「教えて下さい。先生は、どうやって、山田さんの視力を回復させたのですか?」
 羽田は必死の想いで尋ねると、ミステリアスな微笑を口元に湛えながら、二十九歳の若き医師である村上流星が答えた。
「人魚の不老不死の力を使ったのですよ」
「……人魚?」
 何を言いやがる。こちらは真剣なのだから、はぐらかさないで欲しい。
 その時、急患が来たせいで、それ以上は話せなかった。病院は昼間と夜では雰囲気はガラリと変わる。深夜、誰もいない廊下は、壁も床も真っ白で、まるで宇宙ステーションのようである。
 看護師の羽田も、そろそろ五階のナースステーションに戻らなければならない。唇を噛み締めていると、白衣の裾を翻して立ち去る前に彼は告げたのだ。
「安心して下さい。羽田さん、あなたの願いは、いずれ叶いますよ」
 どういうことなのか分からないが、一縷の望みを託すしかない。 

        ☆

 今から十年前の三月。
 羽田健太郎の妹の沙織が十四歳の時、網膜色素変性症と眼科で診断された。あの頃、羽田は高校でラグビーの練習に明け暮れており、沙織の診察に付き添ったのは母の知世である。
 近所の眼科の老齢の医師が親身になって説明してくれたのだ。 
「もっと前から見えにくかったでしょうね。夜盲といいましてね、暗いところでは特に見えにくいという特徴があります。視野も欠損していきます。本人が自覚した頃には、かなり進行しているものなのですよ」
「早く気付いてあげていたら治せましたか?」
「いいえ。この病気には治療薬もなくて、手術や移植という方法で治す事も出来ません」