たどり着いたのは、白い小さな建物だった。一軒家のように見えたが、表札には画廊と書かれている。そういえば佐野さんは言っていた。哀川先生はよく写真展へ行くと。予想通り、入り口をくぐってすぐの壁に、『沼淵暮夫写真展』と書かれた真っ黒なポスターが張られていた。
受付で暗そうな男の人に百円玉を四枚渡し、パンフレットを貰って展示室に入る。室内は薄暗く、四方の白い壁にパネル加工がされた写真がぽつぽつと張られていた。客は少なく、先生と私以外には二人しかいない。小さな貸画廊で行う個展ならこれくらいが普通なのかもしれない。
それでもこの写真展は、私のスマホを取り上げてまで哀川先生が記録に残すまいとしたものだ。何かあるのは間違いない。
怪しいところはないかと辺りを見回した後、最初の写真に目を向ける。
黒と灰色が目立つ写真だった。
黒い土の上で、アジア系の男の人が横たわっている。身体に布を巻き、固く目を閉じ動かない。そのすぐ横では、大きな鳥が男の人を見下ろしていた。羽毛が少ない頭に長い首、胴体と翼は鷲のよう。確かハゲワシという死体を主食にする鳥だ。鋭いくちばしを持つ鳥に近づかれても、写真の中の男は目を覚まそうとしている気配がなかった。
猛烈な違和感が胸を襲う。額から冷たい汗が落ちるのを感じた。恐る恐るパネルの下のタイトルを見る――『二度目の死』。
ばっと、顔を上げた。
黒。灰色。ハゲタカ。男の人。
この男の人はハゲタカによって二度目の死を迎えようとしている。
つまりこの男の人は――もう死んでいるのだ。
全身から嫌な汗が吹き出した。違和感が明確な恐怖に変わる。それを振り払いたくて、他のパネルに目を向けた。
身体の半分水に浸かって死んだ人の写真。左足が炎に焼かれて死んだ人の写真。右腕に黄色い花を握って死んだ人の写真――この空間にあるのは、死だけだった。
手元のパンフレットに目を落とす。真っ黒なパンフレットの表紙には、赤い文字で写真展のタイトルが書かれていた。
『沼淵暮夫写真展 ~死のある風景~』
胸がえぐられたような心地がした。ごちゃ混ぜになった感情が、涙となってこぼれ落ちる。せめてもの救いを求めるように、先を行く哀川先生の腕を掴もうとした。
けれど、その手は直ぐに止まる。
哀川先生は、写真を見て笑っていた。魚屋で魚を眺めていた時のように。鰺を解剖していた時のように。耐え難いはずの人間の死を前にして、恍惚とした顔を浮かべている。
ようやく、理解した。先生が魚を見て笑っていた理由を。
哀川先生は魚を通して――人の死体を見て悦んでいたのだ。
ぐらり、と目の前が大きく揺れる。胃の奥からせり上がってくるものを堪えるのは難しかった。
「白沢さん?」
床に崩れゆく私に気付いたのか、哀川先生がこちらを向いた。けれど先生に言葉を返す余裕はない。
「まったく。だから言ったでしょ、ストーカーさん」
うずくまる私の頭上から、哀川先生の冷めた声が降り注いだ。
受付で暗そうな男の人に百円玉を四枚渡し、パンフレットを貰って展示室に入る。室内は薄暗く、四方の白い壁にパネル加工がされた写真がぽつぽつと張られていた。客は少なく、先生と私以外には二人しかいない。小さな貸画廊で行う個展ならこれくらいが普通なのかもしれない。
それでもこの写真展は、私のスマホを取り上げてまで哀川先生が記録に残すまいとしたものだ。何かあるのは間違いない。
怪しいところはないかと辺りを見回した後、最初の写真に目を向ける。
黒と灰色が目立つ写真だった。
黒い土の上で、アジア系の男の人が横たわっている。身体に布を巻き、固く目を閉じ動かない。そのすぐ横では、大きな鳥が男の人を見下ろしていた。羽毛が少ない頭に長い首、胴体と翼は鷲のよう。確かハゲワシという死体を主食にする鳥だ。鋭いくちばしを持つ鳥に近づかれても、写真の中の男は目を覚まそうとしている気配がなかった。
猛烈な違和感が胸を襲う。額から冷たい汗が落ちるのを感じた。恐る恐るパネルの下のタイトルを見る――『二度目の死』。
ばっと、顔を上げた。
黒。灰色。ハゲタカ。男の人。
この男の人はハゲタカによって二度目の死を迎えようとしている。
つまりこの男の人は――もう死んでいるのだ。
全身から嫌な汗が吹き出した。違和感が明確な恐怖に変わる。それを振り払いたくて、他のパネルに目を向けた。
身体の半分水に浸かって死んだ人の写真。左足が炎に焼かれて死んだ人の写真。右腕に黄色い花を握って死んだ人の写真――この空間にあるのは、死だけだった。
手元のパンフレットに目を落とす。真っ黒なパンフレットの表紙には、赤い文字で写真展のタイトルが書かれていた。
『沼淵暮夫写真展 ~死のある風景~』
胸がえぐられたような心地がした。ごちゃ混ぜになった感情が、涙となってこぼれ落ちる。せめてもの救いを求めるように、先を行く哀川先生の腕を掴もうとした。
けれど、その手は直ぐに止まる。
哀川先生は、写真を見て笑っていた。魚屋で魚を眺めていた時のように。鰺を解剖していた時のように。耐え難いはずの人間の死を前にして、恍惚とした顔を浮かべている。
ようやく、理解した。先生が魚を見て笑っていた理由を。
哀川先生は魚を通して――人の死体を見て悦んでいたのだ。
ぐらり、と目の前が大きく揺れる。胃の奥からせり上がってくるものを堪えるのは難しかった。
「白沢さん?」
床に崩れゆく私に気付いたのか、哀川先生がこちらを向いた。けれど先生に言葉を返す余裕はない。
「まったく。だから言ったでしょ、ストーカーさん」
うずくまる私の頭上から、哀川先生の冷めた声が降り注いだ。


