幼い頃から達樹はかっこよかった。それはもう、誰よりも。

『おいおまえら! よわいものいじめはダメなんだぞ!』

 初めて達樹と会ったのは、まだ5歳の時だった。
 幼稚園内での組替えがあって、元々友達もいなかったから一人で本を読んでいた時に同じ組の子たちに遊びに誘われた。
 でも僕はその当時体が弱くて、すぐに熱を出したり咳き込む事が多かったから断ったんだ。
 それがどうやらその子たちの機嫌を損ねちゃったみたいで、何度もしつこく誘われてついには馬鹿にされる事になってしまったんだよね。

『あの子とは遊ばないほうがいいよ、誘っても遊んでくれないし。』
『鬼ごっこしようぜって言ったら断られたからもう遊んでやんねー、せっかくこのおれさまが誘ってんのにー。』
『うーん、あの子なんかお喋りしづらいね……いっつも一人でいるし、お友達とかいないのかなぁ。』

 僕だって本当は、みんなみたいに外で思いっきり遊んでみたい。走り回って鬼ごっこだってして、みんなと笑いたい。
 なのにこの体のせいで何にもできなくて、これからもずっと一人でいるのかな……って泣いた日もあった。
 そうして色んな事を悶々と考えていたある日、幼稚園での一大イベント、遠足がやってきた。
 遠足はバスで近くの子供向けのテーマパークに行って、それこそみんなで鬼ごっこしたり、そこにある遊具で遊ぶみたいな内容。

 だけど僕はそれができないから、屋内で先生見張りのもと施設を見学したり、本を読んだりする予定だった。
 そのテーマパークに着いて、みんなはすぐ荷物を置いて外に遊びに行ってしまう。そうなる事はやっぱり予想通りで、そんなみんなの背中を羨ましく見送りながら、遊べる絵本で時間を潰そうとリュックを漁った。
 その時一人の男の子が『忘れ物したーっ!』と言いながら戻ってきて、自分の荷物をまさぐる。
 濃いめの茶髪で春先に半袖半ズボンという僕にはできない格好をしていて、なんだかすごそうな子。
 そしてその子は忘れ物を見つけると、急いで再びに外に出ようと走った。

 ……瞬間、何故か全速力でその子がこっちにやってきた。
 な、何だろう……と怖がりつつサッと先生の影に隠れると、その子の屈託のない陽気な声が飛んできた。

『せんせー、その子何で外行かないの?』
『この子は少し体が弱いから、たくさん走っちゃうとコンコンしちゃうの。だから――』
『えー、でもせっかく来たのにもったいないよー! ねぇキミ、名前は?』

 隠れていたのに僕の前にしゃがみ、不思議そうな顔で尋ねてきたその子。
 近くで見ると当時の僕よりも一回りほど大きくて、発達がいいんだろうなぁ……。
 そう勝手に羨ましがっていると、その子が満面の笑みで僕の手を握ってきた。

『おれ、たつきっていうんだ! キミは?』
『……え、っと、とおる……だよ。』
『とおるか! じゃあとおる、今みんなでかくれんぼしてるんだけど、一緒にやろうよ!』
『で、でも……』
『達樹君、さっきも言ったけど透君は体が弱いの。だからあんまり無理させないように外にいるのよ、分かってくれる?』

 口ごもる僕の代わりに、先生がはっきりその子……達樹に伝える。
 これでどこか行ってくれるかな……?と思ってたけど、引く気はないのか負けじと言い返していた。

『それなら、おれがとおるについてるよ! 走るのがダメならおれがおんぶするし! とおる、行こう!』
『っ、わっ!』
『ちょっと達樹君……!』

 そして強引に僕の手を引いて立たせた達樹は、先生の声を振り切って外に連れ出してくれた。
 走りそうになったけど早足くらいの速度に落としてくれて、そのままみんなの輪の中に連れて行ってくれる。
 達樹の組の子たちはみんな優しくて、僕が輪の中に入る事を快く許してくれた。
 
『よしとおる! 一緒に最後まで隠れよ!』
『う、うんっ……!』
『おれさっきいい隠れ場所見つけたんだよねー! とおる、行こ!』

 僕よりも高い体温の達樹の手は、ずっと外に出られなかった僕を導いてくれた。
 太陽みたいなキラキラした笑顔で、僕を気遣いながら一緒に遊んでくれた。
 結局すぐに見つかって達樹の野望は破られたわけだけど、それでも僕は楽しかった。
 『ちぇー。』と言いながら拗ねる達樹は相当自信があったらしく、僕の手を握ったままみんなが見つかるのを待っていた。

