「ああもうっ!これで何回目だよ!」
「今月で3回目」
「わざわざ数えんな!」
昼休みも終わりかけの頃。
教室の喧騒の中、自分の席でうなだれながら飯を食う俺に、気の利かない友が笑いながら俺の背中をバシバシ叩いてくる。
友よ、そんなんで慰めているつもりなのか。
良い奴ではあるけど、こんな無神経な奴でも可愛い彼女がいるなんて信じたくない。
未だ笑い続けている友――耀太を恨めしく思いながら睨みつけるも、本人はどこ吹く風といった顔をしている。
行き場のない悲しみを胸に、俺は血の涙を流す思いで残りの弁当を食い進めた。
本日、俺こと澤村燈李は通算10回目の別れ話をされました。
* * *
”恋愛の意味で好きになれないかも”
さっき彼女に……いや元カノに言われた言葉が俺の脳内を反芻していた。
一人で歩く帰り道は、どこか味気なく思えて退屈だった。
俺は自分で言うのもなんだけど、そこそこに顔は整っている方だと思っている。
頭良いかって言われたらそうじゃないし、むしろ馬鹿だけど、その代わりに運動神経も良い方で誰とでも仲良くなれる。
だからなのか、比較的モテる俺は色んな子とお付き合いしていた。
告白されたらすぐOKする俺を、皆は軽いとか女好きとか言うけど逆に皆そうじゃないの?と不思議に思う。
誰だって好意を持たれたら舞い上がるもんでしょ?
はあ、と大きなため息を一つ。
頭上を飛び回るカラスの鳴き声も、今日の俺にはひどくうっとおしく思えた。
近道のために歩いていた路地を抜け、大通りに出た時。
パッとそれが目についてしまって、すぐに俺は後悔する。
「あー最悪だ」
俺の目線の先には、肩を並べながら歩く男女。
まっすぐ前を向きながら歩く男に対して、女は頬をほんのり紅潮させながら何やら男に話しかけている。
「あんな顔、見たことねえって」
その女は俺のよく見知った顔だった。
当然だ。さっき……というか今日の昼までお付き合いをしていた人なのだから。
俺が振られる理由はさっきも言った通り、”恋愛の意味で好きになれない”とか”何か思ってたのと違う”とか、まあそんな感じなんだけど、実は一番多いのが”他に好きな人ができた”ってやつ。
んで、その好きな人ってのがほぼ100%の確率で一人の男なのだ。
そう、今俺の元カノと並んで歩いている男、寺田律がその男。
毎回毎回、俺に何か恨みがあんのかってぐらいに俺の彼女をかっさらって行くんだ。
そのくせ、誰に――それこそ校内一の美女に告白されても断るという徹底っぷり。
見た目も頭も良くて、才色兼備って言葉がピッタリなあいつは、他の人が喉から手が出る程欲しいもの全部持ってるくせして、それを鼻にかけない。
俺はあいつ、律のことが嫌いだった。
そりゃそうだろ?事あるごとに彼女取られて、その上よく比べられるんだから。
俺がいいなあって思った子ほど律にゾッコンだし。
それでも、嫌いだったと過去形なのは、律が憎めない性格だから。
隣のクラスの律とは、ちゃんとした接点とかなかったはずなのに気づいたら喋っていて、いつの間にか気のおけない友達になっていた。
何考えてんのかよく分かんねえとこが本当にツボで。
妙に人懐っこいとこもいいよな。
普段は無気力系なのに俺と目が合うと、その顔をほころばせながら寄ってくるんだ。
あ、ほら今だってこっちに……って!は!?
待て待て待て!
不意に一瞬目が合ったと思ったら、すぐに方向転換してこっちに向かってくる律。
隣にいた元カノも急にいなくなった律の姿に混乱してる様子で。
てかこの距離で一瞬で分かるってどんな目してんだ!
