「来年、娘は高校生になります。自宅からほんの十五分ほどなんですが、自転車で通えますか?」
「自転車に乗るのは控えて下さい。今後、進行した場合に供えて、特別支援学校などに通う事をお勧めします」 
中途失明者に特化した訓練施設があり、速記やピアノの調律や按摩やオペーレーターなどの仕事につけると医師は言うけれど、そんなものは少しも慰めにはならない。
 当事者である沙織は何も言わずに自分の運命を受け入れていたようである。
 病院からの帰り道、黄砂混じりの風か吹く中、沙織は自宅へと続く舗道を進みながらポツンと呟いた。
「あのね、母さん。実は、死んだママも、あたしと同じ病気だったの。あたしが三歳の時、雨の日に水路に転落して亡くなったの……」
 実の母親については、あまり話そうとはしない沙織が、この時はツラツラと語り出したのだ。
「ママとパパは幼馴染なの。ママ、ほとんど見えなくなってからも、頑張って料理をしていたみたい」
 沙織の母親が事故で亡くなった事は聞いているが、目の病気の事は聞いていない。
「黙っていて、ごめんなさい」
「いいのよ。何も謝ることはないのよ……。あなたは自慢の娘よ」
 沙織の病気の事を事前に知っていたとしても沙織の父との再婚を決意していただろう。
 ちなみに、羽田の本当の父親、つまり母の前の夫は酒を飲むと母の顔を殴るような最低のクソ野郎だった。一人息子の羽田健太郎が七歳の時に母は逃げるようにしてクズ旦那と別れたのだ。
 それに引き換え、新しく父親となった人は申し分がなかった。ハンサムで真面目で誠実で高収入で欠点というものがなかったからだ。
 当時の羽田は綺麗な庭付きの一戸建ての家で暮らせる事が嬉しかった。
「こんにちは。沙織ちゃん、どうぞよろしくね。この子は、健太郎。今日から、沙織ちゃんのお兄ちゃんになるのよ」