そして無事、軽い熱中症が治ってから1週間とちょっとした夜のこと。
「明日からまた学校かー……めんどくせぇなぁ。」
しかも明日はテストだし。
この世で一番と言っていいほど勉強が嫌いな俺にとって、テストはほんっとうにやりたくない行為。
それに実力テスト扱いだから、2時間分あるのが余計にキツい……。
透が風呂に入っている今、明日の準備をしながらでかめのため息を吐く。
ちなみに、1割くらいしか進んでなかった宿題は透が先生になって一緒に片付けてくれた。
まぁ、宿題終わってないって言った時の透はちょっと怒ってたけど……はは。
『え? 今何て?』
『……課題、終わってない、です。』
『……ふーん、で? いつやるの?』
『今、です……。』
『よく分かってるね達樹、じゃあ一緒にやってあげるから明後日までに終わらせよっか。』
『あ、明後日……』
でも、ほんとに3日で終わらせたのが凄いというかなんというか。
透は小さい頃から頭良かったし、引っ越し先でも学年1位を死守していたらしい。将来の夢も『消防士になる!』って言ってたくらいだし、流石というところだ。
……透はきっと、こんな感じでどんどん遠くに行っちゃうんだろうな。
透のことだし将来設計もちゃんとしてて大学とかももう決めてて、なんとなくで生きてる俺とは正反対だ。
信じらんないよな、そんな透が俺のこと好きなんて。
透の言葉を疑うわけじゃねーけど、信じるには俺が納得できない。だって何でもできる透が、特に何の目的もないままダラダラと生きてる俺を好きになるって考えられない。
って、何でこんなネガティブな事考えてんだろ。別にそれならそれで、全然いいのに。
透がそう言ってるんだから、それで――……。
……コンコンッ
「達樹ー、お風呂上がったよ。」
「あ、お、おう!」
と、どんどん訳わからん思考に入ろうとした時、軽いノックと透の声でハッとした。
とりあえず風呂入って頭冷やすか……どうせ明日から早いし。
そう思い立ってテキトーにタオルと着替えを持ち、部屋から出る。
けどその時に透が部屋に戻ろうとしていて、思わず声をかけてしまった。
「透、髪乾かしてないのか?」
「え? ……あ、忘れてた。明日からの事考えてたからかな……。でも大丈夫だよ、どうせ自然乾燥で乾くし。」
「いや、乾かしたほうがいいだろ。俺の部屋来いよ、乾かしてやるから。」
透は深く考え込むとちょっと天然になるところがあるから、結構明日の事を考えたんだろうな。
でもそうだよな、明日から俺と同じ学校に通うんだし。テストの日に転校なんて、そりゃ考えるよなぁ。
けど確か、テストは別部屋で受けるんだよな。他の生徒が透のことを考えて集中できなくなる可能性があるからって。
……まぁその通りなんだろうから、賢明な判断と言える。
「ほら、そこ座れよ。」
「ふふ、達樹が乾かしてくれるなんて嬉しいなぁ。」
「そんな嬉しいのかー?」
「もちろん。好きな人に髪を乾かしてもらえるんだから、嬉しいに決まってるよ。」
「そうかよ。」
まったく、ブレないな透は。
透の甘い言葉をサッとあしらい、俺は部屋に置いてあるドライヤーをコンセントに繋ぐ。
本当は脱衣所にもドライヤーはあるんだけど、部屋でゆっくり乾かしたい派だからこっちにも置いている。
そしてドライヤーのスイッチを入れると、途端にクソ大きい音が部屋に広がった。
ブォンブォンというガタが来てそうな音が時々聞こえるが、だいぶ古いヤツだから仕方がない。
程よく温かい熱風を透の綺麗な髪に通し、わしゃわしゃと触りながら髪を乾かしていく。
透の髪は小さい時から変わらず日本人にしては色素が薄めで、柔らかい髪質寄り。触り心地がよくて、例えるなら絹みたいな感じ。
短めだから乾きが早く、10分もすれば完全に乾いた。
「ほい、できたぞ。」
「ありがとう。達樹は乾かすのが上手いね、今度から達樹に乾かしてもらおうかな〜。」
「乾かすに上手い下手もないだろって。そんじゃ、俺は風呂入ってくるから――」
早く寝ろよ、という言葉は体の奥に追いやられた。
だって、その言葉を言う前に透が急に腰を抱いたから。
あっという間に透の腕の中にすっぽり入ってしまった俺は、突然の事に目を白黒させてしまった。
