輪島に渡すTシャツをぎゅっと抱きしめる。

「このTシャツな、筋肉バトルの日に泊まった旅館で買った。温泉上がってそのまま土産屋行ったから財布がなくて、これを買うために、一瞬だけ中谷からお金を借りたんだ……渡す日まで内緒にしていたくて、お金借りた理由言えなくて、ごめんな」

 ずっと心の中に突っかかっていたものを吐きだした。輪島は持ったままの旗を見つめ何も言わない。

「怒ってる?」

 俺は輪島の顔を下から覗き込んだ。
 しばらく何も答えなかった輪島は、話し始めた。

「一回目は、指摘したい部分がありすぎて、ただ可愛いと思った……」
「……なんの話だ?」
「二回目は本音で気持ちを伝えたのに、返しがセリフそのままだったから、嫌だった」
「だから、何の話だよ?」

 どうした輪島。俺じゃない他の奴とした話を勘違いしているのか?

「……俺たち付き合っているわけじゃないし作戦の話だ」
「な、なんで知ってるんだ?」
「先輩たちのコソコソ声が、旅館の休憩室から聞こえてきたから、部長とふたりで聞いていた」
「嘘だろ? 俺たちはかなり気をつけて小さな声で話をしていたはず」
「いや、結構声が大きかった……」
「マ!?」

――本当に聞かれていたなら、本気で恥ずかしいぞ。

 作戦実行した一回目は、旅館の部屋で輪島たちが取材の話をしてた時だ。たしか取材で遊んでる姿も撮る的な話をしている時に「一緒に出かけるか?」って言っても「取材が……」と渋る輪島に対して「一緒に出かけるのも微妙だよな。別に、俺たち付き合っているわけじゃないし」って言った時だ。

 二回目は……先輩が他の人からお金を借りるのは嫌だ的なことを輪島が言った時だ。うん、作戦を聞いていたんだったら、セリフそのまま返されるの、腹立つよな。輪島は本音で話していたのに。

「輪島、本当にあの時は、ごめん! これからは本当に、輪島が本音で話してくれた時も……いつも自分の言葉で気持ちを伝えるから!」
「もう大丈夫だ。お金借りた理由も今、聞いたしな」

――待って? あの時、話を聞いていたってことは?

「輪島と恋人になりたいって俺が思っていることも、知ったってことか?」
「あぁ、聞こえてた」

 聞かれてた、気持ちを知られてた……。

「それについては、ど、どうなんだ? 俺とこ、恋人に……」
「なれない!」

 やっと、ずっと言いたかった言葉を伝えられた。いつ言おうか、どんな言葉で気持ちを伝えようか。最近ずっと考えていた。言えた。正直、輪島なら受け入れてくれると思っていた。〝恋人になりたい〟が届けば、輪島と付き合えて、中谷たちのようになって、今よりも俺たちは深い仲になれると、思っていた――。

 全部言う前に断られた……。

「せめて最後まで俺の話を聞けよ! 恋人にはなりたくないから、最後まで聞く程のことではないってことか?」

 はっきりと振られた――。

 もやもやもやもや……輪島の「なれない」のひと言が、俺の気持ちを底に落としていく。

「輪島が好きだ……好きなんだよ! 俺と付き合ってくれよ」

 鼻水が出てくる。
 目も涙でぼやけてきて、輪島が見えなくなってくる。

 こんなぐしゃぐしゃな俺、輪島には見られたくない。俺は、輪島の前から逃げたくなって背を向けた。そして、走った。

 輪島のいないところならどこでもいい、どこかへ――。

 輪島が追いかけてきて、俺の手首が輪島の手に捕まった。立ち止まって振り返ると、輪島も泣きそうな様子だった。

「だって先輩、お姫様抱っこが――」

 晴れていたのに曇りだして、空から小雨が降ってきた。