「はぁ〜〜〜……。」
「真泉どした〜〜〜? くっっっそでかいため息吐きやがって〜〜〜。」
「ビブラートに全振りしなくていいから。そういうつもりのため息じゃねーのよ。」
「あっれ〜? てっきり乗ってほしいもんかと思ってたわ〜。」
「ていうか田丸はいつでも語尾伸ばしがちじゃね?」
「……あは、そーだよ。バレちったー。」
「いやバレるとかでもねーから。」
まだまだジリジリと焼けるような日が続いているある日の事。
夏休みはほんの1週間前に終わりを告げ、俺は今まさに面倒な学校生活の中に溶け込んでいる。
といっても言葉の通りめんどくさく思っているから、毎日をダラダラ過ごしている。
そんな中ヘラッとしながら声をかけてきたのは前の席の男である田丸で、机に突っ伏している俺をいじりたいのかあしらっても構ってきやがる。
いや、田丸は夏休み前からこんな奴だったな……忘れてた。
なんて諦めながらテキトーに躱していると、突然やけに嬉しそうな声で名前を呼ばれた。
「達樹、ごめんね……! 待ったよね?」
「別に全然待ってねーよ。つーか走ってきたのか、そんな急がなくても良かったのに。」
「そういうわけにはいかないでしょ、早く達樹とお昼食べたかったんだもん。」
……大型犬みてぇだな。
真っ先に思ったのはそんな事で、駆け寄ってきた大型犬……もとい透に「はいはい。」と相槌を打ちながら俺も弁当を取り出す。
透も嬉しそうに近くの席の椅子を引っ張ってきて、ちゃっかり俺の隣を陣取った。
それを見ていた田丸がポツリと一言。
「お前らもう付き合っちゃえよ。」
「……は?」
「だってそんな距離近いのに付き合ってねーのが不思議なんだが。」
「こんなもんだろ男子高校生は。」
「えー、でも斑鳩って真泉のこと好きなんだろー? 付き合っちゃわんの?」
「ブフッ……!?」
購買で買ったパンを食べながらとんでもない疑問をぶつけてくる田丸に、飲んでいた水を吹き出す。
田丸、サラッと何言いやがって……!
「うわっ、急にどしたんだよ真泉ー? むせるなんてらしくねーぞー?」
「むせるに、らしいも何もねーだろっ……つーかお前のせいだ!」
「俺はただ、ただただ、ほんとーにただ疑問に思った事を聞いただけなんだけどなー? んな真に受けんな――」
「達樹、先にこっち向いて。拭かなきゃでしょ。」
「じ、自分でできるし!」
「お喋りに夢中になってたのに? ほら、大人しくしてて。」
そう言いながらほぼ強引に向かせた俺の口元を好き勝手拭く透に、嫌なのにされるがままにされる。
……最近、マジで俺変だ。
透は可愛い弟みたいな奴だったのに、今は俺よりもしっかりしてて男前になって……直視できねぇ。
そりゃ成長したら前みたいな関係にはならないって思ってたけど、さすがに変わりすぎだ。俺も透も。
そして、それを見ていた田丸は何か思ったのかニヤッと口角を上げると。
「うし、真泉に魔法をかけてやろう。放課後楽しみにしとけよ。」
「お前……何企んでんだよ。」
「さぁなー。真泉にとってイイコト、だと言っといてやるよ。」
俺にとって良い事って……悪い予感しかしない。
だから悪巧みをするように面白そうに目を細めている田丸から目を背けると、直後透が薄く微笑んだ。
「ねぇ田丸君、達樹に変な事したらダメだからね。」
「うぉ、こぇぇ……じゃなくって、大丈夫だって! 斑鳩にとってもイイコト、だからよ!」
「そっか。じゃあ期待しないでおくね。」
「そこは期待しとけよ!」
本当に何を考えてんだよ田丸は……。
何でか顔を真っ青にしている田丸といつもと変わらず笑顔の透を見やりながら、俺は一人そう思う。
……まぁ、田丸が言うようにイイコトではないんだろうな……なんて、それだけは分かった。
「ごめん達樹、今日は先に帰ってて。」
「……何で?」
「ちょっと用事ができちゃって。もしかしたら長引くかもだから、ごめんね。」
それから放課後はあっという間にやってきた。