「はっ!? お、おい透!? 何して……!?」
「ごめんね達樹、でもこれくらいは許してほしいな。好きな人がこんな近くにいるのに、抱きしめないなんて手はないから……ね。」
「いや、俺みたいな野郎抱きしめても何にもならないぞ!?」
「分かってないね、達樹は。鈍いんだかあえて気付かないふりしてるのか分かんないけど、僕の気持ちは本当だよ。」
「お、俺のことが好きって気持ちだろ? それならちゃんと分かってるし――」
「いーや分かってないよ。僕がどれだけ達樹を想ってると思う? 達樹は分かんないでしょ、そんな事。」
はっきりかつバッサリ言い切られてしまい、「そんな事ねーよ!」と言いたかったのに失ってしまう。
うちのシャンプーのはずなのに、透って感じの匂いがいつもよりも近い。透のいい方面でデカくなった体が密着して、やましい事をしているわけじゃないのに恥ずかしくなってしまう。
透はもう、俺の知ってる可愛い透じゃない。もう、ちゃんと男なんだ。
なんて分かってしまった瞬間、ぶわっと上昇した体温が即座に体を駆け回る。
一瞬で頬が火照って、思わず透の胸板を押していた。
「透っ……そろそろ、離せよ……」
「もうちょっと、って言ったら?」
「っ……そんなに俺が好き、なのかよ。」
「じゃなきゃこんな事しないでしょ?」
にこやかに言ってのける透には、きっと何を言ったって敵わない。
だから今はとりあえず、透のしたいようにさせる事にした。
心臓はバックンバックンって、苦しいくらい脈打っている。400m全速力で走ったのか?ってくらいには、苦しい。
でも多分、透にじゃない。だって透と俺は幼馴染で友達で、透が俺を恋人にしたいって言っても「そうかよ」って言えるくらいの間柄で。
だから決して、透に恋してるとかじゃない……はずだ。
「おい透ー、そろそろ出れるかー?」
その翌日、何故かいつもより30分も早く起きた俺は早々に準備を済ませてしまった。
朝食もそこそこに気付けば家を出る時間になっていて、ネクタイを締め直しながら透に声をかける。
だけど、返事がない。まぁ準備にもたついてんのか?と特に気にする事もなく、部屋の前で待つ事にした。
にしても、同じ学校生活を送れるとは全然思ってなかったなー……。
これまでも変わらず手紙でやり取りしながら、それぞれ別の道を行って……って、考えなくても透は俺と別の道行くよな。
俺よりも優れててイケメンな透が、俺と一緒なんてそんなわけないだから。
……なのに、何でこんな嫌なんだろうな。
透は俺とは違う、分かってんのに。
「……というか、遅くね?」
声をかけてから10分ほど経とうとしているのに、透が一向に出てくる様子はない。
別に時間がヤバいというわけじゃないけど、もう一回声かけてみるか。
そう思ってノックをしつつ、次は大きめに声を張ってみた。
「透ー? 大丈夫かー?」
……返事がない。
透のことだから大丈夫だとは思うが、ちょっと心配になってしまう。
まさか、倒れたりとかは……いや、ないか。透に限ってそんな事……。
「……、まさかな。」
心では『透だしな……』という気持ちがあるものの、ここまで出てこないのは流石に気になる。
透が聞いてるかは分からないけど「入るぞ。」と断りを入れて、恐る恐る扉を開けた。
中には当たり前だがうちの学校の制服姿の透がいて、扉とは背を向けて机の前に立っている。
透の背がデカすぎて正直何をしてるかよく分からないが、何かを見ているっぽい。
こんな変な時間に何してんだ?と不思議がりながら俺は、少し控えめにそのでかい背中に改めて声をかけた。
「透?」
「っ……た、達樹? どうしたの?」
「いや、そろそろ家出るからずっと声かけてたんだけど、透出てこなかったから何してんのかなって思って……」
「あ、べ、別に何もしてないよ? ちょっとぼーっとしてただけで……準備はできてるから、いつでも出れるよっ。」
「……透、さっき何隠した。」
「え?」
透を見上げながら、透に近付いて確認しようとする。
声をかけた瞬間、透が急いで何かを引き出しに突っ込んだのが見えた。
おい今、何隠したんだ? 何かやましい事でもあるのか?