「橙李!どうしたの、この道通るの珍しくない?」
「いやお前こそっ……てか!あいつおいて来て良かったのかよ」
「あいつ……?ああ、橙李の方が大切だから大丈夫だよ」
まっじで意味分かんねえ……。
訝しげに見る俺に対して、目の前の律はニコニコしながら尻尾をブンブン振っている。
いや尻尾とかそんな物ないんだけどな?でもそう形容するのが一番しっくりくるぐらい律は犬っぽい。
「橙李と一緒に帰れるなんて思ってなかった」
「そりゃあそうだな。俺もだよ」
当然のように、律は俺の横に並んで歩き出した。
隣で軽やかに喋りだす律に相づちを打ちながら、改めて律の隣ってめっちゃ歩きやすいんだよな、と思う。
身長172cmの俺と確か180cmぐらいの律では、歩幅も違うだろうに、歩調を合わせてくれる律。
これを無意識にしてくれているんだから、そりゃ大モテするか。
俺も律を見習わなければ。
そうだ、今度から律の行動観察をするのも良いかもしれない。
「橙李……、何考えてるの。悪い顔してるよ」
「ん?なーんも考えてねえよ」
俺の返答に不服そうに顔を顰める律に笑ってしまう。
この時にはもう、頭上のカラスの声など俺の耳には入っていなかった。
* * *
「あっちい〜」
季節は夏。
俺は、滴る汗をタオルで拭きながら近くの木陰で休んでいた。
目の前では、炎天下だと言うのにわいわいサッカーボールを追いかけている男子たちが。
少し離れたところでは女子はテニスやドッジボールをしている。
この炎天下の中、なんで揃いも揃ってグラウンドに出ているかと言えば、それは球技大会が差し迫っているからだ。
うちの高校は生徒数が多いのもあって、種目も他の高校よりも様々だ。
学校全体でイベントに全力なやつが多いから、来たるべき球技大会に向けて練習時間が多く設けられているのだ。
さっきも言った通りに種目は多くあって、暑さに弱い俺は室内競技にしたかったのだが……。
友達にいつの間にかサッカーにさせられていた。
ああ、もちろんその友人とは耀太のことだ。あいつまじ許せねえ。
さっきまでは俺もサッカーの試合に混ざって女子にキャーキャー言われてたけど、もう暑さにやられてしまってフェイズアウトした。
うー、と唸り声をあげる。
木陰にいるというのに全く涼しさを感じないなんて。
直射日光を避けられるのは大きいが、吹く風は湿っている上に生温くて嫌になる。
ペットボトルの水を腕や足にかけて体を冷まそうとするけど、ひんやり感はもって数秒。
やべーな、頭クラクラしてきた。
こういう時って保健室に行くんだっけか。
でも動きたくないしなー。
そう悩む俺に、上から冷たいペットボトルが降ってきた。
びっくりして上を見ると、律がいて。
いつも無造作ヘアで無気力な感じの律。
だけど今は片方の髪をかきあげていて、それがなんとも言えない色気を放ってるもんだから、それについ固まってしまう。
「橙李きついんでしょ。肩かすから一緒に保健室行こ」
「お、おう……」
「それ、今買ってきてまだ冷たいから首とか当てといて」
「まじか、ありがとな」
テキパキと俺を立たせて、保健室まで肩を貸してくれる律のスパダリさに驚く。
今気付いたけど、意外と身体ガッチリしてんだな。
今までこんな感じにくっつく事ってあんまりなかったから知らなかった。
律に対して尊敬するような悔しく思うような、なんとも言えない感情に悩まされている内に、気づけば目的地に着いていて。
この時期引っ張りだこの保健室の先生は、やはり不在だった。
律は俺をベッドまで誘導して、それから額に冷えピタを貼ってくれた。
「きもちい……」
「よかった、僕も使おうかな」
そう言って俺と同じように額に貼り、つめたっ、と小さくボヤいた律をベッドの上からじっと見る。
うん、あの木陰でみた変な色気はもうないな!
