『わたしは若い頃は広島におりました。原爆が落ちた時、その場に居合わせたのです。あの時の怖ろしさを一度たりとも忘れた事はありません。あの時、浅ましい真似をしてしまいまして後悔しております。何かと恥の多い人生でした。わたしは母子家庭でしたから、同じような境遇の子供の援助をしたいと思い、このような活動をしています』
 おそらく、教祖は盗みや詐欺まがいの事をしていたのだろう。戦中戦後の日本人がどれだけ大変だったのか、若い羽田にも想像はつく。何も戦後じゃなくても、どうしても叶えたい事があれば穢い真似をするものなのだ。
  
    ☆

 羽田は、またしても医師専用の駐車場で村上を待ち伏せをしていたのである。
「村上先生、もう一度、聞きます。山田さんの目をどうやって治したのですか?」
 今日の羽田は山田が白状した音声を録音したデータを持参している。
「山田さんは見えるようになってからも按摩の仕事は続けています。目が見えないフリをしなくちゃいけないのが面倒だと嘆いていましたよ」
 ちなみに、以前の山田は律儀にアパートの住人みんなに挨拶をしていたが、いざ、目が見えるようになると、いつも親切にしてくれた女性がブスでがっかりしたと嘆いていた。
 最近はパソコンのゲームに熱中している。エロゲーの喘ぎ声が煩い。
「山田なんて救う価値があるとは思えませんけどね」
 すると、村上はクスッと唇の端っこを吊り上げたのだった。
「山田さんはそんなにも回復したのですか。それは何よりですね……」
 相変わらず、村上の表情は淡々としており、腹の中が読めない。
 羽田はジリジリとした気持ちを抱えていた。もっと、沙織に目をかけてもいい筈だ。
 村上と沙織は前からの知り合いだ。
 高校生の頃から、祖父と共に村上は目の不自由な子供の為に点字の本や朗読の音源を制作していたという。