『義理のお母さんのお見舞いですねん。いやぁ、半世紀ぶりに会えて嬉しいわ。運命の恋人同士みたいですやん』
『そうでんな。わし、毎週、病院でトレーニングしてますねん』
教祖というよりも、まるで人気者の明石家さんまのような雰囲気である。
『そんな事より、村上さん、教祖になりはったらしいな』
『いやぁ、そないに大層なもんとちゃいまんねん。ここだけの話、劇団の座長みたいなもんでんがな』
『はぁ、そうでっか。村上さんは、いつ見ても若いですね。もうすぐ百歳には見えませんね』
『そう言う、あんさんも女子大生みたいにピチピチやないですか』
『アホな。こんな白髪の女子大生がおるかいな』
軽口を叩き合いながら朗らかに笑う教祖は日本猿に似ており、孫の村上医師のような色気のある美形ではない。
聞いたところによると、戦後の闇市などで儲けており、その後、立ち上げた芸能関連の事業で成功したという。
彼は、施設の子供達からは、『先生』と呼ばれて慕われていた。
生活に困っている人を救う事が使命だと感じているのか、ある時、地元紙のインタビューでこんな事を言っていたのである。
『わたしは若い頃は広島におりました。原爆が落ちた時、その場に居合わせたのです。あの時の怖ろしさを一度たりとも忘れた事はありません。あの時、浅ましい真似をしてしまいまして後悔しております。何かと恥の多い人生でした。わたしは母子家庭でしたから、同じような境遇の子供の援助をしたいと思い、このような活動をしています』
おそらく、教祖は盗みや詐欺まがいの事をしていたのだろう。戦中戦後の日本人がどれだけ大変だったのか、若い羽田にも想像はつく。何も戦後じゃなくても、どうしても叶えたい事があれば穢い真似をするものなのだ。
☆
羽田は医師専用の駐車場で村上が来るのを待っていた。
「村上先生、もう一度、聞きます。山田さんの目をどうやって治したのですか?」
今日の羽田は山田が白状した音声を録音したデータを持参している。
「山田さんは見えるようになってからも按摩の仕事は続けています。目が見えないフリをしなくちゃいけないのが面倒だと嘆いていましたよ」
ちなみに、以前の山田は律儀にアパートの住人みんなに挨拶をしていたが、いざ、目が見えるようになると、いつも親切にしてくれた女性がブスでがっかりしたと嘆いていた。
最近はパソコンのゲームに熱中している。エロゲーの喘ぎ声が煩い。
「山田なんて救う価値があるとは思えませんけどね」
すると、村上はクスッと唇の端っこを吊り上げたのだった。
「山田さんはそんなにも回復したのですか。それは何よりですね……」
相変わらず、村上の表情は淡々としており、腹の中が読めない。
羽田はジリジリとした気持ちを抱えていた。もっと、沙織に目をかけてもいい筈だ。
村上と沙織は前からの知り合いだ。
高校生の頃から、祖父と共に村上は目の不自由な子供の為に点字の本や朗読の音源を制作していたという。
(沙織は、あんたのこと、いい先生だと言ってんだぞ)
そんな事を思っていると、羽田をねぎらうように村上が手を差し伸べたのである。
「分かりました。この週末、誰にも言わずに一人で別荘に来てくれますか……。そこで、すべての真相を打ち明けます」
もちろん、迷う事もなく行きますというふうに答えたのである。
☆
土曜の朝、新幹線とローカル線を乗り継いで村上に指定された別荘に向かった。
秘密を教えてくれるのだろうか……。
深々と降り積もる不安が心を曇らせている。
ローカル線に乗り込むと暇潰しの為に児童書を手に取ってみた。
去年、羽田は入院患者の主婦が教祖が書いた児童書を熱真に読みながら、ハラハラと涙をこぼす姿を見かけたことがある。
前から読んでみたかったのだ。
『ピーヒャララ。ピーヒャララ』
何とも不思議なタイトルである。表紙のイラストは、着物姿の少年が境内で笛を吹いているという構図になっている。
小児科の小さな図書室や沙織の部屋にも教祖の児童書が置いてあるのだが、出版されたのが今から二十年前。二十一刷だというからロングセラーと言えるだろう。
室町時代を生きる孤児の男の子が村から村へと旅しながら成長していくという内容である。
『漆はわしらと同じや。最後の一敵までしぼり取られて満身創痍じゃ。完全に干乾びたら伐採される。哀れなもんよ』
山で、そんな話をしながら、少年にウサギ汁を食わせてくれる人もいる。いい出会いもあるが、時には村人に罵られて追い払われたりもする。
『おいら、物乞いじゃないやい! 芸を磨いてきたんだぞ。おいらの綱渡りを見ておくれよ』
お堂やお宮などで野宿をしながら、芸を披露して人を集めて針を売り歩くのだが、少年は食べるのに苦労して何度も死にそうになる。寒村の描写がリアルだ。村の人が赤子や老人を捨てる場面も切なくて胸に迫る。
児童向けのものとしては、なかなか勇気のいる内容である。
主人公がのひたむきな生き様に、読み手は引き込まれて思わず胸が熱くなる。
小説も挿絵も教祖が一人で作成したというのだから、たいしたものだ。
自費出版したものなのに話題となり売れた。
教祖の書く絵は鳥獣戯画を彷彿させるコミカルな画風で郷愁を誘う。
確か、印税のすべてを震災で孤児になった人に寄付したと聞いている。