乾いた笑いを浮かべて精一杯隠そうとする透に、なんとも言えない焦りを覚える。
何で焦ってるのかは分からないけど、俺が声かけてるのにそれよりも大事な事か?と自然と考えてしまった。
「ちょっと待って、達樹……!」
という制止の声を無視し、雑に引き出しを開けて隠したであろう“それ”を手に取った。
「……って、これ……」
けど思わず、呆気にとられてしまった。
その引き出しの中にはいくつもの古い便箋が入っていて、それらには不細工な字で《透へ!》と書いてある。
これは間違いなく、俺が透に出した手紙だった。色褪せているものも視界の端にちらほら見えて、言葉を見失う。
そして次の瞬間、一気に恥ずかしさやら気まずさやら何やらが襲ってきて、手に取った便箋含め引き出しに仕舞った。
……なんか、恥ず……。
「達樹……」
「あ! ていうかお前ネクタイ結んでねーじゃねーか! ネクタイどこ置いたんだよ!」
「ネクタイなんて結んだ事なかったから……ね、ネクタイならここに――」
「貸せ! 俺が結んでやる!」
透が持っていたネクタイを荒っぽく奪い、首にネクタイを通す。
背が高いからちょっと苦労して羨ましくなったけど、頭の中はそれどころじゃない。
……何で、俺の手紙なんか見てたんだよ……っ!
俺だってそりゃ、透からの手紙を読み返す事だってあるけど……。
「俺がいんのに、何で手紙なんだよ……。」
「ふーん……達樹、嫉妬してるの?」
「は……ッ!? な、何でそんな話に――」
「だって手紙に嫉妬してる、みたいな口調だったから。可愛いね、達樹。」
「か、可愛くねーし……! ん、ほらできたぞ! 先出てるから早く来いよ!」
「はーい。」
呑気な返事をする透を置いて、俺は走って家を出た。
ったくほんとに透は、隙ありゃ可愛いとか言って……こっちの身にもなれっての。
透に対してそんな怒りが湧いてきたけど、さっきは俺も俺でどうかしてた。
確かに言われてみりゃ、妬いてるように聞こえなくも……ない。
だけど本気で言ったわけじゃねーってか、つい口から出たっていうか……ってついって何だよ!
心の中でツッコミをして、あーっと唸りながら髪を掻きむしる。
透は帰ってきてから変だけど、昨日から俺もなんか変だ。
というよりかは、透の近くにいると調子が狂うっつーか……。
「達樹ごめんね、おまたせ。」
「あ、あぁ別に待ってねーよ! それじゃ行くぞ!」
「ふふ、うん。」
ダメだ、透の顔見れねぇ……。
いや、背が高いから物理的に見えねーんじゃなくて俺が意識的に見たくねーだけ。決して透の背がデカいからとか、じゃなくて。
……いやいや、それこそ何考えてんだよ。俺はとうとう頭もおかしくなっちまったのか……?
