昔むかしあるところに、とても仲のいい兄妹がおりました。
兄と妹は幼い頃に家族を亡くし、二人寄り添って生きてきました。
兄妹には、やはりとても仲のいい幼馴染がいました。
兄と同い年のその青年は、いつしか妹と思い合い、夫婦になりました。
しかし三人を引き裂くときは突然訪れます。
兄と幼馴染が、主家に謀反の疑いをかけられ処刑されてしまったのです。
大事な二人を一度に失った妹は、ひとり、二人のあとを追いました。
仲のいい三人は、どこまでも一緒でした。
そして……
「しずくー、もう行くぞー」
「待って時雨~! お父さんお母さんおじいちゃん行ってきます!」
――幾年の月日を超えて、兄妹は双子として再び命を手にしていた。
「カギ閉めおっけ! 行こ! 時雨」
「お前を待ってたんだっての」
兄の名を時東時雨。
妹の名を時東しずく(ときとう しずく)。
幼い頃に両親を事故で亡くし、育ての親の祖父も中学生の頃に亡くなり、今は二人で生きている仲のいい兄妹だった。
「予鈴ギリだな。走るぞ」
「うわ、ほんとだ。急げー!」
長身でクール、落ち着いた時雨と、小柄で天真爛漫なしずく。
見た目はあまり似ていないけれど、芯が強いところはよく似ている双子。
「しーずく! おはよっ。時雨も」
「あ、守里(まもり)。おはよー」
「時雨も、今日もイケメンですなー」
「一言目がおかしいぞ、修。守里はおはよう」
|小山内守里と小山内修は、時雨としずくの高校からの友達だ。
苗字が一緒なのは、二人がはとこにあたるため。
時雨としずくは目立つ容姿な上に双子ということで、注目を集めがちだった。
守里と修はそれとなく二人を守っていたりする。
「なあ、今日のホームルームでオリエンテーションの組決めするらしいんだけど、俺ら四人で組んでいい?」
「いいぞー」
「楽しみだねぇ」
「遠足みたいなものだしね。しずく、テンションあがりすぎて迷子にならないでよ~?」
「さ、さすがに迷子にはならないよっ」
「不安だ」
「不安だな、兄」
肯き合う時雨と修。しずくは自分が猪突猛進な自覚があるので、反論できなかった。
「大丈夫だよ、しずく。私がいるから」
「守里~」
守里の包み込むような優しさに泣きそうなしずくだった。
守里はどこか、しずくのお姉さん的な存在として見られることが多かった。
+++
「一週間後のオリエンテーションは丸一日かけての校外活動になる。班は五人前後で組むこと。一通りの内容はプリントにある通りだ。んじゃ、先に班作るぞー」
担任から進行を渡された委員長が、仕切りのために教壇の前に立つ。
「班決まってるとこは黒板に名前書いてくれー。まだ決まってない奴は、出来てる班に迎えてやってくれるかー?」
『はーい(はいよー)』
時雨たちの班は代表して修が名前を書きに行った。
校外学習の話は以前から出ていたため、仲良しグループである程度の班は出来ていた。
そしてこのクラスは、それから取りこぼされている生徒がいないという状況だった。
「……俺が余るな」
一通り名前の書かれた黒板を見てつぶやくのは、委員長である朝宮紅斗だった。
「いやなんでだよ」
男子からツッコまれると、
「人数調整のためにどこも入んないでいたらこうなった」
「あ、時雨らんとこ四人じゃん?」
「あ。ほんとだ。修、時雨―、俺入っていいかー?」
「いいぞー」
「守里、しずく、いいよな?」
修の問いかけに、しずくも守里もうなずく。
「委員長入れて五人だね」
「うん」
その返事を聞いた紅斗が黒板に自分の名前を書く。
「じゃあ俺が参加して……と。はい班分け終わりー。なんか不都合出たら俺に言って。出来るだけ対応するから。あと今日は、日程の確認するぞ。遅刻したら置いていくって先生が言ってるから」
