模試の当日、志望校の記入時間に、私は第三志望の欄でシャーペンが止まった。
「三年生最初の模試だけれど、気を抜いちゃだめよ。清花ちゃんは優等生だから、ちゃんと今の時期から医学部A判定を取らないとね」
 朝出るとき、お母さんが私に告げた言葉。その通りに医学部と書き、良い成績でA判定をもらえばいいだけなのに、何故だか私の手は動かなかった。
 原因は分かっている。哀川先生からのあの提案だった。
 あの日先生に提案されて家で何度も考えようとした。けれどあと少しで答えが出るところで、毎回お母さんの顔を思い出し、思考が止まってしまうのだ。それでもこのままではいけないと、心の奥底でずっと思っていたらしい。
 頭の片隅に、哀川先生の言葉が響く。

「どんな関係の人であっても、他人の感情を否定したり、操作したりしてはいけないの」
「まずは何事も、自分で考えるようにすること」

 これはきっと、チャンスなのだ。思い切ってあの提案の答えを出せば、自分の欲望を見つけられる。このまま目を背けているのは、自分のために良くない気がした。
 恐る恐る、心の中に聞いてみる。
 医学部と書きたいか――特別行きたくはない。でもお母さんが満足するなら。
 良い成績を取りたいか――あまり興味はない。でもお母さんが怒るから。
 A判定を取りたいか――あまり気にしない。でもお母さんが――

「あ…………」

 思わず声が漏れ、私は慌てて口を塞いだ。
 一つの答えが頭に浮かぶ。
 哀川先生は、私を操っている人がいるように語っていた。
 そして私は、お母さんの言葉で行きたくもない医学部に行く気になっていた。
 だとしたら、私が欲望を抱けなかったのは――
「でも、まだそうと決まった訳じゃない」
 恐ろしい考えを信じたくなくて、大きく首を横に振る。
 そして第三志望の欄に――医学部でない、別の学部の名前を書いた。
 直後に試験監督をしていた哀川先生が、用紙回収の号令をかけた。