るやつや、ぶらさがるやつも。中に入った瞬間、熱気がむんむんした。

「お疲れ様です。今日は、見学者が来た!」

 輪島が『果たし状を持ってきた!』みたいに、はっきり大きな声でそう言うと、部員たちは筋トレをやめて集まってきた。じろじろと見られる俺。
「新人?」
「やる気はあるのか?」
 見学なのにもう入部する雰囲気が漂っている。いつもは絶対にありえないのに、なんか体全体がもじもじしてきた。それはどう見ても自分よりも強そうな奴らに囲まれたからなのか?

「じゃあ、まずは目指したい体型のものを自分に当てて、全身鏡でチェックしてみて?」と、細い体型の筋肉もりもりイケメンが顔出し全身パネルを三種類、壁に立てかけた。

 三種類とも白Tシャツ紺色短パンの姿で、右腕を曲げ筋肉もりもりのポーズをしている。だけど、体型が全て違う。とにかくでかくて筋肉もりもりな体型と、ほどほどの大きさな筋肉もりもり体型、そして細くて筋肉もりもり体型なやつ。

 でかいのとか目指すの、無理じゃね?
 俺は、とりあえず細いのを選んで自分に当て、丸い穴のところから顔を出してみた。そして鏡で全身を見た。

「何これすげー! 本当に筋肉もりもりになったみてえだ!」
「このパネルの体型を僕たちはSサイズ筋肉、略してエスキンと呼んでいる。僕と目指す筋肉が一緒だね! 頑張っていこうね!」

 細い筋肉イケメンがさわやかに言う。

「でも、俺……今日は見学でまだ入部するわけじゃなくて……」

「先輩にとって、筋肉部で活動するのは大変で無理かもしれないから、入部しなくてもいい」

 腕を組みながらそう言う輪島。

 そうやっていつも輪島は煽ってきて、俺に勝負を仕掛けてくるんだ。その勝負、乗るぜ!

「無理じゃねーし!」

 そうして俺は筋肉部で活動することになった。
 

 
「では、新しい部員となった矢萩くんに自己紹介をしよう。俺は部長の森だ、よろしく!」

 優等生な雰囲気の大きな男が、メガネを光らせながら自己紹介をする。続いて他の部員も。 


 筋肉部の部員はこんな感じだ。主に活動しているメンバーは五人。他の部員は何人いるか知らんが、たまに来る感じ。

 まずは、高校一年生のメンバー。高校生なのにイケオジな雰囲気漂う、全てが完璧でかっこよく、俺のことを気にしてくれる男。そして筋肉部のトップで、Lサイズの筋肉、略してエルキンの輪島。俺の中では輪島が一番光っている。

 同じく一年生の、髪の毛もさもさしていて野生のクマのようで少女マンガが大好きな、エルキンの(はた)

 俺と同じ二年生の可愛い系イケメン。細くて長身、色素が薄く部の中で唯一金髪。サイズも俺と同じなエスキンの中谷(なかや)

 三年生で、優等生な雰囲気が漂い、制服が似合う顔。雰囲気が全く筋肉もりもりだとは予想できないのに、実は脱ぐとすごいんです系な部長。エムキンの森。

 最後、五人目は三年生の、運動神経抜群なしょうゆ顔な男。中学生の時はサッカー部のエースだったが、筋トレに目覚めてサッカーを辞め、今は筋トレばかりをしているエムキンの青木。