ぶんぶんと左右に首を振ってその変な考えを放り投げようとしてみるが、こういうのはなかなか上手くいかない。
拭いきれない恥ずかしさと慣れない感情に振り回され、結局次に透と話をしたのは学校に着く直前だった。
「明日からまた学校かー……めんどくせぇなぁ。」
しかも明日はテストだし。
この世で一番と言っていいほど勉強が嫌いな俺にとって、テストはほんっとうにやりたくない行為。
それに実力テスト扱いだから、2時間分あるのが余計にキツい……。
透が風呂に入っている今、明日の準備をしながらでかめのため息を吐く。
ちなみに、1割くらいしか進んでなかった宿題は透が先生になって一緒に片付けてくれた。
まぁ、宿題終わってないって言った時の透はちょっと怒ってたけど……はは。
『え? 今何て?』
『……課題、終わってない、です。』
『……ふーん、で? いつやるの?』
『今、です……。』
『よく分かってるね達樹、じゃあ一緒にやってあげるから明後日までに終わらせよっか。』
『あ、明後日……』
でも、ほんとに3日で終わらせたのが凄いというかなんというか。
透は小さい頃から頭良かったし、引っ越し先でも学年1位を死守していたらしい。将来の夢も『消防士になる!』って言ってたくらいだし、流石というところだ。
……透はきっと、こんな感じでどんどん遠くに行っちゃうんだろうな。
透のことだし将来設計もちゃんとしてて大学とかももう決めてて、なんとなくで生きてる俺とは正反対だ。
信じらんないよな、そんな透が俺のこと好きなんて。
透の言葉を疑うわけじゃねーけど、信じるには俺が納得できない。だって何でもできる透が、特に何の目的もないままダラダラと生きてる俺を好きになるって考えられない。
って、何でこんなネガティブな事考えてんだろ。別にそれならそれで、全然いいのに。
透がそう言ってるんだから、それで――……。
……コンコンッ
「達樹ー、お風呂上がったよ。」
「あ、お、おう!」
と、どんどん訳わからん思考に入ろうとした時、軽いノックと透の声でハッとした。
とりあえず風呂入って頭冷やすか……どうせ明日から早いし。
そう思い立ってテキトーにタオルと着替えを持ち、部屋から出る。
けどその時に透が部屋に戻ろうとしていて、思わず声をかけてしまった。
「透、髪乾かしてないのか?」
「え? ……あ、忘れてた。明日からの事考えてたからかな……。でも大丈夫だよ、どうせ自然乾燥で乾くし。」
「いや、乾かしたほうがいいだろ。俺の部屋来いよ、乾かしてやるから。」
透は深く考え込むとちょっと天然になるところがあるから、結構明日の事を考えたんだろうな。
でもそうだよな、明日から俺と同じ学校に通うんだし。テストの日に転校なんて、そりゃ考えるよなぁ。
けど確か、テストは別部屋で受けるんだよな。他の生徒が透のことを考えて集中できなくなる可能性があるからって。
……まぁその通りなんだろうから、賢明な判断と言える。
「ほら、そこ座れよ。」
「ふふ、達樹が乾かしてくれるなんて嬉しいなぁ。」
「そんな嬉しいのかー?」
「もちろん。好きな人に髪を乾かしてもらえるんだから、嬉しいに決まってるよ。」
「そうかよ。」
まったく、ブレないな透は。
透の甘い言葉をサッとあしらい、俺は部屋に置いてあるドライヤーをコンセントに繋ぐ。
本当は脱衣所にもドライヤーはあるんだけど、部屋でゆっくり乾かしたい派だからこっちにも置いている。
そしてドライヤーのスイッチを入れると、途端にクソ大きい音が部屋に広がった。
ブォンブォンというガタが来てそうな音が時々聞こえるが、だいぶ古いヤツだから仕方がない。
程よく温かい熱風を透の綺麗な髪に通し、わしゃわしゃと触りながら髪を乾かしていく。
透の髪は小さい時から変わらず日本人にしては色素が薄めで、柔らかい髪質寄り。触り心地がよくて、例えるなら絹みたいな感じ。
短めだから乾きが早く、10分もすれば完全に乾いた。
「ほい、できたぞ。」
「ありがとう。達樹は乾かすのが上手いね、今度から達樹に乾かしてもらおうかな〜。」
「乾かすに上手い下手もないだろって。そんじゃ、俺は風呂入ってくるから――」
早く寝ろよ、という言葉は体の奥に追いやられた。
だって、その言葉を言う前に透が急に腰を抱いたから。
