ほんでな、墓地の葬送に従事する人達を三昧聖って言うんや。
村から村へと渡り歩く遊芸民なんかも寺院に集まってくる。
根無し草のわしは寺院の人等に世話になってきた。そやのに、信長は声聞師や聖や陰陽師を取り締まって殺したからムカついた。
一揆を先導したりスパイ活動をしたから、信長は気に入らんかったみたいや。
そやけど、そいつ等はわしの大事な友達や。
こうなったら弔い合戦じゃ。わし、信長と戦う水軍に志願したったわ。
織田軍の安宅船を取り囲んで、焙烙や火矢を投げ込んだんや。
信長が光秀に殺されたと聞いた時、わしは小躍りしたわ。
戦が落ち着いて江戸時代になると歌舞伎の裏方の仕事をするようになった。
同じところにはおられへんから、江戸と上方を交互に移動しながら芸能の仕事にのめり込んだ。
仲間と共に辺境の村から村へと移動した。あの頃は楽しかったわ。
わしらの芸に笑わされたり感動させられた人間は大勢おるわいな。
今でいうところのユーチューバーや。いや、アーティストってやつかもしれん。とにかく、みんながわしらの登場に胸をときめかせたもんや。
祭りの日、軽妙に小太鼓を叩いて人を集めるんや。日頃、見た事もないような珍奇な服装の辻芸人の姿に目を奪われる田舎の人達の顔を見るのが好きやった。
商売繁盛の祈願やら軽業やら寸劇をして人を集めてから、秘伝の薬や練り香やら守り札を売るねん。今で言うところの通販番組やな。アンミカやな。
口上が上手い人は、ようさん売り上げる。
ああ。そうそう。わし、春画や浮世絵を描いて売ったこともあるで。
ペリーの黒船も見たぞ。汽船を初めて見た時には、なんかこう胸の中が煙で詰まるような不吉な予感がしたんや。
ほんでな、明治になると急に生き辛くなってしもうた。
写真やら戸籍やら名字やら、そんなもんがわしを追い詰めるようになる。それでも何とか各地を点々として生き続けたわいな。
わし、山を漂流するのも得意やったし瀬戸内海のことは知り尽くしとるで。
芝居やら手品も得意や。何しろ、何百年も生きとるから飯を食う方法は心得とる。
そやけど、第二次世界大戦の時は追い詰められた。えらいこっちゃったわ。
わしは、クソみたいな帝国軍人になんぞにはなりたくなかったから招集されんように広島の山奥に隠れ住んだ。目が見えないフリやら、アホのフリをしてやり過ごす事もあった。
ほんでな、あれは地面が焦げそうなくらいに暑い夏の事やったわ。
蒸した鰻を売りに広島の市内に行った時に空の上で何かが光った。
ピカーッ。どえらい事か起きたんじゃ。全身の皮膚がドロッと溶けて息もできんぐらいに苦しくなった。薙ぎ倒されるよう熱風を喰らって周りの人は亡くなってしもうた。
流星、こんな恐ろしい事はないぞ。
ほんまもんの地獄じゃ。水が飲みたくてドロドロの身体で川に入って水を汲もうとしたら、どえらい激痛が一閃して気絶した。
それでも、夜中に目が覚めたからのう、何とか山に帰ったんや。そやけど、わしの唇が溶けてくっついとんのよ。髪の毛も抜けてしもうた。
口が開かんと不便なんや。不老不死でも腹は減る。顔や腕に刺さった破片を取り除いて、くっついた唇をナイフで裂く事が出来たわ。
そうこうしとるうちに、どうしても、トマトが食いたなって人里に近寄って盗みに行った。
その時、木にロープをかけて首を吊って死のうとした若者を見かけてな、そいつは、村外れの小さな家で隠遁生活をしとった。地主の三男や。身の回りの世話は、ばぁやが通いで来とるそうや。その男は、ちょうど三十歳。まだ独身やと言うとった。