「言ってねえよ」
「とか言ってるけどきっと置き去りにされるから遅刻しないように。あとハイキングコースになってるからはぐれないように。はぐれたら先生はボーナスカットされるだけだけどこちとら命かかる場合もあるからな」
『はーい』
「だからなんでお前ら俺のことディスってくるの?」
紅斗と担任の軽妙なやり取りはこのクラスの名物だ。
紅斗が担任をからかっているだけとも言う。
「みんなー、俺と一緒の班の時雨と修は無条件で頼ってよし。頼りになるぞー」
『はーい』
「おい紅斗」
時雨が不満顔で異議を唱えるが黙殺される。
紅斗のワンマンぶりに、修は笑いをかみ殺した。
紅斗は割と自由勝手にやるけれど、クラスを引っ張っていく強さがあった。
「残りの時間は班で集まって詳細確認。持ち物とか集合場所とかな。学校側で用意されてるものもしおりに書いてるから、一応目ぇ通しておいて。んじゃ各自集まれー」
紅斗の号令で生徒たちは席を立ってわらわらと集まりだす。
時雨と修が隣同士の席なので、しずくと守里はそこへ集まった。
教壇の上を整えてから紅斗もやってくる。
「わりーな、俺まざっちまって」
「いいよー。委員長仕事お疲れ様―」
しずくが迎える。
時雨と修が席についたままで、その向かいにしずくを真ん中に守里と紅斗が並んでいる。
――そんな理由で、しずくが迷子になりかけたオリエンテーションが終った後も、紅斗も四人と一緒にいることが多くなった。
+++
「バイト? すんの?」
昼食を終えた昼休み、時雨の机で地元のバイト情報誌を見ていた時雨としずくに、紅斗が声をかけた。
守里と修も双子と一緒に見ている。
「ああ。今は叔父を後見に、両親と祖父の遺産と遺してくれた家で暮らしてるんだけど、進学費用は自分でどうにかしたいよなってしずくと話してたんだ」
「だからバイトOKのここに入学したのもあるんだ」
兄に続けてしずくも紅斗に向かって説明した。
すると紅斗を押しのけて守里が机に手を置いてくる。
「へー。どんなとこで働きたいの? 目星とかある?」
「私はねー、カフェとかファミレスの制服が可愛いとこがいいなーって、」
「「却下!」」
「ひっ」
守里と修に同時に大声で言われて、しずくは肩を跳ねさせた。
「ダメダメダメ! ただでさえ可愛いしずくが可愛いカッコなんかしたら誘拐されるよ!? わたしが護れなかったなんてことがあったら成仏できないわ!」
「なんで守里が死ぬ話になってるの!? これ私たちのバイトの話だよね!?」
「守里の言うことは本当だぞ、しずく。俺らが、お前らがバイトする店の常連になることは大確定な上に同じとこで働く気さえあるけど、可愛いが可愛いを着るのは危ない。いつかできる彼氏のためにとっておきなさい。たくさんデートしなさい」
「……修の言い方がお父さんみたいな感じなんだけど、父親はそんなこと言わないよね……?」
父親を幼い頃に亡くしているしずくと時雨にはいまいち感覚がわからなかった。
「お前ら過保護通り越してねえ?」
紅斗が呆れ気味に言えば、修は腕を組んだ。
「時雨はどこでもやっていけるからどこでもいいぞ」
「あーでも力仕事で女いない方がいいかな。なら工事現場とか?」
修と守里で話を進めていると、時雨が半眼になる。
「女いねーの助かるのは否定しねーけど、力仕事限定なのか?」
「まあ、ちゃんと学校に申請出せば委員長的には言うことないけどな」
紅斗が助け舟を出せば、修がうなり出した。
「学校に許可もらわないけないんだよな……時雨をホストにぶっこむのは無理めか……」
「無理でしかねえよ。何考えてんだ修は」
紅斗、再度呆れ。
「だってこいつ女と関わるの面倒とか言うんだぞ? しずくに将来の姉さんつくってやんないと可哀そうだろう。現状二人きりの家族だし」