だけど早々に透が謝りに来て、上手い返しもできないままその背中をぼーっと眺める。
そんな様子の透はどこかに急いでいるようにも見えて、透が見えなくなってから言葉が口から洩れた。
「……どこ行くんだよ、透。」
その用事って、俺より大事なのかよ。
「って、何思ってんだ俺……。こんな女々しい考え、した事ねーのに……。」
瞬時に浮かんできた言葉を消そうと頭を振るけど、もやってる気持ちは拭き取れないままで。
パンッ!と頬を叩いてもみたけど、ただヒリヒリするだけで何にも変わりゃしなかった。
透が、頭から離れねぇ。
小さい頃なんかは透が一人でどこかに行って迷子になるんじゃないかとか、危なっかしい事をしていないかとか、ちゃんと俺の傍で遊んでるかとか、そんなお節介にも似た世話を焼いてた。
でも、今は違う意味で気にしてる。そんなの俺に限ってありえないのに、気にしてる。
……本当に、女々しくなったな俺は。
「作戦成功。」
企みが上手く行ったらしい田丸の怪しい声に気付かず、ぎゅっと拳を強く握る。
そして心の中で自分に対する自嘲も済んだ俺は、走って教室を飛び出した。
荷物も置きっぱで課題も出さず、焦ってるように透の背中を探してしまう。
そんな俺はさぞ滑稽に映ってるだろうな、と頭の片隅のどこかでは考えるも気にしてる暇なんてない。
とりあえず透と会わないと、このもやってる気持ちが晴れない。一刻も早くそのもやもやを晴らしたくて、透がいそうなところを手当たり次第に当たった。
「斑鳩君? それなら本をついさっき返却してたわ。入れ違いになっちゃったみたいね。」
「えっとね、斑鳩君ならちょっと前に先生に呼び止められてて職員室に連行されてったよ。」
「あぁ、これから裏庭に行く予定があるとか行ってたな。それがどうした?」
図書室、透がよく使う廊下、職員室……と聞いた場所に行ってみたけど、ギリギリで会えず途方に暮れる。
こういう時に限って見つからねぇのはどういう事だよ……!
先生に教えてもらった裏庭に向かいながら、思い通りに行かないこの状況にだんだん腹が立ってくる。
それに、透も透だ。曖昧な返事して言い逃げみたいにそそくさと行きやがって……もしかして俺のこと、避けてる?
「……もし、そうだって言うんなら……」
はたと、足が止まった。
透は優しいから、気遣いができるから、俺を傷つけないように避けてるのか……?
不意に浮かんできた一つの考えは、今一番ありえそうで透らしいもの。
もし本当に何かの理由で、例えば俺が嫌いになったとかで避けてるんなら、会わないほうがいいのかもしれない。
けど、そしたら何で透に嫌われてんだ? 俺何か透にしたか……? それともただ単に俺に飽きた、とか?
考えれば考えるほど嫌な方向に走っていき、自己嫌悪に陥りそうになる。
「……いや、それでも会わねぇと。」
だが、こんなところで落ち込んでるなんてそれこそ俺らしくない。透が俺を嫌いでも俺は透が好きだし、嫌なところがあるならちゃんと聞いとかないと。
……も、もちろん、幼馴染としてな!
まぁ昼はあんな感じで距離近かったし、嫌いになるにしても心当たりなんてないし――……。
「ちょっと待って! まだ話は終わってな――」
「ごめん、もう帰らなきゃ。」
うーんと考え込みながら歩いていたその時、すぐ近くから女子の必死な声が飛んできた。
揉め事か、修羅場か。……まぁどっちにしろ俺には関係ないし、気にしなくてもいいか。
なんて思いながら中庭に入り、透をきょろきょろ探す。
いるとしたらこの開けた辺りか、緑化委員が調子に乗って作った草木のトンネル辺りだろう。
「ねぇ待ってよ! ……斑鳩君!」
……ん? あれ、今聞き覚えのある苗字が聞こえたような気が。
充分に張り上げられた声のほうに体を向け、草木のトンネルからひょこっと顔を出す。
……って。
「達樹……!?」
「え、何でお前こっち来て……って、おいっ!」
透じゃねーか!