何なら、額の冷えピタのせいで残念イケメンの出来上がりだ。
何故かそのことにホッとした俺はあることに気付いた。
「おい律、その傷どうしたんだ」
「傷、?どこにある?」
「そこ、首の横側」
「……ほんとだ」
さっき見た時は気づかなかったけど、律の首に薄っすらと切り傷のようなものがあった。
スマホのカメラでそれを確認した律は、いつできた傷なのか分からないらしく、思い出そうとする素振りを見せる。
「あ、あれかも。今朝寝坊して近道通った時、草の中走ったんだよね」
「え、あの公園のか?」
「うん」
「いやお前勇敢すぎだろ……!」
おそらく律が通った道はここらで有名な公園。
比較的この街の真ん中に位置していてバカでかいのに、全然手入れがされてないから草木がボーボーなのだ。
上手く活用すれば、律が言っていたみたいにショートカットに使えるけど。
俺はなんか怖いし絶対にしないね!
それこそ、朝や夕方の薄暗い時間なんて不気味な雰囲気で、絶対近づきたくもない。
はあ、とため息をひとつ。
この変なとこだけ抜けてて、向こう見ずな目の前の友人の傷を消毒するために立ち上がった。
どうせ、こいつは今俺が放っていたら傷をそのまま放置するんだ。
あんなところで怪我をするなんて、やばい細菌とか付いてるかもしれねえのに。
急にベッドから降りたった俺に対して、律は疑問符を浮かべて、すぐにまだ寝てなきゃだめだとか言い出す。
ほんっとうにこいつは……。
「ばーか、お前のが酷くなったらどうすんだよ」
「これぐらいなんともないよ。それより橙李が、」
まだ何か言いそうなのを、手で軽く塞いで黙らせた。
俺の行動に律は驚いた顔を見せたが、知ったものか。
いつもそうだ。
今回の傷はまだ小さいからそんなこと言えるのかもしれない。
でも律は毎回自分より他人を優先するんだ。
……いや、他人を優先するというよりか、自分の価値を低く捉えていると言った方が正しいかもしれない。
特に俺に対してはその節が顕著に出ている気がする。
俺もよく分かんねえけど、自分を大切にしない律を見ると無性に腹が立ってくる。
ふとそこで、そういえば昔も同じ様なことあったなと思い出した。
俺がまだ小学生の頃、どうでもいい理由でいじめられていたヤツがいた。
たしか他の人よりも太ってるとかドジだったとか?
いや、優しいヤツだったから悪ノリに乗らなかったのが一番の理由だったけか。
あんまり詳しい事は覚えてねえけど、まあ、そんなしょーもない理由でも小学生だったらいじめの標的になるわけだ。
何をされてもソイツは、ずっとヘラヘラニコニコしていて。
傍観していた俺は、ひどい事されておいて笑ってられるソイツを少し気味悪く思っていた。
何かの折に、クラス全員でおにごっこをしよう!ということになった。
鈍くさいソイツは、逃げる奴らに追いつけなくて。
集団で煽られながらも、この時もヘラヘラしながらずっとおにをしていた。
本当は走るの苦手なくせに……。
大きな汗を肌に伝わせながら、結局は皆が楽しいなら良いんだとか言うんだ。
下手くそな笑顔を浮かべるソイツを見て、俺はいても立ってもいれなくなった。
わざと角で遭遇したフリをして、俺がおにに成り代わった。
多分それがきっかけで、俺によく懐いてくれて、よく二人で遊んで過ごした。
アイツ、今どこでなにしてんだろ……。
俺の親の急な転勤でろくな別れもせずに離れてしまった。
それに関して謝りたいし、シンプルにまた仲良くしたいという気持ちが俺にはあって。
高校生からこっちに帰ってくることになったから会えると思ってたのに、それらしいやつは今のところ見当たらない。
――あ、やべ。
律の口に手を当てたままで、物思いにふけってしまっていた。
「すまん、考え事してた」
「……橙李だもんね。はぁ……」
「ん?どういうことだよ」
「ううん、なんでもない」
そう濁す律の顔はなんだか赤い気がする。
さっきまでなんとも無さそうだったけど、もしかしたら律も暑さにやられたのか、?