 サイズは一年がL、二年はS、三年はMな感じだな。ちなみに三年生は一ヶ月後の〝秋の全国高校生筋肉バトル〟が終われば引退らしい。

 筋肉部の活動は筋肉を休めるために、週に三、四回の休みがあり、平日は二時間ぐらい、休日は三時間から四時間ぐらい休憩時間も含めてやるという説明も受けた。


「じゃあ、早速エスキン同士でエスキンの筋トレを始めようか? まずはランニングマシンで身体を温めるよ!」

 言われるがまま、細いイケメン中谷についていき、ふたり並んで、走る機械でゆっくり走った。それが終わるとマットの上で中谷と並んで座り、ストレッチをする。

「サイズによって、筋トレ方法は違うのか?」
「あとでコピーして渡す予定の、エスキン用の基本トレーニングの紙にも書いてあるんだけど。僕たちは、他のサイズよりも筋トレ量と、食事量は少ない感じかな? あと、全部を鍛えるんだけど、特に腹筋を中心に鍛えていくよ!」
「そうなのか。トレーニング、とりあえずついていく!」
「ちなみにこれ、見て?」

 中谷は自分の白Tシャツをめくりお腹を見せてきた。俺は中谷の腹筋を触ってみた。

「すっげー!! 割れてるのか? 俺もこんな風になりてぇ」

 ふとチクッとする視線を感じた。視線を感じる方向を見ると、輪島と目が合う。輪島は俺を睨むようにじっとみてきた。普段見たことのない表情で心臓がビクッとした。

――俺、何か輪島にとって嫌なこととか、した?

 いや、一切していないと思う。見つめあっていると、今度は勢いよく輪島は視線をそらしてきた。そらし方が荒くて、今度は心臓の辺りがズキっと傷んだ。

「矢萩くん、どうかした?」
「いや、何も……」

 輪島の動きが気になりすぎながらも、身体を動かし続ける。

「僕はね、外見を整えたくて、さらに力持ちにもなりたいなって思って筋トレをしてるんだけど、矢萩くんは何で筋トレしようって思ったの?」
「輪島を、お姫様抱っこしたいんだ……」
「わぁ、すごい目標だ! 矢萩くんが輪島くんをお姫様抱っこしているところ、みてみたい!」
「そっか、俺、がんばるわ!」
「がんばって! 応援してる!」

 中谷は話しやすいな。
 そんなこんなで初日の筋肉部での活動は、あっという間に終わった。

 輪島と学校を出て、寮に戻る。

「昼飯前にシャワーで汗を流したいな」
「そうだな」
「筋肉部、楽しいな! 俺、続けられそうだわ。中谷も教え方が上手いし」
「……そっか」

 いつもは筋肉関係の話をすると、もっと反応してくれるのに、今は目を合わせてもくれない。なんか寂しいな――。

「どうした輪島? 体調悪いのか?」
「いや、別に……」

――いや、あきらかにいつもと何かが違う。

そういえばさっきのトレーニングの時も、俺と目が合った瞬間、いつもと違う表情をしていたし。気になるけど、本当に何もないのか? しつこく聞きたいけど、ふたりの間に見えない壁が……。

「そっか、調子悪いとか、何かあれば言えよ? 俺の出来ることなら何でもするから!」
「……なんでも、か」
「あぁ! 何でもだ!」
 
 俺は微笑んだ。
 輪島は無表情で俺の顔をじっと見る。

 気がつけば、輪島には色々してもらっている。何もやる気がなくて、怒られることばかりしていた俺に、輪島は筋トレという楽しみをくれた。誰にも気にしてもらえなかった俺を、すごく気にしてくれている。

 輪島のお陰で、最近は毎日が楽しい。

俺も輪島に何かしてあげたい。人に対してそんな気持ちになったのは、初めてだ――。
 今日は筋肉部に入部してから三回目の部活だ。

 放課後、教室を出てまっすぐ部室に向かった。廊下を歩きながら輪島のことを考えていた。俺が筋肉部に入部した日から、輪島の様子がよそよそしいというか、少し冷たいというか。輪島がいるといつも部屋が暑く感じるのに、寒く感じるし。とにかく、なんか様子がおかしい。特に今日の朝はおかしかった。