そうやって声をかけようとしたのに、俺を見つけた透は一目散にやってきて俺の手を握る。
そして揉め相手?の女子にもう一度謝ってから、中庭を抜けて誰もいない第3校舎まで連れてこられた。
「なぁ透、さっきの子はいいのか? ……なんだ、大事な話だったんじゃないか?」
「別に大丈夫だよ。ちょっと……告白、されただけだから。」
「はぁっ!? おまっ……それのどこが“別に”なんだよ! 断るにしてももうちょいやり方ってもんが――」
「……だって、興味ない子に告白されたって嬉しくないでしょ。」
見上げた瞬間に見えた透の顔は怒っているようにも泣きかけのようにも見えて、これ以上説教する気がなくなる。
透の言う事は一理ある。好きでもない人に告られても断る以外に選択肢は普通取らない。
『ごめんね、真泉君。真泉君がいい人ってのは分かってるんだけど、わたしとはちょっと合わないかなって思ってて……別れて、ほしいの。』
俺だって、似たような経験はあるしな。
だから透にばっかり言えないっていうか、むしろ何でこんなに透に怒ってんだかって感じだ。
……透はモテるのに、何で俺なんだよ。
「透は、何で俺を好きになってんだよ。」
「え……? そんなの、達樹が憧れでずっと傍にいてくれたからに決まって――」
「なら、俺がお前に憧れるのもさ……好きっていう感情で片付けられんのかよ。」
「達樹……?」
透は、いつも従順な犬みたいに俺についてきてた。元気すぎて手が付けられないほどの俺に、透は憧れてた。
だから好きだって言うんなら、俺のこの感情もそれだけで片付けられるのかよ。
勉強もできて男子にも女子にもモテて慕われてて、すぐに俺の知らないとこに行っちまう透に……俺だって憧れてんだよ。
「……俺だって、透みたいな立派な男になりてぇよ。」
この複雑な気持ちも、好きだっていうのか。
……違うだろ。
……、違うはず、だろ。
「っ、おい透! 何で抱きしめて……!」
「馬鹿だな、達樹は。憧れだけで好きだなんて、言えるはずないでしょ。確かに最初は憧れだったかも知れない。でもね、僕は達樹の性格も言動も見た目だって好きで好きで、達樹は昔から変わらない僕のヒーローだよ。だから好き。」
「……何が言いてーんだよ。」
「達樹は違う? 憧れだけしか僕にないの?」
愛おしそうに尋ねてくる透の言葉は、完全に噛み砕けないけど分かる。
……憧れだけなんて、そんなわけない。
透がいないと最近は調子出ねぇし、どこ行ったか気になったからここまで追いかけてきたんだし、透が近くにいると安心さえ覚える。
けどこの言葉をどう伝えるかに迷って黙りこくっていると、透は全て見通したようにふっと微笑んだ。
「別に無理に言わなくていいよ。達樹の気持ちは僕が一番よく分かってるからね。」
「……じゃあ当ててみろよ。」
「ふふ、すぐに当てちゃ面白くないでしょ。達樹から抱きしめてくれたら言ったげる。」
「お前なぁ……もう帰るぞ! カバン教室に置いたまんまだし、取り行かねぇとだし。」
透の調子の良い頼みを無視し、振り払ってさっさと階段を上がる。
何だよ透の奴、せっかく聞いてやったのに。
その後から着いてきた透は諦めが悪く、念押しのように聞いてきた。
「……好きだよ、透。」
「分かってるって。」
「ねぇ、付き合ってくれる可能性って……ある?」
「……透のアピール次第じゃね。」
「そっか。それならとことんアピールしなきゃかな。」
いつの間にか俺よりも先に階段を登っていた透は、にこやかに言う。
俺は、透のことは従順な犬みたいに思ってる。それは昔も今もそう。
でも、多分透のことは好きなんだろうな。恋心かどうかは……まだ、分かりたくねー。
……透と恋愛しても上手く行かなかったら怖いし、もう少し様子見だ。
「頑張って好きにさせてみろよ。」
それで、俺のこの気持ちをはっきりさせてくれ。
遠回しにそう伝えた俺に透は、当たり前だと言うようにクスっと微笑んだ。
