蓮が黄昏に向かって叫んだ放課後、俺は屋上でタバコを吸っていた。
声がして下を見る。

「なんだ、あいつ?」
「頭おかしんじゃね」
「あれ、小林?」
「ああ、そうそう、小林蓮。陰キャ代表」

クラスメイトたちは笑いながら指さした。俺は笑わなかった。
目の前の黄昏が美しくて、なんとなく気持ちがわかったからだ。
俺はみんながこれからカラオケに行くというのを、振り切って
早足で下に降りた。

階段を走る、そして裏庭に行った。
そこには小林蓮が立っていた。なぜか汗だくだ。
俺は何もなかったかのように、なにも感じたこともなかったように話しかけた。

「よお、なにしてんの?」

しかしこいつは「うるせー」と一言言い放った。
だが俺は気にしないで話しかけた。

「なんでそんなに汗だくなわけ?」
「おまえには関係ねーだろ?話しかけてくんな、このリア充」

リア充⋯⋯俺は笑いそうになった。
そんな風に思われていたのか。
笑いを浮かべると風が吹いた。蓮の長い髪の毛から瞳が見えた。
俺は息を呑んだ。
なんて美しいんだ。あきらかに、おかしな反応だったと思う。
でも次にこう言葉が出てきた。

「なあ、おまえ、友達いる?」
「は?」蓮が振り返った。
「俺と、友達にならない?」

蓮は薄笑いをうかべて俺を見た。
蔑んでいるような目が見えた。

「バカにしてんのかよ、リア充」

「その、リア充っていうのやめないかな?俺にはれっきとした名前があるんだ。大地。みんな大地って呼んでる」
「知ってる」

俺は嬉しかった。

「ばかな連中のリーダーだろ?」

俺は絶句した。急に上がったと思ったら着き落とされた気分だ。

「リーダーなんかじゃないし、君、バカってなに?」
「『君』とか、草」

俺はさすがにかっとして「んだそれ」と怒鳴るように言った。
でも蓮は何食わぬ顔でそのまま、逃げるように去っていった。

黄昏がもう沈んでいた。俺は一人裏庭で残されてぼう然とした。
追いかけなかった。
というより追いかけることができなかった。
圧倒的な拒絶のセリフに驚いたからだ。

今まで誰かにそんな事を言われたことのない俺は蓮に興味を抱いた。

それからというものの、教室でみんなと会話している間、俺は視線で蓮を追うようになった。

髪の毛はぼさぼさで、あの美しいと思った瞳が見えない。
あの時俺は、恋をした。
あの美しい輝いた瞳に⋯⋯。

でも俺はそんな気持ちにフタをするしかなかった。
相手は男で、俺は男を好きになったことなんてない。

女の子は俺の容姿ばかりを気にして、いつも話してくる。

一緒にいるのインスタのせて、いい?

そんな話に俺はもう、正直うんざりしていたけれど
いつものように、のらりくらりかわす。

ときおり、かっとしてはっきり言葉を吐いてしまうけど

「冗談、許して」

そう言うと女子はすぐに笑顔になる。
まったくかわいいというか単純な生き物だ。

でも蓮は男だし、俺を嫌っている。

「俺がリア充のリーダーだって?いったい誰がそんなホラふいてんの?」
「なんだよ、大地、何切れてんの?めずらしー」
「どうした、どうした」

親友の篤が俺の肩に手を当てた。
宥めようとしてるらしい。

「おまえさ、そんな噂?気にするんなよ、らしくねー」
「らしくねー?」
「お、くいつくじゃん」

休憩時間が終わって、俺らは席についた。

蓮の席は斜め前で俺の席からはよく見える。
授業そっちのけで眺めていると、机のしたでスマホをいじっていた。
動きからして明らかにゲームかなにかだ。

(言い度胸してんじゃん)

俺はにやついた。すると隣の女子の川上さんが気付いた。

「どうしたの?大地」
「いや、なにも」
「何もって顔じゃない」
「拗ねてる顔も可愛いね」
「また!」

川上さんはクラス委員で真面目だけどジョークのわかるいい奴だ。
そのくらいのお世辞はわかっている。
だが一年のころ、実は俺達はつきあっていた。
高校一年の春、俺は川上さんに告られた。
とてもかわいい女子だった。
頭もいいしスタイルも抜群で胸は大きいし足は細い。
正直俺好みだった。

でも別にスキだったわけじゃない。
だた、なんとなくこの子なら自分にあってるなと思っただけだった。

川上さんはお弁当を作ってきたり、とれたボタンをつけてくれたりしてくれた。
本当に優しくて気の利く女の子だった。

でもある日、俺はふられた。
理由は「川上さん」から名前の「愛」まで、全然距離がちじまらないかららしい。
俺にはわからなかった。
その理由も、目の前で泣いている川上さんの気持ちも。

「スキだけどだめ」
そう言った。

スキってなんだ?これだけ一緒にいてキスだってして、それだけじゃダメなのか?
つきあって半年で俺達は別れることになった。

クラスの連中は誰もなにもいわない。腫れ物を扱うように二人に接した。

ただそれだけだ。
ただそれだけのこと。

俺が悪いのか?俺はなにもしてない。川上の情緒不安定に問題がある。
そう思っていた。
少なくとも、蓮と会うまでは⋯⋯。

俺は蓮がスキで蓮は俺が嫌い。
切なくて夜、泣きそうな時もあった。
クラスメイトに八つ当たりしそうになることもあった。
そういう時はわらってごまかす。
それが俺の生きる方法だ。

そうしてれば、みんなちやほやしてくれる。
俺の居場所が確実になる。

休み時間になると、俺は蓮にちょっかいをだすようになった。

「おい、何呼んでんの?」
「なんでもいいだろ」小さい声で返事する。面白くなって余計話す。
「おまえ、授業中、ゲームしてんだろ?やばいぜ、田中没収するぜ?」

無視された。でもかまわない。それを見ていた篤が不思議そうにやってきた。

「珍しいじゃん、おふたりさん、いつから仲良しになった?」
「うるせー、勝手にさせろ」

誰にも二人の間に入って欲しくなかった。
蓮の可愛さを知られたくないと思った。