だろ? と修が紅斗に詰め寄るので、紅斗はストップを手をあげながら言った。
「うーん、修、目の前で言うのもなんだけど、あんまそういうとこ土足で踏み込まない方が……」
「あ、別にいいよ、委員長」
「修と守里がぶっ飛んだこと言うの、もう慣れてるから気にしねえし」
気を遣った紅斗だっただけに、双子からの反応に少し困った。
「そうなの? 二人への信頼が厚いな」
だが、特に深追いはせずに素直に引いた。
そして委員長として頭を動かす。
「まあ、怪しいとこじゃないことと、働く時間が問題にならなかったら申請も通るはずだって先輩が言ってたから。あとは……家族の承諾も必要になってくるけど……」
「それは叔父に頼むから大丈夫だ。もう話して、了解はもらってる」
「そっか。なら修と守里が認めるところを探せるかだなー。がんばれ」
ぽん、と紅斗は時雨の肩を叩いてから踵を返した。
「わたしらも認めるところかー」
「コンビニとか本屋とか? この辺なら何か所かあるだろ」
「どっちも、しずくと時雨へのナンパの不安はあるね……」
「「………」」
話し合う修と守里を、時雨としずくは黙って眺めていた。
なんでここまで真剣になってくれるんだろうと思う反面、いい友達に恵まれたなと、嬉しくも思う。
過保護だけど。
+++
住宅街の中のチェーン店のコンビニ。
休日の来訪者に、店内から元気な声をかけた。
「いらっしゃいませー」
「……ん? あれ、しずく?」
「委員長、いらっしゃいませ」
しずくが声をかけると、一瞬紅斗の視線が泳ぐ。しずくに対応客がいないことをちらっと確認したようだ。
そのままレジの方へ近づいてくる。
「バイト、ここにしたんだ」
「うん、ここなら家まで暗い道通らなくていいし、治安もいいとこだから」
「時雨も一緒?」
「だよー。日にちはバラバラだけど」
「修と守里は?」
「さすがに一気に四人も雇えないだろうって時雨が説得して、働く方は諦めてもらったよ」
「親ばかを地でいくやつらだな。俺、ここが家から一番近いとこなんだよ。結構来ると思うから、よろしく」
「こちらこそ、どうぞごひいきに~」
しずくは笑顔で紅斗に手を振った。
紅斗はカゴを手にして店内を歩きだした。
しずくと時雨がバイトを始めたチェーン店のコンビニは住宅街にあって、しずくも言ったように治安がいい。
そこは絶対に譲れないポイントだと修が主張して、候補にあがっていたコンビニは何件かなしになった。
人通りの多い道を歩いて家から通えるけれど、裏道は絶対に通るなと守里に厳しく言われた。
先輩に教えられた補充などをやっているうちに、カゴに商品を入れた紅斗がレジに来た。
今の時間店内にはしずくと、先輩が二人いる。一人はもうひとつのレジを打っていて、一人はバックヤードで仕事をしている。
「しずく、何時あがり?」
「七時だよ。それ以上は守里と修が許してくれなかった……」
「親バカな親友持つと大変だな。時雨が迎えに来たりする? じゃなかったら俺、送っていくよ?」
「えっ。大丈夫だよ。ここから遠いわけじゃないし」
その提案にしずくが驚いていると、紅斗は厳しい顔になる。
「いくら治安悪い場所じゃなくて、昏い道通らなくてよくても危ない奴はいるから。あ、修や守里が来たりする? それなら俺も心配ないけど」
「いや、帰りは一人の予定だよ。さすがにそこまで二人に迷惑かけるわけにもいかないし……」
「ん。じゃ帰る頃また来るわ。俺来るまで待ってて」
「いやっ、それは悪いよ」
しずくが迷っていると、隣から声がかかった。
「時東さん、彼の言う通りにした方がいいと思うよ?」
「えっ」
気づけば、バイトの女性の先輩がレジの近くまで来ていた。