「もちろん、覚悟しといてね。」
「真泉どした〜〜〜? くっっっそでかいため息吐きやがって〜〜〜。」
「ビブラートに全振りしなくていいから。そういうつもりのため息じゃねーのよ。」
「あっれ〜? てっきり乗ってほしいもんかと思ってたわ〜。」
「ていうか田丸はいつでも語尾伸ばしがちじゃね?」
「……あは、そーだよ。バレちったー。」
「いやバレるとかでもねーから。」
まだまだジリジリと焼けるような日が続いているある日の事。
夏休みはほんの1週間前に終わりを告げ、俺は今まさに面倒な学校生活の中に溶け込んでいる。
といっても言葉の通りめんどくさく思っているから、毎日をダラダラ過ごしている。
そんな中ヘラッとしながら声をかけてきたのは前の席の男である田丸で、机に突っ伏している俺をいじりたいのかあしらっても構ってきやがる。
いや、田丸は夏休み前からこんな奴だったな……忘れてた。
なんて諦めながらテキトーに躱していると、突然やけに嬉しそうな声で名前を呼ばれた。
「達樹、ごめんね……! 待ったよね?」
「別に全然待ってねーよ。つーか走ってきたのか、そんな急がなくても良かったのに。」
「そういうわけにはいかないでしょ、早く達樹とお昼食べたかったんだもん。」
……大型犬みてぇだな。
真っ先に思ったのはそんな事で、駆け寄ってきた大型犬……もとい透に「はいはい。」と相槌を打ちながら俺も弁当を取り出す。
透も嬉しそうに近くの席の椅子を引っ張ってきて、ちゃっかり俺の隣を陣取った。
それを見ていた田丸がポツリと一言。
「お前らもう付き合っちゃえよ。」
「……は?」
「だってそんな距離近いのに付き合ってねーのが不思議なんだが。」
「こんなもんだろ男子高校生は。」
「えー、でも斑鳩って真泉のこと好きなんだろー? 付き合っちゃわんの?」
「ブフッ……!?」
購買で買ったパンを食べながらとんでもない疑問をぶつけてくる田丸に、飲んでいた水を吹き出す。
田丸、サラッと何言いやがって……!
「うわっ、急にどしたんだよ真泉ー? むせるなんてらしくねーぞー?」
「むせるに、らしいも何もねーだろっ……つーかお前のせいだ!」
「俺はただ、ただただ、ほんとーにただ疑問に思った事を聞いただけなんだけどなー? んな真に受けんな――」
「達樹、先にこっち向いて。拭かなきゃでしょ。」
「じ、自分でできるし!」
「お喋りに夢中になってたのに? ほら、大人しくしてて。」
そう言いながらほぼ強引に向かせた俺の口元を好き勝手拭く透に、嫌なのにされるがままにされる。
……最近、マジで俺変だ。
透は可愛い弟みたいな奴だったのに、今は俺よりもしっかりしてて男前になって……直視できねぇ。
そりゃ成長したら前みたいな関係にはならないって思ってたけど、さすがに変わりすぎだ。俺も透も。
そして、それを見ていた田丸は何か思ったのかニヤッと口角を上げると。
「うし、真泉に魔法をかけてやろう。放課後楽しみにしとけよ。」
「お前……何企んでんだよ。」
「さぁなー。真泉にとってイイコト、だと言っといてやるよ。」
俺にとって良い事って……悪い予感しかしない。
だから悪巧みをするように面白そうに目を細めている田丸から目を背けると、直後透が薄く微笑んだ。
「ねぇ田丸君、達樹に変な事したらダメだからね。」
「うぉ、こぇぇ……じゃなくって、大丈夫だって! 斑鳩にとってもイイコト、だからよ!」
「そっか。じゃあ期待しないでおくね。」
「そこは期待しとけよ!」
本当に何を考えてんだよ田丸は……。
何でか顔を真っ青にしている田丸といつもと変わらず笑顔の透を見やりながら、俺は一人そう思う。
……まぁ、田丸が言うようにイイコトではないんだろうな……なんて、それだけは分かった。
「ごめん達樹、今日は先に帰ってて。」
「……何で?」
「ちょっと用事ができちゃって。もしかしたら長引くかもだから、ごめんね。」
それから放課後はあっという間にやってきた。