「先輩は、誰にでもお姫様抱っこされるんですか?」

 朝、学校に行く準備を寮の部屋でしている時。中谷と俺が一緒にしていた筋トレについて、詳しく輪島に話をしていたら、いきなりそんな質問をされた。

「なんで突然、そんな話になった?」
「毎日、中谷先輩の話ばかりしてるから……先輩は、中谷先輩にお姫様抱っこされたら、中谷先輩にも『好き』って言うんすか?」

 責めるように強めな口調の輪島。

 毎日って、まだ数日だけだし、ずっと中谷の話をしてるわけじゃねえし。っていうか――。

「俺、誰にでも好きとか言わねえし。輪島以外にお姫様抱っこされても、ドキドキしねえし、多分……」
「多分?」

 険しい顔になる輪島。疑ってるのか?
 もやもやして嫌な気持ちになってきた。

「いや、もうどうしたんだよ、輪島。ちょっとめんどくせぇ」
「先輩は自分ではなく、中谷先輩にお姫様抱っこをしてもらえばいい」

 輪島はささっと制服を着て準備をすると、沈んだ表情をして部屋から出ていく。輪島にめんどくさいと言ってしまったことをすぐに後悔した。

――いつもは冷静で、年上の俺よりも大人な雰囲気なのに、輪島、本当にどうしたんだ?

 俺は輪島が部屋からいなくなって少し経つと、いつも通り食堂に行った。いつもは輪島と食べていた朝飯を、ひとりで食べた。輪島は食堂に来なかった。

――朝飯食べないの珍しいな。輪島はエルキンだから、俺たちよりも多く食べないとならない。休日は何回か、ご飯以外にも筋肉のために間食もしている。筋肉のために、ああだこうだと食事について、いつも誰よりも考えている輪島にとって、一食分抜くって重大じゃないのか?

 輪島について考えていると、あっという間に部室前に着いた。今日は、輪島と朝した会話を何回も思い出している。今ので何回目だろ……。

 部室に入ると、輪島以外の部員がいた。俺がTシャツとハーフパンツに着替えたタイミングで部員たちがラジオ体操をはじめた。

 筋肉部は、ラジオ体操もするのか。輪島がラジオ体操をしたらきっと、動きがしなやかで誰よりもかっこいいだろうなぁ。

 ラジオ体操をして輝く輪島を妄想しながら、俺も体操に加わる。そして終わるといつものように中谷と並んで筋トレをはじめた。

「矢萩くん、今日なんか浮かない顔しているけど、元気ない?」
「えっ?」

 中谷の声ではっとした。
 俺は今、輪島のことで頭がいっぱいになっていて、筋肉に集中していなかった。

「いや、うん……実は朝、輪島に『先輩は自分ではなく、中谷先輩にお姫様抱っこしてもらえばいい』って、冷たく言われてさ……」
「ぼ、僕が矢萩くんを抱っこ? ちょっと待ってよ! どうしてそんな話になったの?」
「実はさ――」

 中谷は聞き上手で話しやすい。どんどん自分のことを話したくなる。輪島にお姫様抱っこをされてドキドキしたことから、今日の朝の会話まで、全てを話してしまった。でも、輪島から可愛いとか好きとか言われたことは、ふたりだけの秘密にしておきたくて言わなかった。

「お姫様抱っこされた時、本当に輪島のことが大好きだなって思ったんだ。その特別な気持ちは輪島にだけ感じるんだと思っていたんだけど……正直、本当にそうなのか自信がなくなってきたかも……」

「とりあえず僕が矢萩くんをお姫様抱っこして、矢萩くんがドキドキするか試してみる?」
「中谷、お姫様抱っこできるのか?」
「うん、出来ると思う」

 そう言って中谷は俺を持ち上げようとした。その時、部員たちが「お姫様抱っこトレーニングか?」と、わらわら集まってきた。
「中谷はお姫様抱っこされる側だろ? お姫様抱っこをする側になるな! 俺がやる」
「わ、分かったよ」

