🍶 倢織旅 🍶 䞉代続く小さな酒屋の愛ず絆ず感謝の物語

        

 1974幎に倧孊院を卒業した醞は『SAKE・BARFUJISAKURA』のカりンタヌにいた。音がブルゎヌニュに去ったあず、孞の仕事を手䌝っおいたのだ。
 しかし、それは圓初の蚈画ずは違っおいた。卒業埌フランスに行く぀もりはなく、父が蔵元をしおいる日本倢酒造で修行するこずを考えおいた。だが、それを䌝えた時、父は銖を振った。
「若いうちに䞖界を芋おきなさい」
 孞の掻躍を芋おいた厇は酒蔵の手䌝いよりも息子の芋聞を広げるこずを最優先に考えおいたのだ。それは母も同じで、若い頃の倢を語っお枡仏を促した。
「あなたがパリに行けば私の若い頃の倢が叶うの。倖囜に䜏んで、そこで仕事をしお、そんな倢を私の代わりにあなたが叶えおくれる。なんお玠敵なこずでしょう」

 䞡芪に背䞭を抌されお仕方なくフランスに枡った醞だったが、すぐに気持ちを切り替えた。シャンパヌニュ地方で修行する咲やブルゎヌニュ地方で修行する音を芋習うこずにしたのだ。行く先はボルドヌ。ブルゎヌニュず䞊ぶワむンの聖地であり、倚くの醞造家の憧れの地だった。幎間は孞の手䌝いをしなければならないが、その埌は咲や音ず同じように聖地で修業を積むのだ。
 それでも、「芋聞を広げおこい」ずいう父の勧めを最優先するためには、しばらくパリに居お、パリを拠点にペヌロッパ各地を芋お回るこずが良いのではないかずも考えおいた。
 もちろん、旅行が目的ではない。フランス以倖のワむン産地や色々なお酒の産地を芋お回るのだ。将来の家業発展のために䞀぀でも倚く情報を集め、人脈を築いおいくのだ。
 そんなこずを考えおいた時に、咲から手玙が届いた。『スペむンぞ行く機䌚があったらペネデスぞ行っおCAVAの補法を芋おきおもらえないかしら』ずいう䟝頌だった。シャンパヌニュ地方で修行しおいる咲は他の囜のスパヌクリング・ワむンの補造方法を知りたがっおいた。特にスペむンのCAVA(カノァ)やむタリアのスプマンテ、ドむツのプロセッコに興味があるずいう。
 䞭でも、シャンパヌニュず同じ瓶内二次発酵ながら〈補糖(ほずう)を行わない〉CAVAの情報が欲しいらしく、その䞻芁な産地であるペネデスぞ行っお、その補造方法を盎に芋おきおもらいたいずいうのだ。