 それが達樹との馴れ初め。
 その日から達樹は頻繁に僕に声をかけてくれるようになって、おかげで楽しい幼稚園時代を過ごせたと今でも思う。
 しかも家がそこまで遠くないと知ってからは、達樹が僕の家に来てくれて家族ぐるみでの付き合いが格段に多くなった。
 小学生になってからもそれは変わらず、むしろ増えたように感じていた。

『なぁ透! 今度ここの遊園地でヒーローショーあるんだけど一緒に見に行こ!』
『透っていっつも本読んでるけど、どんな本読んでるの? 俺にも教えてよー!』
『透!? 顔赤いぞ!? もしかして熱あるんじゃっ……先生! 透しんどそうなんで、保健室連れていきます!』

 達樹はそれからずっと、僕の隣にいてくれる。
 僕が好きな物にも興味を示してくれて、少しでも体調が悪くなったら誰よりも早く気付いてくれて、僕の両親よりも気にかけてくれたんじゃないかとさえも思っている。
 だからかな、達樹に「透!」って笑顔で呼ばれる度にすっごく幸福感で満たされたのは。
 誰に呼ばれるよりも嬉しくて本当に幸せで、気付いた時にはもっともっとって欲深くもなっていた。

『透……!! なぁ、透に何したんだよ!』
『た、つき……っ……』

 達樹への恋心を自覚したのは、小学5年生の時。
 その頃から僕はいじめの対象になっていて、頭が良いからだとか女子にモテてるからだとかいう理由で複数人の男子に言いがかりをつけられる事が多かった。
 でも、いじめられるとかそんなのどうでもよかった。気にしてもいなかった。
 だって、達樹がいてくれるから。
 何があってもどんなに酷い目にあっても、達樹がいてくれるから何て事なかったんだ。

 達樹はヒーローだから、何があっても来てくれる。駆けつけてくれる。
 そんな安心感から、僕はより強欲になってしまった。

 ……――達樹を僕だけのヒーローにできたら、どんなに幸せだろう。

 幼い頃から達樹は困ってる人は放っておけないヒーロー気質で、構っていたのは僕だけじゃない。
 友達も僕より遥かに多かったし、独り占めなんて叶わなかった。

 けどそんなのは、変えてしまえばいい。
 そう思った日から、僕は達樹の全てを把握するようにした。
 達樹にバレたら怖がらせそうだから、できるだけ控えめに。でも確実に達樹好みの男になる為に、頑張ったんだ。

『ねぇ達樹、達樹って将来どんな仕事に就きたいの?』
『将来ぃ? んー、あんま考えた事ないけどー……消防士とか憧れるよな! 誰かを助ける仕事したい!』

 ある時はそんな質問で、将来行く大学を決めたり。

『達樹ってさ、嫌なら答えなくてもいいんだけど……苦手な人っていたりするの?』
『そりゃいるよ! 俺なー、正直グイグイ来る奴苦手なんだよなー。そういう奴って自覚ないからめんどいし、遠慮がないからどうしよーって感じ。』

 なんて言われた時は、達樹に迷惑かけないようにってちゃんと言いに行ったり。

『達樹、もし将来お嫁さん貰えなかったらさ……どうする?』
『何で今からそんな心配してんだよ。そうだな……そん時は透に慰めてもらいながらお酒でも飲みたいなー。あ、透も独身でいたら俺と結婚するか?……なーんてな!』

 ……達樹からそう言ってくれた時は嬉しかったなぁ。上手くいけば僕の野望が叶うんだもん。
 だからその時まで僕は、従順な犬みたいに達樹を慕ってたんだよ。達樹は気付いてないだろうけど。

 一時期は男子である達樹にこんな感情を抱くのは変、間違ってるって。そう思った時もあったけど、きっと好きに性別なんて関係ない。
 男子と女子でなきゃ恋愛しちゃいけないなんて法律は存在しないし、あっても無視してたと思う。
 だって、こんな僕がそう簡単に達樹を諦められるだなんて自分でも考えられない。

 それにもう、達樹を好きになる前になんて戻れない。
 ……いや、好きになる前に戻るなんて考えたくない。
 もう10年も、達樹を好きでいるんだから。達樹に恋い焦がれてどうしようもなくなっているんだから。

 だから、引っ越すだなんて言われた時はすっごく焦った。
 親の仕事柄いつかは転勤する羽目になるんだろうなってのは分かってたし、当時は中学生だったから有無を言わせてくれないのも知っていた。
 でも達樹と離れるなんて嫌で嫌で仕方なくて、繋ぎ止めるので精一杯だった。