だけど早々に透が謝りに来て、上手い返しもできないままその背中をぼーっと眺める。
そんな様子の透はどこかに急いでいるようにも見えて、透が見えなくなってから言葉が口から洩れた。
「……どこ行くんだよ、透。」
その用事って、俺より大事なのかよ。
「って、何思ってんだ俺……。こんな女々しい考え、した事ねーのに……。」
瞬時に浮かんできた言葉を消そうと頭を振るけど、もやってる気持ちは拭き取れないままで。
パンッ!と頬を叩いてもみたけど、ただヒリヒリするだけで何にも変わりゃしなかった。
透が、頭から離れねぇ。
小さい頃なんかは透が一人でどこかに行って迷子になるんじゃないかとか、危なっかしい事をしていないかとか、ちゃんと俺の傍で遊んでるかとか、そんなお節介にも似た世話を焼いてた。
でも、今は違う意味で気にしてる。そんなの俺に限ってありえないのに、気にしてる。
……本当に、女々しくなったな俺は。
「作戦成功。」
企みが上手く行ったらしい田丸の怪しい声に気付かず、ぎゅっと拳を強く握る。
そして心の中で自分に対する自嘲も済んだ俺は、走って教室を飛び出した。
荷物も置きっぱで課題も出さず、焦ってるように透の背中を探してしまう。
そんな俺はさぞ滑稽に映ってるだろうな、と頭の片隅のどこかでは考えるも気にしてる暇なんてない。
とりあえず透と会わないと、このもやってる気持ちが晴れない。一刻も早くそのもやもやを晴らしたくて、透がいそうなところを手当たり次第に当たった。
「斑鳩君? それなら本をついさっき返却してたわ。入れ違いになっちゃったみたいね。」
「えっとね、斑鳩君ならちょっと前に先生に呼び止められてて職員室に連行されてったよ。」
「あぁ、これから裏庭に行く予定があるとか行ってたな。それがどうした?」
図書室、透がよく使う廊下、職員室……と聞いた場所に行ってみたけど、ギリギリで会えず途方に暮れる。
こういう時に限って見つからねぇのはどういう事だよ……!
先生に教えてもらった裏庭に向かいながら、思い通りに行かないこの状況にだんだん腹が立ってくる。
それに、透も透だ。曖昧な返事して言い逃げみたいにそそくさと行きやがって……もしかして俺のこと、避けてる?
「……もし、そうだって言うんなら……」
はたと、足が止まった。
透は優しいから、気遣いができるから、俺を傷つけないように避けてるのか……?
不意に浮かんできた一つの考えは、今一番ありえそうで透らしいもの。
もし本当に何かの理由で、例えば俺が嫌いになったとかで避けてるんなら、会わないほうがいいのかもしれない。
けど、そしたら何で透に嫌われてんだ? 俺何か透にしたか……? それともただ単に俺に飽きた、とか?
考えれば考えるほど嫌な方向に走っていき、自己嫌悪に陥りそうになる。
「……いや、それでも会わねぇと。」
だが、こんなところで落ち込んでるなんてそれこそ俺らしくない。透が俺を嫌いでも俺は透が好きだし、嫌なところがあるならちゃんと聞いとかないと。
……も、もちろん、幼馴染としてな!
まぁ昼はあんな感じで距離近かったし、嫌いになるにしても心当たりなんてないし――……。
「ちょっと待って! まだ話は終わってな――」
「ごめん、もう帰らなきゃ。」
うーんと考え込みながら歩いていたその時、すぐ近くから女子の必死な声が飛んできた。
揉め事か、修羅場か。……まぁどっちにしろ俺には関係ないし、気にしなくてもいいか。
なんて思いながら中庭に入り、透をきょろきょろ探す。
いるとしたらこの開けた辺りか、緑化委員が調子に乗って作った草木のトンネル辺りだろう。
「ねぇ待ってよ! ……斑鳩君!」
……ん? あれ、今聞き覚えのある苗字が聞こえたような気が。
充分に張り上げられた声のほうに体を向け、草木のトンネルからひょこっと顔を出す。
……って。
「達樹……!?」
「え、何でお前こっち来て……って、おいっ!」
透じゃねーか!