「顔赤いぞ。熱とかあんじゃね?」
「っ!ちょ、大丈夫だから……!余計酷くなるよっ!」
「はぁ?どういうことだよ」
顔が赤い律に、熱があるんじゃないかと心配して身体をペタペタと触ったら怒られた。
律にしては珍しく焦っているようで、俺の手首を掴む力も強かった。
……そんなにキレなくてもよくね?
あの律がここまで焦るなんて俺に何か隠し事してるに違いない。
「なーに隠してんだよ」
「隠して、?何もないよ」
「はいダウト。お前嘘つく時いつも口舐めるの知ってんだぞ」
「う、本当に何にもないよ」
「ふーん?」
俺も律も引かず、しばらく無言で見つめ合っている時間が流れる。
「ぷはっ、」
「ふ、はは」
同じタイミングで吹き出した。
小学生とかならまだしも、高校生にもなってこんなくだらないことで睨み合ってるとか面白すぎるだろ。
……ん?小学生?
自分で言っときながら引っかかった。
そうだ。これまたデジャブで、小学生の頃にもアイツとこんなことあったわ。
それこそもっとくだらないことで。
今日はやけにアイツのこと思い出してしまって、余計に今どこで何してんのか気になり始めてしまう。
首の横にある3つのホクロで正三角形が作れるなんて珍しいから、すぐに見つかると思ってたのになあ、なんて。
――あれ、?
こいつ……律って首にホクロあったよな。
前にホクロのある場所は前世で――みたいな話を聞いて、お互いに数えあったことがある。
俺の記憶が正しければ、確か首に3つあったはずだ。
ちょっといいか、と律に前置きしてから再び首元を確認してみた。
「まじかよ、」
「え、今度は何」
あった。
しかもホクロ同士を線で繋げれば、正三角形ができるような配置で。
記憶の中のあの頃と比べたら、小さく薄くなっているものの、確かにそれだった。
思考が追いつかない。
どういうことだ?律がアイツなのか?だとしたら律は俺に気付いているのか?
色んな疑問が俺の脳内を埋め尽くし始める。
そもそも人間とはこんなにも見た目が変化することってあるのだろうか。
俺の記憶の中のアイツは、全体的にポテッとしていて肌が白いのも相まって、お餅やマシュマロを擬人化したような姿だった。
それに動作の一つひとつが遅い……いや丁寧で、マイペースな感じの。
ところがどっこい。
目の前にいる律は、スラッとした長身にしっかりと筋の見える手足。
確かに脱力感というかゆるい感じは似てる部分もあるが、それを鑑みても全然違う……と思う。
そうだとも違うとも言えない。
確信を持てるなにかが欲しいのに。
ああ、何で俺はアイツの名前を覚えてないんだよ!