『ねぇ達樹、僕が引っ越しちゃったらさ……手紙書くから、達樹も手紙書いてほしいな……。』
『手紙かぁ……俺書いた事ちょっとしかないから下手だけど、それでもいいか?』
『も、もちろんだよ……! 約束、しよ……?』
『おう! 透から手紙来るまでに、とびっきりかっこいい便箋見つけるな!』

 あの時の指切りの感覚は、まだ覚えてる。
 僕よりもしっかりした指で、壊れ物を扱うように優しく触ってくれたあの感覚。
 ……そんな達樹にだから、今度は僕がリードしてあげるんだって決めたんだ。
 守ってもらってばかりじゃヒーローの傍には似合わない、自分の身は自分で守らなきゃって。達樹が好きだった特撮でもそう言ってたからね。

 僕が身体を鍛えたのは、そういう動機。純愛だと自負しているつもりだ。
 しかも身体を鍛えだしたら病気にかかりづらくなったし、伸びなかった身長も結構な勢いで伸びた。達樹と同じくらいの身長は欲しかったから、これは嬉しい誤算。
 ……でも、だからこそびっくりしたなぁ。

『どちら様ですか〜……って、……え?』

 4年ぶりにあった達樹は、あの頃よりもずっと小さかった。
 充分見下ろせる身長差に、男子学生にしては細身のスタイル。顔も童顔寄りだからかさほど変わっていなかったし、小型犬みたいに可愛くて……。

 正直に言って、独占欲よりも庇護欲が勝った。あそこで手を出さなかった自分を褒めてやりたいくらいには。
 なのに、達樹はそれを自覚していないらしく無意識に煽ってくる。

『お前がそんなデカくなったから、ちょーっと負けたなぁって思ってるんだよ!』

 子供みたいにむっと頬を膨らませて拗ねて、危うく手を出す一歩前だった。
 流石にまずいかなと思ってぐっと抑えたけど、あんな可愛い達樹とひとつ屋根の下なんて……考えるだけで頭を抱えたくなってしまう。

 だけどふと、やっぱり考えるのは達樹が僕をどう思っているのかって事。
 僕は、達樹にとってはおかしいのかもしれない。「お前おかしいよ。」って言われるかもしれない。
 もしそんな事を言われたら、僕はどうなっちゃうんだろう。本当の意味でおかしくなって、達樹に手を出してしまうかもしれない。

 それも、嫌だ。
 達樹が僕を気持ち悪いと思うならそれでもいいし、仕方ない事だとも分かる。いや、分かるしかないんだろうな。
 達樹の全部を把握して手元に置きたいって気持ちと、達樹が幸せなら……なんて綺麗事な気持ちがある僕は、どうすればいいんだろうか。
 ならいっその事、達樹も僕と同じ“おかしい”人間になってくれればいいのに――……。

「……る、透!」
「! ど、どうしたの達樹?」
「どうしたの、じゃねーよ! 透お前、今電柱にぶつかりかけてたぞ!」
「え、ほんと?」
「電柱ぶつかりそうって時に嘘なんか吐かねーよ! ……どうしたんだよ、何か考え事か?」

 そう言って、小さく首を傾げつつ尋ねてくる達樹。
 そこで思うのはやっぱりというか、“可愛い”が真っ先に来て。

「……ううん、何でもない。」
「ほんとかー?」
「ほんとだよ。それよりも自分の心配したほうがいいんじゃない? テスト大丈夫そうなの?」
「あっ、おまっ……思い出させんなよそんな事〜……。」

 不安そうな表情から一転、今度はあからさまに嫌そうにため息を吐いてみせる。
 そうやって僕の言葉に踊らされる姿が、愛おしくて。

「達樹。」
「ん? 何だよ。」
「今日も可愛いね。」
「……朝からとんでもねー事言ってんじゃねーよ、ばか。」
「え? かっこいいのほうがよかった?」
「そういう問題じゃねーっつの!」

 怒ってそっぽを向くけど、頬と耳は真っ赤になってる。
 そんな達樹が、僕は少し変なくらいには好きなんだよ。

『透は、俺のことが好き……って事でいいのか?』
『……うん、そうだよ。僕は達樹が好き、普通に恋人にしたいって思うくらいにはね。』
『……、そうか。分かったよ。』

 だから、僕の気持ちを分かってるくせに飄々と躱してくれるのは、案外きつかったりするもんだよ。