あっという間に透の腕の中にすっぽり入ってしまった俺は、突然の事に目を白黒させてしまった。
「はっ!? お、おい透!? 何して……!?」
「ごめんね達樹、でもこれくらいは許してほしいな。好きな人がこんな近くにいるのに、抱きしめないなんて手はないから……ね。」
「いや、俺みたいな野郎抱きしめても何にもならないぞ!?」
「分かってないね、達樹は。鈍いんだかあえて気付かないふりしてるのか分かんないけど、僕の気持ちは本当だよ。」
「お、俺のことが好きって気持ちだろ? それならちゃんと分かってるし――」
「いーや分かってないよ。僕がどれだけ達樹を想ってると思う? 達樹は分かんないでしょ、そんな事。」
はっきりかつバッサリ言い切られてしまい、「そんな事ねーよ!」と言いたかったのに失ってしまう。
うちのシャンプーのはずなのに、透って感じの匂いがいつもよりも近い。透のいい方面でデカくなった体が密着して、やましい事をしているわけじゃないのに恥ずかしくなってしまう。
透はもう、俺の知ってる可愛い透じゃない。もう、ちゃんと男なんだ。
なんて分かってしまった瞬間、ぶわっと上昇した体温が即座に体を駆け回る。
一瞬で頬が火照って、思わず透の胸板を押していた。
「透っ……そろそろ、離せよ……」
「もうちょっと、って言ったら?」
「っ……そんなに俺が好き、なのかよ。」
「じゃなきゃこんな事しないでしょ?」
にこやかに言ってのける透には、きっと何を言ったって敵わない。
だから今はとりあえず、透のしたいようにさせる事にした。
心臓はバックンバックンって、苦しいくらい脈打っている。400m全速力で走ったのか?ってくらいには、苦しい。
でも多分、透にじゃない。だって透と俺は幼馴染で友達で、透が俺を恋人にしたいって言っても「そうかよ」って言えるくらいの間柄で。
だから決して、透に恋してるとかじゃない……はずだ。
「おい透ー、そろそろ出れるかー?」
その翌日、何故かいつもより30分も早く起きた俺は早々に準備を済ませてしまった。
朝食もそこそこに気付けば家を出る時間になっていて、ネクタイを締め直しながら透に声をかける。
だけど、返事がない。まぁ準備にもたついてんのか?と特に気にする事もなく、部屋の前で待つ事にした。
にしても、同じ学校生活を送れるとは全然思ってなかったなー……。
これまでも変わらず手紙でやり取りしながら、それぞれ別の道を行って……って、考えなくても透は俺と別の道行くよな。
俺よりも優れててイケメンな透が、俺と一緒なんてそんなわけないだから。
……なのに、何でこんな嫌なんだろうな。
透は俺とは違う、分かってんのに。
「……というか、遅くね?」
声をかけてから10分ほど経とうとしているのに、透が一向に出てくる様子はない。
別に時間がヤバいというわけじゃないけど、もう一回声かけてみるか。
そう思ってノックをしつつ、次は大きめに声を張ってみた。
「透ー? 大丈夫かー?」
……返事がない。
透のことだから大丈夫だとは思うが、ちょっと心配になってしまう。
まさか、倒れたりとかは……いや、ないか。透に限ってそんな事……。
「……、まさかな。」
心では『透だしな……』という気持ちがあるものの、ここまで出てこないのは流石に気になる。
透が聞いてるかは分からないけど「入るぞ。」と断りを入れて、恐る恐る扉を開けた。
中には当たり前だがうちの学校の制服姿の透がいて、扉とは背を向けて机の前に立っている。
透の背がデカすぎて正直何をしてるかよく分からないが、何かを見ているっぽい。
こんな変な時間に何してんだ?と不思議がりながら俺は、少し控えめにそのでかい背中に改めて声をかけた。
「透?」
「っ……た、達樹? どうしたの?」
「いや、そろそろ家出るからずっと声かけてたんだけど、透出てこなかったから何してんのかなって思って……」
「あ、べ、別に何もしてないよ? ちょっとぼーっとしてただけで……準備はできてるから、いつでも出れるよっ。」
「……透、さっき何隠した。」
「え?」
透を見上げながら、透に近付いて確認しようとする。
声をかけた瞬間、透が急いで何かを引き出しに突っ込んだのが見えた。
おい今、何隠したんだ? 何かやましい事でもあるのか?