「ちょっと疲れたから休むわ、付き添いさんきゅ」
「……わかったよ。安静にね」
少し一人になりたくて、律には申し訳ないけど帰ってもらった。
久しぶりにあれやこれやと頭をフル回転させたから疲れたというのは強ち間違ってはない、はず。
ベッドに寝転び考えようとする内に、瞼の重みに耐えられなくなってしまった。
* * *
「律ーどこいんのー?」
あの件、題して律とアイツ同一疑惑事件が起こった翌日。
今日は元から律と一緒に昼飯食おうって話をしていたため、探していた。
いつもなら、4限目終了のチャイムの直後に律が迎えに来てくれるのに、今日はそれがなくて。
たまには俺から出向くのも礼儀だと思って、隣のクラスを覗いてみたものの、律の姿は見当たらなかった。
そこら辺にいたやつに、律を見てないかと聞いても首を横に振るばかり。
思い当たる場所は一応全てまわったのに律は見当たらず、諦めの念さえ抱いてきた。
「律、?」
ちょうど階段を降りて、中庭が見える場所についた時。
「律くんの――が――で、もし――!」
「―――だよ」
中庭の端のところ。
多分、校舎内からは死角になって見えないところにそれはいた。
聞こえづらくて所々しか聞き取れなかったけど、あんな場所で男女が話すことと言ったら、どんな内容かなんて決まっている。
俺は来た道を戻ろうとした。
だってあの律だし。
あの可愛い女の子には申し訳ないけど、どんな女の子の告白も振る律だから、きっと今回もそうだろう。
それよりも、律が戻ってきた時のために場所取りを――。
「好きだよ、よろしく」
「……は、」
階段を登り始めていた身体が糸で引っ張られたかのようにピシリと固まった。
今……なんて言った、?
さっきはあんなに聞こえづらかったのに、嘘のようにそれはスッと俺の耳に入ってきて。
”好き”って。
聞き間違いなんかじゃない。
間違いなく、それは律の口から紡がれていた。
反射的に二人を見ると、律が女の子の目元にハンカチを持っていっている場面だった。
多分、律が女の子の涙を拭ってあげている。
よく言われる恋人同士の理想の身長差にピッタリな二人は、その纏っている雰囲気も含めて、漫画やドラマの中から出てきたようで。
その二人の周りだけ世界が違うかのように錯覚してしまう。
退散退散、と階段を駆け上る。
いつもより足取りが重いのも胸の内がギュってするのも……全部気のせいだ。
最近運動不足だったのに階段を急いだから。きっと、そう。
そう自分に言い聞かせるけど、この胸の痛みは一向に治らなくて。
……本当は分かっていた。
胸の内の痛みと、溢れて止まない悲しみの正体を。
あの瞬間に否が応にも悟ってしまった。
気づけばいつも隣りにいて、軽口を叩きながらも、誰よりも俺を大切にしてくれていた律。
彼女とか好きな子を取られて悔しい思いは抱いても、律への怒りや恨みの感情はカケラもなかった。
きっと、そういうことなのだろう。
一度自覚してしまえば後は簡単で。
答えの分かっているクロスワードのように、全ての辻褄が合っていく。
いつから?どうして?なんて分からない。
もしかしたら昔……ずっと前からこの思いを抱いていたのかもしれない。
何も分からない俺だけど、一つだけ分かることがあった。
……もう、何もかもが遅いということだ。
取り残された俺はどれほど惨めに見えるのだろうか。
百戦錬磨の美女の告白も一息でぶった切る律が、あの子の告白は受け入れていたのだ。
きっと俺が知らないだけで、あの二人は運命的な出会いをしていて、お互いの恋心を大切に育んできたのだろう。
そんな二人の間になんか割って入れないし入りたいとも思わない。
それでも。
どんどん俺の頭の中を占める、黒い感情や意味のないタラレバたち。
気付いたら屋上まで来てしまっていて、その頃には、目の中にゴミでも入ったのか涙で視界が歪んで見えた。
「くそっ……」
俺の感情とは裏腹に、空は雲一つない晴天で。
いっそのこと大雨でも降ってくれたら、俺の涙もこのごちゃごちゃとした感情も、全部洗い流せるかもしれないのに。
「ここにいたんだ……って橙李どうしたの」
「なんで来てっ……!」
俺の後ろの方で扉が空いたと思ったら、次の瞬間にはもうすぐそこに律がいて。
最悪だ。こんな姿見せたくなかったのに。
「橙李おしえて。誰に泣かされたの」
「……泣いてなんかない、気のせいだろ」
「橙李」
カッコ悪い姿見せたくなくて顔を背けるのに、それを律は許してくれない。
ガッチリと顔を律の両手で固定されてしまえば、当然もう逃げ場はなくて。
「どうしても言えないことされたの?心配なんだけど」
なんで。なんで、ついさっき大好きな人と結ばれて恋人ができたのに、俺にもこう優しくしてくれるんだ?
