「うわっ、これいつの頃のアルバム? ていうか何で俺の部屋にあるんだよ……。」

 これは夏休みの中盤の話である。
 夏休みの課題が1割ほどしか終わっていないくせに現実逃避がしたくなり、テキトーに部屋の掃除をしていたら。
 いつ作ったのか分からない埃を被った古いアルバムがクローゼットから出てきて、思わずむせる。

「ゴホッ、ゴホッ……あー、どんだけ放置してたんだよこれ。埃被るって相当じゃねーか?」

 そんな感じでブツブツ文句を言いながらも、好奇心に勝てずにアルコールシートで表面を拭いてみる。
 けども素材が布だからか、色がくすみまくってて元の色がさっぱり。本当にいつから俺の部屋に……。
 湿った表面をぶすっと少し眺めてから、できるだけ埃を被らないようにゆっくり開いてみた。

 ……って、このアルバム。

「俺ちっちゃー、これ幼稚園くらいの時じゃねー? ははっ、俺泥だらけになりすぎなんだけどー。」

 中に貼っつけてあったのは、もう10年前くらいの俺の写真。
 どの写真を見ても楽しそうに笑ってて、泥だらけで母さんに怒られてる写真もちらほら分かる。

 こんな泥だらけになった記憶なんてないんだけどなー、と思いながらひとしきり見ていく。
 古い写真だから色褪せてる物も多く、懐かしい思い出に気持ちに浸る。
 でも写ってるのは俺だけじゃない。

(とおる)、今何してんのかなぁ。」

 5枚に1度くらいの多めの頻度で、幼稚園時代の俺よりも小さい男の子が俺と一緒に写っている。
 そのほとんどが俺が連れ回してるような写真で、今になって「透ごめんな〜……。」という気持ちが込み上がってきた。

 ちなみに“透”というのは俺の幼馴染のこと。フルネームは斑鳩(いかるが)透。
 同い年なのに俺よりも一回りくらい小さくて、弟みたいだなって勝手に思って勝手にお節介を焼いていた覚えがある。
 いやまぁ仕方ないよなぁ、俺一人っ子だし。近くに弟みたいに可愛いヤツがいたら可愛がりたくなるってもんよ。
 
 透と仲良くなっていった経緯はもうあんまり覚えてない。気付いたらずっと一緒にいたって感じ。
 ……だけど透って小さい頃、体が弱くて周りよりも小さかったからよくいじめられてたんだよな。
 その度に俺が透のヒーローになって守って、透の側にいてやんなきゃな!って思い始めた……気がする。
 
 まぁ中学に上がる前に、透引っ越しちゃったんだけど。
 透の親の仕事の都合で転勤しなくちゃいけなくなって、小学校の卒業式の後に透はすぐに引っ越した。
 その時俺たちどっちもスマホ持ってなかったから、手紙送り合おうって話になって……今までずっと手紙でやり取りをしている。
 本当は会いにも行きたいけど透の体も心配だし、何よりめちゃくちゃ遠い地方まで引っ越したから金銭面的にも厳しくて、透とは丸4年会っていない。

 でも、久しぶりに会いたいよなぁ……手紙だと《元気だよ》って書いてるけど、透のことだし元気じゃなくてもそう書いててもおかしくない。
 ……こんな事考えてたら、会いたくなってきた。
 簡単に会えないと分かってても会いたいものは会いたいし、気になるもんは仕方ない。

「……よしっ! 透に手紙書くか!」

 流石にいきなり行くのは非常識だと思って、机の引き出しからいくつかの便箋を取り出してみる。
 けど、いいのがない。なんかどれもダサくね?と感じてしまう。
 なら買いに行けばいい! 善は急げ、思い立ったら即行動という事で、財布だけ握りしめて部屋から出ようとする。

