誰かが子供みたいに地団駄を踏んでいる。
 胸の奥底がジンワリと熱くなり、先刻まで海にいたというのに、いきなり、ポーンと川辺に飛んでいた。自分は夏祭りの花火を見上げているようだ。
 お兄ちゃんと心許ない声で呼ばれてハッとなる。遠い場所から幼い少女が優しく手を振っている。
『沙織……』
 幼い少女の手を繋いで夕暮れの道を歩き続けているようだが、その娘は、竹取物語のように、スーッと大人に成長していった。沙織は縁側に猫を抱いたまま微笑んでいる、愛しさに駆られて声をかけうとすると宵闇が忍び込み、少女の白い顔を黒く塗りつぶしたのだ。
 嫌だ。もっとその娘を見させてくれと切望しているというのに深い穴の底に滑落するかのように意識が暗転していった。
 コボゴボッ。肺に水が流れ込んでいる。
 鈍い痛みと猛烈な吐き気に突き上げられながらも奈落の底に落ちたような感覚になる。奇妙な光景が脳裏を過ぎった。
 目の前にあるのは合戦場。
 怒号と埃が舞い上がる。足軽達が雄叫びをあげて入り乱れて斬り合い、血しぶきが飛び散っている。目玉を矢で射られた半裸の男が悶絶しながら叫ぶ。
 圧倒的な緊迫感と生々しい光景に驚愕して目を見張る。
 江戸の大火。大砲。蒸気機関車。空襲警報。フラッシュバックのように映像が迫り、得体の知れない恐怖を覚えるが、それを遮断しようとして全身で踏ん張り訴えていく。
 ごぉっーという音と共に戦闘機が近付いてくる。
 そんなことしたらアカンのじゃーー。
 ヒカーッと頭上で何かが閃光を放っている。ああ、それだけはやめてくれ。あれだけは、絶対にあかんーーー。
 ハァハァと息を荒らげたまま目を開くと、目の前にあるのは白い壁と本棚だった。
 羽田はキツネにつままれたような気持ちになる。
 どうやら、悪夢を見てうなされていたようである。
「えっ……」