 三年生の運動神経抜群なエムキン青木副部長が、オラオラしながら中谷にそう言うと、上目遣いで中谷は返事をした。そして中谷から俺を引き剥がした青木副部長は、軽々と俺をお姫様抱っこした。青木副部長は今、意味深(いみしん)すぎて気になる発言をしていた気がするが、それよりも――。

「軽々と、すげぇな」と、抱かれながら俺は叫んだ。

「矢萩くん、どう? ドキドキ、する?」

 中谷から質問された俺は、お姫様抱っこされながら考えた。

「ドキドキ……するかしないかで言えば、するほう?」
「ドキドキ、しちゃうんだ……」

 中谷は口に手を当て、眉を八の字にして悩んでる感じの顔をしている。いや、ドキドキはしないのか? 自分のことなのにちょっとよく分からない。

「ドキドキするかチェックしているのか? それなら、俺はどうだろうか? 安定感はあるからしないと思うが」

 次は制服が似合う、エムキンの森部長が俺をお姫様抱っこした。

「さっきよりも、ドキドキしないかも?」
「だろ? 安定感は極めているからな」

 今チェックしているドキドキは、安定感があるかないかを調べているわけではないけど……。森部長は、微妙にドキドキするくらいか。

「じゃあ、次は、秦がお姫様抱っこしてみろ」
「は、はい。ちょっと、僕の方が緊張してドキドキしてます」
「大丈夫だ、秦は今から少女漫画の、ヒロインをお姫様抱っこするイケメンヒーローだ!」
「ヒーロー……部長にそう言われると、ヒーローな気がしてきました」

 見た目が野生児風のエルキン秦は、震えながら俺をお姫様抱っこした。震えていたけれど、俺をお姫様抱っこした瞬間にその震えはおさまった。ヒーローになったのか? なんだろう、抱かれ心地がよくて、とにかく癒される。ドキドキ度はうっすらか。

「秦は、この中で一番安心する感じだ。なんか、布団の中にいる感じがして、いますぐ寝そう」
「あ、安心してもらえて、よかったです」

 ほっとした様子で秦は、俺を優しくおろした。

「青木は止めたが、中谷もやってみろ! 部長命令だ」

 青木副部長と中谷は、はっとして目を合わす。そして目で何かを会話しているように見える。
 
――もしかしてこのふたりって!?

「じゃあ、中谷が矢萩をお姫様抱っこするのは、一回だけだぞ。その代わりに後から中谷を沢山お姫様抱っこさせろよ!」
「うん、分かったよ。青木先輩! 矢萩くんのお姫様抱っこやってみるね」

 やっぱりこのふたりは、何かある……青木副部長が中谷をお姫様抱っこしているのを想像してみた。なかなかお似合いだな。

 そして中谷もお姫様抱っこに挑戦した。他の部員よりも時間をかけて俺をお姫様抱っこした感じだったけど、余裕が少しある状態で成功した。でも短時間で中谷の手がフルフルしてきて、俺は落ちそうになってきた。

「な、中谷が一番ドキドキするかも……」
「ぼ、僕もすごくドキドキしてる」

 好きとか、そんなんじゃなくて不安や緊張で――。

「先輩は、お姫様抱っこされるのは誰でもいいのか。しかも中谷先輩に一番ドキドキしていると?」
「えっ?」

 その低くて重たい声と言葉にびくつき、過剰な反応をした俺。
 声の方を見ると、輪島が腕を組みながらドアの前に立っていた。
 いつから見られていたんだ?

「輪島、これは違くて。試していて……」
「何を試していた?」

 誤解を解きたい。今すぐに解きたいけど。あきらかに怒っている様子の輪島を目にすると、焦って言葉が何も出てこない。それに、輪島以外にお姫様抱っこをされても、ドキドキした。だけど違うドキドキで、その辺りも頭の中で整理して、輪島にきちんと伝えたい。焦るほど頭の中が真っ白になっていく。
 
 俺があたふたしていると、輪島は勢いよく中谷から俺を奪い、お姫様抱っこをして廊下に出た。

「輪島、落ち着けよ」
「落ち着いてなんか、いられん」
「どこに行くんだよ?」
「部屋に戻る! 先輩を筋肉部に連れてこなければよかった。もうこのまま部屋に戻ったら、先輩を部屋に閉じ込めておきたい。先輩が他の人にお姫様抱っこされないように、一生……」

 こんな恐ろしい形相をしている輪島を見たのは初めてだ。

――これは、ヤキモチか? 

