(沙織は、あんたのこと、いい先生だと言ってんだぞ)
 そんな事を思っていると、羽田をねぎらうように村上が手を差し伸べたのである。
「分かりました。この週末、誰にも言わずに一人で別荘に来てくれますか……。そこで、すべての真相を打ち明けます」
 もちろん、迷う事もなく行きますというふうに答えたのである。

            ☆

 そして、土曜の朝、新幹線とローカル線を乗り継いで村上に指定された別荘に向かった。目的地は山深いところにある。
 果たして、村上は、視力再生の秘密を教えてくれるのだろうか……。まだまだ不安だった。
 ローカル線に乗り込むと暇潰しの為に児童書を手に取ってみた。
 去年、羽田は入院患者の主婦が教祖が書いた児童書を熱真に読みながら、ハラハラと涙をこぼす姿を見かけたことがある。
 前から読んでみたかったのだ。
『ピーヒャララ。ピーヒャララ』
 何とも不思議なタイトルである。表紙のイラストは、着物姿の少年が境内で笛を吹いているという構図になっている。
 小児科の小さな図書室や沙織の部屋にも教祖の児童書が置いてあるのだが、出版されたのが今から二十年前。二十一刷だというからロングセラーと言えるだろう。
 室町時代を生きる孤児の男の子が村から村へと旅しながら成長していくという内容である。
 主人公は、色んな事を見聞きする。
『漆はわしらと同じや。最後の一敵までしぼり取られて満身創痍じゃ。完全に干乾びたら伐採される。哀れなもんよ』
 いい出会いもあるが、時には村人に罵られて追い払われる事もある。
『おいら、物乞いじゃないやい! 芸を磨いてきたんだぞ。おいらの綱渡りを見ておくれよ』