ニ年前に失明して兵隊をやめて帰国したが、生きてても仕方ないと泣きよるから、わしは冗談で言うた。
わしの目を片方やる。
わしの顔はドロドロで右目がダラーンと垂れとるから、ひょいと摘まんだんや。
試しに、そいつの空っぽ眼窩に埋めたら、そいつの片目は見えるようになった。
そやけど、わしの顔を見て化け物って叫んだんや。
叫ぶだけやあらへん。わしに鎌を振り下ろそうとした。
なんやねん。わし、胸がギュッと痺れて悲しゅうなってな、ドンッとそいつの胸を突いた。ほんなら、そいつは引っくり返って後頭部を石臼で強打して死んでもうた。
わし、戦国時代でも人なんか殺したことはあらへん……。
何ちゅう事をしてしもうたんかと脚が震えた。
どないしょうと迷いながらも、そいつの眼孔から目玉を取り戻した。グジュグジュの目玉を嵌め直したわ。ほんで、そいつの炊事場にあったトマトと瓜をポケットに入れて山奥に逃げた。瓜もトマトも美味かったわ。
そやけど、わし、食いながら泣いた。化け物。その言葉を思い返すと胸がギュッと軋むわ。
人から嫌われるのは辛いのう。あの頃のわしは同年代の友達もおらんかった。ほんまに孤独やった。
ほんでな、こんな大火傷を負ったからには死ぬと思ったけどな、半年ぐらいで全身のケロイドは治った。
そやけど、そのうち、白髪やシワが出てくるようになってな、理屈は分からんけど歳をとるようになったんや。原爆投下が人間に戻るきっかけになるとは皮肉なもんじゃ。
わしは戦後のどさくさに紛れて戸籍を手に入れた。
天涯孤独な村上さんとして大阪に定住するようになった。
わしは、大好きな芸能の仕事に携わることにした。お笑い芸人や歌手や俳優が生き生きと活躍する場を作りたかった。
みんなを笑顔にしたかった。
村から村へと渡り歩く遊芸民なんかも寺院に集まってくる。
根無し草のわしは寺院の人等に世話になってきた。そやのに、信長は声聞師や聖や陰陽師を取り締まって殺したからムカついた。
一揆を先導したりスパイ活動をしたから、信長は気に入らんかったみたいや。
そやけど、そいつ等はわしの大事な友達や。
こうなったら弔い合戦じゃ。わし、信長と戦う水軍に志願したったわ。
織田軍の安宅船を取り囲んで、焙烙や火矢を投げ込んだんや。
信長が光秀に殺されたと聞いた時、わしは小躍りしたわ。
戦が落ち着いて江戸時代になると歌舞伎の裏方の仕事をするようになった。
同じところにはおられへんから、江戸と上方を交互に移動しながら芸能の仕事にのめり込んだ。
仲間と共に辺境の村から村へと移動した。あの頃は楽しかったわ。
わしらの芸に笑わされたり感動させられた人間は大勢おるわいな。
今でいうところのユーチューバーや。いや、アーティストってやつかもしれん。とにかく、みんながわしらの登場に胸をときめかせたもんや。
祭りの日、軽妙に小太鼓を叩いて人を集めるんや。日頃、見た事もないような珍奇な服装の辻芸人の姿に目を奪われる田舎の人達の顔を見るのが好きやった。
商売繁盛の祈願やら軽業やら寸劇をして人を集めてから、秘伝の薬や練り香やら守り札を売るねん。今で言うところの通販番組やな。アンミカやな。
口上が上手い人は、ようさん売り上げる。
ああ。そうそう。わし、春画や浮世絵を描いて売ったこともあるで。
ペリーの黒船も見たぞ。汽船を初めて見た時には、なんかこう胸の中が煙で詰まるような不吉な予感がしたんや。
ほんでな、明治になると急に生き辛くなってしもうた。