 だがしかし。

「あ。」
「た〜つ〜き〜っ! アンタ宿題せずにどこ行こうとしてんのよ!」
「え、何で知っ――」
「問答無用! 遊びに行きたいなら早く宿題終わらせなさい!」

 部屋から出た矢先、ちょうど洗濯物を持って二階に上がってきた母さんと鉢合わせ、便箋を買う事は叶わなかった――。
 


 ……――ピンポーン

「ん……ふぁぁ、今何時だ……?」

 翌朝、俺は滅多に鳴る事のないインターホンの音で目覚めた。
 と言っても意識だけ浮上してきた感じで、体はベッドの上のまま。
 定まらない視界で確認した時刻はまだ朝の8時半で、もう一度寝直そうかと寝返りを打つ。

 ――ピンポーン

 スマホを投げたと同時に、二度目のインターホンが鳴る。
 こんな朝早くから誰だよ……ま、居留守使えばいいよな。
 母さんもいるはずだし、俺が出なくても大丈夫だろうし……。
 なんていう怠惰な考えと一緒に、幸せな二度寝をしようとする。

 ――ピンポーン

「……仕方ないか。」

 けど三度目のインターホンに二度寝を遮られ、面倒だけどベッドから降りる。
 何回もインターホン鳴ってるのに母さん出ないとか、母さんもしかして出かけてるとか……?
 寝起きで全く働かない頭で考えながら、一階に降りて手櫛でなんとなく髪を整える。
 多分宅配だろうなぁなんてあくびを零し、「はぁーい。」と返事しながらスリッパをつっかけて玄関扉を開けた。

「どちら様ですか〜……って、……え?」
「あ、やっと出てくれた。というか寝癖取れてないから今起きたとこ? 相変わらず朝弱いね、達樹は。」

 眠い目を擦って首を上げると、瞬間飛び込んできたのはとんでもないイケメンだった。
 俺よりも10cmくらい高い身長に、色素の薄いペタッとした髪に、彫刻かってくらい綺麗な丸っこい目に。
 極めつけに手足はちょっと引くくらい長くて、リアルの人間か?と疑った。
 ……いや、それよりも。

「な、何で俺の名前知ってんだ!?」

 あまりのイケメンに発言を流しそうになったけど、流しちゃダメな発言を突きつける。
 俺の知人にこんなイケメンはいねーぞ! なのに何でこのイケメンは俺の名前を知って……。
 拙い頭でなんとか予測を立てようとするも、その前にイケメンがこう口にして更に疑った。

「え? 達樹覚えてない? 僕だよ、斑鳩透。」
「は?」

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?
 え、え? この背の高いイケメンが、あの透……だと?

「と、透はこんなデカくねぇ!!!」
「あはは、流石に信じてもらえないかぁ。でもさ、面影くらいはあると思うんだよね。ほら達樹、口元とか。」
「はぁ?」

 そう言われてじーっと口元を凝視してみる。
 確か透は生まれつき口角が上がってて唇が薄くて……言われてみりゃ、透の口元とそっくりかもしれない。
 って、口元だけで判断できるわけねーだろ!

「俺は信じないぞ……あんなにきゅるきゅるして可愛かった透が、こんなに男前になってるだなんて信じないぞ!」

 一瞬にしてイケメンと距離を取り、威嚇するように見つめる。
 けどイケメンは一つも物怖じせずにニコニコしたまま俺を見つめ返していて、その笑顔が少しだけ……ほんの少しだけ、幼い頃の透と重なった、気がした。
 やっぱりこのイケメンは透なのか……? そんなわけないと否定しつつも、一欠片くらいは信じてみるか?と一応思う。

 その時、昔の透との記憶がおもむろに降ってきた。
 そうだ、本当にこのイケメンが透ならこれに答えられるはずだ……!