乾いた笑いを浮かべて精一杯隠そうとする透に、なんとも言えない焦りを覚える。
何で焦ってるのかは分からないけど、俺が声かけてるのにそれよりも大事な事か?と自然と考えてしまった。
「ちょっと待って、達樹……!」
という制止の声を無視し、雑に引き出しを開けて隠したであろう“それ”を手に取った。
「……って、これ……」
けど思わず、呆気にとられてしまった。
その引き出しの中にはいくつもの古い便箋が入っていて、それらには不細工な字で《透へ!》と書いてある。
これは間違いなく、俺が透に出した手紙だった。色褪せているものも視界の端にちらほら見えて、言葉を見失う。
そして次の瞬間、一気に恥ずかしさやら気まずさやら何やらが襲ってきて、手に取った便箋含め引き出しに仕舞った。
……なんか、恥ず……。
「達樹……」
「あ! ていうかお前ネクタイ結んでねーじゃねーか! ネクタイどこ置いたんだよ!」
「ネクタイなんて結んだ事なかったから……ね、ネクタイならここに――」
「貸せ! 俺が結んでやる!」
透が持っていたネクタイを荒っぽく奪い、首にネクタイを通す。
背が高いからちょっと苦労して羨ましくなったけど、頭の中はそれどころじゃない。
……何で、俺の手紙なんか見てたんだよ……っ!
俺だってそりゃ、透からの手紙を読み返す事だってあるけど……。
「俺がいんのに、何で手紙なんだよ……。」
「ふーん……達樹、嫉妬してるの?」
「は……ッ!? な、何でそんな話に――」
「だって手紙に嫉妬してる、みたいな口調だったから。可愛いね、達樹。」
「か、可愛くねーし……! ん、ほらできたぞ! 先出てるから早く来いよ!」
「はーい。」
呑気な返事をする透を置いて、俺は走って家を出た。
ったくほんとに透は、隙ありゃ可愛いとか言って……こっちの身にもなれっての。
透に対してそんな怒りが湧いてきたけど、さっきは俺も俺でどうかしてた。
確かに言われてみりゃ、妬いてるように聞こえなくも……ない。
だけど本気で言ったわけじゃねーってか、つい口から出たっていうか……ってついって何だよ!
心の中でツッコミをして、あーっと唸りながら髪を掻きむしる。
透は帰ってきてから変だけど、昨日から俺もなんか変だ。
というよりかは、透の近くにいると調子が狂うっつーか……。
「達樹ごめんね、おまたせ。」
「あ、あぁ別に待ってねーよ! それじゃ行くぞ!」
「ふふ、うん。」
ダメだ、透の顔見れねぇ……。
いや、背が高いから物理的に見えねーんじゃなくて俺が意識的に見たくねーだけ。決して透の背がデカいからとか、じゃなくて。
……いやいや、それこそ何考えてんだよ。俺はとうとう頭もおかしくなっちまったのか……?
ぶんぶんと左右に首を振ってその変な考えを放り投げようとしてみるが、こういうのはなかなか上手くいかない。
拭いきれない恥ずかしさと慣れない感情に振り回され、結局次に透と話をしたのは学校に着く直前だった。