写真やら戸籍やら名字やら、そんなもんがわしを追い詰めるようになる。それでも何とか各地を点々として生き続けたわいな。
わし、山を漂流するのも得意やったし瀬戸内海のことは知り尽くしとるで。
芝居やら手品も得意や。何しろ、何百年も生きとるから飯を食う方法は心得とる。
そやけど、第二次世界大戦の時は追い詰められた。えらいこっちゃったわ。
わしは、クソみたいな帝国軍人になんぞにはなりたくなかったから招集されんように広島の山奥に隠れ住んだ。目が見えないフリやら、アホのフリをしてやり過ごす事もあった。
ほんでな、あれは地面が焦げそうなくらいに暑い夏の事やったわ。
蒸した鰻を売りに広島の市内に行った時に空の上で何かが光った。
ピカーッ。どえらい事か起きたんじゃ。全身の皮膚がドロッと溶けて息もできんぐらいに苦しくなった。薙ぎ倒されるよう熱風を喰らって周りの人は亡くなってしもうた。
流星、こんな恐ろしい事はないぞ。
ほんまもんの地獄じゃ。水が飲みたくてドロドロの身体で川に入って水を汲もうとしたら、どえらい激痛が一閃して気絶した。
それでも、夜中に目が覚めたからのう、何とか山に帰ったんや。そやけど、わしの唇が溶けてくっついとんのよ。髪の毛も抜けてしもうた。
口が開かんと不便なんや。不老不死でも腹は減る。顔や腕に刺さった破片を取り除いて、くっついた唇をナイフで裂く事が出来たわ。
そうこうしとるうちに、どうしても、トマトが食いたなって人里に近寄って盗みに行った。
その時、木にロープをかけて首を吊って死のうとした若者を見かけてな、そいつは、村外れの小さな家で隠遁生活をしとった。地主の三男や。身の回りの世話は、ばぁやが通いで来とるそうや。その男は、ちょうど三十歳。まだ独身やと言うとった。
ニ年前に失明して兵隊をやめて帰国したが、生きてても仕方ないと泣きよるから、わしは冗談で言うた。
わしの目を片方やる。
わしの顔はドロドロで右目がダラーンと垂れとるから、ひょいと摘まんだんや。
試しに、そいつの空っぽ眼窩に埋めたら、そいつの片目は見えるようになった。
そやけど、わしの顔を見て化け物って叫んだんや。
叫ぶだけやあらへん。わしに鎌を振り下ろそうとした。
なんやねん。わし、胸がギュッと痺れて悲しゅうなってな、ドンッとそいつの胸を突いた。ほんなら、そいつは引っくり返って後頭部を石臼で強打して死んでもうた。
わし、戦国時代でも人なんか殺したことはあらへん……。
何ちゅう事をしてしもうたんかと脚が震えた。
どないしょうと迷いながらも、そいつの眼孔から目玉を取り戻した。グジュグジュの目玉を嵌め直したわ。ほんで、そいつの炊事場にあったトマトと瓜をポケットに入れて山奥に逃げた。瓜もトマトも美味かったわ。
そやけど、わし、食いながら泣いた。化け物。その言葉を思い返すと胸がギュッと軋むわ。
人から嫌われるのは辛いのう。あの頃のわしは同年代の友達もおらんかった。ほんまに孤独やった。
ほんでな、こんな大火傷を負ったからには死ぬと思ったけどな、半年ぐらいで全身のケロイドは治った。
そやけど、そのうち、白髪やシワが出てくるようになってな、理屈は分からんけど歳をとるようになったんや。原爆投下が人間に戻るきっかけになるとは皮肉なもんじゃ。
わしは戦後のどさくさに紛れて戸籍を手に入れた。
天涯孤独な村上さんとして大阪に定住するようになった。
わしは、大好きな芸能の仕事に携わることにした。お笑い芸人や歌手や俳優が生き生きと活躍する場を作りたかった。
みんなを笑顔にしたかった。



