十七歳の夏、夏休みを迎え、女子高生のほとんど全てが、その青春を謳歌しているというのに、同じ女子高生の私の未来は真っ暗だった。
 一学期終了の時点で、私が高校三年には進級できないことはすでに決まっていた。理由は欠席の超過だ。両親は、一応、休学という形を取ったが、私は、もう一度学校に戻れるとは思わなかった。にもかかわらず、私は今、校門の前に立っていた。時刻は既に夜の九時を回っていた。
 私がこれから校内に入ろうとしているのは、ありきたりの理由ではなかった。
『こんなことが許されていいのだろうか?』
 私の胸の中にはそんな思いが渦巻いていた。
 描かれたシナリオ通り、先生がやってきた。私のすぐ前まで近づくと、先生は尋ねた。
「シナリオ通りの衣装は用意できたのかい?」
「はい、できました」
 私は、衣装の詰まった大きなバッグを持ち上げてみせた。
 先生の言うシナリオとは実に下らないものだった。若い教師と女子高生が校内のあちこちで淫らな行為を続けるという内容だった。
 どの場面にもリアリティーは欠片もなかった。そんなことをすれば、すぐに誰かに見つかるはずだ。どれもこれも、変態じみた妄想に過ぎなかった。
「じゃあ、行こうか」
 先生が通用門を開け、先に敷地内に入った。先生の後に着き、職員用の出入り口の前に着くと、先生は財布からカードを取り出し、機械警備を解除した。扉が開いた時、禁断の扉が開いたような気がした。私は怖くなった。
「先生、やっぱり止めましょう」
「今更、何を言っているんだ」
 そう言うと先生は、私の手を掴み、私を強引に校舎内に連れ込んだ。

 最初に私たちが行ったのは保健室だった。ここでは衣装は制服だったので着替える必要はなかった。『私が体調を崩して保健室で休んでいる所に先生が現れて・・・』というのがシナリオの設定だった。保健室のベッドの上で営まれたそれは、絵空事ではない私の初体験だった。
 次に行ったのは和室だった。衣装は浴衣。『茶道のお手前の途中、不意に…』という筋書き。茶道に対する冒涜だと思った。
 続いては体育館。衣装は夏物の体操着。『用具倉庫でマットの上に押し倒されて…』という成り行き。正にアダルトビデオそのままだ。
 続いては、プール。『水着でシャワーを浴びている所に、突然先生が来て…』。何とも陳腐な状況設定だ。
 最後は化学室、衣装は実験用の白衣。『実験用の机に後ろから押し付けられ、立ったままで…』というひどい場面だ。

 ことが全て済んで、科学室の四角い椅子に腰を降ろしていると、私の目の前の机の上にペットボトルが置かれた。中身はスポーツドリンクだった。
「喉が渇いたんじゃないか?」
 先生はそう言って無邪気な笑顔を見せた。
「ねえ、先生、この場面は二人で赤ワインか何かを飲むべき所じゃないの?」
「何を言っているんだ。君は、まだ未成年じゃないか」
 この期におよんで、先生が真面目腐ったことを言うので笑いそうになった。
 そんな風に真面目一方な先生に、私は1年生の時からずっと片思いをしていた。所詮は叶わぬ恋だった。それ故に、先生には狂ったように激しく私を求めて欲しいと思った。そんな妄想を具体化したのが私の書いたシナリオだった。
 先生にとって私は、特別な感情を抱いているわけでもない単なる一生徒に過ぎなかった。そんな私が書いたとんでもないシナリオに付き合ってくれるくらい、先生は純粋で優しかった。
 ここまで、シナリオ通りにことが運び、私は幸せだった。もう十分だと思った。そう思ったら。シナリオのラストはやはり書き変えなければならなかった。この物語を美しく終わらせるために。
 新たなラストはすぐに思いついた。そして私は、シナリオの変更を先生に伝えることにした。
「先生、私、シナリオのラストを変更したいんです」
「どんな風に変えるんだい?」
「ここで、先生に一緒に死んでもらうというのは無しにしたいんです」
「遠慮しなくていいんだよ。僕は、もう、最後まで君のシナリオに付き合うと決めたんだから」
「遠慮なんてしていません。先生には最後まで私のシナリオに付き合ってもらいます」
「そうか、じゃあ、シナリオをどんな風に変更したのか聞かせてもうらおうじゃないか。僕はこれから何をすればいいのかな?」
「先生はこれから、毎日のように私の病院にお見舞いに来てくれるんです。そして、私の病気が、まだ治るような振りをしてくれるんです。『早く病気を治して、学校に戻ってきてね』って言ってくれるんです」
「なんだか、大昔の難病ものドラマみたいだな」
「そうです。その線です。そして、お決まりの臨終シーンがやってくるんです。いよいよ最後と言う時に、先生は私の手を握って言ってくれるんです。『今度生まれ変わったら結婚しよう』って」

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 曾祖父が教師として働いていたという高校に僕が入学したのは、ただの偶然でしかなかった。曽祖父は僕が生まれる少し前に亡くなっていたし、祖父からその話を聞いたのは僕が入学した後だったからだ。
 高2の春、保健委員長に任命された僕が、次週に迫った生徒総会の打ち合わせを養護教諭の山本先生としている最中のことだった。保健室の電話が鳴り、それを受けた山本先生は、「すぐに職員室に向かう」と答えて電話を切った。
「ごめん、ちょっと待っててね」
 そう告げると山本先生は保健室を出て行った。
 何もせずに待っていても仕方がないので、僕は保健室の掃除をすることにした。掃除用具入れから箒を取り出すと、僕はベッドのあるセクションに向かった。ベッドを囲むカーテンを開けた途端、僕は自分の不注意に気づいた。そこには利用者がいたのだ。
 ベッドの脇に置かれた上履きの色から、利用者は入学したばかり1年生だと分かった。顔に見覚えは無かった。しかし、制服のままベッドに横たわるその女の子の姿を僕は以前にも見たことがあるような気がした。