 ヤキモチを焼かれて、胸の奥がじんとする。落ちない安心感はあったけど、もっと触れる面積を増やしたいから、輪島の首に両手を回す。前を向いている輪島の顔をずっと見つめた。

 輪島のお姫様抱っこが一番、いや、輪島のお姫様抱っこだけが特別で、大好きだ――。

 部屋に戻ると、輪島は俺をお姫様抱っこしたまま、輪島のベッドの前で立ち止まった。勢いよく投げられると思って目を閉じたけれど、優しく投げられた。
 そして、仰向けになった俺を思い切り抱きしめてきた。俺の心臓は今にも爆発しそうなくらい、ドキドキがやばい。

「先輩、大胸筋辺りが、苦しい――」

 突然輪島は、震える声でそう言った。
「どうした? 具合悪いのか?」
「先輩が、部室でお姫様抱っこされてるのをみた時から、大胸筋辺りが、強く握られたみたいに、ずっと痛い……」
「だ、大丈夫か?」
「こうしていると、痛みは和らいできた。もっと、こうしていてもいいか?」

 今、ベッドの上では仰向けになった俺の上に輪島が覆いかぶさっている。

「輪島、重たいし……俺、潰れてる」

 輪島は「すまん!」と、慌てて横滑りして俺から降りた。ベッドの上にふたりで並んでいる状態になる。輪島の方を向くと輪島は身体ごと俺の方を向き、真剣な眼差しで俺の顔を見ていた。

「先輩に出会った時から大胸筋辺りがムズムズしたり痛くなったり……先輩が中谷先輩の話ばかりしていると、小さい時から当たり前にできていた筋トレにも集中できなくなってきて。こんなの初めてで。人前で泣いたことないのに、涙が……グズン」

 いつもたくましく弱みをみせない輪島が、泣きだした。
 初めて見た輪島の泣き顔。整った顔がぐしゃぐしゃになってきて、赤ちゃんのように可愛かった。もしも輪島が泣くのなら、もっと力強くかっこよく泣くのかと思っていた。そんな赤ちゃんみたいな泣き顔につられて、俺もちょっと涙が出てきた。

「……俺と出会った時から?」
「そうだ。自分は先輩に一目惚れというものをしたらしい。だけど今まで筋肉にしか興味なくて、恋愛なんてしたことなかったから、どうすればいいのか分からなくて、話しかけることもできなくて……本当に何もできなかった」

 同じ部屋になった時なんて、輪島に対して〝俺と同じ部屋になってかわいそうだな〟ぐらいにしか思っていなかった。だけどその時はすでに俺のことが好きだったってことか? その時から輪島の大胸筋辺りが忙しく――。

「そういえば、大胸筋、大丈夫か? 痛いのは、この辺りか?」

 そっと輪島の大胸筋に触れた。
 急に触れられて驚いたのか、ビクッとする輪島。

「痛いのは、もうすこし内側だ」

 輪島が俺の手首を優しく持ち、心臓があると思われる場所に俺の手を誘導した。胸板が厚いからか、手で触れても心臓の動きは何も感じられない。ドクンドクンと生きているのを感じさせる輪島の温かい心臓のぬくもりを想像した。その温もりが、俺の手に伝わってくる気がしてきた。

 こんな至近距離だから、恥ずかしくて輪島の顔を見ることができない。輪島の手も俺の手首から離れないし。身動きもとれず、目のやり場に困った俺は、ずっと自分の手が置いてある、輪島の心臓部分をだまって眺めていた。