「この時期だとまだ、時東さんが帰る頃には暗くなってるし、一緒に歩いてくれる人がいるときはそうした方がいいよ。これでも一応、時東さんより長くおなごやってるから、彼が心配になるのもわかるよ」
そう言って先輩は、紅斗に「よろしくね」と言って仕事に戻って行った。
「ってわけだけど、やっぱやだ?」
「うーん、……明日からは時雨に来てもらおうかな……今日だけお願いしてもいい?」
「いいよ。これでも委員長だから、頼られるの大好きだし」
「委員長の鑑(かがみ)か。では、お願い致します」
「はい、かしこまりました」
にこにことやり取りしていると、助言をくれた先輩はにやにやと二人を見ていた。
勤務交代の時間になったので、しずくはバックルームで着替えてから家にいる時雨にこれから帰宅するとメッセージを送った。
店内を通って出入口から出ると、駐車場を囲うフェンスに背を預けてスマートフォンを見ている紅斗がいた。
「委員長―」
しずくが呼びかけると、紅斗が顔をあげてにこっと笑った。
「お疲れ様」
「いえいえ。こちらこそお手数おかけします」
「堅いなあ。じゃ行くか。俺、しずくの家知らないからついて歩くだけになるけど」
「帰り大丈夫?」
「道覚えるのは得意だから問題ないよ」
しずくの家までの道を、二人は学校のことを話しながら帰った。
「え、修と守里って高校からの友達なの?」
「うん、入学式が初対面だよ?」
「てっきり小学校とか幼稚園からの幼馴染かと思ってた」
「そこまで?」
「あの過保護っぷりはそんな感じするよ」
そこまで言われてしずくは、ああ……と納得した。
しずくに対して親バカと言われる修と守里。
でも、実は時雨に対してもそんなところがある。
何かと手伝おうとしたり、時雨が一人になると修がすぐさま探しに行ったり。
「なんでだろ……私たちそんなに頼りないかな?」
「頼りなくはないと思うぞ? 時雨もしずくもしっかりしてる方だし」
「時雨はしっかりしてるよ。私は猪突猛進でミスすることあるけど」
「それが心配で修と守里は過保護になった……?」
「四月に入学してまだ六月ですが」
「そんだけのドジやったとかある?」
「……可能性は……ある……」
否定できないしずくだった。
「しずくと時雨って二卵性の双子だよな?」
「うん」
「叔父さんが後見って言ってたけど、叔父さんと一緒に暮らすことはなかったの?」
「叔父さんも家族があるし、あ、叔父さん一家と仲が悪いわけじゃないよ? ただ、両親が亡くなってからおじいちゃんと一緒に暮らした今の家を離れる気になれなくて。もともとおじいちゃんと叔父さんの間でも、住んでた家はそのまま私たちが住めるようにって準備してくれてたんだ。だからそれに甘えることにした」
「そうなんだ……。まあ、俺の手は必要ないかもしれないけど、なんか困ったことあったら言えよ? なにせ頼られるの大好きだから」
「あはは。ありがとうございます、委員長様」
そんなことを言っているうちに、しずくの家に着いた。
「おかえり、しずく。……紅斗?」
玄関ドアを開けて姿を見せた時雨は、しずくの隣に紅斗をいるのを見て不思議そうな顔をした。
「よ、時雨」
「委員長、あのコンビニよく来るんだって。暗くなるからって送ってくれたの」
「あ……そうか、悪いな。ありがとう」
「いや、俺がやりたかったことだから。じゃあなー」
「ありがとね、委員長」
「紅斗、気を付けて」
「おーう」
軽やかに手を振って、紅斗は踵を返した。
しずくと時雨はその背を見送ってから家に入る。
時東の家を離れた紅斗は、右手で頭を押さえた。頭痛がする。
「……ん? 風邪か? それとも低気圧にやられてる……?」
頭が痛い。
ズキズキと、急に締め付けられるような感覚がやってきた。
END.



