一ヶ月後、模試の結果が帰ってきた。
 教室でクラスメイト達が次々悲鳴をあげていく。三年生の最初の模試。みんな油断して勉強をしていなかったのだろう。けれどこの試験でみんな自分の成績を自覚し、目標の大学合格に向けて必死に勉強しはじめるはずだ。この時期の模試は、きっとそういう役割も含んでいる。

「白沢さん」

 哀川先生に名前を呼ばれた。返却の順番が回ってきたらしい。
 前に出ると、哀川先生は私を見て微笑みを浮かべた。半分に折られた成績表を差し出しながら、私にしか聞こえないくらいの小声で囁いてくる。

「頑張ったのね」
「……はい」

 笑顔で答えたはずなのに、何故だか声がかすれていた。


   ♢ ♢ ♢


 帰宅後、お母さんに模試の成績表を渡すと満足そうに頷いてくれた。

「さすがは清花ちゃんね! この時期からもうA大学もB大学も医学部がA判定なんて! お母さんも安心だわ!」
「まだまだ気は抜けないけどね」
「ふふ、清花ちゃんは本当に良い子。このまま真面目に勉強して、医学部に行くのよ」

 お母さんは満面の笑みを浮かべた後、「でも」と眉をひそめて言った。

「この第三志望はなに?」

 びくり、と身体が固まった。

『F大学栄養学部 A判定』

 第三志望の欄に、お母さんの反応を見たくて書いた志望校。別に医学部以外ならなんでもよかったけれど、なんとなく栄養学部が一番良さそうに見えたのだ。前に哀川先生が鯖の味噌煮を美味しいと言って食べてくれたのが、嬉しい記憶として残っていたからかもしれない。それに思えばあれが、自分で初めて何かをやりたいと思った時だった。
 お母さんは、私を怪訝そうな目で睨んでくる。

「なんでこんなところを書いたのよ。他の大学の医学部にすればよかったじゃない」
「でも……栄養学部、いいかなって……」

 思うように言葉が出ない。声が小刻みに震えている。
 けれども確かめなければ、私はきっと先に進めない。

「ほら……食事を考えるのも、『楽しそう』でしょ?」
「そんなの気のせいよ。栄養学部なんて行ったって、絶対につまらないわ。清花ちゃんは医学部に行くべき子なの。わかった?」

 お母さんはぶつぶつとそう言い聞かせてくる。私の感情を否定して。
 それが、答えだった。

「うん、そうかもね」

 できるだけいつも通りに返事を返し、逃げるように自室に戻る。
 扉を閉じた私は成績表を破り捨て、ベッドに突っ伏して泣き続けた。

「貴方は絶対に悪くない」

 哀川先生の言葉だけが、今の私を支えていた。