そうやって声をかけようとしたのに、俺を見つけた透は一目散にやってきて俺の手を握る。
そして揉め相手?の女子にもう一度謝ってから、中庭を抜けて誰もいない第3校舎まで連れてこられた。
「なぁ透、さっきの子はいいのか? ……なんだ、大事な話だったんじゃないか?」
「別に大丈夫だよ。ちょっと……告白、されただけだから。」
「はぁっ!? おまっ……それのどこが“別に”なんだよ! 断るにしてももうちょいやり方ってもんが――」
「……だって、興味ない子に告白されたって嬉しくないでしょ。」
見上げた瞬間に見えた透の顔は怒っているようにも泣きかけのようにも見えて、これ以上説教する気がなくなる。
透の言う事は一理ある。好きでもない人に告られても断る以外に選択肢は普通取らない。
『ごめんね、真泉君。真泉君がいい人ってのは分かってるんだけど、わたしとはちょっと合わないかなって思ってて……別れて、ほしいの。』
俺だって、似たような経験はあるしな。
だから透にばっかり言えないっていうか、むしろ何でこんなに透に怒ってんだかって感じだ。
……透はモテるのに、何で俺なんだよ。
「透は、何で俺を好きになってんだよ。」
「え……? そんなの、達樹が憧れでずっと傍にいてくれたからに決まって――」
「なら、俺がお前に憧れるのもさ……好きっていう感情で片付けられんのかよ。」
「達樹……?」
透は、いつも従順な犬みたいに俺についてきてた。元気すぎて手が付けられないほどの俺に、透は憧れてた。
だから好きだって言うんなら、俺のこの感情もそれだけで片付けられるのかよ。
勉強もできて男子にも女子にもモテて慕われてて、すぐに俺の知らないとこに行っちまう透に……俺だって憧れてんだよ。
「……俺だって、透みたいな立派な男になりてぇよ。」
この複雑な気持ちも、好きだっていうのか。
……違うだろ。
……、違うはず、だろ。
「っ、おい透! 何で抱きしめて……!」
「馬鹿だな、達樹は。憧れだけで好きだなんて、言えるはずないでしょ。確かに最初は憧れだったかも知れない。でもね、僕は達樹の性格も言動も見た目だって好きで好きで、達樹は昔から変わらない僕のヒーローだよ。だから好き。」
「……何が言いてーんだよ。」
「達樹は違う? 憧れだけしか僕にないの?」
愛おしそうに尋ねてくる透の言葉は、完全に噛み砕けないけど分かる。
……憧れだけなんて、そんなわけない。
透がいないと最近は調子出ねぇし、どこ行ったか気になったからここまで追いかけてきたんだし、透が近くにいると安心さえ覚える。
けどこの言葉をどう伝えるかに迷って黙りこくっていると、透は全て見通したようにふっと微笑んだ。
「別に無理に言わなくていいよ。達樹の気持ちは僕が一番よく分かってるからね。」
「……じゃあ当ててみろよ。」
「ふふ、すぐに当てちゃ面白くないでしょ。達樹から抱きしめてくれたら言ったげる。」
「お前なぁ……もう帰るぞ! カバン教室に置いたまんまだし、取り行かねぇとだし。」
透の調子の良い頼みを無視し、振り払ってさっさと階段を上がる。
何だよ透の奴、せっかく聞いてやったのに。
その後から着いてきた透は諦めが悪く、念押しのように聞いてきた。
「……好きだよ、透。」
「分かってるって。」
「ねぇ、付き合ってくれる可能性って……ある?」
「……透のアピール次第じゃね。」
「そっか。それならとことんアピールしなきゃかな。」
いつの間にか俺よりも先に階段を登っていた透は、にこやかに言う。
俺は、透のことは従順な犬みたいに思ってる。それは昔も今もそう。
でも、多分透のことは好きなんだろうな。恋心かどうかは……まだ、分かりたくねー。
……透と恋愛しても上手く行かなかったら怖いし、もう少し様子見だ。
「頑張って好きにさせてみろよ。」
それで、俺のこの気持ちをはっきりさせてくれ。
遠回しにそう伝えた俺に透は、当たり前だと言うようにクスっと微笑んだ。
「もちろん、覚悟しといてね。」



