頭に手をやると包帯が巻かれていたのだが、交通事故にでも遭ったのだろうか。
 小鳥のさえずりや、梢が風にそよぐ音が聞える。窓から射し込む初の朝の光が眩しい。
 ふと、こちらを覗き込む綺麗な目鼻立ちの若者と目が合ったのだが誰だか分からない。
 見た事のない若者なのに、とても懐かしいような気もする。
 羽田は心細かった。おずおずと、遠慮がちに問いかけた。
「あなたは誰ですか?」
「記憶障害のようですね……」
 青年は、羽田の右手を握って脈を測り、熱が下がったことを確認している。
 久しぶりに嗅いだ食べ物の香りに羽田の鼻腔が敏感に反応した。半熟の目玉焼きとトーストをのせた皿に顔を寄せると、嬉しそうに青年が微笑んだ。
「ああ、その顔、やっぱり、お腹がすいてるんですね……」
 羽田は素直に焼き立てのパンに素直にかぶりつく。夢中で咀嚼しているとと、青年がゆっくりと囁いた。
「心配いりません。じきに慣れますよ」
 相手が何を言っているのか分からないが、それでも、羽田は背中をシャンと伸ばしてコーヒーカップを両手で持つと、味噌汁でも味わうかのような面持ちでズズッと啜る。
 頭を垂れながら拝むように手を合わせ、ごちそうさまと告げると青年がクスッと微笑んだ。
「コーヒーの御代わりはどうですか?」
「……もういい」
 そう言いながらも、ピリピリと警戒しながら、羽田は周囲を見渡していく。見知らぬ場所に戸惑いを覚えていた。
 意識の底で、ピーヒャララ、ピーヒャララと小太鼓の音が聞えてきたような気がして懐かしさに胸が弾んだ。
 けれども、クシャミをした瞬間、頭の中で響いていた軽妙な音が消失している。
 青年が食器を片付けてくれたので、ここに残っているのはコーヒーの香りだけ。
(静かだ……)
 満腹になると、またしても眠たくなってきた。