(それにしても、主人公の太郎の生き抜く力が凄いよな……)
『そうでんな。わし、毎週、病院でトレーニングしてますねん』
教祖というよりも、まるで人気者の明石家さんまのような雰囲気である。
『そんな事より、村上さん、教祖になりはったらしいな』
『いやぁ、そないに大層なもんとちゃいまんねん。ここだけの話、劇団の座長みたいなもんでんがな』
『はぁ、そうでっか。村上さんは、いつ見ても若いですね。もうすぐ百歳には見えませんね』
『そう言う、あんさんも女子大生みたいにピチピチやないですか』
『アホな。こんな白髪の女子大生がおるかいな』
軽口を叩き合いながら朗らかに笑う教祖は日本猿に似ており、孫の村上医師のような色気のある美形ではない。
聞いたところによると、戦後の闇市などで儲けており、その後、立ち上げた芸能関連の事業で成功したという。
彼は、施設の子供達からは、『先生』と呼ばれて慕われていた。
生活に困っている人を救う事が使命だと感じているのか、ある時、地元紙のインタビューでこんな事を言っていたのである。
『わたしは若い頃は広島におりました。原爆が落ちた時、その場に居合わせたのです。あの時の怖ろしさを一度たりとも忘れた事はありません。あの時、浅ましい真似をしてしまいまして後悔しております。何かと恥の多い人生でした。わたしは母子家庭でしたから、同じような境遇の子供の援助をしたいと思い、このような活動をしています』
おそらく、教祖は盗みや詐欺まがいの事をしていたのだろう。戦中戦後の日本人がどれだけ大変だったのか、若い羽田にも想像はつく。何も戦後じゃなくても、どうしても叶えたい事があれば穢い真似をするものなのだ。
☆
羽田は医師専用の駐車場で村上が来るのを待っていた。
「村上先生、もう一度、聞きます。山田さんの目をどうやって治したのですか?」
今日の羽田は山田が白状した音声を録音したデータを持参している。
「山田さんは見えるようになってからも按摩の仕事は続けています。目が見えないフリをしなくちゃいけないのが面倒だと嘆いていましたよ」
ちなみに、以前の山田は律儀にアパートの住人みんなに挨拶をしていたが、いざ、目が見えるようになると、いつも親切にしてくれた女性がブスでがっかりしたと嘆いていた。
最近はパソコンのゲームに熱中している。エロゲーの喘ぎ声が煩い。
「山田なんて救う価値があるとは思えませんけどね」
すると、村上はクスッと唇の端っこを吊り上げたのだった。
「山田さんはそんなにも回復したのですか。それは何よりですね……」
相変わらず、村上の表情は淡々としており、腹の中が読めない。
羽田はジリジリとした気持ちを抱えていた。もっと、沙織に目をかけてもいい筈だ。
村上と沙織は前からの知り合いだ。
高校生の頃から、祖父と共に村上は目の不自由な子供の為に点字の本や朗読の音源を制作していたという。
(沙織は、あんたのこと、いい先生だと言ってんだぞ)
そんな事を思っていると、羽田をねぎらうように村上が手を差し伸べたのである。
「分かりました。この週末、誰にも言わずに一人で別荘に来てくれますか……。そこで、すべての真相を打ち明けます」
もちろん、迷う事もなく行きますというふうに答えたのである。
☆
土曜の朝、新幹線とローカル線を乗り継いで村上に指定された別荘に向かった。
秘密を教えてくれるのだろうか……。
深々と降り積もる不安が心を曇らせている。
ローカル線に乗り込むと暇潰しの為に児童書を手に取ってみた。
去年、羽田は入院患者の主婦が教祖が書いた児童書を熱真に読みながら、ハラハラと涙をこぼす姿を見かけたことがある。
前から読んでみたかったのだ。
『ピーヒャララ。ピーヒャララ』
何とも不思議なタイトルである。表紙のイラストは、着物姿の少年が境内で笛を吹いているという構図になっている。
小児科の小さな図書室や沙織の部屋にも教祖の児童書が置いてあるのだが、出版されたのが今から二十年前。二十一刷だというからロングセラーと言えるだろう。
室町時代を生きる孤児の男の子が村から村へと旅しながら成長していくという内容である。
『漆はわしらと同じや。最後の一敵までしぼり取られて満身創痍じゃ。完全に干乾びたら伐採される。哀れなもんよ』
山で、そんな話をしながら、少年にウサギ汁を食わせてくれる人もいる。いい出会いもあるが、時には村人に罵られて追い払われたりもする。
『おいら、物乞いじゃないやい! 芸を磨いてきたんだぞ。おいらの綱渡りを見ておくれよ』
お堂やお宮などで野宿をしながら、芸を披露して人を集めて針を売り歩くのだが、少年は食べるのに苦労して何度も死にそうになる。寒村の描写がリアルだ。村の人が赤子や老人を捨てる場面も切なくて胸に迫る。
児童向けのものとしては、なかなか勇気のいる内容である。
主人公がのひたむきな生き様に、読み手は引き込まれて思わず胸が熱くなる。
小説も挿絵も教祖が一人で作成したというのだから、たいしたものだ。
自費出版したものなのに話題となり売れた。
教祖の書く絵は鳥獣戯画を彷彿させるコミカルな画風で郷愁を誘う。
確か、印税のすべてを震災で孤児になった人に寄付したと聞いている。
(それにしても、主人公の太郎の生き抜く力が凄いよな……)