「……小4の時、俺と透がタイムカプセルに入れた物は?」
「お揃いのコースター。せっかくならお揃いの物入れたいよねって話して、コースターなら作れるからって一緒に作ったやつ、だよね。達樹、10回くらいやり直してたよね。」
「なっ……! お前、本当に透なんだな!?」
「だから最初からそうだって言ってるでしょ? 正真正銘、達樹の幼馴染の透だよ。」

 もう一度改まって微笑まれ、反射的に心臓が跳ね上がる。
 うっわ、流石イケメン……男の俺でもドキドキさせるなんて、なかなかやるな……。

「ていうかほんとデカくなったな透〜。この前までこーんなちっちゃかったのに。」
「確かに、引っ越す前は達樹よりも低かったもんね。引っ越してから成長期が来ちゃったんだよね。」

 あははと上品に笑う透に、俺は分かりやすく不貞腐れてみる。
 透がデカくなったのは俺も嬉しいし、立派になったなぁって親みたいな気持ちもある。
 でもそれにしてもデカくないか……?
 俺は高校に上がってからはめっきり伸びなくなったから、170行っていない。ギリ、行かなかった。本当にギリなんだ、168で止まってるんだ……ッ!
 だから素直に言う、透のデカさが羨ましいッ……!
 ほんと、何食ったらこんなデカくなれるんだよ……。

「あれ、達樹ちょっと不貞腐れてる?」
「そりゃーな! お前がそんなデカくなったから、ちょーっと負けたなぁって思ってるんだよ!」
「そんな事思ってるの、達樹。」
「そりゃ――」

 そりゃ思うわ!と心の中で突っ込むも、口には出せなかった。
 だって透が、俺の耳元でこんな事を言ったから。

「達樹は今のままでいいと思うよ、可愛いし。」
「は……っ!?」
「あーっ! もう透君帰ってきてたの!? ちょっと達樹、透君帰ってたなら早く電話してよ!」

 か、かわ……って、男に何言ってんだ透!?
 そう言おうと思ったのに、買い物に行ってたらしい母さんに見つかり見事に被せられた。
 そして理不尽な説教を軽く飛ばした後、母さんは透に家に入るように促していて。
 俺は、数分間呆然とその場に突っ立っていた。



「……っていう事だから、透君と小さい頃みたいに仲良くするのよ!」
「……、小さい頃みたいに、って……」

 あの後、母さんからどうして引っ越したはずの透がここにいるのかの説明を受けた。
 簡単に要約すると、透の両親が今度は海外転勤になったから俺の家・真泉(まいずみ)家で一緒に暮らす事になった……らしい。
 透もついてけばよかったんじゃね?とも思ったが、透曰く『海外に興味はないし、日本のほうが好きだから日本にいたい』とのこと。
 で、透をどうしようかと悩んでいた時に母さんが預かると言い出して……というのが、透がここに来た全容。

「いやいや、じゃあ何で俺に何も言わなかったんだよ! こちとら急にバチクソイケメンがやってきて、やばい奴に目ぇつけられたのかと焦ったんだぞ!?」
「それは僕が言わないでって伝えたからだよ、達樹をびっくりさせたくて。ごめんね達樹。」
「……透ってそんな性格だったかぁ?」
「あはは、そりゃ高校生になったんだから少しくらいは性格変わるよ。」

 それにしても変わり過ぎだっつの……。
 なんて思うところはあるものの、透にまた会えて嬉しかったりしている。
 つい昨日会いたいと思ってたところなのに、こんな早く再会できるとは全く思ってなかったけどな……はは。

「透君の部屋は達樹の隣にしてるから、何かあったら達樹に遠慮なく言ってね。達樹いつもヒマしてるから。」
「ありがとうございます。……それじゃあ達樹、荷解き手伝ってくれない?」
「え、何で――」
「達樹?」
「……わーったよ。ほら行くぞ、透。」
「ふふっ、うん。」

 透の荷物なんだから透だけでやったほうがよくないか……?
 そんな疑問をぶつける前に冷ややかな視線を送ってきた母さんに逆らえず、つい了承してしまった。
 別にやる事も特にないし……ま、いいか。
 頭を雑に掻きながら、ソファから立ち上がりながら俺は透に声を掛ける。
 そうすると透は嬉しそうにはにかんで、従順な犬みたいについてきた。

 ……こういうところは、変わってないんだな。
 そりゃ、一番多感な中学時代を知らないから性格なんて変わってもおかしくないとは分かっているけども。
 それでもこうして、変わってないところを見るとやっぱり安心する。
 あぁ、こいつはちゃんと俺が守ってきた透なんだなって。