未だに乾くことを知らない俺の目には、顔を悲痛に歪めて本当に俺を心配している律の顔がうつっていた。
もういいや。
男なのに男を好きになっちゃったとか、失恋して泣くぐらい俺は女々しいとか。
もうどうでも良くなってきた。
「お、お前がっ……律のせいだ!」
「僕!?ちょっと待って、わかんない。ごめん橙李、僕何したの」
「律が彼女、作るからっ!」
「か、彼女!?」
俺の言ったことに理解が追いついてないのか、律は彼女ってなんだ?とか、どういうこと?とか、ボソボソ言っている。
なんだコイツ……。
律のその態度に腹が立った。
あんなハッキリと好きだと言って、涙を拭っておきながら彼女がいないととぼける気なのか?
あ、あれか。俺がその場面を見ていないから、ごまかせるとでも思っているんだ。
「さっき見てたんだからな。お前が、その……女の子に告白されている所!」
「さっきって……。あ。」
「ほらな?とぼけようとしやがって」
「え、橙李ちがう。誤解してる!」
誤解だって?
さっきまでとは打って変わって、あわあわし始める律を訝しげに見つめる。
「橙李、僕の言葉だけ聞いてたんでしょ。あれは告白でもなんでもないよ、ただの協力関係みたいな」
「なにそれ、嘘っぽい」
「あの子に聞いても同じこと言う」
「ふーん?」
今までにないくらい真剣な顔つきで律がそう言うものだから、本当にそうなのかもしれない。
もし、俺の早とちりだとしたら今度は羞恥でしねるレベルだ。
「本当、なのか?」
「うん。というか、橙李は俺が彼女できたと思って泣いちゃったの?」
「……うるせえ」
そりゃ好きって自覚した瞬間に失恋したとなれば泣きたくもなるだろ、なんて。
そんなことは口が避けても言えない。
否定も肯定もせずに悪態をつくと、律の頬が緩みだした。
「ねえ、橙李。それ僕期待しちゃうよ」
「どういうことだよ」
律の言っていることの意味が分からず、首をかしげていた時。
斜め上から思わぬ爆弾が降ってきた。
「橙李のことが好き。もちろん恋愛の意味で」
「はっ、?」
「橙李は覚えてないと思うんだけど、ずっと昔から好きで追いかけてきた」
「ずっと昔って、小学生の?」
「え!?覚えてたの」
待て待て。
頭が追いつかない。
あの時のアイツはやっぱり律で、んで、律は俺のことが好きで?
「よく分かんねえけど、俺も……律のこと好きみたいだ」
「本当に、?これで嘘とか言わないでよね」
「ははっ、嘘告するほど俺悪いやつじゃねえし」
「そうだよね。橙李はいるでも可愛くてかっこよくて優しくて真っ直ぐだもんね」
「うん?」
律が突然早口で喋りだすから、後半はほぼ何も聞き取れなかった。
でもなんか幸せそうな顔してるしいっか。
まださっきのことに関して半信半疑な俺に、律はたくさん教えてくれた。
具体的にいつから好きだったんだとか、実は、中学の時とか離れてる間も追いかけてた……とか色々。
そうこうしている内に、さっきまでの胸の内の痛みはいつの間にかその姿を変えて、今はもう暖かく灯されている。
今はまだ正直言って、好きな人と俺が両思いなんだって実感はあまりない。
そりゃそうだ。この恋心も自覚したばっかりなのだから。
でも一つだけ分かるのは目の前のこの無駄にでかいやつ、律の傍にいることがとんでもなく幸せだということだ。
二人で並んで見る世界はいつもよりもキラキラと輝いていた。

