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 學はフランスでの受け入れ準備を始めた。最初の一歩が肝心だと言い聞かせていた。日本酒をまったく知らないフランス人にどうやってアプローチするか、考え続けた結果、日本での成功体験をフランスに持ち込むことを思いついた。その成功体験とは、百合子のアイディアを基に開催した華村酒店での試飲・試食会だった。學はあの時の言葉を思い出していた。
「日本人のほとんどはシャンパーニュもチーズも知らないと思うの。その人たちに買っていただくためには先ず興味を持ってもらうことが必要かなって、そう思うけど、違うかしら」
 その通りだった。百合子の指摘は当たっていた。だから、〈日本人〉を〈フランス人〉に、〈シャンパーニュ〉を〈日本酒〉に、〈チーズ〉を〈日本食〉に置き換えればいいのだ。「フランス人のほとんどは日本酒も日本食も知らないと思うの。その人たちに買っていただくためには先ず興味を持ってもらうことが必要かなって、そう思うけど、違うかしら」

 早速、パリの中心部で店を探し始めた。日本酒を気軽に楽しめるバーを開店するためだ。それは、単に日本酒の認知を広げるという目的ではなく、パリジャンやパリジェンヌに大きなインパクトを与えるための起爆剤という意味合いを持っていた。

 その想いが通じたのか、それとも何かの力が働いたのかわからないが、シャンゼリゼ通りに面した小綺麗な貸店舗に巡り合うことができた。
 直ちに賃貸契約を結んで開店準備を始めたが、初期投資に金をかけることはできないので、備品や厨房用品はすべて中古品で揃えた。
 但し、外装と内装には手を抜かなかった。イメージに直結するところへの出費を出し惜しんだらブランド・イメージに影響が出るからだ。それはレピュテーション〈評判〉にも影響を及ぼすだろうし、一度悪い噂が出ればそれを回復するのは難しい。だから、富士山と桜のイメージを品よく表すデザインにこだわった。
 その上で、開店初日に特別なイベントを企画した。日本を、そして、日本酒を紹介するための特別なイベントとスペシャルゲストで招待客の度肝を抜くためだ。