私は、優等生でなければいけない。
 好成績を保ち、自主的に学級委員長を務め、校則を守って規範となり、嫌われず憎まれず、何があっても笑顔を崩さず、クラスの中立的な存在でいる。そうなるよう、ずっとずっと望まれてきた。
 だからこそどんなときでも、周りの空気を読まないといけない。

「うげー、今週末って模試じゃん!」
「どうしよ、ぜんっぜん勉強してないんだけど」
「委員長はどう? さすがに準備してるよね」
「うん。少しは、ね」

 帰りのホームルーム直後、前の席に溜まっていた女子三人組に、私――白沢清花(しらさわせいか)は曖昧な返事を返した。
 もちろんしっかり準備している。けど正直に答えてしまえば真面目すぎだと引かれてしまうし、謙遜して全くしていないと答えれば嫌味に聞こえる。嫌われて孤立するのは優等生らしくないから、このくらいの答えがちょうど良い。

「だよねー。さっすが委員長」

 三人組がへらりと笑う。今日も正解の答えを引けたらしい。

「うちらも勉強せんとなー。ねえ委員長、生物得意だったよね。このあと教えてくんない?」

 三人組の一人、ポニーテールの佐野さんが頭を下げてきた。やけに焦った顔からして、勉強を全くしていないのだろう。受験を控えた高校三年生としてはあり得ないけれど、それを口に出してはいけない。穏やかに二つ返事で頼みを聞くのが、きっと私がなるべき優等生だから。
 けれども今日に限っては、頼まれるわけにはいかなかった。

「ごめん、実は――」

 カツッ。
 ヒールの音が側で鳴った。女子三人組が口元に手を当てる。
「白沢さん、この後は予定通りでいいかしら?」

 横を見ると、モデルと見間違えるほどのプロポーションをした女教師が、白衣のポケットに手を突っ込んで立っていた。先生はウェーブがかった茶髪を耳にかけながら、椅子に座った私を見下ろし、紅い唇に妖艶な笑みを浮かべる。女子三人組が息を呑んだのを見て、思わず眉間に皺を寄せた。

「問題ありませんが、意味深に笑うのはやめてください。変な勘違いをされますから」
「そんなことないわよ。ねぇみんな?」

 先生が同意を求めると、女子たちは顔を赤らめながらぶんぶんと首を縦に振った。それは妙な考えを抱いている反応に他ならないのではと思ったけれど、この先生にはわからないらしい。さっきの笑みと言い、きっとこの後に控えた『お楽しみ』しか頭にないのだろう。内心ため息をつくしかなかった。
そんな私の気持ちもよそに、先生は自分の手を口元に添え耳打ちしてくる。

「それじゃ、あの場所で待っているわ」

 先生はひらひらと手を振りながら、ヒールを響かせ教室を後にした。一部始終を見ていた女子三人組が、一気に詰め寄ってくる。

「なななななに今の!?」
「ていうか委員長、珍しく反抗的だったよね?」

 図星を当てられ頭が痛くなる。確かに教師に反抗するなんて、私が目指すべき優等生の姿じゃない。けれど、ここのところあの先生がらみの出来事になると、望まれる行動を取れない自覚があった。それだけ私は、あの先生に翻弄されている。

「生物でわからないところを聞きに行く約束をしただけだよ。態度は……気のせいじゃないかな」

 何でも無い素振りで誤魔化すと、三人組はそろって苦笑いした。

「だ、だよね~。ごめん、てっきりイケないことでもするのかと」
「まあ哀川先生なら特別な関係とか、そういうのはないか」
「もう、からかわないで」

 私は軽く笑い飛ばしながら荷物をまとめ、三人にさよならを言って教室を出る。
 いけないこと――あながち間違ってもいないかもしれない。
 約束の場所へと向かいながら、頭の片隅で考える。



 生物教師で三年A組担任の哀川由美(あいかわゆみ)
 私は今日――彼女の『共犯』になるのだから。


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