閉じた瞼に柔らかいものが押し当てられて、そっと目を開けた。すぐ目の前にいた翔太が「おはよう」と囁く。そして今度は僕の唇にキスをして「目が覚めた?」と笑った。


僕は翔太の前から消えた後、気づいたらたくさんの機器がある部屋で寝ていた。どうやら一命は取り留めたらしく、部屋の外で父さんが泣いていた。
一ヶ月して退院した僕は、父さんや母さん、果ては四才の弟にまで「心配だから家に帰ってこい」と泣きつかれた。だけど仕事のこともあるし、なんとか説き伏せて帰ってもらった。
そうしたら、今度は翔太が僕が住む街に引っ越して来て「広い部屋を借りたから一緒に住もう」と強引に同居することになった。
僕の入院中、たびたび会いに来てくれていた翔太だけど、父さんから僕が帰って来ないことを聞いて「それなら自分が行くしかない」と会社に頼み込んで、僕の住む街の近くにある支社に異動させてもらったらしい。
なんてホワイトな会社なんだ、と僕はとても驚いた。
でも、そこまでして僕の傍に来てくれたことが嬉しい。
翔太は、自分の両親と僕の家族に、僕たちが恋人であること、自分は一生、僕の傍から離れないこと、法律的には結婚できないけれども、僕と一生添い遂げたいことを話してくれていた。
驚いたことに、僕の家族も翔太の両親も、すんなり納得したそうだ。

「皆んな、凪と翔太くんが大好きだから、二人が幸せになってくれたらそれでいい」

父さんのその言葉に、僕は涙を流した。
父さんが再婚を決めた時、大変だった父さんには幸せになってもらいたかったから、反対などしなかった。でもどこかで、新しい人が自分の家に入ることに、抵抗があったのかもしれない。それもあって故郷に戻らなかったのかもしれない。
でも僕が事故にあって、母さんは泣きながら看病してくれた。小さな弟も、ずっと僕の手を握って離さなかった。
二人の温かさに、僕たちは家族なんだと実感させられたんだ。
父さんたちが帰る時「これからはちょくちょく帰るよ」と僕が言うと、三人とも向日葵のような明るい笑顔を向けてくれた。その笑顔を見て、僕は少し泣きそうになった。


ぼんやりとコーヒーを飲んでいたら、翔太に「こぼしそうでヒヤヒヤする」と頬をつねられた。

「いひゃい…。もう、大丈夫だよ。ねぇ、ところで今日はどこ行く?」
「まだ外は暑いしなぁ。水族館なんてどうだ?涼しそうだろう?」
「うん、いいね。僕、子供の頃に翔太と行って以来だよ。楽しみ!」
「マジか…。じゃあゆっくりと見ような。その後のディナーの予約はバッチリだし。なんかワクワクしてきた。早く着替えようぜ」
「うん。僕、イルカショー見たいなぁ」
「おまっ…!今日で二十五才になったとは思えねえ可愛さっ。はぁ~、抱きしめていい?」
「あっ、ダメっ。早く着替えて出掛けるんだから。帰って来てから…あっ!」

僕の抵抗もむなしく、翔太に強く抱きしめられてしまった。
昔と変わらない翔太の子供っぽいところに呆れながらも、僕を好きだと全身であらわしてくれることが嬉しくて、僕も翔太の広い背中に腕を回して、強く抱きしめた。